出口王仁三郎 文献検索

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物語67-4-221924/12山河草木午 憧憬の美王仁三郎参照文献検索
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第二二章 憧憬の美〔一七二四〕

 太子は吾が館の奥深く潜みながら、スバール姫の画姿を床の間に掛け、朝夕天真の美貌に憧憬し、思ひを遠く朝倉谷の賤が伏家に通はせてゐた。寵臣のアリナは三十日の監禁を命ぜられ、話相手もなく、実に淋しき思ひに悩んでゐたが、スバール嬢の画姿を見ては、煩悶苦悩の炎を消してゐた。
『しかし今日は最早アリナが赦されて自由の身となる当日だ。彼も会ひたいだらう。自分も早くアリナに会ひたいものだ』
と独り語ちつつ、憂愁に沈んでゐる。そこへ重臣のハルチンは恐る恐る罷り出で、
『太子殿下には相変らせられず、御壮健なる神顔を拝し奉り、ハルチン身に取り恐悦至極に存じます』
太子『ヤア、そなたはハルチンか。先日殿内において大椿事突発の際、そなたは危険を冒して左守を抱きとめ、右守の難を救つたとかいふ事、実に神妙の至りだ。近く寄つて何か面白い快活な話を聞かしてくれないか』
ハル『ハイ恐れ入り奉ります。微臣は微臣として尽すべき道を尽したまででございますから、お褒めの言葉をいただいては汗顔の至りに堪へませぬ。一度御伺ひ申し上げたいと存じましたが、あまり恐れ多いと存じまして、今日まで控えてをりました。殿下には左守の伜アリナを殊の外御寵愛遊ばされ、昼夜の区別なく、お側に侍らせ玉ひ、誠に結構至極の至りにござりますが、しかしながら一人の家来ばかりを御信用なさいますと、大変な過ちが出来まするから、そこは賢明なる殿下の御聖慮をもつて、他の臣下をもどうかお近よせ下さいまするやう、お願ひ申し上げまする』
『アハハハハ、沢山な臣下はウヨウヨとしてゐるが、余の気に入る人間らしい臣下がないので、やむを得ず淋しいながらも、アリナを近付けてゐるのだ。お前はアリナの人物を何と思うてゐるか。忌憚なく余の前に感想を吐露しろ』
『ハイ、殿下の御寵臣を彼れこれ申し上げまするは、臣下の身分として恐懼に堪へませぬ。どうかこればかりはお赦し願ひたいものでございます』
『ナニ、そんな躊躇が要るものか。お前の思つてるだけの事をいつてみてくれ。余もアリナの行動に対し、そなたの意見を聞いて、不都合と認めた時は、今後の出入を差しとめるつもりだから』
『ハイ、さすがは御賢明なる太子様、それでこそタラハンの国家は万代不易、微臣の私も旱天に雨を得たるごとく、喜びに堪へませぬ。しからば申し上げますが、かれアリナは父にも似合はぬ生意気な男で、何事も文化文化と申して新しがり、国家の基礎が危ふくならうが、王家がどうならうがチツともかまはない不忠不義の悪魔でございます。殿下が何時までも彼がごとき者を近よせ、御信用遊ばしては、王家のため、国家のため、一大事が突発せないとも限りますまい。どうか賢明なる聖慮に見直し下さいまして、臣が言葉も少しは御採用下されませ。王家のため、国家のため、已むを得ず死を決して、このハルチンは殿下のお怒りを存じながら直諫に参りました』
太『ウーム、さうか、アリナといふ奴、それほどお前の目から悪人と見えるかのう。時代に目醒めた新しき主義を唱へる者が、王家国家を亡ぼすとは、チツと受取れぬではないか。今日の世の中は今までのごとく、強圧的専制的方法をもつて人民を治めることは出来ないよ。時代に順応してそれ相当の政治を行はねば、かへつて国家は危ふいだらう』
『殿下の御令旨、ご尤もではございますが、大王殿下の御心配も、重臣一同の徹夜の煩悶も、元を糺せば、かれ青二才が殿下に媚びへつらひ、尊貴の御身をば恐れ多くも、猛獣猛る山野におびき出し奉り、いろいろの苦労をさせましたからでございます。かかる不忠不義の逆臣を、お側近くおよせなさつては、おためになりますまい。どうぞこればかりはお考へを願ひたいもので、ございます』
