出口王仁三郎 文献検索

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物語68-1-41925/01山河草木未 茶湯の艶王仁三郎参照文献検索
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第四章 茶湯の艶〔一七二八〕

 タラハン市の町外れ、裏は薄濁つたかなり広い溝が流れてゐる。常磐木のこんもりとした余り広からぬ屋敷の中に、茶湯の宗匠タルチンの形ばかりの茅屋が建つてゐる。家は古く狭けれども、宗匠一人が独身生活にはかなり広い。しかも母屋と離れて煩き物音も聞こえず、生い茂れる庭の植込みを吾が物と見れば、世間体を飾つた紳士紳商の苦しい外観を飾る別荘よりも遥かに勝り、呑気で住心地もよい。春雨に包まるる向日の森、朧月夜に見渡す田圃道、軒端に近い若葉の揺るぎ、窓に聞こゆる小田の蛙の泣き声、見るからに茶人の住みさうな家構へである。
 雀の子が羽ばたきをするのは、やがて天空をかける準備だ。猫の子がじやれるのは大好物の鼠をとらむとする下稽古だ。年頃の女が鏡に向かつて、顔面や頭髪の整理をするのは恋愛至上主義を完全に達せむための準備である。
 茶の湯の宗匠タルチンは朝早うから、坊主頭に捻鉢巻、腰衣を高くまき上げ座敷を掃いたり、門を掃除したり、何か珍客の出て来る様子。さうして何となく万金の宝を人知れぬ処で拾つたやうな顔付して、ニコニコと笑つてゐる。愚者の一芸とかいつて、この茶坊主も茶の湯の道だけはかなり覚つてゐるやうである。母屋の方には宗匠の女房として年の若い体格美に傾き過ぎた布袋女が一人住まつてゐる。五斗俵を軽々と持ち運ぶその力、どこに一点の女らしい処も見えない。顔色黒く頭髪は茶褐色の大女、到底ヒステリ性を尊ぶ小説家の材料になりさうもない奴。もし当世流の才子風より見れば、一切の境遇に何等の意味もなく殆ど生存の要もなく、ただ一個の哀れ至極なる肉体物に過ぎないのだ。鞋虫の文学者や、穀潰しの政治家や、蓄音器の教育家や、米搗螽斯の小役人どもが、仔細らしく茶の湯の手前を誇り、交際場裡の補助にもがなと、茶坊主の茅屋を折りをり訪ねて来るのみで、あまり流行らない宗匠である。身代は痩せて壁までが骨を出し軒は傾き、上雪隠の屋根から月を見る重宝な住居である。夕立の時にはバケツや、盥、手桶などを慌てまはして座敷中に持ち運び、時ならぬ雨太鼓の音をさせてゐる。
 この頃この茶室に家と主人に不相当な珍客が、チヨコチヨコ窓の内外から顔を出す事がある。艶々した髪の色、名人の描いた天人の絵から抜け出したやうな美人が、何処とはなしに初心初心しいけれども、さりとて田舎出の女とも見えず、山猿の娘とも見えず、起居振舞ひしとやかに、頭の先から指の先まで、一寸動けば四辺の空気は千万里の彼方まで波動するかと思はるるくらゐ、有情男子の肝魂を奪つた。宗匠のタルチンは妙齢の美人に向かつて得意の茶道に就いて鹿爪らしき講義を初めだした。美はしき乙女は言ふまでもなくアリナが山奥から生捕つて来た、山霊水伯の精の変化といふべき、スバール姫たる事は言ふまでもない。
タルチン『姫様、女の最も習つておかねばならない事は茶の湯でございますから、今日は太子様の有難き尊き御命令によりまして、卑しき私が茶の湯のお手前を恐れながら伝授さして頂きませう。まず茶の湯の講目から心得てをつて貰はなくてはなりませぬから、あらましの事を申し上げます』
スバール『ハイ、何から何までお世話になりまして有難うございます。何といつても十年ばかりも子供の時から山奥に連れ行かれ、この世の風にも当つてゐないやうな、おぼこ娘の世間知らずでございますから、茶の湯に限らず何事も御指導をお願ひ申します』
 タルチンは笑を満面に浮かべ、低い鼻をピコつかせ、三方白の目をきよろつかせながら、フンと右の手の甲で鼻を左から右へ撫で、自分の尻の方でモシヤモシヤとこすりつけ、言葉までも荘重らしく粧ひながら、
『そもそも茶の湯は三ケの綱領を以て本とされてゐます。さうして茶の湯の仲通の習ひといふのは明徳を明らかにするの謂であつて、天命にもとづいて性を率ゆるの道でございます。さて茶の湯も、その大本を極めるならば何れの手前も十三手前が父となり母となるのです。これから三百八十手前も分れるのです。「すべて物は本末があり、事には終始があり、前後する事を知る時は即ち道に近し。その本乱れて未だその末をさまるものは非ざる也」と聖人が説かれてゐるでせう。それゆゑに茶の湯は十三手前を根本にして諸々の手前はこの中にあるのです。そしてまた許可の手前といふところまで稽古が進むと技芸が広くて、色々に別れます。これ新民の場にして品々変りあり。手前は、その心を選択するの謂であります。古東山殿より千の利休および現代に至つてその命維れ新しく、拙者の教ふるところは真台子七段は允可至極なり。徳を明らかにするを本となし、民を明らかにするを末とするが故に、茶の湯なるものは仲通を本となし、手前を末となすのです。真台子を本となすを至善とするのです。されば七段は、その目の大なるものです。ここにおいてその精美を極め、皆以てその止まる所を知る時は、少しの疑もなし。ゆゑに私の教へるのを茶の湯の真台子と申します。まづ茶の湯の席にはこれこの通り四畳半、順勝手といふ事がある。そして順のまはり式とは居畳より左へ廻るのを順と申し、また四畳半に順逆の勝手に習ひがある。順の回り式にして仲の半畳に爐をきり、自在鎖をかけるか、または五徳に釜をかけるか、これを順勝手と申すのです。今私が一つの歌を詠みますから、つけとめておいて下さい』
スバール『ハイ、いろいろと高遠な御教訓を頂きまして有難うございます。何分世間慣れのしない少女の事ですから、さぞお師匠様もまどろしい事でございませう』
と言ひながら料紙箱より硯、筆、墨、巻紙等とり出し、タルチンの読み上げる歌を記し始めける。

