出口王仁三郎 文献検索

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物語68-2-81925/01山河草木未 帰鬼逸迫王仁三郎参照文献検索
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第八章 帰鬼逸迫〔一七三二〕

 タラハン市の大火災は市の過半を焼き払ひ、遂には城内まで飛火して茶寮一棟を烏有に帰した。城の内外は阿鼻叫喚の地獄と化し、不逞首陀団や主義者団が一致協力して、強盗、強姦、殺人等の悪業を逞しふし目も当てられぬ惨状を演じた。消防隊全部、ならびに目付侍までも繰出して、やうやくに火を消し止め暴徒の乱業を喰ひ留むる事を得た。左守は吾が邸宅を焼かれ、命辛々部下を指揮して騒擾鎮撫に努めてゐたが、やうやく騒動が治まつたので蒼皇として大王の居間に伺候し見れば、大王は老病にて臥床中城下の大変を耳にし、驚きのあまり発熱甚しく遂に人事不省に陥つてしまつた。かかる混雑の際とて、医者も思ふやうに駈けつけず、重臣は困り切つて大王が病室に首を鳩め前後策を講じてをる。左守は最早この上は太子の君に拝謁して指揮を仰がむものと、禿頭をテカテカ照らしながら、太子殿に奉伺したのである。
 左守は例のごとく二拍手しながら、垂簾の前に低頭平身し、やや慄ひを帯びたる声にて、
『太子殿下に申上げます。本日は微臣の不注意より城下に大火災起り、不逞首陀団や主義者団その他の暴徒、暴威を逞ふし火を放つて都の大半を烏有に帰し、なほ飽き足らず、強盗、強姦、殺人などあらゆる暴逆を逞ふし、タラハン市は蚊の鳴くがごとき憐れな有様でございます。大王様も御心配のあまり俄かに病気改まり、いつ御昇天遊ばすやも計られない悲惨事が湧出いたしました。かかる惨状を招来いたしましたのも、全く小臣等が輔弼の任を全ふせざりし罪でございますれば、天下万民に代り闕下に伏して罪を謝し、今日かぎり骸骨を乞ひ奉りますれば、何とぞ、時代に目醒めたる新人物をば登庸遊ばされ、国事の大改革を断行されむ事を希望いたします。左守が職を辞するに当りまして、太子殿下にお願ひ致しておきたい事は、伜の身の上でございます。微臣も老齢加はり、殿中に入内いたしますにも、かくの如く杖を持たねばならぬやうな廃物でございますから、大王殿下の後を追うて何時国替へをするやらも分りませぬ。何とぞ伜の身の上をよろしくお願ひ申し上げます』
 アリナはわざと荘重な声にて、
『ヤ左守殿、大変な事であつたのう。さぞ人民が困つてゐるであらう。汝は国家危急のこの場合に当つて、骸骨を乞ふなどとは不心得千万にもほどがある。日頃高禄を与へておいたのは斯様の際に尽させむための父大王の思召しではないか。しかしながら、不能をもつて能を強ふるは君たるものの道ではない。汝は幸ひに、時代に目醒め余が意志をよく悟りをる賢明なる伜あれば、彼アリナを汝と思ひ重く用ふるであらう。必ず心配いたすな。さうして汝の家は無難であつたかのう』
『ハイ御親切によくお尋ね下さいます。仁慈のお言葉、何時の世にかは忘却いたしませうや。吾が邸宅は不逞首陀団のために包囲され、第一着に焼きつくされてしまひました。しかしながら、ウラルの神様の御加護によりて生命は助けて頂きました。それよりも恐れ多いは、大王様がいつも愛玩してお出でになりました、古今の珍器を集めた茶寮の一棟、惜しくも焼き失せました。大王家歴代の重宝はこの茶寮に納めてありました。実にこの一事にても微臣は責任を帯びて骸骨を乞はねばなりませぬ。何とぞ、おゆるしを願ひ奉ります』
『や、左守その方の申す言葉も一応道理があるやうだ。汝はこれより此処を引取り、他の重臣共と相談の上復興院を創立して、再び元のタラハン市に復帰すべく勉めてくれ。太子、汝左守の職掌を父に代つて免除する。臣間の事業として復興院の総裁となれ』
『殿下の御台命誠にもつて有難く感謝に耐へませぬが、世に後れたる禿頭をもつて、どうして今日の世の中の人心を治め復興の目的を達成する事が出来ませうか。この儀は何卒お許し下さいませ。実のところは玉の原の別荘に安臥中、火事と聞いて驚き石段より転げ落ち、大変な負傷を仕りました。これがつけ入りとなつて、微臣も遠からぬ中帰幽いたさねばなりますまい』
