出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語68-3-131925/01山河草木未 蛙の口王仁三郎参照文献検索
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第一三章 蛙の口〔一七三七〕

 五月五日の城下の騒乱勃発に恐怖心を極端に抱きゐる右守の司サクレンスの邸宅は、衛兵警夫数十人を以て厳しく警固され、怪しきものの影だにも近寄るを許さなかつた。かかる物々しき警戒裡の門を潜つて悠然と入り来たる一人の女は、殿中深く仕へたる女中頭のシノブであつた。彼は何の恐るる色もなく殿中に奉仕するという権威を肩にふりかざしながら、玄関口に立現はれ、
『右守様、殿中のお使でございます。通つてもよろしうございますか』
と訪うてゐる。
 玄関番のサールは丁寧に頭をさげながら、
『これはシノブ様、よくマア入らせられました。只今御主人に伝へて参りますから、暫時ここにお待ちを願ひます』
と言ひ捨てコソコソと奥の間に進み入つた。少時あつて右守はニコニコしながら出で来たり笑を満面に浮かべ、いとも慇懃な口調にて、
『ヤアこれはこれはシノブ様でございましたか。サアどうぞ奥へお通り下さいませ。御用の趣承りませう』
 このシノブの職掌は右守に比して非常に低級ではあるが、大王殿下のお居間近く仕へ奉る身なるを以て、どことなく権威備はり、かつまた左守、右守といへど、殿中の女官に対しては常に一歩を譲らねばならなくなつてゐた。万一女官の怒りに触れやうものなら、忽ち影響は各自の地位に及ぼすの恐れあるをもつてである。奸侫邪智に長けたる流石の右守も、特にこの女中頭たるシノブに対しては、あらむ限りの媚を呈し追従至らざるなく、地にもおかぬ待遇振りを発揮するのが常である。シノブは悠然として右守に導かれ庭の植込をすかして、彼方に見ゆる、余り広からねども、どこともなく瀟洒たる別間に案内され、宣徳の火鉢を中において二人は頭を鳩め密談に耽る。
右守『これはこれは早朝より御入来下さいまして有難うございます。ツイ寝坊をかわきまして屋内の掃除も行届かず、この間の騒動によつて下男下女等も逃走いたし、誠に不都合きはまる処へ御来臨を仰ぎ、実に汗顔の至りでございます。さうして今日お越し遊ばした御用の趣は、如何なる事でございませうか。仰せ聞けられ下さいますれば誠に有難うございます』
 シノブは儼然として威儀を正し、言葉もやや荘重に右守を見下しながら言ふ、
『今日参りしは余の儀に非ず、大王殿下の勅使として右守殿に申し渡したき事これあれば、謹んで承り召され』
 右守はハツと頭を下げ二足三足、後退りしながら、
『お勅使様には御苦労千万、殿下より御諚の趣、謹んで拝承仕りまする』
シノブ『今日妾、勅使として参りしは余の儀に非ず。「汝も知る如くスダルマン太子の君は行方不明となり、大王殿下におかせられても御病気の折柄、御煩慮の最中、またもや王女バンナ姫様、昨夜よりお行方を見失ひ、殿中は上を下への御混雑、折り悪しくも左守の司は先日の罹災によつて、胸骨を打ち病床に呻吟いたし、未だ参内いたさず、已むを得ず警官を四方に派し、夜を徹して捜索すれども、今に何の手掛りもなし。汝右守も病気中とは聞けど、今日の場合、少々の病気は隠忍し、勇気を皷して参内せよ」との御諚でござる。右守殿、御返答は如何でござる』
右『ハイ、畏れ多くも御勅使の趣、拝承仕りました。直様、身を浄め、身拵へをなして参内いたしますれば、大王殿下の御前、よろしくお取りなしを願ひ上げ奉ります』
シ『早速の承引、大王殿下におかせられても、右守が誠忠を御満足遊ばさるるであらう。しからばこれにてお別れ申す』
と言葉終ると共に、ツと立上がり早くも帰路につかむとする。右守は低頭平身、敬意を表しながら、勅使の玄関を出づるまで見送つてゐた。
 シノブは一旦表門まで立出で再び引返し来たり、またもや玄関口に立つて、
『右守の神様、御在宅でございますか。妾は女中頭のシノブと申しまして卑しき身分のものでございますが、折り入つてお願ひ申上げたき事のございますれば、どうか玄関番様、別格の御詮議をもつて、右守様に面会の出来ますやうお取次を願ひ上げ奉りまする』
 今まで玄関の次の間に出張つて頭を傾け思案にくれてゐたサクレンスは、この声を聞くより隔ての襖をサツと引きあけ、現はれ来たり、
『やア其女はシノブ殿か。ようまアござつた。どうか奥へ通つて下さい。いろいろと相談もしたいからな』
