出口王仁三郎 文献検索

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物語68-3-121925/01山河草木未 妻狼の囁王仁三郎参照文献検索
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第一二章 妻狼の囁〔一七三六〕

 若葉はそよぐ初夏の風  山時鳥四方八方の
 密樹の蔭にひそみつつ  悲しき声を張り上げて
 神の造りしタラハンの  国の行末歎つなり
 李杏も梅の実も  色づき初めて遠近の
 田の面に数多の首陀たちが  生命の苗を植つける
 その有様を眺むれば  降る五月雨に蓑笠を
 おのもおのもにつけながら  三々伍々と隊をなし
 田の面に唄ふ勇ましさ  一年三百五十日
 たつた一度の植付けの  好シーズンのめぐり来て
 人の心もせいぜいと  希望に充てる折りもあれ
 タラハン市街の大火災  忽ち暴徒蜂起して
 特権階級富有者どもの  大邸宅に火を放ち
 婦女をば姦し金銭を  不逞の首陀団掠奪し
 諸種の主義者は一時に  手に唾して立上がり
 吾等が日頃の鬱憤を  晴らすは今やこの時と
 警戒厳しき警察を  向方に廻して戦ひし
 その勢ひは枯野をば  燃えゆく焔の如くなり
 ここに軍隊出動し  漸く一時は暴徒も
 鎮圧したれど何時かまた  大騒動が起らむと
 期待されたるタラハンの  城下の人心恟々と
 安き心もなかりけり  左守右守の神司
 吾が権勢の忽ちに  おち行く虞れありとなし
 あらゆる手段をめぐらして  軍隊警察召集し
 水も洩らさぬ用心に  さすが不平の連中も
 一時は影をひそめけり  カラピン王は重病に
 苦しみ玉ひて国政を  見玉ふ術も更になく
 太子の君は騒動に  紛れて影を隠しまし
 左守の司のガンヂーは  心ばかりは焦てども
 よる年波に力落ち  勇気は頓に阻喪して
 単に無用の長物と  誹られながら気がつかず
 萎れ切つたる両腕を  ウンと叩いて雄健びし
 敦圉く様は螳螂が  斧を揮うて立てる如
 そのスタイルの可笑しさよ  心汚きサクレンス
 この有様を見るよりも  国家の前途は風前の
 灯火の如しと吾が妻の  サクラン姫と頭をば
 傾け前後の策略を  めぐらしゐるこそうたてけれ。

