出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語68-5-191925/01山河草木未 紅の川王仁三郎参照文献検索
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第一九章 紅の川〔一七四三〕

 カーク、サーマンの二人はインデス河の河辺を膝栗毛に鞭うち一生懸命に走り行く。右手の草村より手招きして「オーイオーイ」と叫ぶ者がある。二人は聞覚えのある声と立ちとまつて、息をついでゐた。そこへ萱草を分けて、のそりのそりとやつて来たのは右守司サクレンスが弟エールであつた。二人はエールの顔を見るより、地上に蹲まり、
カーク『これはこれは、エールの君様、思はぬ所でお目にかかりました。あなたはまた斯様な所に何をしてゐらつしやるのですか』
エール『イヤ、一寸秘密の用向きがあつて』
『秘密の御用向きとおつしやるのは、アリナの行衛を捜してゐられるのでせう。貴き御身をもつて供をも連れず、ただ一人なぜかやうな所にお出ばりになつてゐられるのですか』
『イヤ、アリナの行衛も捜索せなくてはならぬが、王女バンナ姫様のお行衛を尋ねて、此処までやつて来たのだ。この少し先方に賤の岩屋と言つて岩窟がある。此処はカラピン王様の御先祖の奥津城の跡、それ故もしや、バンナ姫様がお参りになつてゐるのではあるまいかと、ただ一人ワザとに捜しに来たのだ』
『姫様は、そしてゐられましたか』
『イヤ、お姿が見えないのだ。アア困つた事だワイ。しかしお前は秋野ケ原の水車小屋の番を仰せつかつてゐた筈だが、どうしてまた帰つて来たのだ』
『これについては大変な珍事が突発いたしました。それゆゑ御報告がてら、帰つたのでございます』
『椿事とは何事だ。民衆救護団でもやつて来て、太子を奪ひ取つたのではないか』
『ハイイイイイエエエエー、さうでもございませぬが、三五教の宣伝使がやつて参りまして、太子殿下およびスバール姫を救ひ出し、たつた今駒に跨がつて、ここを通るでございませう。太子が城内へ帰られたならば、まづ第一に右守司様の御迷惑、用意を遊ばさねばなるまいと、一生懸命に御注進に帰る途中でございます』
『ヤ、そいつア大変だ。オイ両人、事成就の上は汝を立派な役に使うてやるから、どうだ、この少し向方に、一方は河、一方は岩山、そこには古ぼけた宮が建つてゐる。これからその宮の後に三人忍び居り、太子の帰るのを待伏せ、太子の命を取つてしまふか、但しは激流へ投込むか、何とかして片付けねばならぬ、どうだ、俺の命を聞くか』
『ハハハハハイ、貴方の御命令なれば、決して否みは致しませぬが、三五の宣伝使といふ奴、到底一筋縄ではゆかぬ奴でございますから、用心をせなくちやなりませぬ』
『ナアニ、あの地点は攻むるに難く防ぐに易きタラハン国第一の険要の喉首だ。彼処にさへをれば、たとへ千万人の敵が来ても大丈夫だよ』
カーク『如何にも左様、成程ご尤も。オイ、サーマン汝どうだ。御命令を奉ずるかな』
サーマン『そら……、俺だつて、出世のしたいのは同じ事だ。そんな安全な所なら、俺も御用を承らうかい』
エール『ヤ、両人とも、合点がいたなれば、早く岩山の森まで行かう。やがて太子の一行が帰つて来る時分だらう』
といひながら岩山の森を指して走り行く。
 一方アリナは体中、肉付のよいブクブクとした柔らかな背中に負はれ、何となく妙な気分がして来出した。そしてバランスもまたアリナのどこともなく男らしく、凛々しい姿に、この男ならば……といふやうな妙な気になつてゐた。
 太子は声も涼しく、馬上豊かに月光を浴びながら行進歌を歌ふ。