『やアこれはこれは右守の司様、御壮健なお顔を拝し、大慶至極に存じます。妾のやうな不束者が朝も早うからお驚かせ致しまして誠に申訳もございませぬ』
『いや、その御挨拶には恐れ入る。さう七難く言はれずに奥の別室においで下さい。内々相談があるから』
『ハイ有難う。左様ならば遠慮なく、奥へ通らして頂きませう』
と言ひながら右守の後について別室座敷の一間に座を占た。右守は、さも鷹揚な体にて巻煙草を燻らしながら、
『ハハハハ、シノブ殿、この間の騒動には随分気を揉んだでせうね』
『はい、気を揉むの揉まないのつて、口で申すやうな事ではございませぬワ。最前もお勅使の申された通り、殿内は大騒動でございますよ。さうしてアリナ様までが行方不明となられたのですから、妾の心配と申したら一通りや二通りではございませぬ』
『ハハハハ、貴方の最も気にかかるのはアリナさまと見えますな』
『ホホホホホ、そらさうですとも、二世を契つた夫ですもの。女房の妾、これがどうしてジツとしてゐられませうか。御推量を願ひまする』
『イヤ、これは恐れ入つた。別に結婚の御披露もあつたやうでもなし、何時の間に情約締結をなさつたのですかい』
『どうかお察しを願ひます。年頃の女に対し根ほり葉ほりお聞き遊ばすのはチと惨酷ぢやありませぬか、ホホホホホ』
と些と顔を赤らめ袖に顔をかくす。
『あなたはかかる混乱の際にも拘らず、恋愛味を充分に味はひ遊ばす余裕がおありなさるのですから、実に偉大な女傑ですよ。この右守も驚愕、否感服仕りました。時にシノブさま、最前御勅使のお伝へによれば、バンナ姫様はお行衛不明との事、太子様といひ、お二人とも肝腎の方が御不在では、城内は重鎮を失ひ、王家前途のため実に憂慮に堪へないぢやありませぬか』
『その点は妾も、貴方と同感でございます。しかしながら太子様も王女様も貴族生活を大変に忌み嫌つてゐらつしやつたから、あの騒動を幸ひ、何処かの山奥にでも隠れて、簡易生活を送らるる御所存のやうに伺ひます』
『ヤアーかかる王家の一大事をシノブ殿は、あまり意に介してゐられないやうだが、殿中深く仕ふる臣下の身として、あまりに不都合ぢやありませぬか』
『不都合でも仕方がないぢやありませぬか。何を言つても肝腎の方が居られないのですもの、沢山の警官やスパイは四方八方に駈け廻り、鵜の目、鷹の目で捜索しても見当らないもの、もうこの上は人力の如何ともすべき処ではございますまい。何事も神様のなさるままですわ』
『イヤ、呆れましたね。しかしながら拙者はお前さまの心の底を看破してゐるのだが、何事も包み隠さず、ここで打割つて明してもらへますまいか。類は友を呼ぶとかいつて、この右守とても腹を叩けばお前さまも同じ事、あまり心の白うない男ですよ、アツハハハハ』
『右守様、あなたのお心の底も、妾にはよく解つてをります。あなたは弟御のエールさまをこの際王位に上せバンナ様に娶し、あなたは外戚となつて国務を総攬し、大望を遂げむとして、種々劃策を廻らしてゐらつしやるでせう』
と星をさされて、右守は稍たぢろぎながら流石の曲者、わざとケロリとした顔を突き出し、
『ハハハハ、シノブさま、お前さまの天眼通は落第ですよ。どうしてそんな野心を持ちませう。よく考へて下さい、拙者が平素の行動を』
『ホホホホ、右守様の白々しいお言葉、妾は平素の貴方の御行動によつてかくのごとく推定したのでございますよ。何ほど秘密を明かし遊ばしても、妾は決して口外はいたしませぬから御安心下さいませ』
『エー、拙者の事は、おつて申し上げませう。種々と痛くない腹を探られては、この右守もやりきれませぬからな、ハハハハ。それよりもシノブさま、お前さまの心の秘密を、スツパ抜来ませうかな』
 シノブは思はずビクツとしたが、こいつも曲者、ワザと平気を粧ひ、片頬に笑を湛へながら、
『サア何なつと仰しやつて下さいませ。妾の心はあくまで清浄潔白、只一点の野心もなければ欲望もありませぬ』
『どこまでも押の強い貴女のやり口には、さすがの右守も舌をまきました。お前さまは左守の伜アリナ殿を王位につかせ、自分は王妃となつて栄耀栄華にタラハン国の名花と謳はれ暮すつもりでございませうがな』
『右守様、何事かと思へば身に覚えもない、否、心にも期せない妙な事をおつしやいますな。妾は、左様な陰謀を企むやうな悪人ではございませぬよ』