サクレンス『サクラン姫よ、世の中が追々と、かう物騒になつて来ては、俺もウツカリはして居れない。今までとは世の中が、何もかも一変し、吾々如き特権階級や資本階級の滅亡する時期が迫つて来たやうだ。このままに放任しておけば、タラハンの国家は言ふに及ばず、王家も吾々の階級も遠からぬ内に地獄の憂目を見るやうな事が出来はせまいかと案じて寝られないのだ。お前は一体、今日の世態をどう成行くと考へてるか』
サクラン『仰せの通り、世はだんだんと行詰つて参りました。経済界、政治界、宗教界は申すに及ばず、実業方面においても一切万事行き詰り、実に惨めな状態となりました。しかしながら窮すれば通ずとか申しまして、禍ひの極端に達した時は、キツと幸ひの芽を吹くものでございます。去る五日の大火災にも、城内の茶寮は焼け落ちて、あらゆる国宝は全部灰燼に帰し、左守の邸宅まで、あんな惨めな事になりました。それにも拘らず、右守の邸宅は一部分暴徒に破壊されたばかりでこの通り安全に残りましたのも、右守家に対し盤古神王様が、大なる使命のある事を暗示されたものと考へられます。斯様に混乱状態に陥つた社会では、弱いと見られたならば忽ち叩き潰され、亡ぼされてしまふものです。それゆゑこの際は国家のために満身の力を発揮し、空前絶後の大計画を遂行して、国民上下の胆を奪ひ、右守の威力を現はし、威圧と権威とを示して、国民の驕慢心を抑へつけねばなりますまい』
『お前のいふ事も一応もつとものやうだが、人心極端に悪化し、吾々の階級を殲滅せむと国民が殆んど一致して時期を待つてゐるといふ時代に際し、なまじひに小刀細工を施してみたところが、かへつて万民の怒りを買ひ、滅亡を早めるやうなものだ。ぢやといつてこの難関を打ちぬけ、民心を収攬し、太平無事に国家を復興することは難事中の難事だ。如何なる聖人賢人と雖も、この際かかる世態に対し、メスを揮ふ余地はあるまい。アア困つた事だワイ。大王殿下は御重病、何時お国替へ遊ばすやら計り知られぬ今日の有様、太子の君はお行方は分らず、左守司は老齢激務に堪へず、また彼が伜のアリナは踪跡を晦まし、タラハン国はすべての重鎮を失はむとしてゐる。要のぬけた扇の如く到底収拾すべからざる内情となつてゐる。今後また去る五日の如き騒乱が勃発せうものなら、それこそ王家を始め貴族階級の断滅期だ。何とかしてこの頽勢を挽回する事は出来よまいかなア』
『私の意見としてはこの際思ひ切つて大鉈を揮ひ、大改革を断行せねば、到底駄目でございませう。老朽ちて将に倒れむとする老木も、根元より幹を切り放たば新しい芽を吹き、そのため再び生命を持続する事が出来るものです。吾が夫様、この際あなたは大勇猛心を発揮し、国体を根本的に改革遊ばす御所存はございませぬか』
『イヤ、俺にも考案はない事はないが、さりとて余りの叛逆だからなア』
『ホホホホ、叛逆無道の世の中を立替立直すのが何故に叛逆でございますか。よく考へて御覧なさいませ。大王様はあの通り、太子殿下は御行方分らず、左守の老衰、かくのごとく国家の重鎮に大損傷を来たした上は、もはやタラハン国における最大権力者は右守家を措いて外にはないぢやありませぬか。民心を新にするため、思ひ切つて王女バンナ姫様を表に立て、弟のエールを王位につかせ、国民上下の人心を収攬し、あなたは国務総監となつて、無限絶大な権威を揮ひ、政治の改革を断行なさるより外に、国家を救ふ道はございますまい』
『なるほど、俺もその事は今までに幾度か考へてみた事もあるが、あまりの陰謀で、女房の其方にも言ひ兼ねてゐたのだ。お前がその心なら、俺は強力なる味方を得たも同然、思ひ切つて断行を試みやう。しかしながら、ここしばらくは秘密を厳守せなくてはならうまい。万々一この計画が夫婦以外に洩れ散るやうな事があれば、それこそ右守家の一大事だ』
『凡て大業を成さむと思へば、秘密を守るのが肝心でございます。しばらく人心の治まつた潮時を考へ、公々然と天下に向かつて国政改革を標榜し、エールを王位に上らせ、バンナ姫を王妃と成す事を発表遊ばせば、茲に始めて維新改革の謀主として貴方を国民が欣慕憧憬するやうになるでございませう。それより外に適当な方法手段はございますまい』
『それについては、第一気に懸るのは太子の君だ。折角エールとバンナ王女を立て、国家の改造を標榜してゐる最中、ヒヨツコリ太子が帰つて来て、異議を唱へ給ふやうな事があれば、吾々の折角の計画も水泡に帰するのみならず、右守を叛逆者として大罪に問はるるかも知れぬ。それゆゑ俺の思ふには、まづ太子の身上から片付けてかからねばなるまい』
『成るほど、それが先決問題でございます。しかし幸ひに太子様を巧く片付けたところで、左守の伜アリナがこの世に在る限りは、再び折角の計画を覆へさるる虞れがございます。これも序に何とか致さねばなりますまい』