『ヤアそれは思ひも寄らぬ気の毒な事を致した。アリナが居ればその方の介抱をさせたいのだが、火災が起ると共に殿内を飛び出し、まだ何の消息もないのだから、どうする事も出来ぬ。余もかかる際には泰然自若として軽挙妄動をつつしみ、万一の時には父王殿下の後を継がねばならぬ。どうかその方より右守その外一同によきに伝へてくれ』
『ハイ、重ね重ね御親切なお言葉有難うございます。そして伜のアリナは未だ帰らないと承りましたが、もしやあの騒動に紛れ人手にかかつたのではありますまいか。但しは火に囲まれて焼死にでも致したのではございますまいか』
と涙声になる。
『父上、いやいや父王殿下の御大病とあれば余は茲に謹慎を守つてゐる。アリナも可哀さうだが、彼の事だから滅多に命を捨つるやうな事はあるまい。安心したがよからう』
『ハイ、有難うございます。失礼な事をお尋ねいたしますが、殿下にはこの頃お声の色がお違ひ遊ばすやうでございますが、お風でもお召し遊ばしたのではございますまいか。尊貴の御身の上、何とぞお大切にお願ひいたします。人間は衛生が第一でございますから』
 アリナはこの言葉にギヨツとしながら飽くまで図々しく空呆け、
『イヤ、別に病気でも何でもない。実は青春の時期だから声変りが致したのだ。そして余も昨夜の大火事に些しばかり気を揉んだものだから、声が少しく変つたのだらうよ。必ず必ず心配してくれるな。また汝の伜アリナもきつと無事でゐるだらう』
『ハイ、有難うございます。どうか衛生に御注意下さいませ。ひとへにお願ひ申上げます』
『爺、いな左守、心配いたすな。人間の生涯を衛生の二字に威喝されて、自分から半病人になるやうな事はいたさない。人間は気の持ちやう一つで病気なんか起るものではない。その方も気を確かに持つて長生をしたがよからうぞ』
左『何彼とお取込みの中、いつまでお邪魔を致しても済みませぬから、微臣は引き下りませう。この際御自愛あらむ事を懇願いたします』
と言ひ捨て、恭しく敬意を表はしながら杖を力に下り行く。左守は道々思ふやう、
『どうも殿下のお声変り、これは何かの原因があるだらう。どこともなしに今までとは荘重を欠き、さうして今日は懸河の弁舌、ハテ合点の行かぬ事だなア。あの口調は伜のアリナにそつくりだ。しかし何時もアリナが悪知恵をかうものだから、言葉づきまでが殿下に感染したのだらう。恐れ多い事だわい』
と独語ちつつ帰り行く。
 アリナはほつと一息しながら、
『アア危ない事だつた。またしても爺に訪問され肝玉がでんぐり返つてしまつた。幸ひ爺は胡麻化したが、やがて右守がやつて来るだらう。こいつは困つたものだなア』
と腕を組んで思案の折柄、足早に簾を上げて入り来るは夜前情約締結を終へたシノブであつた。
『殿下、御心配なさいますな。あの調子なれば大丈夫でございますよ。現在の父上でさへも化けの皮を剥ぐ事が出来ず、スダルマン太子と信じ切つて帰られたくらゐですから、右守ぐらゐは何でもありませぬ。そして右守は名代の近眼でございますから御心配なさいますな』
アリナ『いや誰かと思へば、汝は女中頭のシノブぢやないか。今日の場合、陽気な事は言つてをれない。居間に下つて来客の接待でも致したが好からうぞ』
『ホホホホ、殿下、よう白々しいそんな事が仰せられますなア。妾はどこまでも殿下のお傍は離れませぬ。殿下の挙措動作は一々次の間から調べてをりますから』
『大変な警戒線を張つたものだなア、まるきり監視附きのやうなものだわい。アア太子の役も窮屈なものだなア』
『一国の王者にならうと思へば、少々ぐらゐの窮屈は忍ばなければなりますまい。ここ二三日は特別訪問者が多うございませうから、確りしてゐて下さいませ』
『アア、スダルマン太子は何だつて帰つてござらぬのだらう。「半日でよいから代つて貰ひたい」とおつしやつたが、こんな所へ右守や重臣がどしどしやつて来たら、終ひには化けの皮が現はれてしまふがなア』
