出口王仁三郎 文献検索

リンク用URL http://uro.sblog.jp/kensaku/kihshow.php?KAN=67&HEN=4&SYOU=19&T1=&T2=&T3=&T4=&T5=&T6=&T7=&T8=&CD=

原著名出版年月表題作者その他
物語67-4-191924/12山河草木午 絵姿王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:

あらすじ
未入力
名称


 
本文    文字数=20066

第一九章 絵姿〔一七二一〕

 十八年のお慈悲の牢をやうやく脱出し、寵臣のアリナと共に、心ゆくまで山野の清遊を試み、その嬉しさと愉快さに帰路を忘れ、一切を忘却し、心の駒に打ちまかせて、思はぬ深山の奥へ迷ひこんだタラハン城の太子も、また太子の意を迎へて山野に案内し、方向に迷ひ、帰路を尋ねて連山重畳たる谷川を瞰下す山腹に月光を浴びながら、ライオンの声に心胆を奪はれ、たちまち恐怖心にかられ、顔色青ざめ、生きたる心地もなく、体内の地震を勃発したる左守の伜アリナも、山麓にやうやく一炷の火光を認めて死線に立つて救ひの神に出会したるがごとく、にはかに勇気百倍し、太子を導いて小柴を分け、やうやく一つの隠れ家に辿りつき、主人の情けによつて、形ばかりの萱葺きの掘込建に一夜の宿泊を許され、いろいろと物語の末、十年以前カラピン王に仕へたる重臣なりし事を悟り、あるひは喜びあるひは驚きつつも、ヤツと心が落着き、綿のごとく労れ切つたる身を横たへて、ここに露の滴るごとき美青年は前後も知らず露の宿りについた。アアこの主従二青年は、その夜は如何なる夢路を辿つたであらうか。数奇な運命に見舞はれて、喜怒哀楽の風に翻弄され、天人たちまち地に降り、土中に潜む地虫は羽翼を生じて、喬木の枝に春を歌ふ人生の七変化。口述者も筆者も読者も興味をもつて、主従二人が夢の成行を聞かむと欲するところである。
 雲上高く翼をうつ鳳凰も、霞の天海を浮游する丹頂の鶴も、土中に潜む虫けらも、恋には何の区別もなく、情けの淵に七度八度、浮沈するは世のならひ、花にも月にも譬へ難きタラハン城内の太子と、背は少しく低く、色は少しく赤みを帯びたれど、その容貌は見まがふばかり酷似せる左守の伜アリナが、死力を尽しての珍しきローマンス。大正甲子の霜月の空に、祥雲閣に例のごとく横臥しながら、よく語り、よく写し、山色雲に連なる黎明の空を眺めつつ、言霊車に万年筆の機関銃を備へつけながら、出口、松村、北村、加藤の四魂揃うて、丹波名物の霧の海原分けてゆく。
 シャカンナは珍しき客、ただ空の月日を友となし、松籟を世の音づれとして、最愛の娘と共に、一切の計画を放擲し、年来の志望を断念して、娘を力に深山の奥に打ちはてむものと覚悟のをりから、三代相恩の主君の寵子が、吾が身に辛く当りし左守の伜と共に夢の庵を訪はれ、かつ喜びかつ驚き、太子に会うた嬉しさに、十年以前の左守ガンヂーが吾が身に対せし冷酷なる振舞ひに出でしを酬ゐむとせし敵愾心も、忠義のためにスラリと忘れ、思ひもよらぬ珍客と、夜の目も碌に眠り得ず、朝まだき篝火を要する刻限より、スバール姫と共に、まめまめしく朝餉の用意に取りかかり、せめては旧恩の万分一に報ゐむと、貧弱なる材料をもつて力限りの馳走を、僕のコルトンにも言ひつけず、自ら調理して献らむものと、心の限りを尽し、朝餉の調理に全力を尽してゐた。コルトンは今朝に限つて、炊事の業を免ぜられ、木の枝で作つた箒でもつて、茅屋のまはりや庭先を掃き清め、あたかも氏神の祭礼の前日か、大晦日の田舎の庭先のやうに、掃目正しく、破れ草鞋のごとくに隅から隅まで掃きちぎつてゐる。
