出口王仁三郎 文献検索

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物語67-4-201924/12山河草木午 曲津の陋呵王仁三郎参照文献検索
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第二〇章 曲津の陋呵〔一七二二〕

 タラハン城内カラピン王の御前に左守、右守を初めとし、数多の重臣が薬鑵頭に湯気をたて太子が知らぬ間に殿内より姿を隠し、踪跡をくらました大椿事につき、いろいろと干からびた頭から下らぬ知恵を絞り出して、小田原評定が初まつてゐる。
王『時に左守殿、日頃憂鬱に沈んだ吾が太子は今日で三日になつても、まだ帰つて来ないのは、どうしたものだらう。何か、いい考へはつかないかのう』
左守『ハイ、誠に恐れ入つた次第でござります。殿中監督の任にありながら、この老臣、大王に対し奉り、死をもつて謝するより外に道はございませぬ』
王『其方の伜も、まだ帰つて来ぬか。余は思ふに、日頃太子の気に入り、其方が伜とどつかの山奥へ踏み迷うてゐるのではあるまいかのう』
左『不束な伜奴、太子様のお言葉に甘へ、いつも恐れ多くも友人気取りになつて振れ舞ひます。その不遜な行為を、臣は常に憂ひ、いろいろと折檻も致し警告も与へてをりますが、二つ目には薬鑵頭だの、骨董品だの、床の置物だのと、罵詈嘲笑を逞しふし、太子様の御寵愛を傘に着て親の言ふ事を聞きませぬ。誠に困つた不忠不義の痴者でございます。もし今度幸ひに伜が帰りますれば密室に監禁し、よく物の道理を説き聞かせ、それでも聞き入れねば、ただ一人の伜なれども王家のため国家のため、臣が手にかけて伜が命を絶ち、国の災ひを除く覚悟でございます。どうかしばらく御猶予を願ひます。何れその中には無事御帰城遊ばすでございませうから』
王『ヤ、そちの伜も新教育とやらを受け、よほど性質が悪くなつて来たやうだ。しかし、吾が太子も太子だ。平民主義だとか、平等主義だとか、国体に合ない囈言を申し、貴族生活が気に入らぬ等と駄々をこね、日夜不足さうな面貌を現はし、吾が注意を馬耳東風と聞き流し、手におへない人物となつてしまつた。これも全く余が一時悪霊に魂を魅せられ、天地に容れざる残虐の罪を犯したその報いで、老後の身をもつて、あるにあられぬ心の苦労をさせられてゐるのだらう。アアどうなり行くも宿世の因縁だ。もう左守殿、あまり頭を痛めてくれな。余も太子の事は只今かぎり断念する』
左『恐れ多き殿下のお言葉、臣下の吾々、何と申してお詫をすればよいやら、実に恐懼の至りでございます』
王『右守殿、太子が帰らぬとすれば、何とか善後策を講じなくてはなるまい。其方の意見を聞きたいものだ。かかる一大事の場合、少しも遠慮は要らないから、其方が心の底を忌憚なく打明けてくれよ』
右守『ハイ恐れ入りましてございます。太子様の御出奔以来、家中の面々を四方八方に派し、殿下のお行衛を捜索いたさせましたが、今に何の吉報も得ませぬ。今日で三日三夜、この右守も心を痛め胸をなやまし、食事も碌にとれませぬ。翻つて国内の事情を顧みれば、到る所に民衆不平の声、いつ大事が勃発するかも知れない形勢になつてをります。加ふるにバラモン軍が襲来するとの噂喧すしく、人心恟々として山川草木色を失ひ、将に阿鼻叫喚地獄を現出せむとするの形勢でございます。かくの如く国家多事多難の際に太子の君が御出奔遊ばされたことは、我が国家にとつては、痩児に蓮根と申さうか、泣面に蜂と申さうか、実に恐れ多き次第でございます。風前の燈火にも等しきタラハン国の形勢、国家を未倒に救ひ、大廈の崩れむとするを支ふるのは、倒底一木一柱のよくすべきところではございませぬ。何分にもこの際には上下一致、億兆一心、あらむ限りの誠心を捧げて国難に殉ずる覚悟が吾々はじめ、なくては叶ひませぬ。かかる危急存亡の際に、太子の君を唆かし奉り、殿内より誘き出したる左守殿の伜アリナこそは、天地も赦さぬ大逆無道の悪臣でござる。