『これだけの騒動、如何に呑気の太子様だとて悠々スバール姫に現を抜かしてお出でになる筈はありませぬ。もう帰つてお出でになるでせうから、もうしばらく辛抱して下さいませ。天下分目の関ケ原、王者になるか、平民に下るかの分水嶺ですから』
『それもさうだ。誰が来るか分らないから、そなたは早く簾の外へ罷り下つたがよからう。余は心配でならないわ』
『ホホホホ、「余は心配でならないわ」などと、たうとう本当の太子に言葉つきだけはなつてしまはれましたなア。左様なれば邪魔者は罷り下るでございませう』
と、つんと立ち、ぷりんとして畳をぽんぽんと二つ三つ蹴つて一間の内に姿をかくした。それと入れ違ひに慌ただしくやつて来たのは右守であつた。右守は型のごとく二拍手し、頭を床に下げながら、
『恐れながら右守の司、太子殿下に申し上げます。昨夜以来、城下大混乱の状況は、左守の司より上申致したでございませうから、私は重ねて申し上げませぬ。殿下におかせられても御壮健の御顔を拝し、右守身に取つて恐悦至極に存じ奉ります。つきましては大王様の御容態にはかに革まり、幽の息の下より「殿下を呼べ」と仰せられます。どうか一時も早く大王のお居間まで御賁臨を願ひ奉ります』
 アリナは一つ脱れてまた一つ、
『アア偽太子もつらいものだ。大王殿下の傍には沢山の看病人も居るだらう、重臣共も居るだらう。そんな所へ往かうものなら忽ち秘密が露見して、フン縛られてしまふかも知れない』
と心に非常な驚きを感じたが、横着者の事とてわざと素知らぬ顔をして、
『何と申す、父王殿下が御危篤といふのか。それでは早速参上いたさねばなるまい、余はこれより衣服を着替へ、神様に拝礼いたし父王殿下の平癒を祈り、直ちに参上いたすによつてその由を父王に伝へてくれ』
右守『殿下のお言葉でございますが、錦衣のお着替へも結構、神様へのお祈りも結構でございますが、もはや御臨終でございますから、直ちにお越し下さいませ。私がお供をいたします。早く親子の御対面を遊ばしませ。後で如何ほどお悔やみ遊ばしても返らぬ事でございますから』
アリナ『余は直ちに参る。サ早くその方は余にかまはず父のお側に行つてくれ。余はどうしても神に祈らねば気が済まぬ。早くこの場を立ちのき父王の傍に行かぬか』
と声に力を籠めて呶鳴りつけたり。右守は鶴の一声に止むなく立つて帰り行く。後にアリナは、
『アア困つた事が出来たものだ。やつぱり左守の伜のアリナでゐる方がよい。アアどうしてこの難関を切り抜けやうか』
と項垂れてゐる。そこへ女中頭のシノブが走り来たり、
『もし、アリナ様、殿下が帰られました。サアサア早く衣裳をお着替へなさいませ』
『なに、殿下がお帰りか、それや結構だ。や、助け船が帰つたやうなものだ。どこに居られるか』
『労働服を着たまま裏口に立つてをられます』
 アリナは急いで裏口に走り出で、
『ヤ殿下、よう帰つて下さいました。今や私の化けの皮の現はれむとするところ、父王殿下には今や御臨終でございます。サア早くお会ひ下さいませ。さうして私は錦衣を脱ぎ捨て元のアリナに帰つてしまひます。今が危機一髪の正念場、サ早く錦衣にお着替へ下さいませ。何時重臣共が来るかも分りませぬ』
 太子は父の臨終と聞き着物を着替へる事を忘れ、またアリナも狼狽の余り、太子に錦衣を着せる事を忘れてしまつた。太子はそのまま駈けつけ火鉢の前に坐つて見た。
太子『ヤ、これや大変だ。労働服のままだ。何とかして早く錦衣と着かへねばなるまい。オイ、アリナその錦衣を早く持つて来い』
と呼べど叫べど、アリナは狼狽の余り錦衣を女中部屋に投げ捨て、トランクの中より有合せの寝衣を取り出して着替へ、便所の中に潜んで慄つてゐた。一方太子は如何はせむと焦慮してゐる。そこへ慌ただしく右守の司がやつて来て、簾の外より泣声を絞りながら、
『殿下、早くお出で下さいませ。御臨終でございます』
 この声に太子は父の臨終と聞いて何もかも打ち忘れ、汚い労働服のまま、右守の後に跟いて大王の病床に駈けつけたり。右守は近眼の事なり、余り慌ててゐるので太子の労働服が目につかざりけり。

(大正一四・一・六 新一・二九 於月光閣 加藤明子録)



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