『アア有難し有難し  九死一生の苦しみを
 三五教の宣伝使  梅公司に助けられ
 妹背の縁も恙なく  ふたたびここに相生の
 松の緑の色深く  駿馬に跨がり戞々と
 峰の嵐に吹かれつつ  インデス河の河辺を
 勇み進んで上る内  心は頓に冴えわたり
 神のまします天国の  旅路を進む心地せり
 月の光は波の上に  瞬き初めて麗しく
 飛沫の音はタラハンの  国家復興を歌ふ如
 耳をすまして聞こえ来る  アア勇ましや勇ましや
 神が表に現はれて  善と悪とを立別けて
 吾が旧国を根底より  改め給ひ民衆の
 永き平和と幸福を  与へ給ふぞ嬉しけれ
 吾が師の君に従ひて  川辺の森に来てみれば
 月夜に瞬く篝火の  影に寄りそふ数十人
 何をなすやと伺へば  網にかかりし旅人の
 死骸をあぶり肉体の  命を救ひ助けむと
 民衆団の団長が  力かぎりに介抱し
 心を砕くをりもあれ  吾が師の君の言霊に
 死人は漸く甦り  よくよくみれば吾が慕ふ
 賢き友のアリナなり  アリナは漸く元気づき
 バランス団長に負はれつつ  河辺を伝ひスタスタと
 吾等一行に加はりて  此処まで無事に帰りけり
 ああ惟神々々  神の恵みの尊さよ
 向方に見ゆる岩山の  神を祀りし森のかげ
 吾等は其処まで駈けつけて  一先づ息を休めつつ
 神のまにまに城内へ  轡を並べて帰るべし
 アア楽もしや楽もしや  一陽来復春は来ぬ
 ああ惟神々々  御霊幸はへましませよ』

 かく歌ひつつ、駒の足音に大地を響かせながら、漸くにして岩山の森蔭、古き社の前に着いた。太子一行はバランスやアリナの身の疲れを休養さすべく、ワザと此処に駒を止めたのである。梅公別は早くもこの古社の後ろに怪しき者ありと勘付いたが、まさかの時には言霊をもつて霊縛せむものとタカをくくつて、何食はぬ顔しながら、一行五人一の字形になつて社前の敷石に腰打ちかけ、煙草を燻らしてゐた。
 社の後ろには三人の囁き声、
エ『オイ、カーク、来たぞ来たぞ。サア俺に忠義を尽すのは今だ。彼の正中に居る奴が太子だ、彼奴を矢庭にこの刀を以て袈裟掛けに切り捨てるのだ。それさへすれば外の奴アどうでもよいから、サア行け行け』
カ『ハイ、参ります。しかし、旦那様、私に跟いて来て下さい。何といつても向方は五人、そんな所へ私一人行つたところで駄目でございますからなア』
エ『エー、気の弱い奴だな、そんならサーマンと一緒に飛び出して行け』
サ『ハイ行かぬこたございませぬが、何だか手足がワナワナ致しまして、怖くつて堪りませぬワ』
エ『チヨツ、エー口ばかりの代物だなア。サア俺に跟いて来い。そして俺の手ぎはを見るがよい』
と言ひながら、バラバラと不意に立ち出で、木下蔭を力に太子を目がけて、暗に閃く白刃の雷、アワヤ太子は真二つと思ひきや、ヒラリと体をかはし、太子は「曲者、待てツ」と大喝したり。バランスはこれを見るよりエールの腕を強力に任して撲りつけたる。その途端に腕はしびれ、白刃はガチヤリと大地に落ちた。バランスはエールの首筋を掴んで高く差上げながら、川辺に持ち行き、月に曲者の面を照らしてみれば、まがふかたなきエールなりける。
バラ『もしもし、宣伝使様、太子様、一寸御覧なさいませ。この面は右守の弟エールのやうに思ひますが、お査べ下さいませぬか』
 太子外四人はバラバラとバランスの側に駈けより、曲者の面を眺め、
太『ヤ、いかにも此奴はエールだ。怪しからぬ事をいたす、悪党奴』
バラ『殿下の御証明がある以上は、このエール、この世に活かしておく代物ではございませぬ。此奴の面には剣難の相が現はれてゐます。何れ遠からぬ内、漁業団員に命を取られる奴、エー邪魔臭い、太子様お許し』
といひながら、激流目がけて、小石を投ぐるが如くドンブリと投げ込んだ。エールは投げ込まれた途端に、川中の突き出た石に脳天を打割り川水を紅に染めて、ドンドンと流れてしまつた。この隙にカーク、サーマンの二人は一生懸命倒けつ転びつ、命あつての物種と右守の館を指して逃げてゆく。

(大正一四・一・七 新一・三〇 於月光閣 松村真澄録)



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