『アア父上といひ、左守、右守といひ、お前といひ、よくもマア亡国の因虫がタラハン城にはびこつたものだのう。イヤ余は左様な言葉は聞きたくない。それよりもお前は左守、右守の頑迷連に盲従して、国家滅亡のために精々力を尽すがよからうぞ』
『これはまた、殿下のお言葉とも覚えませぬ。国家滅亡のために力を尽せよとは、臣下の心胸をお察し下さらぬのにも、ほどがあるぢやござりませぬか。私は殿下のお言葉を耳にしてお怨み申します』
『ハハハ、お恨み申すのは相身互ひだ。余は国家を泰山の安きにおき、国民をして平和な幸福な生活を送らしめ、地上に天国の楽園を移さむがため、昼夜肝胆を砕いてゐるのだ。何れの臣下も権勢に阿り、富貴に媚び、自己の名利栄達のみに全心を傾注し、王家のため、国家のためと、表面立派に唱へながら、その内心をエッキス光線に照らしてみれば、何れも自己愛の外に何物もない。実にかかる臣下を持つて、政治をとられてゐるタラハン国家は、危ふい哉である。余は一人も知己もなく、師匠もない。日夜寂寥の空気に身辺を包まれ、失望落胆の淵に漂うてゐるのだ。諺にも……溺れ死せむとする者は、一茎の藁にも縋る……とかや、吾が心中を洞察した左守の一子アリナのみを唯一の友となし、力となして、どうか国家を未倒に救はむと、昼夜焦慮してゐるのだ。アリナを排斥するのは即ち余を排斥するも同然だ。余を苦しめたく思はば、アリナを汝等重役どもが鳩首凝議して、如何なる圧迫なりと、排斥なりと加へたがよからう』
『殿下には重臣の中において、一人も真に王家を思ひ国家を愛する者はなく、何れも自己愛の奴隷のやうに仰せられましたが、それはあまり殺生と申すもの。王家を思ひ、国家の前途を憂ふればこそ、吾々臣下どもは、夜の目も寝ずに心を痛めてゐるのではございませぬか。少しは御推量を願はしく存じます』
『お前達の王家国家を思ふといふのは、要するに自己保護のためだ。何者かの外敵に我が国を亡ぼされ、王家も共にスラブのやうに亡んだ時は、ただ一人余が身辺を保護する者はあるまい。細々ながらも、国の主、王族として君臨してゐるのだから、お前達も王家を利用して種々の便宜を得るためだらう。王家の亡ぶのは即ち汝等の亡ぶのだ。それだから、王家だ、国家だと、忠義面して騒いでゐるのだ。アハハハハ』
 かかるところへ、アリナは三十日の監禁を赦され、意気揚々として案内もなく、太子の居間へ這入つて来た。太子は見るより、
『ヤ、アリナか、よう来てくれた。三十日の監禁もずゐぶん困つただらうね』
 アリナは両手をつきながら、
『殿下には何時も変らせられず、御壮健なお顔を拝し、歓喜にたへませぬ。三十日の間監禁され、親しく父と意見の交換をする便宜を得まして、大変好都合でございました。さすが頑迷固陋の父も前非を悔い、やうやく時勢に目が醒め、殿下の御心中を察し参らせ、今後は何事も殿下のなさる事については、容喙しないと誓ひましてございます』
太『ハハハハ、さうか、そりやお手柄だつた。マア結構々々、今ここに一人の頑迷屋がやつて来てな、いろいろと下らぬ事を言つてくれるので、実ア困つてゐたところだ。しかしながらこのハルチンはお前の父が殿中で騒いだ時、後ろからだきとめて、大事を防いだ殊勲者だから、お前も褒めてやらねばなるまいぞ』
アリ『ヤ、ハルチン様、お久し振りでございます。先日は父が、大変な御厄介になつたさうです。お蔭さまで、大事を未然に防ぎ、右守の司も、惜しい命を救はれたといふもの、右守は貴宅へお礼に上つたでせうな』
太『余が山野の遊びから帰つて来た時、右守は血相を変へて、表門へ飛び出す際、アリナにつき当り、階段から転げ落ち脛をくぢいて、はふはふの体で帰つた時は、ずゐぶん気の毒だつた。一度見舞に誰かを遣はしたいのだけれど、余もあまり心が塞いでゐたので、つい手遅れしたのだ。オイ、ハルチン、お前は右守の司に会うたら、余がよろしくいつてゐたと伝へてくれ』
