出口王仁三郎 文献検索

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物語68-2-71925/01山河草木未 茶火酌王仁三郎参照文献検索
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第七章 茶火酌〔一七三一〕

 向日の森の片辺に住む茶湯の宗匠タルチンは、思はぬ福の神の御来臨と笑壺に入り、茶室は太子とスバールの自由歓楽場となし、スバール姫に茶の湯を教へるといふのはホンの表向き、実は両人の恋を完成せむためアリナに頼まれて沢山の心付をもらひ、ホクホクもので天下太平を謳つてゐる。彼は中庭を隔てた古ぼけた母屋の一室に胡坐をかきながら、大布袋然たる女房の「ふくろ」と共に酒汲み交し舌鼓を打ちながら、
タルチン『オイ、袋、人間の運といふものは不思議なものぢやないか。俺たちも親の代から茶湯の宗匠として彼方此方の大家に御贔屓になり、わづかに家名を継いできたが、世の不景気につれ大家の盆正月の下されものも段々と少なくなり、頭は禿山となり髭には霜がおき、懐は寒く財布は凩が吹き荒び、爐の炭さへも碌に買へないやうになつてゐたのに、あの弁才天が山奥から御出現遊ばしてより御霊験あらたかになり、畏れ多くもスダルマン太子様までお忍びでお越しになるやうになつたのは何たる幸運の事だらう。まだ運命の神は吾々をお見捨て遊ばさぬと見えるわい。のう袋、お前はいつも奴甲斐性なし奴甲斐性なしと俺を罵詈嘲笑なし、お暇を下さいとチヨコチヨコ駄々を捏ねよつたが、どうだお暇をやらうかの』
袋『ヘーヘー、何ですか、たまたまお金が這入つたとて、さうメートルを上げるものぢやありませぬよ。お前さまは仔細らしく茶の湯の宗匠などと言つてすまし込んでござるが、女房の私から見ればあまり立派な人間様ぢやありませぬよ。浮世を三分四厘、四分五裂、五分五分、五厘五厘に茶化して通る鈍物坊主の夜這星だから、あまり気の利いたらしい事をいはないがよろしい。太子様だつてお忍びの身、いつ化が現はれて城内から呼び戻されなさるか知れませぬよ。さうしてお歴々の御家来衆が太子の外出を防がうものなら、再び甘い汁を吸ふ事は出来ぬぢやありませぬか』
『なに心配するな、太子様が、よしんば家来どもに妨げられ、お出ましになる事が出来ないにしたところで、左守の息子さまのアリナさまが控へてござる。アリナさまは自由の利く身だから、どんな便宜でも取計つて下さるよ』
『さう楽観は出来はすまい。アリナさまだつて外出差止めとなられたら、それこそ取りつく島がないぢやありませぬか。その上山奥の美人を囲つて太子様に逢引きさせ、堕落させたといつて重い罪にでも問はれたら、それこそ笠の台が飛ぶぢやありませぬか。お前さまは大体利巧に出来てゐないから、女房の心配は一通りぢやない。チツと気をつけて下さいや、お金がよつた時、さうムチヤに費つては、マサカの時にどうしますか。お前さまはヒネ南瓜だから何時国替へしてもよろしいが、この年の若い女房をどうして下さるつもりですか。今日はお銚子は二本でおいて下さい。お前さまが酒に酔うと梯子酒ぢやからヒヨロヒヨロと宅を飛び出し、裏町あたりの待合にでも惚気込んで、ありもせぬ金を費はれちや、宅の会計がやりきれませぬからな』
『エー、酒が理におちて甘くないわ。今日は機嫌よく飲ましてくれ。しやうもない世帯の話を聞かしてくれては流石茶人の俺も、いささか閉口だ。さう石に根つぎするやうに心配するものぢやない。俺の宅は御先祖さまの余慶で、これから一陽来復の気分に向かふのだ。よう考へて見よ。山奥から生捕つてござつた、あのスバール姫さまは弁才天様。さうして太子様は毘沙門天様だ。お前は言ふに及ばず布袋和尚なり、俺は頭が長いから福禄寿だ。そこへ恵比須や大黒のついた金札がこの通り懐に納まつてござるなり、チヤンと六福神は揃つてゐるのだ。も一つのことで七福神となるのだから心配するな。言霊の幸はふ国だから、こんな時は目出たいこと言つて祝ふに限るよ。チヤンと六福神が揃つてる所へ、お前の名が袋だから丁度揃つて七福神だ。芽出たい芽出たい酒喰はずんばあるべからずだ。飯飲まずんばあるべからずだ、エツヘヘヘヘ』