『アツハハハハ、それだけの度胸があれば、一国の王妃として恥づかしからぬ人格者だ。また左守の伜アリナ殿も近来稀なる才子だ。寛仁大度にして慈悲を弁へ人情に通じ、その上容色端麗にして美男子の誉高く、一国の主権者として、吾等が頭に戴いても恥づかしからぬ人材、いい処へシノブさまは気がつきましたね。ヤア右守もズツと感心いたしました。御存じの通り、ほとんど暗黒に等しい今日の国状、アリナさまの胆勇と、シノブさまの度胸をもつて国政の総攬をなさつたら、キツと国家は安全無事に治まるでせう。実は右守においても大賛成でございます。その代り、アリナさまと貴女の目的が達成した上は、この右守を抜擢して、国務総監左守の役に使つて下さるでせうな』
と、うまく釣り込んで蛙の腸を暴露させむと試みた。賢いやうでも流石は女、さも嬉しげに答へて言ふ、
『さすがは賢明なる右守殿、その天眼力には敬服いたしました。御推量の通りでございます。さうしてアリナ様は太子様とお約束が済んでをります。それゆゑアリナ様が太子になられるのは別に何の不思議もございませぬ』
『なるほど、承れば承るほど、万事万端、注意が行届き、水も洩らさぬ御経綸、いよいよ右守、末頼もしく欣喜に堪へませぬ。ついては、ここに一つの大妨害物がございますが、これを何とかして排除せねばなりますまい』
『妨害物とおつしやるのは何物でございますか』
右『外でもござらぬ、太子の君をこのまま放任して置いては後日の迷惑、たとへ太子殿下において、再び王位に就かむとする念慮は起こらないにしても、金枝玉葉のお方なれば、また良からぬ不逞団が太子を擁立し、王統連綿の真理の旗を飜へし押寄せ来たらば、折角の貴女の幸福も夢となるぢやありませぬか。貴女が太子のお行衛を御存じの筈、まづこの方面から処置を致さねば成りますまい』
『如何にもお説の通り、将来の邪魔者は、太子様でございます。幸ひ妾はお所在を存じてをりますれば、何ならお知らせ申してもよろしうございます』
『大王様も御存じでいらつしやるのかな』
シ『イエイエ、どうしてどうして御存じがございませうぞ。妾はアリナ様から詳しう承つてをります』
『成るほど、ア、そりやおでかしなさつた。それでは太子を捕虜となし、再びこの世に上がれないやうに取計ひ、一時も早くアリナさまを迎へて王位に即かせ、新に華燭の典を挙げさせ、国政の重任を背負つて立つて頂かねばなりませぬから、どうぞお二方の所在を明細にお知らせ下さいませ』
『これ右守様、高うは言はれませぬ。天に口、壁に耳、どうかお耳をお貸し下さいませ』
と言ひながら右守の耳許にて何事かクシヤクシヤと囁いた。右守は吾が計略図に当れりと心中雀躍りしながらワザと真面目を粧ひ、
『イヤ承知いたしました。シノブ殿、御安心下さいませ。大王の手前、よしなにお取り計らひを願ひます。そして拙者は御存じの通り目も悪く足も悪く、かつこのごろ流行の感冒に犯されてをりますれば、到底ここ二三日は参内は叶はないだらうと、そこは、それ、よろしく言つておいて下さい。何よりも太子を処分し、アリナさまをお迎へ申すのが焦眉の一大急務ですからな』
 シノブは心の中にて、
『しすましたり、右守の司も比較的組しやすき人物だ。欲に迷うて吾が弁舌に翻弄され、本音を吐き、かつ妾がためによくも欺かれよつたな』
と微笑みつつ自分が騙されてゐるのを、うまく騙してやつたと得意になつてゐる。実にうすつぺらの知恵の持主である。盤古神王、もしこの場に御降臨あらば彼が心を憐れみ、かつ笑はせ玉ふであらう。
 シノブは欣然として右守に別れを告げ、足もイソイソ殿内さして帰り行く。後見送つて右守は吹き出し、
『アツハハハハハ、到頭、シノブの古狸を征服してやつた。何ほど利口に見えてをつても女は女だ。華族女学校の校長を勤め天下一の才女と言はれてゐる女でさへも、葦野の如き怪行者に頤使され、情けの種まで宿し馬鹿を天下に曝す世の中だから、何ほど偉いといつても、女はヤツパリ女だ、アツハハハハ。たうとうこの右守が知恵の光に晦まされ、最愛の夫の難儀になる事も知らず、本音を吹いて帰りよつたわい、イツヒヒヒヒ』
 かく一人笑壺に入つてゐる。そこへ襖をソツと押あけ入り来たりしはサクラン姫であつた。
『旦那様、天晴れ天晴れ、それでこそ妾の夫、右守の司様ですわ。否近き将来における国務総監様。本当に、知識の宝庫とは旦那様の事ですね。妾、只今の掛合ひを襖を隔てて一伍一什承り、旦那様の、非凡な端倪すべからざるお知恵には、ゾツコン惚れてしまつたのですよ、ホホホホ』
 右守は威猛高になり、
『エツヘヘヘヘ、俺の腕前は、まア、ザツとこの通りだ。俺の今後の活動を刮目して待つてゐるがよからう、イツヒヒヒヒ』
と腕を組んだまま、上下に身体を揺すり、床板までもメキメキと泣かしてゐる。

(大正一四・一・七 新一・三〇 於月光閣 北村隆光録)



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