出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語68-3-101925/01山河草木未 宗匠財王仁三郎参照文献検索
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第一〇章 宗匠財〔一七三四〕

 取締所を中心とし附近における民衆と侍との闘争は、一時酣となつて来たが、民衆の救主、貧民の慈母と尊敬されてゐる大頭目のバランスを取返さむとして、民衆一般は爺も婆も、脛腰の立つもの、猫も杓子も刻々に集まり来たりその勢ひ凄じく、目付隊も侍も如何ともすべからず、遂に大目付頭も我を折つてバランスの縄を解き、民衆との妥協を図り、かつ諫言申上げる事となし、茶坊主を召喚して事の実否を調査した上、左守の伜アリナを民衆の前にて重刑に処す事を誓ひ、ここに漸く大騒動も鎮定するに至つた。
 目付頭は逸早く部下に命じて茶坊主を拘引せしめた。茶坊主が拘引されたのを見るや、スバール姫は大いに驚き、をりから労働服姿にて忍び来たりし恋人と共に、暗に紛れて都を遠く姿を隠した。アリナもまた形勢の容易ならざるを覚り、忍と共に暗に紛れて城内を逸走してしまつた。茶坊主のタルチンは厳しく縛められたまま、大目付頭の前に引出され訊問を受けた。
大目付役『その方の姓名は何と申すか』
 タルチンは長い禿頭を二つ三つ振りながら、やや腰をかがめて、
『ハイ、私は向日の森の傍に住む茶の湯の宗匠タルチンと申すものでございます。何ぞ折入つた御用がござりますかな。罪も無い私をお役人さまが突然やつて来て、こんな処へ連れて来られる覚えはござりませぬ。ここは悪人の来る処ぢやござりませぬか、清浄無垢の私、神妙に茶の湯をお歴々方に伝授し淋しくおとなしく余世を送つてゐるものでございます。それに三年も連れ添うてをつた大切の大切の嬶に逃げられ、心配の最中、こんな処へ連れて来られては一向、日当も取られず、誠に貧民の私、明日から腮櫃が上つてしまひますがな。どうか相当の日当を頂戴致したいものでござります。そして罪もない私をお縛りになりましたのだから、賠償品を頂きたうござります。冤罪者賠償法が、発布されむとする今日、どうか、そこは、あんまり高い事は申しませぬから、私の価値相当に御支給を願ひたいものでござります』
大目付『貴様は馬鹿だな。お歴々の家庭に出入し茶の湯の伝授でもしようといふ身でありながら、かやうな処へ引連れられて、左様の請求をすると言ふ事があるものか、エーン』
タルチン『如何なる処へ参りましても、ヤツパリ日当は請求いたします。左守の司の邸へ参つても、また畏多くもタラハン城内の茶寮に参りましても、相当のお手当を頂いて居りますから、たとへ半時でも、それだけのお手当を頂かなくちや渡世が出来ませぬ。お前さまのやうに沢山の子分を使つて、朝の九時頃から出勤して椅子にもたれ、面白さうに新聞を見ながら彼是する間に十二時が来る、さうすりや料理屋弁当を取つて強たかお食りなされ、また一時間ばかり食後の運動だと言つて面白い処を廻り、それから読み残りの新聞を読み、盲判を二つ三つポンポンと押してサツサと宅に帰り、大小名の待遇を受けて沢山の月給を取るお方と同じに見て貰つては、チツと割りが悪うござります。私のやうに高い炭を爐にくべ、「ヘーコラ、ハイコラ」とお辞儀ばかりして、ヤツとの事で糊口を凌ぐばかりのものと同日に語る事は出来ませぬ』
『その方は女房に逃げられたと申したが、その女房は何と申すものか』
『ハイ、私の女房は思ひの外のドテンバでございますが、どうしても名を申しませぬので袋と申してゐます。その袋に千両の金を持つて逃げられ、私は梟が夜食に外れたやうな失望落胆の淵に沈んでゐます。貴方も人民保護のお役なら私の女房を捜して下さい。そして女房と金とを取返してもらひたいものです。実は保護願ひをしやうと思ひましたが、何分珍客さまがおいで遊ばすので目放しが出来ず、そこへあの大火事と来てゐますのでツイ遅れてゐました』
『その方は、その日暮しと申してゐるが、どうしてその千両の金を所持致してをつたのだ』
『これはまた妙な事を仰せられます。お金といふものは人間の持つべきものです。人間が金をもつてゐるのが、どこが不思議ですかな』
『持つてゐるのが悪いとは言はぬ、どうして拵へたかと言ふのだ』
『これはまた大目付頭にも似合はぬお言葉、どうして拵へたかとは私をも紙幣偽造犯人とお思ひですか。あの紙幣は兌換だか不換だか知りませぬが、貴方がたが経営してござる印刷局から刷り出された物ぢやござりませぬか。キューピーさまや福助さまが付いてござる彼のお札ですよ。私は紙幣を拵へるやうな器用なものではございませぬ。茶の湯では十二手前を本とし、それから分れて三百十六手前となり、また茶の湯の綱目としては初段から七段までの手前を存じております。茶の湯の事なら、いくらでもお答へ致しますが、金を拵へる事はチツとも存じませぬ。これはお役人さまの、お眼鏡違ひでござりませう、オツホン』
