出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語68-3-111925/01山河草木未 宮山嵐王仁三郎参照文献検索
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第一一章 宮山嵐〔一七三五〕

 タラハン城より正南に当つて三千メートルばかりの地点に、千年の老木鬱蒼として生え茂る風景のよき小高き独立したる山がある。これを国人はタラハンの大宮山と称へてゐる。山の周りに深い池が廻つてゐて碧潭を湛えてゐる。この山にはウラル教の祖神盤古神王が宮柱太敷建て、開闢の昔より鎮祭され、タラハン王家の氏神として王家の尊敬最も深く、市民は此地を唯一の遊園地として公園の如くに取り扱かつてゐた。八日の月は楕円形の姿を現はして宮山の空高く輝いてゐる。幾百とも知れぬ時鳥の鳴き声は何ともいへぬ雅趣を帯び、文人墨客の夜な夜な杖を曳くもの引きも切らない有様である。しかるにタラハン市の大火災が起つてからは時鳥を聞きに行くやうな閑人もなく、またあつたところが世間を憚かつて足を踏み込む者も無かつた。左守ガンヂーの伜アリナは取締所の捜索隊を避けて、盤古神王を祭りたる古き社殿の中に身を忍び時の至るを待つてゐた。民衆救護団の団員として聞こえたるハンダ、ベルツの両人は、目付の鋭鋒を避けて社の階段の中程に腰打ちかけ、ヒソビソと囁いてゐる。
ハンダ『オイ、ベルツ、惜しい事をしたぢやないか。もすこし目付連の出動が遅ければ、右守の館もやつ付けてしまふのだつたのに、取返しの付かぬ事をやつてしまつたぢやないか。あの際にやり損ねたものだから目付の奴、四方八方にスパイを廻し、危なくつて手も足もこの頃は出す事が出来ない。何とかして彼奴を片付けねば、到底吾等の目的は達せられないだらうよ』
ベルツ『今となつて死んだ子の年を数えるやうに愚痴つて見たところで仕やうがないぢやないか。まアまア時節を待つのだなア。しかしながら惜しい事には左守のガンヂーを取逃したのが残念だ。あの夜さ、彼奴は玉の原の別荘に居やがつたので、死損ひの命を助かりやがつたのだ。もちつと彼奴の居処を調べてからやつたらよかつたのだけれどもなア』
『何、あんな老耄爺、放つておいても、もうここ三年と寿命はあるまい。手を下さずに敵を亡ぼさうとままだ、放つとけば自然死ぬる代物だ』
『俺だつて年が寄つたら死ぬるぢやないか。これだけ国民の苦しむで居る世の中に、あんな奴を一日でも生かして置けば一日だけでも国家の損害だ、彼奴が、一日早く死ねば、少なくとも千人ぐらゐの人が助かるのだ。彼奴が十日この世に居れば万人の人が饑餓て死ぬる勘定だ。それだから俺は「一刻も猶予ならぬ」と主張したのだが、大体貴様のやり方が緩漫だから蜂の巣を突いたやうな事をやつてしまつて、二進も三進も仕やうのないやうな事になつてしまつたぢやないか。大頭目のバランス女史は取締所へ引かれるという有様、まづ吾々の計画が甘く図に当つて漸く取返しはしたものの、その後といふものは七八人のスパイが尾行してゐるから、何ほど英雄豪傑のバランス親分だつて、手の出しやうがないぢやないか』
『まアさう慌てるものぢやない。親分はああして尾行付きとしておけば、取締所の奴は凡暗だから、安心して段々と目配線を緩めるに相違ない。その時はバランス親分になり代り、俺とお前が国内の団員を煽動して、水も漏らさぬ計画の下にクーデターを決行しようぢやないか。今日のやうにスパイが迂路つき圧迫を受けてゐては、如何に智謀絶倫の俺だと言つても手の着けやうが無い。まアまア時節を待つ事だなア』
『左守右守を取り逃したのは残念だが、しかしあの左守の伜アリナという奴は、今はああして居るけれど、実際は吾等の味方だよ。今度事を挙げても彼奴ばかり、助けねばなるまい』
『ウンさうかも知れない。このごろは大目付に憎まれて何処かへ逃げたといふ事だ。鳶が鷹を生むといふ譬があるが、本当に彼のアリナと言ふ奴は、吾々に取つては頼母しい人物かも知れない。この間からサクレンスの屋敷を四五人の部下に交る交る窺はしてゐるが、あの大火災以来警戒が厳になり、屋敷の周囲には数十人の目付をもつて固め、外出の時には侍に鉄砲を担がせて登城するといふ厳重の目配振りだから、マアしばらくの間は彼奴の命も預かつておくより仕方がないワ』
『左守の伜、アリナは何処かへ逃げたといふ事だが、噂に聞けば妙法様もまた行方が不明だといふ事ぢやないか、彼の太子もよほど新しい思想を持つてゐるらしい。あのアリナを唯一の寵臣として使つてゐた事を思へば、カラピン大王のやうな没分暁漢ではあるまい。俺達は別に妙法様が世に出て立派な政治をさへして下されば、どこまでも喜んで従ふのだ。ただ憎らしいのは君側を汚す右守、左守、その他の重臣共だ。そして第一気に喰はないのは大小名や物持ちの奴等だ。これだけ民衆の声が彼奴等の奴聾の耳には通ら無いのだから、むしろ憐むべき代物だ。地雷火の伏せて有る上に安閑として睡つてゐる代物だよ』
『オイ、ベルツ、何だか階段を登つて来る影が見えるぢやないか』
『なるほど、あの提灯は左守家の印が這入つてゐる。左守の奴、沢山の守侍を連れてやつて来たのだ。どうやら俺達を取り押へに来たらしいよ。オイ、油断は大敵だ、逃げろ逃げろ』
と言ひながら二人は階段を上り社殿の後ろへ廻り、一生懸命に下樹の生ひ茂つた森の中を倒けつ転びつ、茨にひつかかれ顔と手とを傷つけながら森を潜り、宮山の南麓の一本橋を渡つて、一生懸命に並山の方面さして逃げて行く。左守のガンヂーは太い杖を突きながら漸く階段を昇り来たり、二十人の護衛兵に四方を取り巻かせ祠の前に坐り込み、拍手の音も静かに一生懸命に祈願を籠めはじめた。