『何とまア気楽な事をいい年してをつて言へたものですな。お前さまの宅に後妻に入つてから已に三年にもなるぢやありませぬか。着換の一枚も買つてくれた事もなし、足袋一足買つてくれた事もないのに、いつも亭主面さげて、偉さうに何ですか。その金こつちにお渡しなさい、私が預かつておきます。お前さまにお金を持たしておくと剣呑だ。チツとばかり渋皮のむけた女を見るとすぐグニヤグニヤになつて、家も女房も忘れてしまうといふ奴倒しものだからな。ほんとにいけすかない薬鑵爺だよ』
『こらこら何をいふか。貧乏はしてをつても、俺はタラハン城に歴仕する茶の湯の宗匠さまだよ。俺の女房にならうと思へば、よほど茶の湯、生花、歌、俳諧等の諸芸は一渡り嗜んでおかねばならず、言葉使ひも高尚につかはねばならぬぢやないか。お前のやうに大きな図体をして蛙のやうな声を出し、ひびきの入つた釣鐘のやうにガアガア言つてもらふと、名門の恥辱だ、エーン。この夫にしてこの妻ありといふ事があるから、俺の女房ならチツと女房らしう、品行を謹んでもらはねば困るぢやないか。何時だつて女の癖に囲爐裏の側に胡坐かき、煙草ばかりをパクつかせ、飯を焚かすれば焦げつかす、タマタマ焦げなかつたと思へば半焚きの心のある飯を喰はせやがるし、何時だつて飯らしい飯を喰わした事があるか。アーア、俺も、せう事なしにこんな女房を持つたのだが、かう懐が暖かになつて来ると、もつとした……』
 袋は胸倉をグツととり、
『こりや薬鑵爺、もつとの後を聞かせ、俺を追ひ出すつもりか。お前の方から追ひ出されるよりも私の方から追ひ出てやるのだ。今までも幾度か見込みが立たないから、飛び出さう飛び出さうと思つたが先立つものは金だ。この薬鑵奴、これでもいつか懐をふくらしやがる事があるだらう。その時こそは懐の金をスツカリ奪ひとつてドロンと消えてやるつもりだつた。こんな険呑な暗雲飛び乗りの芸当をやるものについてをつては、袋の生命が険呑だ』
と言ひながら懐の札束をむしりとり、強力に任して老爺の尻を二つ三つ蹴りながら、腮をしやくり、
『お蔭さまで一千両のお金にありつきました。永らくお世話になりました。タルチンさま、三年に一千円は安いものでせう。精出しておまうけなさいませ。貯つた時は、また頂きに出ますよ。アバよ』
と牛のやうな尻をクレツと引捲くり、
『薬鑵爺尻でも喰へ』
と言ひながら一目散に逃げ出したり。
 タルチンは無念の歯がみをなし、後追つかけむとすれども、大女の力強に力一ぱい尻こぶたを蹴られたため、大腿骨に痛みを感じ、顔をしかめて逃ぐゆく女房の後を怨めしげに見送つてゐる。
『アー、袋の奴、馬鹿にしやがる。折角マンマとせしめた千両の金を自分一人で占領して、おまけに手厳しく毒つきながら帰つて行きやがつた。アア、また俺は元の木阿弥だ。文なしの素寒貧だ。よくよく金に縁のない男と見えるわい。しかし俺も一つ考へねばなるまい。万々一、太子様をかくまつて逢引きさしてゐる事がお歴々の耳にでも這入らうものなら、お出入り差止めは申すに及ばず、お袋の言つたやうに俺の笠の台が飛ぶかも知れない。また幸ひに命だけは助かつたとしたところで、太子様のお出入もなくなり、アリナさままでも来られないやうな破目になつたら、この茶坊主はどうしたらよいかな。どうも心配になつて来た。家宝伝来の名物道具よりも大切にしてゐるこの頃の珍客、金剛不壊の如意宝珠を、もしも老臣どもに見つけ出され、吾が館から連れ帰られるやうな事があつたとしたら、それこそ俺も身の破滅だ。地獄と極楽へ往復する茶柄杓の中折れ。今日までの湯加減も、にはかに足茶釜の底ぬけ騒ぎをやらねばなるまい。アーア、何とかいい工夫はあるまいかな。干からびた頭脳から何ほど絞り出しても、よい知恵は出て来ず、どうしてマサカの時の準備をしやうかな』
と腕を組み、胡坐をかいて、燗徳利を前に転がしたまま思案にくれてゐる。
 しばらくしてタルチンはニツコと笑ひ、