『エー、分らぬ奴だな。その金を、どうして儲けたかと聞いてゐるのだ』
『これはまた妙なお尋ねでござりますな。私は茶の湯の宗匠が稼業でござります。どうして儲けやうと、商売の上で、儲けたことをお叱めを蒙る訳もあるまいし、またそれを貴方に説明する義務も無し、また貴方も人の儲けた金を彼是言ふ権利もござりますまい、そんな事は要らぬお節介ですよ。私もチヨコチヨコお前さまの御親類内へ茶の湯で出入りをしてゐますが、お親類の方の話を聞けば、大目付さまは沢山な賄賂を取つて町の真中へ待合を許し、其所へ妾を抱へてござるとのこと、この話は決して違ひますまい。何と言つても、あなたの御親類、しかも、貴方のお妹御の嫁入先で聴いたのですから』
『こりやこりや、外聞の悪い、何を言ふのだ。沢山の目付が、そこに聞いてゐるぢやないか。その方は神法を心得ぬか、「事の有無に拘らず、人を公衆の前にて誹謗した者は知計法第八百条にて刑鉢に処す」と書いてある。メツタの事をいふものではないぞ』
『ヘツヘヘヘ、御都合が悪うござりますかな。チツと茶の湯加減が過ぎましたので、熱い汗をかかせました。ハツハハハ』
『お前の宅に、エー、珍客が居られたといふ事だが、本当か』
『ヘーヘー、居られましたとも、まだ現にゐられるでせう。畏れ多くもスダルマン様が、元の左守の娘子スバール姫といふ、それはそれは天女のやうな美人をかくまつてくれと言ふ事で、夜な夜なお通ひでござります。本当に素敵な美人ですよ。何と言つてもスダルマン様の御身、御意見申すも恐れ多いと謹んで御意に応じました。何分取締所あたりから御褒美でも頂けさうなものと、首を長うして待つてをりますよ。妙法様のお心を慰め奉り、無上の歓喜をお与へ申したこのタルチンは、正に勲一等功一級の価値は確かにあるでせう。それにも拘らず、タラハン国において雷名隠れなき最大権力者、左守のガンヂー様の一人息子アリナの君様に頼まれて、未来のお妃様のスバール嬢様に、お茶の手前を伝授申し上げてゐるのです。何程偉さうに申してもお前さまとしては、妙法様を直接にお世話したり、お妃さまに尊い茶道を伝授するといふ事は出来ますまい。マアそんな小難しい顔せずにお考へなさいませ。今に妙法様が、大王の跡を継がれましたならば、私は大王様のお師匠様と成つて、殿内深く、すまし込み、殿下の耳を嗅ぐ役に抜擢されますよ。それだから、お前さまも出世が仕度くば今の中、このタルチンを十分待遇して置きなさい。葡萄酒の一打ぐらゐ贈つてもよし、金平糖の一斤ぐらゐはチヨイチヨイ贈つて下さい。此方も茶菓子の足しにもなり、誠に好都合だ。お前さまも、私に取り入るのは今の中ですよ、オツホン』
と豪然としてすまし込んでゐる。
『オイ、ハルヤ、タルチンの縄目を解いてやれ』
『ハイ、承知いたしました』
タルチン『イヤ、ならぬならぬ、この縄目はこのままにして置いてくれ。妙法様に、お前等が寄つて集つて、こんな目に会はしやがつたと言つて、具さに言上してやる。さうすると、きつとタルチンの贔屓をなさつて、お前等は直ぐさま免職だ。お気の毒様の事だ、ぐづぐづしてゐると大目付頭様に飛火が致しますよ。この縄が解かしたければ、解かしてやらう。幾等機密費を出しますかな』
大目付『アツハハハハハ此奴ア、どうも、キ印だ。キ印を捉まへて法律で罰する事は出来ぬ。身心喪失者と認める。オイ、タルチン、唯今より放免する、有難う思へ』
『ヘン、さう、うまくは問屋が卸しませぬよ。妙法様の御覚え目出たき寵臣を縛り上げながら、放免も糞もあつたものか、チツとお前さまのやり方は方面が間違つてゐるぢや無いか。いつかないつかな此処を立退いてなるものか。今に妙法様がタルチンの所在を尋ねて、最新調の自動車をもつて迎へに来られるに違ひない。それまでは誰が何と言つても、此処は一寸も動きませぬぞ』
『アア困つたものを引張つて来たものだな。オイ、ハルヤ、とも角、この狂人の縄を解き、彼が館に送つてやれ。さうして妙法様が御在宿かいなかと言ふ事を、よく調べて来るのだぞ。必ず不都合の無いやうに気を注けて行け』
と言ひながら大目付は懐から時計を出して、
『ヤア、もう退出時間だ』
と言ひながら逃ぐるが如く、ドアを開けて妾宅さして帰り行く。
 タルチンは、大声を張上げながら、
『コリヤ、大目付の奴、逃げるといふ事があるか。待て、貴様に一つ灸を据ゑてやる事がある。俺の言ふ事を聞かずに逃げて行けば、明日から免職だぞ』
と呶鳴り立ててゐる。
 漸くにして数多の目付が持て余しもののタルチンをいろいろと納得させ、葡萄酒や菓子等を与へて機嫌をとり、ヤツとの事で彼の家に送り届ける事となつた。
 タルチンは目付連に護送されながら吾が家に帰り行く道々、葡萄酒の酔がまはつて、謡ひ出した。

