出口王仁三郎 文献検索

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物語68-4-151925/01山河草木未 破粋者王仁三郎参照文献検索
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第一五章 破粋者〔一七三九〕

 那美山の南麓、秋野ケ原の片隅に古ぼけた茅葺きの水車小屋が建つてゐる。附近に人家もなく、見わたす限り、東南西の三方は原野の萱草が天に連なつてゐる。この水車小屋は水車の枠も損じ杵も折れ、所どころに雨もりがして、今は全然活動を中止してゐる。カーク、サーマンの二人は何事かこの茅屋に秘密の蔵するものの如く、お勤め大事と蛙面をさらして仁王の如く仕へながら、雑談に耽つてゐる。
カーク『オイ、サーマン、この間は随分骨が折れたぢやないか。あの古寺へ十人づつの手下を引きつれ、つかまえに行つた時や、俺も「到底こいつア駄目かなア……」と一時は匙を投げたが、断じて行へば鬼神もこれを避くとかいつて、たうとう物にした。あの時に俺の勇気が途中に挫けやうものなら、サツパリ目的物は取逃し、百円づつの懸賞金は駄目になるところだつた。汝たちも俺のお蔭で、百円の大金にありついたのだから、チツとは俺の恩恵も知つてゐるだらうな』
サーマン『ヘン、偉さうにいふない。汝は太子の一瞥に会うて、ビリビリと震ひ出し、地上へ平太張つて、息をつめ、物さへ碌によう言はなかつたぢやないか。その時、俺が「オイ、カーク、しつかりせぬかい」と靴で汝の尻を蹴つてやつたので、漸く輿を上げよつたぢやないか。行きなり、女つちよに睾丸をつかまれて悲鳴をあげて青くなり、歯をくひしばり白目ばかりにしやがつて、フンのびた時のザマつたらなかつたよ、あまり偉さうにいふものぢやないワ』
『それだつて、太子のカークれ場所はこの古寺だと、カーク信をもつて報告したのは俺ぢやないか。それだから何と言つても俺は功名手柄の一番槍、誉れは天下にカークカークたるものだ』
『何ほど発見者だと言つても、ヤツパリ俺の勇気がなかつたら、汝はあの山奥で冷たくなり、狼どもの餌食になつてゐる代物だ。命の親のサーマンさまだぞ。オイ百両の内五十両ぐらゐ俺にボーナスを出しても、あまり損はいくまいぞ。五十両で命が助かつたと思へば安いものだ。俺の名を聞いても一切衆生が成仏するんだからなア』
『ヘン、欲なことをいふない。こつちの方へ五十両よこせ。右守の大将、誰も彼も平等に、皆百円づつ渡しやがつたものだから、論功行賞の点において、非常に不公平があるのだ。俺やモウこんな淋しい所で、一ケ月わづか十円やそこらの月給を貰つてをるこた厭になつた。俺やモウ明日から辞職するから、汝一人で番するがよからう。汝は自ら称して救ひの神だと言つてゐやがるから、虎が来たつて、狼が来たつて大丈夫だらう、ウツフフフ。とつけもない救世主が現はれたものだ、イツヒヒヒヒ』
『コリヤ、カーク、あまり馬鹿にするない。お経の文句にも、「曩莫三満多」といふ事があるぢやないか。「三満多」さへ唱へたら、三災七厄も立所に消滅し、豺狼毒蛇盗人の難も、火難水難剣の難も、一遍に逃れるという結構なお経だよ。その名をつけてるサー満だから、俺は即ち天下の救世主サーマンといふのだ、エツヘヘヘヘ』
『しかし地下室の太子はどうしてゐるだらう。舌でも噛んで死によつたら大変だがなア。「どこまでも殺さないやうにせ、飲食物を与へず、干殺せ」と、右守司の御内命だから、自殺でもやられちや、忽ち俺等の首問題だぞ』
『そんな心配はすな。何というても隣室に古今無双の美人が這入つてゐるのだもの、あの細い窓の穴から互ひに顔を覗き合うて、甘い囁きをつづけ、楽しく面白く平然として日夜を送られるかも知れぬ。吾々下司下郎の心理状態とはまた、格別違つたものだからのう』