まづ国家民心を治むるには親疎の情を去り、上下の区別を撤廃し、真を真とし、偽を偽とし、悪を悪とし、公平無私的態度をもつて賞罰を明らかにし、天下に善政の模範を示さなくてはなりますまい。恐れながら、臣は先づ第一着手として、左守の伜アリナの処分をなさねばならないだらうと考へます。ついてはその父たる左守殿はこの際責任を感知し、闕下に罪を謝し、下は国民に対する言ひ訳のため、進んで骸骨をお乞ひなさるが時宜に適したる最善の処為と考へます。否、国法の教ふるところと確信いたします。殿下、なにとぞ賢明なる御英断をもつて、官規を振粛し頑迷無恥の官吏を退け、以て国民に殿下の名君たる事を周知せしめたく存じまする』
王『イヤ、右守の言も一応尤もだが、今日は未だ太子の行衛も分らず、またアリナの所在も分らぬ混沌の際だから、左守の処分は、さう急ぐには及ぶまい』
右『殿下の仰せではございまするが、国家危急存亡の際、さやうな緩慢の御処置は却つて国家を危ふくするものと考へます。なにとぞ御英断をもつて疾風迅雷的に解決し、快刀乱麻を断つの快挙に出でられむ事を、右守、謹んで言上仕ります』
王『汝右守のサクレンス、汝は王家を思ひ国家を思ふ、その熱誠は実に余は嘉賞する。しかしながら我が国家は余に及んで十五代、王統連綿として何の瑕瑾もなく、国民尊敬の中心となり、たとへ小なりといへどタラハンの国家を維持して来たものだ。しかるに今太子が貴族生活を嫌ひ、殿内を飛び出すやうになつては、もはや王政も専制政治も到底永続することは出来ない。たとへ太子が帰城するにしても、彼は余が後をついでタラハン国に君臨する事は好まないだらう。一層のこと、王女のバンナを後継者となし、適当なる養子を入れて、王家を継承させたいと思ふが、左守、右守その他の重臣共は、どう考へるかな』
左『殿下の宸襟を悩ませ奉り、臣として、ノメノメ生命を長らへ、殿下の御心配を坐視し奉るに忍びませぬ。右守の言はるる通り、実に臣といひ伜といひ、王家の仇国家の潰滅者でございますれば、申し訳のため今御前において皺ツ腹をかき切り、万死の罪を謝し奉ります。右守殿、何卒国家のため忠勤を励んで下さい。殿下、左様ならば』
といふより早く用意の短刀、鞘を払つて左の脇腹につき立てむとする一刹那、王女バンナ姫は慌ただしく、簾の中より走り出で、
『左守ガンヂー早まるな。今死ぬる命を永らへ、王家のため国家のために何故誠を尽さないのか。死んで忠義になると思ふか、言ひ訳が立つと思ふか。血迷ふにもほどがあるぞや』
と鶴の一声、左守はハツとばかりに両手をつき、白髪頭を床にすりつけながら声を振はせ涙を絞り、述ぶる言葉もきれぎれに、
左『ハイ、誠に無作法な狼狽へた様をお目にかけまして申し訳がございませぬ。なにとぞ、御宥恕を願ひ奉ります』
右『アハハハハ、左守殿、御卑怯ではござらぬか。一旦男子が決死の覚悟、たとへ王女様のお言葉なればとて、卑怯末練にも死を惜しみ、生の執着に憧れ給ふか。左様な女々しき魂をもつて、よくも今まで左守の職が勤まりましたな。チツとは恥を知りなされ』
と悪逆無道の右守のサクレンスは、左守の自殺を慫慂してゐる。彼は十年以前までは左守のガンヂーが右守として仕へてゐた頃、家令に抜擢され、右守が左守に栄進すると共に、自分も抜擢されて右守の重職に就いたのである。今日の地位を得たのは、全く現左守の斡旋によるものであつた。しかるに心汚き右守は、大恩あるガンヂーを邪魔物扱ひになし、今度の失敗につけ込み左守に詰腹を切らせ、自分がとつて左守に代り国政を自由自在に攪き乱し、時節を待つて王女バンナ姫に自分の弟エールを娶はせ、吾が一族をもつて国家を左右し、自分は外戚となつて権勢を天下に輝かし、日頃の非望を達せむと企てたのである。
 カラピン王は右守のサクレンスに右のごとき野心あるとは夢にも知らず、危機一髪の際、国家を救ふは数多の重臣の中、この右守の外なしと、ますます信任の度を厚うした。
