出口王仁三郎 文献検索

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物語68-5-181925/01山河草木未 救の網王仁三郎参照文献検索
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第一八章 救の網〔一七四二〕

 浅倉山脈の千尾千谷より流れ落つる玉野川の下流をインデス河といふ。この河はタラハン国の中心を流れ、北より南に遠くカルマタ国の牛の湖水に注いでゐる。左守の伜アリナは、身なりも軽き比丘姿、深編笠を被りながら、十二夜の月の朧げに照りわたる野路を辿つて、インデス河の畔に着いた。激流飛沫を飛ばして淙々たる水音、見るも凄じく川瀬に竜の跳るがごとく、川一面に散在せる岩にせかれて、水は白玉となつて高く飛び散つてゐる。アリナは橋の傍の藁小屋をみとめて、息を休むべく潜り入つた。ここは橋番が出張して、通行人一人に対し片道三厘の橋銭を取るために拵へた小屋である。アリナは月の光を仰ぎながら、藁屋の戸を開けて、涼しき風を浴びてゐた。
 かかる所へ二三人の黒い影、向かふ岸より一本橋を撓つかせながら渡り来たる者がある。黒影の一人、
甲『やア家来ども、今日は大変に草臥れたであらう。なかなか捜索隊も骨の折れるものだ。やア幸ひここに橋番小屋がある。どうぢや、まだ家へ帰るには四五十町の道のりがあるから、ここで休息してボツボツ帰らうぢやないか』
乙『ハイ、休息して帰りませう。夜道に日は暮れませぬからなア』
『夜道の怖い汝も、今日は主人と一緒だから大丈夫だよ』
『ハイ左様でございます。今日は旦那様と御一緒でございますから千人力でございます。何ほど那美山の狼が唸つたところで、ビクともいたしませぬわ』
丙『アツハハハハ旦那様、此奴ア評判の臆病者でございまして、今まで夜道はした事のない奴でございますよ。夜道は昼でも恐い、その代り夜食は昼でも甘いとぬかす奴ですもの』
甲『アツハハハハ』
乙『馬鹿いふない。昼の夜食が何処にあるかい。汝も余程間の抜けたことをいふ奴だな』
甲『ヤアどうやらこの番小屋には生物がゐるやうだ。コリヤコリヤその方は何者だ』
アリナ『拙僧は諸国遍歴の修験者でござる』
甲『ハハア、そこらあたりを法螺吹きまはる比丘だなア。ヤア分つた分つた。エー、比丘ならばチツとばかり予言や神占が出来るだらう。どうか一つ拙者の願ひを聞いてくれまいかなア』
『ハイ、何事でも承りませう。拙僧はスガ山に立籠つて仏道を修業いたす天然坊と申す者、たいていの事は百発百中、天然坊の星当り、合ふも不思議、合はぬも不思議、六十一卦筮竹の変化によつて、あるひは陽となり陰となり、乾坤離兌などと、種々雑多に変化いたすによつて、拙僧の神占をよく翫味なさらぬと間違ひが出来ますよ。お前さまはタラハン城の大権力者、右守司の職掌を勤めてゐらつしやる方でござらうがな』
『ヤ、これは恐れ入つた。如何にもお察しの通り、右守司のサクレンスでござる』
『アツハハハ、貴殿は何か捜索物があるやうだが、サクレンスといふ名前では、紛失物の所在は到底サグレンスでござる。貴殿の尋ねらるる者は、物品でもなく、家畜でもなく、米食ふ虫でござらうがな』
サクレンス『ハイ、その通りでございます。どうしてマアそなたはそれほどよく御存じでございますか』
ア『アツハハハ拙僧は月の精より衆生済度のため、この地上へ降りし者、悪人を懲らし善人を救はむがため、一笠一蓑一杖に八尺の身を任せ、諸国を遍歴いたしてゐるが、タラハン国は大変な騒動が起つた様子でござるなア』
『ハイ、一つお伺ひを致したうございますが、私の希望は成就するでございませうか』
『どういふ希望だ。有体に言はつしやい。道徳を守つて、如何なる秘密も決して拙僧は他言は仕らぬ。事と品によつては、そなたの力になつて進ぜたい』