『何ほど太子だつて美人の面ばかり見てをつても腹は膨れないよ。諺にも「腹がへつては戦争が出来ぬ」といふぢやないか。饑渇に迫つて恋だの鮒だのと、そんな陽気な事思うてゐられるか。汝もよほど理解のない奴だなア』
『ナアニ、「とかく浮世は色と酒」と、俗謡にもある通り、飯よりも酒が大事だ、酒よりも大切なは色だ。その色女とたとへ隔てはあるにしても、毎日顔見合はして、甘つたるい事いつて楽しんでゐる太子の胸中は、暖風春の野を渡るがごとき心持ちでゐられるだらうよ。恋は生命の源泉だといふぢやないか。俺だつてあんな美人に恋されるのなら、百日や千日、一杯の水を呑まいでも、一椀の食をとらいでも得心だ。何と言つても天下の名誉だからなア』
『アツハハハハ、法外れの馬鹿野郎だなア。飲食物を断てば人間は死ぬぢやないか、「死んで花実が咲くものか」といふ俗謡があるだらう。世の中は命が資本だ。人間は飲食物を取り命を完全に保つてこそ、恋といふものの味はひが分るのだ。筍笠のやうに骨と皮と筋とになつて痩衰へ胃病薬の看板のやうに壁下地が現はれ、手足は筋骨立つて竹細工に濡れ紙をはつたやうなスタイルになつては、恋も宮もあつたものかい』
『恋でも宮でもないよ。海魚の王たる鯛子様だ。それだから太子霊従の行動を遊ばすのだ。政治なんかどうでもよい、親なんかどうでもよい、自分の恋の欲望さへ遂げれば人生はそれでいいのだ……などと言つて、あらう事か、あろまい事か、山海に等しき養育の恩を受けた父親の難病を見捨てて、好いた女と手に手を取つて随徳寺をきめこむといふ粋なお方だからなア』
『それだから親の罰が当つて、こんな所へ投げ込まれたのだ。つまり吾が身から出た錆だから、気の毒でも仕方がないぢやないか。「天のなせる災は或は避くるを得べし。自らなせる災はさくべからず」といふ教がある。丁度それにテツキリ符合してゐるぢやないか。虎か山犬のやうに檻の中へ放り込まれて、飲食物を与へられず、悶え苦しんでゐるとは、実に気の毒千万だ。しかしながらこれも自業自得だから仕様がないワ』
『さう悪口を言ふものぢやない。汝だつて俺だつて百円の大金にありつき、女房に立派な着物の一枚も買つてやれたのは、体主霊従様が、アアいふ事をして下さつたお蔭ぢやないか。あまり粗末にすると冥加が悪いぞ。オイ汝、何とかして焼芋のヘタでも買つて来て、ソツと放りこんだらどうだ。そのくらゐな人情はあつても、あまり罰ア当るまいぞ』
『馬鹿いふな、そんな事をしやうものなら、俺たちの身の破滅だ。何と言つても自己愛世間愛の尊重される世の中に、そんな宋襄の仁は止めたがよからう。吾が身の保護上険呑至極だぞ』
『それでも汝、万々一太子が再び世に出られ、王者に成られた時はどうするつもりだ。俺を苦しめよつたといつて、首をうたれても仕方あるまい。さうだから今の内にチツとぐらゐ同情の涙を払つて、焼芋のヘタぐらゐは恵んでおく方が、自己愛の精神上最も賢明なやり方ぢやないか』
『ヘン、モウかうなつた以上は籠の鳥だ。天が地になり、地が天となり、太陽が西から上る事があつても、世に出るやうな事があるものか。ともかく長い者にはまかれ、強い者の前には尾をふつて従ふのが、自己保存上唯一の良法だ。俺は断じて何物も与へないつもりだよ』
『汝、さういふけれど、太子の死なない内に右守の司の陰謀が露顕し、太子の在処が分つて、立派な役人どもがお迎へに来たとすれば、「その時や大切にしておきやよかつたに」と、地団駄踏んで悔むでも、もはや及ばぬ後の祭りだ。六日の菖蒲十日の菊だ。それだから汝の利益上、俺がソツと忠告するのだ』