ハル『ハイ、仁慈の籠つた殿下のお言葉、右守の司も、さぞ喜ばれるでございませう。時にアリナさま、今承れば、お父上は殿下の御心に従ふ、何事も干渉はせないとおつしやつたやうでございますが、それは実際でございますか』
アリ『実際も実際、極真面目に言つてゐましたよ。その代り、三十日の間、僕もずゐぶん舌の根がただれるところまで奮闘しました。さすがの頑固爺も、たうとう兜を脱いで、少しばかり霊の錆が除れ、黎明の曙光を認めたやうです。親爺が第一改心してくれないと、タラハンの国家が持てないですからなア』
ハル『ア、左様でございますか。左守の司様がお考へは日月の光明も同様でございます。しからば私もこれから殿下の御意志に服従いたしますれば、なにとぞ今までの御無礼をお赦し下さいませ』
と権勢に媚びへつらひ、自己の栄達のみを念としてゐるハルチンは、如才のない事を言つてゐる。
太『ハハハ今まで余を殿下殿下と尊敬してゐたが、今のハルチンの言葉の端から考へてみると、余に対しては絶対信用をおいてゐなかつたのだなア。それがハルチンの偽らざる告白だらう。否ハルチンのみならず、一般の重臣どもは同じ考へを持つてゐたのだらう。それだから余は気に入らなかつたのだ。ハルチンも如才のない男だのう。余はアリナに相談があるから、また今度会はう、速やかに帰つてくれ』
ハル『ハイ、御意に従ひ罷り下るでございませう。何分にもよろしくお願ひ申します』
と米搗き螽斯よろしく、この場を辞して帰り行く。
太『アハハハ、到頭、偽善者が一人、退却しよつた。サアこれから余とお前と水入らずだ。何か面白い感想はないかな』
アリ『ハイ、別に変つた感想も浮びませぬが、あの頑固爺奴、何といつても目が醒めないのです。頑固党のハルチンが御前に控へてをりましたので、ワザとにあんな事言つて気を引いてみたのでございます。なかなかどうしてどうして、頑固爺の頭は駄目でございますよ』
『アハハハ、お前も面白い芸当をうつ男だな。ハルチンが掌を返したやうに賛成した時の可笑しさ。余も大いに人情の機微について研究をしたよ。時にアリナ、この画像を見よ。何時もこの掛物から浮出して来て余にものを言ふやうだ。お前が監禁中はこの画像を唯一の伴侶として、煩悶の焔を消してゐたのだ。実に麗しいものぢやないか』
『殿下、それほどスバール嬢がお気に召しましたか』
『ウン、ズツと気に入つた。寝ても醒めてもスバール嬢の姿が吾が目にちらつき、恥づかしながら、硬骨無情の余も恋といふ曲者に捉はれたやうだ。何ほど画姿をみてゐても、殿下とも何とも言つてくれない。何とかしてモ一度実物に会つてみたいものだが、この頃の厳重な警戒線は到底破る事は出来まい。こればかりが実は煩悶の種だ。察してくれ』
『殿下、それほどまで思召しますなら、私が彼れシャカンナを説き伏せ、スバール姫をタラハン市まで、迎へて来ませうか』
『さうして貰へば有難いが、しかしどうして殿中へ入れることが出来やうぞ』
『たうてい今日の場合、殿中へお呼び寄せになることはチツと困難でございませうが、日頃殿中へお出入を致す、生花の宗匠タールチンを、黄金の轡をはめて買収し、彼が離室にスバール嬢様をかくまはせ、隙を窺つて殿中を脱け出だし、時々お会ひ遊ばして、お楽しみなされては如何でございませうか』
『そんならよきに取計らつてくれ。どうにもかうにも、余は堪へ切れなくなつて来たのだ』
『キツと目的を達して帰ります。どうか凱旋の時をお待ち下さいませ』

(大正一三・一二・四 新一二・二九 於祥雲閣 松村真澄録)
(昭和一〇・六・二三 王仁校正)



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