『掛巻も畏き大宮山の上つ岩根に宮柱太敷き立てて永久に鎮まります盤古神王塩長彦命の大前に、タラハン城の柱石と仕へまつる左守の司ガンヂー謹み敬ひ畏み畏み祈り奉ります。如何なる曲神の曲禍にや、カラピン王様は思ひがけない重病に罹らせたまひ、お命のほども計られず、お蔭様によつて殆んど御臨終かと大小名一同が憂ひに沈みましたが、漸くこの頃は少しくお快よき方にならせられましたなれど、何を言つても御老体、到底このままでは平年の御寿命も難からうと存じます。今やタラハン国は、各地に暴動起り国家の危急目前に迫りをります際、国の要のカラピン王殿下が万一御昇天でも遊ばすやうな事がございましては、吾々大名を初め国民の歎きは如何ばかりか計り知られませぬ、何卒々々大王殿下の御病気が大神様の御神徳によりまして、一日も早く御全快遊ばしますやう、ひとへに祈り奉ります。次には妙法太子様、先日の火災の有りし日より、踪跡を晦まし給ひ、今にお行方も分明ならず、大名共は日夜殿内に集まり種々と協議をなし、目付連を四方に派遣し捜索に勤めてをりますが、今に何の頼りもございませぬ。何卒々々一日も早く太子のお行方が分りまして城内へお迎へ申す事が出来ますやうに、お祈り申します。不幸にして大王殿下が御昇天遊ばすやうな事がございましたら、直さま王位を継承遊ばさねばならぬ太子様のお行方が知れぬやうな事では、この乱れたる国家を治める事は到底不可能でございます。どうぞ太子様が御無事でいらせられまして、一時も早く城内へお帰り下さいますやう、大神様の御守護を祈り上げ奉ります。また私の伜アリナと申すもの、去る五日の火災の夜より行方不明となりましてございますれば、これも恐れながら無事に帰つて参りますやう、さうして彼は太子様を唆し種々の好からぬ知恵をつけましたものでございますから、彼を一時も早く捕縛いたしまして、民衆の前で重き刑に処さねば、何時までもこの国は治まりませぬ。盤古神王様、何卒々々この老臣が願ひをお聞き下さいますやう、王家のため国家のため赤心を捧げて祈り奉ります』
 アリナは社の中に身を潜めながら、父ガンヂーの祈願を残らず聞き終り、
『や、こいつは大変だ。爺までがグルになつて俺を探し出し民衆の前で殺すつもりだな。よし一人より無い子を殺さうといふ鬼心なら、此方も此方だ。父父たらずんば子子たらずとは聖者の金言、よし一つ神様の仮声を使つて、爺の肝玉を挫いてくれむ』
と独りうなづきながら、社殿もはじけるばかりの唸り声を出し、臍下丹田に息を詰めて、
『ウーウー』
と唸り出した。左守のガンヂーを初め守侍どもは殿内の唸り声に肝を潰し、体を慄はせながら大地に蹲踞まつてしまつた。