『俺は断じてそんな女々しい卑屈な事はせないよ。時の天下に従へといふぢやないか。権威赫々として、月日の如く輝き亘る右守の君にさへ、お気に入ればいいのだ。オイ汝、地下室へ行つて、一寸査べて来い。俺や此処で外面の看視に当るから……』
 太子は地下室の牢獄に投げ込まれて今日で三日、一飲一食もせず、細い狭い窓を覗いて、スバール姫の顔をかすかに眺め、それをせめてもの慰めとなし、死期の至るを従容として待つてゐた。そこへ看視役のサーマンがやつて来て、
『モシモシ太子様、貴き御身をもつて、かやうな処に断食の御修業を遊ばすとは実に恐れ入りましてございます。私もタラハン国の国民の一人でございますれば、何とかして殿下に対し御恩報じが致したい考へでございますが、何分相棒のカークといふ奴、無情冷酷なる鬼畜の如き動物でございますから、私の申す事を聞き入れず、何かお腹にたまる物を差上げたいと焦慮してをりますが、もしそんな事をいたしまして、右守司の耳へ入れば忽ち私の首は一間先へ転り、ヤツと叫ぶ間もなく死出の旅立ち、つまらない事になつてしまひますなり、殿下の御境遇は察し参らしてをりますが、今日の場合いかんともする事が出来ませぬから、どうぞ因縁づくぢやと諦めて、姫様の顔を見て心をお慰めなさいませ。暗があれば明りもある世の中、殿下だつて何時までもかやうな不運が続くものぢやございますまい。屹度元の貴い御位にお上り遊ばす事がないとも限りませぬ、その時にはどうぞ私をお引立て下さいませ。お馬の別当でも、お馬車の馭者にでも結構でございますから……』
太子『ハハハハ随分辞令の巧みな野郎だなア。それほど親切があるなれば、なぜ余を捕縛したのだ。汝が二十人の悪人輩を指揮して、余を斯様な所へ投込むやうにいたしただないか。そんな偽善的同情の詞は聞くも汚らはしい、そちらへ行け』
『それは殿下の誤解と申すものでございます。私は決して殿下をお苦しめ申さうなどの悪心はございませぬ。元より殿下に対し、何の怨みもない私でございますから』
『アツハハハハ怨みはなからうが恩恵は味はつただらう。余を捕縛したために百円の懸賞金を貰つたぢやないか』
『ハイ、ソリヤ受取りましたけれど、女房の着物を買つたりなど致しまして、私の身には一文もつけた覚えはございませぬ。甘い酒の一杯も呑んだ事もなく、つまり全部嬶の奴にふんだくられてしまひました。どうか恨みがあるなら内の嬶を恨んで下さい。一文も儲けてゐない私に対し、そんなことおつしやるのはあまり御無理ぢやございませぬか』
『ハハハハ、妙な団子理窟を捏る奴だな。汝は常識をどこへやつたのだ』
『ハイ、情色は女房が内に大切に保護いたしてをります。何ほど夫婦の間柄でも、かう所を隔つて住まつてをりますれば、情色の楽しみも到底味はうことは出来ませぬ』
『テモさても情けない野郎だなア。サ早くこの場を立ち去れ』
『殿下、さうポンポンいふものぢやありませぬよ。生殺与奪の権は、いはば間接に吾々が握つてるやうなものですから、チツとは監視役の私に対しては、もうチツとばかり丁寧におつしやつても、あまり御損にもなりますまい。あまりポンつき遊ばすと、あなたのおためになりませぬぞや』
と堅固なる檻に、猛悪なる虎を押込めて、外から苛責んでゐるやうな心持ちになつて、下司下郎が威張つてゐる。隣の室よりスバール姫は窓をさし覗きながら、
『あの太子様、左様な獣に相手におなりなさいますな。妾は残念でございます』
太『成るほど、そなたのいふ通りだ。今後は何も言ふまい。オイ野郎ども、邪魔になる、早く上へ上つて、水車小屋の立番でもいたせ』
と大喝され、さすがのサーマンも首をすくめながら、鼠のやうにこの場を逃去つた。カークはこの間に頬杖を突きながら、コクリコクリと居睡つてゐた。