『ウン、それもさうだ。しかしながらこの両人を処置するについては、石で臨むか、真綿で臨むか、何れかの方法を取らねばなるまい、どちらがよからうかなア』
『天下混乱の際、生温い方法手段では駄目でございますよ。疾風迅雷耳を掩ふに暇なき早業を以て、キツパリと幹を切り根を絶ち葉を枯らし、新生面を開かねば腐敗し切つたる現代を救ふ事は到底出来ますまい。但しその方法手段は……斯様斯様』
とサクレンスの耳に口をよせ、奸侫邪智のサクラン姫は何事か右守に教唆した。サクレンスは幾度となくうなづきながら、
『ウンウンよからう。なかなかお前も隅にはおけぬ悪人だ。悪にかけては抜目のない逸物だ、ハハハハ』
と小声に笑ふ。サクランは目を怒らせ口を尖らせながら、サクレンスの膝を叩いて小声になり、
『国家の大改革を断行し、国民塗炭の苦しみを救ひ、国家万年の策を立つるのがそれほど悪でございますか。どうも腑におちぬ事をおつしやるぢやございませぬか。勝てば官軍負くれば賊子、とかく世の中は勢力が最後の勝利を占めますよ。一切万事躊躇逡巡せず、ドンドンとやつて下さい。妾は貴方のため、いな国家のために内々奮闘努力を致しませう』
『ヤ、頼母しい。お前は見かけによらぬ偉女夫だ。この夫にしてこの妻ありだ。俺も始めてお前の心の底が解り、安心をしたよ』
『二十年も夫婦となつてゐながら、まだ妾の本心が解らなかつたのですか。お側に近く寝食を共にする妻の心が、二十年目に始めて解るやうな事で、よくマア今日まで右守の職掌が勤まつて来たものですなア。本当にこれこそ天下の奇蹟ですワ』
『オイ、サクラン姫、馬鹿にするない。政治家は政治家としての方法があるのだ。天下国家を憂慮するあまり、小さい家庭などの事に気をつけてゐられうか』
『家庭も治まらず、二十年も添うた妻の心が解らぬやうな事で、どうして大政治家が勤まりませう。まして多数国民の心を収攬する事が出来ませうか』
『ヤ、さう追撃するものでない。今の大政治家を見よ、一家を治める事は知らいでも、堂々として政治の枢機に参与してゐるぢやないか。左守だつて、決して家庭は円満でない。また左守の心と彼が伜アリナの心とは正反対だ、犬と猿との間柄だ。それさへあるに国家の元老、最大権力者として左守は立派に今日まで地位を保つて来たではないか』
『自分の地位を保ち得たのみで大政治家とは言へませぬよ。今日の国家の不安状態に陥つたのは、輔弼の重臣たる左守様に本当の技倆が欠けてゐるためではありませぬか。現代の政治家は何れも皆袞竜の袖に隠れて、僅かにその地位を保ち、国民を威圧してゐるのです。虎の威を借る狐の輩です。貴方だつて、ヤツパリさうでしよう。真裸にして市井の巷へ放り出してみたならば、履物直しにもなれないぢやありませぬか』
『馬鹿いふな、俺だつて曲人官ぐらゐにはなれるよ』
『自惚もいい加減になさいませ。あなたは大王殿下のお引立てがなく裸一貫の男として、自分の運命を開拓遊ばす勇者とすれば、精々小学校のヘボ教員かポリスぐらゐが関の山でございませう。それだから国民が貴方を称して死人官だと言つてゐるのですよ』
『エー、モウそんな小言は聞きたくない。主人を馬鹿にしてゐるぢやないか』
『ホホホホ、馬鹿にしたくても、あなたは本当の馬鹿になれない方だから困りますワ。世の中の才子だとか智者だとか言はれる人は何時も失敗ばかりするものです。それに引替へ馬鹿とならば、何事にかけても無頓着で、如何なる難関に出会つても少しも恐れずまた後悔する事もなく、物に慌てて事に驚き気をもんで、無駄骨折りに損をせない。そして禍を化して自然に幸ひになす態の馬鹿になつて頂きたいものです』
『アアア、何が何だか訳が分らなくなつて来たワイ。さうすると俺もまだ馬鹿の修業が足らぬのかなア。オイ、何だか胸騒ぎがしてならない。一杯つけてくれ、熱燗でグツとやるから』
『お酒をおあがり遊ばすのも結構でございますが、大事の前の小時、ここ少時はお窘みなさるがよろしからう。あなたはお酒をおあがり遊ばすと、精神錯乱して、どんな秘密でも人の前に喋り立てるといふ、つまらぬ癖がおありなさるから、この大望が成就するまでは盤古神王様の前にお酒を断つて下さい』
『ヤ、こいつア耐らぬ。飯よりも女房よりも国家よりも大切な酒を断つて、おまけに暗雲飛乗りの危ふい芸当をこの老人にやらさうとするのは、随分ひどいぢやないか』
『少時の御辛抱でございます。夜も深更に及びました。サア寝みませう』
と手を取つて奥の一間に導き行く。二人はこれより夜を徹して細々と寝物語の幕を続けた。果たして何の秘事が画策されたであらうか。

(大正一四・一・七 新一・三〇 於月光閣 松村真澄録)



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