『ハイ、有難うございます。実のところはタラハン国の大王殿下は命旦夕に迫り、太子様は女に現を抜かして、駈落ちを遊ばし、今に行衛は分らず、国家の滅亡は旦夕に迫る場合、某は右守司として国家の窮状をみるに忍びず、吾が弟エールをもつて、已むを得ず王位にのぼせ、幸ひ王女バンナ姫を后となし、タラハン国家の復興を企てつつある最中でございます。この目的は必ず成功いたすでございませうかな』
『ハハハハ、危ふいかな災ひなるかな。そなたの面相には殺気が漲つてをりますよ。そして眉間の間にありありと剣難の相が現はれてゐる。すぐさまその野心を改めざるにおいては、忽ち災身に及ぶでござらう。そなたは太子殿下を何処かへ隠し、再び世にあげない考へでござらうがな。拙僧はいささか太子に由縁のある者、そのお行衛を捜さむため、実は修騒者と化け、この界隈を夜間を窺ひ、実は捜してゐるのだ』
『ナニ、太子殿下に由縁のある者とは、何人でござるかな』
『アツハハハハ右守殿も耄碌せられたなア、そらその筈でもあらう。二つの眼は近眼でもあり、片足は不具でもあり、左様な難き不完全なる体を動かして、アリナの所在を尋ねまはるとは、テもさても御苦労千万、右守殿が躍起となつて尋ねてゐるアリナの君はかく申す拙僧でござる。美事相手になるならなつて見なされ、アツハハハハ』
『最前から何だか怪しき奴だと思つてゐたが、いかにもその方は左守の伜アリナに間違ひない。ヤアよい所で出会うた。オイ家来ども、有無をいはせずこのアリナをふん縛れ』
『アイ』
と答えて両人は前後よりアリナに武者振りつかむとする。アリナは飛鳥のごとく身をかはし、右に左に敵の鋭鋒をさけながら、金剛杖にて、白刃の刃をうけ流してゐる。しかしながらアリナも到底多勢に無勢、グヅグヅしてゐて命を取られちや大変と、一本橋を一生懸命に西側の岸に向かつて駈け出す途端、粗末な橋杭に躓いて、ザンブとばかり激流の中に落込んでしまつた。右守その他の家来どもは手を拍つて万歳を三唱し、肩肱怒らしながら勇み進んで家路をさして帰りゆく。
 民衆救護団の女団長バランスは、沢山の乾児を養ふその費用に窮し、右守司が禁断の場所と定めておいた、魚が淵といふインデス川の稍水の淀んだ場所において、乾児と共に網打ちを月夜を幸ひ始めてゐた。この地点は岸辺に老木繁茂し、魚の集合所には最適当の場所であり、かつ沢山な種々の魚介が棲息してゐる。万一この場所に網を入れ、役人に見つからうものなら、たちまち石子責の刑に処せらるるといふ厳しき掟である。バランスは数十人の乾児に見張りをさせながらバサリバサリと網を打ち、沢山な魚を捕獲してゐた。十網ばかり打つた時、非常に重たいものが網にかかつた。バランスは腕力に任せて引上げて見ると人間の死骸である。義侠心に富める彼女は、
『吾が網にかかるは何かの因縁だらう。いづくの人かは知らねども、もし命の助かるものなら、あらゆる手段を尽して助けてやらねばなるまい』
と、乾児に命じ沢山の焚物を集めさせ、河縁に火を焚いて温めてゐた。そして人工呼吸や、種々の手段を尽してみたが、息を吹き返さず、ほとんど絶望の淵に沈んでゐる時しもあれ、駒に跨がりこの場に現はれて来たのは、水車小屋に捉はれてゐたスダルマン太子の一行である。バランスは一目見るより月影にすかして、スダルマン太子たる事を知り捨鉢気味になり、ゴテゴテぬかさば強力に任せ、馬もろとも河中に投じてくれむものと、身構へをした。太子は後を振向きながら、
『宣伝使様、どうやら土左衛門が網にかかつたやうです。助けてやる事は出来ますまいかなア』
梅『いかにも溺死者とみえます。神様に祈つて蘇生さして頂きませう』
と言ひながら、駒をヒラリと飛下り、バランスの前に進みよつて、丁寧に腰を屈め、
『見れば溺死人と見えますが、貴女がたは親切に介抱してござる様子、実に奇特神妙の至りでござる』
 バランスはこの言葉を聞いて、案に相違し、握りかためた拳のやり場に困つたといふ顔付きにて、