サ『コリヤコリヤ、カーク、職務を大切にせぬか、白昼に居睡るといふことがあるかい』
カ『ヤア、サーマンか、俺やチツとも居睡つてはゐないよ。俯むいて沈思黙考、哲学の研究をやつてゐたのだ』
『ヘーン、うまい事いふない。鼾をかいてゐたぢやないか』
『きまつた事だ。哲学上鼾の原理は如何なるものなりやと、実地の研究をやつてゐたのだ。無学文盲な汝に哲学の研究が解るか。それだから常識がないといふのだ』
『エー、太子にも、情色がないと誹られ、また汝にも情色がないと誹られ、本当に男の面はまるつぶれだ。しかしながら余りいうて貰ふまいかい。女房がある以上情色はあるぢやないか。汝こそ鰥暮らしだから、情色なんか味はつたこたあるまい』
『ハハハハ、色情と常識と間違へてゐやがるな。オイ、コラ、このカークはな、天下一の男地獄、色魔の先生と謳はれてきたものだよ。汝等のやうな唐変木の敢て窺知し得る範囲ぢやない。鼠とる猫は爪隠すといつてな。女のないやうな面してる奴に、かへつて女が沢山あるものだ。汝はこの間の消息を知らないから、恋や情を語るに足らない人物だ』
『ヘン、おつしやいますワイ、汝のやうな、鳶の巣と間違へられるやうな頭の毛をモシヤモシヤと生え茂らせ、和布の行列然たる着物を着やがつて、色魔だの、男地獄だのと、そんなこと吐す柄ぢやあるまい。ヤツパリ睡呆けてゐやがるな。オイ、そこの小溝で手水でも使うて来い』
『そこが汝らたちの解らないところだ。……恋の上手は窶れてかかる……と言つてな、俺のやうな者が却つて女に惚れられるのだ。汝のやうに女子の真似をして、頭にチツクをつけたり、石灰の粉を塗つたり、嬶の月経を頬辺に塗つて、色男然と構へてる奴にや女の方から愛想をつかし、唾でも吐つかけ逃げてしまふもんだ。尻の大砲や肱の鉄砲を打ちかけられ、鳩が豆鉄砲を喰つたやうな面で指を喰はへて、女の後姿を怨めしげに眺めてゐる代物は、汝のやうな柔弱男子の身の果だ。ヘン馬鹿々々しい』
『ほつといてくれ、女房のある立派な人間と嬶なしとは到底間が合はんからのう。汝は最前俺を無学文盲だと言ひよつたが、汝ぐらゐ無学文盲な奴はあるまいよ。無学の奴を称して、ヨメないカカないと言ふぢやないか、ザマア見やがれ。これには一句もあるまい、イツヒヒヒヒ』
『コリヤ、そんなこたどうでもよい。地下室の様子はどうだつたい。隊長に報告せぬかい』
『なにも報告すべき原料がないぢやないか』
『ハハア、汝は太子に叱りつけられ、謝罪つて帰つて来やがつたな。どうも汝の素振りが怪しいと思つてゐたよ』
『しかりしかり、しかりしかうして俺の方から叱りつけて来たのだ。さすがの太子もオンオンと声をあげて泣いてゐたよ。何といつても偉い者だらう。畏れ多くもタラハン城の太子を一言の下に叱咤するといふ蘇如将軍のやうな英雄だからなア』
『ヘン、そんなことが何自慢になるか。堅固な檻の中へ這入つてゐる以上は太子だつて、虎だつて、狼だつて、どうする事も出来ぬじやないか。誰だつて叱るぐらゐは屁のお茶だ』
『ナニ、理窟からいへばそんなものだが、実地に臨んでみよ。どこともなく威厳が備はつてゐて、その前へ行くと体はビリビリ慄ひ、目はまくまくし、舌は上腮の方へひつついて固くなり、胸はドキドキ、足はフナフナ、なかなか叱る勇気は容易に出て来ないよ。俺ならこされ、一口でも叱りつける事が出来たのだ』
『アツハハハハ、手厳しく反対に、叱りつけられよつたのだらう』
 かく話すをりしも、吹来る西風に送られて幽かに宣伝歌の声聞こえ来たる。

(大正一四・一・七 新一・三〇 於月光閣 松村真澄録)



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