 されども流石に吾が弟のエールを王位に上せ、バンナ姫と相並んで王家を継がせ、万機の政治を総統させる事は口には出し得なかつた。そこで彼は、ワザとに次のやうな事を御前会議の席で喋々喃々と喋りたて、王をはじめ重臣共の腹を探らうとした。
右『殿下に申し上げます。「今日は国家のため遠慮会釈もなく言上せよ」との御令旨、参考のために、殿下をはじめ一同の重役達にわが意見を吐露いたします。御採用下さらうと、下さるまいと、それは少しも臣の意に介するところではございませぬ。つらつら天下の情勢を考へまするのに、世界の王国は次第々々に倒れ、何れも民衆政治、共和政体と代り行く現代の趨勢でございます。加ふるに肝腎要の太子の君は平民主義がお好きでもあり、常に共産主義を唱道されてゐるやうでございます。開国以来、十五代継続遊ばしたこの王家をして万代不易の基礎を固め、王家の繁栄は日月と共に永遠無窮に、月の国の一角に光り輝くべく日夜祈願をこらしてゐましたが、最早今日となつては、どうも覚束ないやうな気分がいたします。殿下を初め奉り、諸君の御意見は如何でございませうかな』
 この意外なる言葉に王を初め左守、その他の重臣は水を打つたるごとく黙然として、大きな息さへせなかつた。しばらくあつてカラピン王は顔面筋肉を緊張させながら、
『意外千万なる右守が言葉、天の命を受けて君臨したる我が王室を廃し、共和政治を布かうなどとは不臣不忠の至りだ。右守、汝も時代の悪風潮に感染し、良心の基礎がぐらつき出したと見える。左様な精神で、どうして我が国家を支へることが出来るか。よく考へて見よ』
 この言葉に並みゐる老臣等はやや愁眉を開き、一斉に口を揃へて王の宣言に賛意を表した。左守は憤然として立ち上り両眼に涙を浮べながら、右守の側近くニジリ寄り短刀の柄に手をかけ、声を慄はせながら、
『汝右守のサクレンス、徒に侫弁を揮ひ、表に忠臣義士を粧ひ、心に豺狼の爪牙を蔵する悪逆無道不忠不義の曲者奴、万代不易の王政を撤回し共和政体に変革せむとは何の囈言、不臣不忠の至り、もうこの上は左守が死物狂ひ、汝が一命を断つて国家の禍根を絶滅せむ、覚悟いたせ』
と言ふより早く右守に向かつて飛びつかむとする。王女のバンナはまたもや声をかけ、
『左守、しばらく待て、王様の御前であらうぞ。殿中の刃物三昧は国法の厳禁するところ、血迷うたか、狼狽へたか。左守、冷静に善悪理非を弁へよ』
 左守は声を励まして、
『王女様の厳命なれども、もとより不忠不義なるこの左守、死して万死の罪を謝し奉る。ついては御法度を破る恐れはございませうが、この右守を残しておかば王家を亡ぼし国家を亡ぼす大逆者でござれば、右守の命を絶つ考へでございます。何卒この儀はお許し下さいませ』
とまたもや斬つてかかる。右守は打ち驚き松の廊下の師直よろしく、
『左守殿、殿中でござる 殿中でござる』
と連呼しながら彼方此方へ逃げまはる。重臣のハルチンは加古川本蔵よろしく、左守の後よりグツと強力に任せて抱きかかへ羽抱絞めにしてしまつた。左守は、
『エー、放せ、邪魔召さるな。王家の一大事だ。国家の禍根を払ふのはこの時でござる』
とあせれど藻掻けど、強力のハルチンに抱きつかれ、無念の歯噛みしながらバタリと短刀を床上に落とした。右守はこの隙に乗じて雲を霞みと卑怯未練にも逃げ出してしまつた。
 かく騒ぎの最中へ太子の君はアリナと共に悠然として城門を潜つた。今や生命からがら髪振り乱し、逃げ出して来た右守のサクレンスは狼狽のあまり門口にてアリナの胸にドンとばかりつきあたり、二人は共に門前の階段から、二三間ばかり下の街道へ転げ落ちた。幸ひにアリナは何の負傷もせなかつたが、右守のサクレンスは脛を折りノタノタと四這ひとなり、生命カラガラ吾が家を指して猫に追はれた鼠よろしく逃げ帰り行く。

(大正一三・一二・四 新一二・二九 於祥雲閣 北村隆光録)



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