タル『一、門に入り右に座敷のあるならば
  順勝手とはかねて知るべし
 一、亭主居て左へ廻るを順といふ
  これは即ち正の字の心
 一、家造りかねて思案をしてぞよき
  建て上りのなきは悪しきものぞと
 一、爐の内の見えにくきほど難儀なは
  炭する時に燈火欲しきぞ
 一、枯木だも香へと藤をまとわせて
  さすが亭主の手利きとは知る
 一、野も山も花も香も見ながらに
  生ける心を知る人ぞ知る
 一、よりよりに埃を払ふ茶の湯師の
  心の塵はさもあらむかし
 一、門に入り左に座敷のあるものは
  逆勝手ぞと知るがよろしき
 一、亭主居て右へ廻るを逆といひ
  これは即ち従の字の心

サアサアこの歌によつて爐の構へや室内の様子があらまし解るでせう。あまり一度に沢山教へると、お忘れになるといかぬから、もう少し教へてこれで休みませう。また明日から実地の手前を御覧に入れますから。さて茶の湯の講目七段の習ひを申します。

初段、大盆、小盆、唐津物、茶入台、天目
二段、大盆、大海茶入、合子の物置、盆点
三段、大盆袋、天目茶筌入
四段、大盆内海長緒、薄茶台、天目三組
五段、大盆台、天目茶碗、二眼点
六段、丸盆、分紊隠架の蓋置
七段、大盆二つ台、天目穂屋、香爐、蓋置

の次第をもボツボツ教へませう』
ス『ハイ、有難う、どうかよろしう願ひます』
 かかる所へ面を包み足音を忍ばせて、空巣狙ひが人の住宅を覗くやうな様子で、あたりを憚りながら入り来るのはスダルマン太子の君であつた。
 タルチンは太子の姿を見るよりかつ驚きかつ喜びながら、米搗螽斯よろしく幾度となく禿頭の杵で畳の上に餅をつきながら、玄関口まで五足六足スルスルと後びざりをなし、雪駄のやうに擦りへらした庭下駄を足にひつかけ、粋を利かして母屋の方へと、茶色の帽子を目深に冠り稍俯向き気味になつて、尻をプリンプリンとふりながら庭の木立を縫うて帰り行く。
 野山に嘯く虎、獅子、熊、狼も、山林に囀る百鳥も乃至は虫族地虫の類に至るまで、天地の間に生きとし生けるもの、一として恋を歌はぬはなく、色情におぼれぬものはない。ましてや坊ちやま育ちのタラハン城の太子、青春の血にもゆる好男子が、花も恥ぢらう天成の美人の前に出ては胸の高鳴りを止むる事は出来なかつた。スバール姫も同じ思ひの恋衣、頬を紅に染めながら、片袖に艶麗な顔を包んでしばしは無言の幕をつづけてゐた。恋にかけては初心の太子と初心の乙女、たがひに言ひたき事も口ごもり、何とはなく恋の曲物にとり挫がれて、
『会ひたかつた、見たかつた、可愛いものよ』
とただ一言の口切りさへも、なし得ぬまでに臆病になつてゐた。さりながら、数多のよからぬ小盗人と共に、山の奥とは言ひながら、揉まれてゐたスバール姫は、比較的心も開けオキヤンになつてゐた。スバール姫は思ひ切つて太子の肩に飛びつき、腕もむしれるばかり固く抱き〆めて、互ひの熱い頬面をピタリと合せた。四つの目には恋の叶ふた嬉し涙が滲んでゐた。
 スバール姫は思ひ切つて三十一文字に思ひを述べた。

『我君の御幸のありしその日より
  今日の吉き日を待ちし苦しさ

 嬉しくもアリナの君に迎へられ
  太子の君に会ひし嬉しさ

 吾が恋路いや永久に続けかしと
  過ぎにし日より祈りけるかな』

太子『浅倉の山に見初めし乙女子の
  御姿こそは命なりけり

 汝思ふ吾が恋衣ボトボトと
  乾く間もなく涙しにけり

 天地の神の恵みに守られて
  今日嬉しくも汝に会ふかな

 人はいざ如何に吾が身を図ゆとも
  いねてむ後は如何で恐れむ』

ス『有難し吾が恋ふ君の御言葉は
  賤の乙女の命なりけり

 永久に変らずあれと祈るかな
  君と吾が身の美しき仲を』

(大正一四・一・五 新一・二八 於月光閣 北村隆光録)



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