アリナ『この方は大宮山に斎き祭れる盤古神王塩長彦大神の一の眷族天真坊でござるぞよ。汝ガンヂーとやら、その方は不届き至極にも十年の昔モンドル姫を唆かし悪逆無道を敢行せしめ、カラピン王の精神までも狂はせ、無二の忠臣左守のシャカンナを城内より追ひ出し、己とつて代つて左守となり、国民を苦しめ国家を乱せし悪逆無道の張本人だ。去る五日の城内の大騒動も元を糺せば汝がため。なぜ責任を悟つて自殺を遂げ、王家および国民にその罪を謝さないのか、不届き至極の痴漢奴。その皺腹を掻き切るくらゐが惜しいのか、いや命が惜しいのか。痛さに怯えてよう切らないのか。てもさてもいい腰抜野郎だなア』
 ガンヂーは慄ひ声を出しながら、
『いやもう恐れ入つてございます。老先短き吾が命、決して惜しみは致しませぬが、いまこの際私が目を眠りますればタラハン国は瞬く間に滅亡いたし、王家は滅び、遂に赤色旗が城頭に立てらるるやうになるでござりませう。これを思へば大切な私の命、国家のためを思へば死ぬ事は出来ませぬ』
ア『その方がこの世にある事一日なれば一日国家の損害だ。国家の滅亡を早めるのはその方が生きてをるからだ。真に国家国民を救はむとする赤心あらば、一時も早く自殺を致すか、それがつらいと思はば一切の重職を王家に返上し、焼け残つた別荘も国家に献じ民衆の娯楽場となし、その方は罪亡ぼしのため乞食となつて天下を流浪いたし、下万民の生活状態を新しく調べて見るがよからう。どうだ、合点がいつたか』
『ハハ、ハイ、左様心得ましてございます。しかしながら私は乞食になつても国家のためなら厭いませぬが、あの伜奴を代はりに助けて下さいませ。さうして細々ながらも左守の家を継ぎますやう、御守護を願ひ奉ります』
『これやこれや老耄、汝は狼狽たか、血迷うたか。「伜のアリナを一時も早く捕縛し、民衆の面前にて重き刑に処せなくては民心を治める事が出来ない」と唯今申したではないか。汝は神の前に来たつて口と心の裏表を使ふ不届き至極の奴だ。待て、今に神が手づから成敗を致してくれむ、ウー』
と社殿も割るるばかりの大音声にて唸り立てた。守侍はガンヂーを捨てて吾先にと階段を下り、武器を捨て命辛々逃げて行く。ガンヂーもまた、怖ろしさ淋しさに居耐まらず、百二十段の階段を毬の如く転げながら落ち下り、数ケ所に打ち創を負ひ、ほふほふの体にて玉の原の別荘さして杖を力に帰り行く。
 アリナは父ガンヂーその他の逃げ帰りしを見て、やつと胸を撫で下し、宮山を南に下り危なげな一本橋を渡つて山といはず河といはず、膝栗毛に鞭うちて月照る夜の途を、薄の穂にも怖ながら、もしや追手に出遇ひはせぬかと安き心もなく西南の空を目当てに逃げて行く。

 父と子が内と外との掛合を
  聞きて御神は笑ませたまはむ

 赤心はたしかアリナの伜とは
  知りつつ爺御前に訴ふ

 ある時は吾が子を憎みある時は
  いとしと思ふ親心かな

 タラハンの城の曲神も大宮の
  佯り神に恐れて帰りぬ

 守侍は吾が職掌を打ち忘れ
  主をすてて帰る卑怯さ

(大正一四・一・六 新一・二九 於月光閣 加藤明子録)



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