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物語68-3-91925/01山河草木未 衡平運動王仁三郎参照文献検索
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第九章 衡平運動〔一七三三〕

 上に大名あれども、時代を解し国家永遠の神策を弁へたる輔弼棟梁たるべき小名なく、あらゆる虚偽と罪悪と権謀術数を以て施政の大本となし、重税を課して膏血を絞り、上に立てるブルジョア階級なる者は、肥馬軽裘、あらむ限りの贅を尽し、行人の迷惑を顧みずブウブウと自動車を飛ばして、臭気紛々たる屁と土埃を浴びせて平気に行く。貧民の子は自動車に轢き殺されても、これを訴へ出づる術も無く、強者は白昼強盗に等しき行ひをなして、公々然縦横に濶歩し、弱者は往来の車馬に踏み躙られ悲鳴を上げ、九死の境に呻吟す。文明利器の交通機関はかなりに進歩し完備すれども、貧者はこれを利用する事を得ず。教育機関は立派に設けられたりといへども、貧者はこれに入学するを得ず。寄席劇場などは市の四方に建設され地上の楽園を現出すれども、貧者はまたこれに一回の慰安を求むる事を得ず。病院は各所に甍を列ねて樹立すれども、貧者はこれに入つて治療を受くる事を得ず。美味佳肴は料理屋の店頭に並べられたりといへども、貧者またこの恩恵に浴するを得ず。錦繍綾羅を店頭に陳列せる大呉服店は市中目抜の場処に櫛比すれども貧者は一片の布も購求する事を得ず。日夜飢ゑに泣き寒さに凍え、空虚腹を抱えて半病人の如く路の傍を悄々と喘ぎ行くのみ。富者は大小名と結托して暴利を貪り、物価は日を逐うて暴騰し、生存難の声は日を逐うて喧すしく、淵川に身を投ぐるもの、鉄砲腹をなすもの、ブランコ往生を演ずるもの、線路を枕に命を捨つるもの、日に夜に数限りも無く、暗黒の幕は下層社会に日に日に濃厚に下されて来た。
 民衆の憤怒怨嗟の声、号泣の叫び、あたかも阿鼻叫喚、地獄の状態と成つて来た。大小名撲滅の声は国内各処に起り、市民大会、民衆大会その他あらゆる民衆の会合は、各処に開かれ、目付役と民衆の争闘は絶間なく血腥き風は四方に吹き荒び、さすが安逸なるタラハン国も、今は漸く修羅の巷と成つてしまつた。不逞団歌劇団その他の各種の団体は期せずして都大路に集まり、タラハン国の創立記念日なる五月五日を期して、城下の場所に一斉に放火を始め、その虚に乗じて血に飢ゑたる民衆はあらゆる悪業を恣にし、一時はほとんど無取締りの状態になりしが、漸くにして侍連の力を借つて稀有の騒乱を鎮圧する事を得たのである。
 この騒擾勃発のために、富有連の傍杖を食つて僅かの財産を焼失したるもの、親を失ひ、妻を失ひ、夫に別れ、或は一家全滅したる者数限りもなく都大路は流血の巷と化し、死屍累々として目も当てられぬ惨状となつた。子は母の背にあつて飢ゑに泣き、老人は腰を抜かして路傍に倒れ、或は半死半生、重傷を負うて苦しむ者幾千人とも数へきれぬほどであつた。
 有志の各団体は罹災民救護のため、東西南北に駈けまはり、米麦野菜などをあさつて、一時の急を救はむとすれども、到底その一部の要求を充たすにも足らなかつた。流言蜚語盛んに起こり、人心恟々として安からず、今にタラハン国は滅亡の悲運に向かふべしなどと人々の口によつて喧伝された。かかる所へ肉体美に過ぎた大兵肥満の女一人現はれ来たり、札ビラを路上に撒き散らしながら声高々と何事か唄ひながら、碁盤の目の街を彼方此方と駈けめぐつてゐる。