『イヤ、さすがは茶湯の宗匠だ。いい知恵が浮かんで来たぞ。万々一不幸にして太子さまがお出入り遊ばさぬやうになつても構はぬ。よもやノメノメとあのスバール姫を殿中へ、連れて帰られるはずはない。さうすればキツとこのタルチンが、どつかへお隠し申さねばなるまい。太子もキツと、さうしてくれとおつしやるに定まつてる。何ほど考へても、それより外に方法手段はないもの。太子さまだつて、アリナさまだつて、実のところは内緒でやつてござる事だから弱味がある。そこを甘くつけ入つて、あの名玉を処分するのは処世上の奥の手だ。捨売りにしても二万や三万の価値はある玉だ。わづかに千円や二千円のつまみ金を貰つてヒヤヒヤとして暮してゐるよりも、さうなりや二三万円にでも売り飛ばし、トルマン国にでも逃げ出し立派な女房でも貰つて、この世を栄耀栄華に気楽に暮すが一等だ。俺には何とした幸運が見舞うて来たのだらう、エツヘヘヘヘ』
と一人笑壺に入つてゐる。折りから聞こゆる、警鐘乱打の声、タルチンは足をひきずりながら窓の戸をあけて外を眺むれば、タラハン城下に当つて火災を起し、炎の舌は高く大空を舐めてゐる。
『ヤア、こいつア大変だ。お得意先が火事にでも会ふやうな事があれば、俺等の懐に大影響を来たすところだ。そして日頃お出入りの情誼として火事見舞に行かねばなるまい。どうやらあの勢ひでは容易に火事もをさまりさうにはないわい。太子様には済まないが、一つ留守を頼んで火事見舞に出かけやうかな』
と太い杖をつき、大女の袋に蹴られて痛んだ足をチガチガさせながら、離室の茶室に入り来たり、
『もしもしお二人様、タラハン城下は大変な火災が起つてをります。ここは町を余程離れてゐますから、メツタに飛火もしませぬから、安心でございますが、私は一寸お出入先へ見舞ひに行つて参りますから、どうぞ火事を見物しながら留守をしてゐて下さいませ』
太子『成程、大変な大火事と見えるな。この調子では、どうやら城内も危険が迫る恐れがある。しかしながら余はここに神妙にスバールと留守をしてゐるから、余にかまはず行つて来るがいいわ』
タルチン『ハイ、よろしうお願ひ申します。そんならこれから急ぎ見舞ひに行つて参ります』
と言ひながら漿酸提灯をぶらつかせ、片手に杖をつき、チガチガと泥濘に満ちた悪道を尻きれになつた下駄を穿ち出でて行く。
太子『これ、スバール、ずゐぶん壮観ぢやないか。余はまだあんな大きな火事を生れてから見た事はない。火事といふものは本当に勇ましいものだな』
スバール『仰せのごとく実に火事は人気のいいものです。この通り地上に蟻の這うてゐるのさへもハツキリ見えます。しかしながら火災にあうた人は可哀さうぢやありませぬか。どうか人命に関するやうな事がなければようございますがな』
『ウン、さうだな。どうか無事にをさまればいいが。あれあれだんだん火が燃え拡がつて来た。あのスツと高く白く光つてゐる壁は城内の隅櫓だ。火は隅櫓を舐出したぢやないか、こいつア大変だ。さうして大変な鬨の声が聞こえて来る。余が城内に帰つてをつたならばまたなんとか工夫したらうに、城内へ飛火がしたりするやうな事あれば、忽ち俺の所在を老臣どもが尋ねまはるに違ひない。アリナが甘くやつてくれればいいが、アアそればかりが気にかかる』
と、うなだれる。
スバール『太子様あなたはお心が弱いぢやありませぬか。夜前何とおつしやいました、「お前の側に居るならば、たとへ天は落ち地はくだけ、タラハン城は焼けおちても敢て意に介せない。お前と俺との恋愛さへ、完全に維持されたら何よりの幸ひだ。余は王位も富も城も捨てた」とおつしやつたぢやありませぬか。チツとお落着きなさい。見つともないぢやありませぬか』
と大胆不敵のことを言ふ。太子はスバールの言葉に肝を冷しながら、さあらぬ体にて、
『アツハハハハ如何にも尤も千万、火災なんか意に介するに足らないよ。サア夜分を幸ひ、お前と二人手をひいて郊外の散歩に出かけ、火事の見物をしやうではないか』
 警鐘乱打の声は四方八方より聞こえ、民衆の叫ぶ鬨の声は鯨波の如く聞こえ来たりぬ。

(大正一四・一・六 新一・二九 北村隆光録)



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