『アア面白い面白い  この世の中は何として
 馬鹿に面白うなつたのか  妙法の君は吾が家に
 タラハン城と間違へて  妃の君と諸共に
 朝から晩まで意茶付いて  涎を垂らしてお在します
 それに左守のガンヂーの  伜のアリナがチヨコチヨコと
 横目を使つてやつて来る  さうかうする中タラハンの
 町に響いた鐘の音  窓押し開けて眺めむれば
 ドンドンドンと町中の  民家は燃える人は泣く
 瞬く間にタラハンの  街の半は黒土と
 なつてしまつた気の毒さ  今まで贅沢三昧を
 尽してゐよつた富者等の  今日の惨めの態見れば
 ホンに愉快な世の中だ  大目付頭と言ふ奴は
 俺を態々引張つて  下らぬ事を尋ね上げ
 理窟に負けて泡を吹き  屁古垂れよつてブルブルと
 菎蒻のやうに慄ひ出し  懐中時計を取出して
 もはや退出時間だと  うまい辞令を浴びせかけ
 コソコソコソと逃げよつた  こんながらくた役人が
 都大路の真中に  頑張つて居るやうな世の中は
 どうして吾々人民が  枕を高く寝られよか
 さはさりながらこれも皆  大神様の仕組だろ
 零落れ果てた俺さへも  妙法の君のお見出しに
 預かりよつて姫様の  お手をとつての指南役
 茶の湯のお蔭でこの俺も  薬鑵頭が霑うた
 エヘヘヘエツヘエヘヘヘヘ  さつてもさても世の中は
 人間万事一切は  皆塞翁の馬の糞
 糞でも喰へ大目付よ  俺がもうツイ出世して
 貴様の頭を抑へたろか  エヘヘヘエツヘエヘヘヘヘ
 お嬶の袋は逸早く  俺を見捨てて逃げよつた
 これも矢張り神様の  俺を助ける思召し
 お尻の大きい嬶貰へや  向かふの方から逃げ出して
 行つてしまつたその訳は  後の悶錯なきやうと
 ウラルの神のお計らひ  天女のやうな妻を持ち
 結構に結構に世の中を  面白可笑しう暮すため
 これほどボロイ事はない  エヘヘヘエツヘ葡萄酒に
 酔た酔た酔た酔たよた助の  くれた酒でも味がある
 ほんに浮世はかうしたものか  三分五厘に茶化して通る
 茶の湯の師匠のタルチンは  天下に無比の幸福者だ
 向かふに見えるは吾が住める  館の側の向日の森だ
 オイオイ皆の御連中  少時待つてゐるがよい
 俺が出世の暁は  キツと引立ててやるほどに
 必ず必ず世の中を  悲観なさるな善い後は
 必ず悪い悪いあとは  必ず善い芽が吹くものだ
 エヘヘヘエツヘエヘヘヘヘ  

これこれ皆の衆、御苦労でござつた。もうこれから去んで下さい』

(大正一四・一・六 新一・二九 北村隆光録)



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