女『神が表に現はれて  人と鬼とを立別ける
 天には黒雲塞がりて  月日の影も地に照らず
 天が下なる人草は  優勝劣敗日をかさね
 強きは高く登りつめ  栄耀栄華の有りたけを
 尽して下の難儀をば  空吹く風と聞き流し
 貧しき民を虐げて  生血を絞り脂をば
 力限りに吸ひ取れば  痩せ衰へて餓鬼の如
 骨と皮とに成り果てぬ  神がこの世に在す上は
 何時まで許し玉はむや  この世の中は神様が
 万の民を平等に  楽しく嬉しく暮させて
 天国浄土の神政を  布かむがための思召し
 しかるに何ぞ計らむや  上は左守を始めとし
 富有連や長者等が  勝手気儘に振れまひて
 下国民を苦しめし  報いは忽ち目の当り
 思ひ知つたか左守司  その他百の司達
 今に心を直さねば  打てや懲らせと民衆が
 鬨を作つて攻め寄せる  その凶兆はありありと
 今より伺ひ知られたり  アア民衆よ民衆よ
 必ず憂ふる事なかれ  至仁至愛の神さまは
 必ず汝が窮状を  何時まで見捨て給はむや
 必ず一陽来復の  春を迎へて永久に
 安き楽しき神の国  この世の中に樹て玉ひ
 今まで下に苦しみし  清き正しき汝等を
 高きに救ひ給ふべし  天は降つて地と成り
 地は上つて天と成る  有為天変の世の中は
 何時まで大名小名の  自由の振舞許さむや
 ああ惟神々々  神は汝と倶にあり
 吾等は神の子神の宮  いよいよ時節が参りなば
 今までこの世に落ち居たる  百の正しき神さまは
 数多の神軍引率し  悪を亡ぼしよこしまを
 平らげ尽し給ふべし  勇めよ勇め民衆よ
 時は来たれり時は今  神政復古の暁ぞ
 不意に起つた大火災  これぞ全く人間の
 力に及ぶ術でない  何れも貴き神様の
 悪に対する警戒ぞ  如何に大名小名や
 富有連が覇張るとも  彼等が覇張る世の中は
 最早末期と成りにけり  勇めよ勇め皆勇め
 民衆を苦しむ悪人を  片つ端から踏み躙り
 怯めず臆せず堂々と  火の洗礼を施せよ
 血汐を以て世を洗へ  向日の森の茶坊主が
 館に後妻と化けすまし  三年以来身を潜み
 富有連に出入する  彼に付き添ひ富有連の
 事情を査べゐたりしが  最早時節も充ちぬれば
 数多の部下に命令し  火の洗礼をさせたのは
 大兵肥満のこの女  富有連中が何恐い
 大名小名糞喰へ  取締役や目付役が
 怖くてこの世に居られうか  勇めよ勇め民衆よ
 女ながらも吾が部下は  タラハン国の山に野に
 幾十万の生身魂  腕を撫して待つてゐる
 いよいよ命令一下すりや  四方八方の隅々ゆ
 ドンドン狼火が上るだろ  今の好機を逸せずに
 汝等世界の改造を  命の綱と信じつつ
 振へよ立てよ立上がれ  民衆団の頭目と
 世に聞えたるバランスは  即ち吾が身の事なるぞ
 アア勇ましや勇ましや  この惨状を見るに付け
 下人民の傍杖は  実に涙の種なれど
 大小名の狼狽の  その状態を眺めては
 少しは虫も治まらむ  更生院が何に成る
 これも矢つ張り富有等の  汝等民衆一般の
 生血を絞る手品ぞや  必ず迷ふな迷はされな
 思へば思へば村肝の  心の神が踊り出す
 ああ惟神々々  御霊幸はへましませよ
 奸侫邪智の輩の  目玉飛出しましませよ』

 十字街道に待ち構へて居た数百の目付隊は、有無を言はせずバラバラと駈け寄つて手取り足取り、取縄をもつて雁字搦みに縛り付け、バランスを荷車に乗せて横大路の取締所へと運び込むでしまつた。民衆に化けて居た彼の子分はバランスを取返さむと潮の如く押寄せ、目付と団員との闘争が演出された。目付隊は既に危ふく見えた時、喇叭の声も勇ましく二千人の侍は押寄せ来たり、銃を擬して威喝を試みたり。素より完全な武器を有つてゐない民衆は歯がみをなしながら、見す見す大棟梁を奪はれしまま、退却するの止むを得ざるに立至りける。
 バランスは目付頭の前に引出され、厳重なる訊問を受けた。バランスは少しも怯む色無く滔々として目付頭に食つてかかつた。
目付頭『その方の姓名は何といふか』
バランス『俺の名はバランスといふ者だ。民衆救護団の大頭目だ。有名なバランスの面を今まで知らぬようなウツソリした事で、どうして大目付頭が勤まると思ふか、あまり平等を欠いだ強食弱肉の現代だから、バランスを取るためにバランスと命名したのだ』
目付頭『その方は民衆を煽て上げ、不逞の徒を鳩集し、市街に火を放ち、剰さへあらゆる悪業を敢てし、尚飽き足らず民衆を煽動するとは何の事だ。汝の如き極重悪人は裁判の必要も無い、国家のため不愍ながら銃殺の刑に処するによつて、この世の名残に念仏でも唱へておくがよからうぞ』
 バランスは女に似合はぬ大胆不敵の英雄である、身動きもならぬところまで縛られながら、少しも恐るる色なく大口開けて高笑ひ、
『アハハハハ、向かふの見えぬ盲ども、銃殺なつと絞殺なつと、出来るならやつて見よ。このバランスの命はタラハン国全体とつり代の命だ。数十万の吾が部下は国内の各所に、バランスが殺されたと聞くならば一時に蜂起するだらう。汝等如き悪目付はよく後前の成行を考へて手を下したがよからうぞ。第一国民の模範たるべきものの行状は何だ。向日の森の畔に住む茶坊主タルチンの茅屋に年若き女を忍ばせ、夜な夜な労働者の服を着けて通ひつめ、恋の奴となつて脂下つてゐるではないか、かやうな事で、どうして世話が完全に出来るか、その方どもは呑舟の魚には恐れて近寄らず、鮒やモロコの如きウロクヅを漁つて目付力がどうの、政治がどうのと、好え気に成つて国の滅亡を知らない馬鹿者だ』
目付頭『バランス、何という畏れ多い事を言ふのか、人民の分際として、その行動を云々するという不敵な事があるか』
バランス『ハツハハハ、それほどお邪魔に成りますかな。しからばこの問題は御推量を願つておきませう。よく茶坊主を呼出してお査べなさい。それについても許し難きは左守ガンヂーが伜アリナと言ふ奴、不届至極にも茶坊主を取込み、山出し女との媒介を致して居るのみならず、自分は殿中に錦衣を着け、偽太将と成り代り、左守右守の目を眩ましてゐるではないか。大王殿下は御重病にて上下憂鬱に沈む折柄、伜たるものは女に狂ひ、また左守の伜は王位を奪はむとしてゐる大胆不敵の曲者、その他の大名どもはこれを見ても推して知るべしである。このバランスはタラハン国民衆全部の代表者だ、決して嘘は言はないぞ、早速調べて見るがよからう』
 この言葉に目付頭も並みゐる目付等も色を失ひ、太き息を漏らして互ひに面を見合すのみであつた。またもや民衆と目付役と闘ふ声、庭の近辺に喧しく響いて来た。

(大正一四・一・六 新一・二九 於月光閣 松村真澄録)



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