『ハイ、私は実のところバランスといふ漁業団長でございますが、禁断の場所を犯して魚族を捕獲するをりしも、吾が網にかかつたのは比丘姿の旅人、どうかして助けたいものだと、この通り火を焚いて温め、いろいろと手を尽しますれど最早駄目でございます。もしこれが蘇生するものならば、どうか宣伝使のお祈りによつて助けて頂きたいものでございます』
 梅公別は直ちに天津祝詞を奏上し、天の数歌を唱へ死者の前額部に右の示指をあてて、一生懸命に霊を送る事ほとんど五分、不思議や死人は「ウン」と唸り出し、幽かに手足を動かし始めた。バランスを始め一同の歓喜は例るに物なきほどであつた。やうやくにして死人は元気回復し、四辺をキヨロキヨロと見まはしながら、篝火にすかし見て、
『ヤア貴方はスダルマン太子様でございますか』
『何、汝はアリナであつたか、ヤアいい所で其方に出会ひ、余も満足だ』
ス『アリナ様、妾はスバールでございます。貴方は死んでいらつしやつたのでございますよ。ここにござる大きなお方の網にかかり貴方は救われたのです。種々とこの方が御介抱を遊ばしたさうでございますが、どうしても蘇生の望みがないので、失望落胆してゐられた所へ、三五教の宣伝使梅公別様、即ちこのお方が神様に祈つて、あなたを助けて下さつたのですよ。サアお礼を申しなさい』
ア『ハイ、有難うございます。モシ宣伝使様、エー、漁師様、再生の御恩、末代までも忘れはいたしませぬ』
と簡単に、落涙して感謝の辞を呈する。
太『ヤア結構々々、汝バランス、禁断の場所を冒した罪は国法上許し難いなれど、汝が仁愛の心に免じ忘れておく』
バラ『これはこれは太子殿下でございましたか。御仁慈のお言葉骨身に堪へて有難う存じます。大体かやうな不公平な法律を発布し、自然に発生く魚族を右守の司の特別漁猟区域となし、人民一般に天然の恩恵を均霑させないといふのは余り矛盾ではございますまいか。妾は民衆の味方と成つてかかる不公平なる法律を撤回し、四民平等の神意に基づき、タラハン国の政治を根本的に改革いたしたく念願してをります。かやうな所で太子様に申し上げるのは畏れ多うはございまするが、妾の一言は国民全体の声でございますから、何とぞ何とぞ仁慈の御心をもつて、かかる狭苦しき法律を撤回遊ばすやう、違法ながら謹しんで殿下に直訴をいたします』
『ヤ、実に天晴れな汝の志、感心々々。余はこれより城内に帰り、国政の大改革を断行する考へだ。汝は民衆の母として今日まで国家のため大活動をやつてゐたことは、うすうす聞いてゐる。ついてはどうだ、余の政治を助けてくれる心はないか』
『ハイ、思ひもよらぬ殿下の思召し、何分鄙に育つた不作法者、到底廟堂に立つ事は出来ませぬ。まして今まで茶坊主の妻とまで成下つてをりました卑しき女でございまするから……』
『そちにも似合はぬその言葉、国民救護のためならば、勇んで余が言葉を聞いてもいいぢやないか。今までのごとく特権階級が威張り散らし、下民衆の難儀を知らず顔に、吾が身勝手の事を致すような悪政はやらせないつもりだ。どうか余が頼みを聞いてはくれまいか』
『ハイ、思ひがけなき殿下のお見出しに預かり、日ごろの願望も成就の時が参りましたやうでございます。左様ならば令旨に従ひ、殿下に付添ひ入内致すでございませう』
『ヤア満足々々、時を移さず、汝は余について城内へ来てくれよ』
『畏まりました。しかしながらこのアリナ様は到底この様子では歩行は難からうと存じますから、妾が馬となり、背に負ぶつてお供をいたしませう』
梅『ヤ、バランスさま、天晴れ天晴れ。男子にまさる貴女の勇気、あなたこそ神の化身ともいふべきお方でございます』
バラ『左様にお褒め下さつてはお恥づかしうございます。サア参りませう』
とバランスはアリナを背に負ひながら、駿足の後より従ひ行く。
 この時、大空の月は淡雲を押分けてニコニコしながら、一行五人の夜の道芝を清く明らけく照らさせ玉うた。インデス河の河波は月光を浴びて金鱗の如くキラリキラリと瞬いてゐる。

(大正一四・一・七 新一・三〇 於月光閣 松村真澄録)



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