コルトン『あーあ、何といふ不思議なことが出来たのだらう。一ケ月以前に玄真坊とか天真坊とかいふ糞蛸坊主が、女神様のやうな女と共に、タニグク山の岩窟に乗り込んで来て、大酒を喰ひ、酔ひつぶれたその隙に、俺に優しい言葉をかけ、チツとばかり秋波を送つてくれた美人のナイスのシャンに、イヌだの、サルだの、カヘルだの、ネンネコだのと、仕様もない悪戯をされ、すつぱぬきを喰はされた時の三人の面付が、今も俺の目にや有り有りと残つてゐる。あの桃色縮緬を白い薄絹を通して眺めるやうな美人の顔色、白玉で拵へたやうな細い麗しい肌理のこまかい美人の手から、鹿の巻筆ではないが、棕梠の毛で造つた手製の筆に、墨をすらせ、俺の額にサル、カヘルと記念の文字を残して帰りよつた。俺はいつまでもこの記念は吾が額に止まれかし、一層のこと肉に食ひ入つて、美人が情けの筆の跡、たとへサルといはれやうが、カヘルと言はれやうが、そんなことに頓着はない。どうぞ何時までも消えずにあれと祈つた甲斐もなく、いつの間にやら、スツカリと足がはへて、サル、カヘルといふつれなき羽目に会はされ、有情男子の俺もいささか罪を造つたが、日を重ぬると共に、煩悩の犬はどつかへ逃げ失せ、本心に立ちカヘルやうになつたところだ。それにまたまた同じ十五夜に、天女にも擬ふやうなる白面郎が、二人も揃うてこの門口へ降つて来た時の驚きといつたら、まだ生れてから経験をつんだ事がない。あまりの吃驚で、天狗の孫ではあるまいかと、いろいろ言葉をかまへ、帰らしめむと、死力を尽して拒んでみた。それが何ぞや、親分御大の旧主人だとか、タラハン城の太子様だとか、左守の伜だとか、聞くに及んで二度吃驚、三度吃驚、五臓六腑はデングリ返り、何とはなく恐ろしさ勿体なさに、昨夜は床の上に休むのも勿体なくなり、土間に四這ひとなつて、イヌ、カヘルの境遇に甘んじ、ヤツと一夜を明かし、御大に小言を頂戴するかと案じてゐたが、世の中は杏よりも桃が安いとかいつて、幸ひに御大の光る目玉の一睨みも、秋霜烈日のごとき言霊も、どうやらかうやら赦されたらしい。しかしながら内のお嬢さまも、子供とはいひ、モウ十五の春を迎へてゐらつしやるのだ。そして夕べの話によれば、御大は十年以前まで、カラピン王の左守の司だつたやうだ。さすがお嬢さまも由緒ある家の生れとて、見れば見るほど気品の高い、そして絶世の美人だ。太子と嬢さまとの中に、何だか妙な経緯が出来はせまいかな、どうも怪しく思はれる。法界恪気ぢやなけれども、何だか腹立たしいような、可怪しい気分がして来だしたワイ。俺も今まで、御大の気に入り、何とかして養子にならうと、お嬢さまの成人を待つてゐたのだが、最早今日となつては、どうやら怪しくなつて来た。俺の日頃の忠勤振りも、嬢さまに対する親切も、サツパリ峰の薄雲と消え去りさうだ。百日の説法屁一つの効果も上らないのか、エー残念至極だ。雨の晨風の夕べ、お嬢さまお嬢さまと言つて、その成人を待ち、タニグク山の名花を手折らむものと楽しみ暮したこともサツパリ夢となつたか。アア残念や腹立たしや、何ほど俺が悧巧でも、一方は王の太子、しかも旧御主人、その上玉のやうな美青年と来てるから、たうてい俺の敵ではない。地位名望からいつても、最早だめだ。エー、テレくさい、こんな所に何を苦しんで、不便な生活を続ける必要があるか。手に持つ箒さへも自然に手がだるくなつて放れさうだ。エー、小鳥の声までが、俺を馬鹿にしてるやうに、今朝は聞こえて来る。微風をうけて騒いでゐる木の葉も、今朝は俺の失恋を嘲笑つてゐるやうにみえる。潺湲たる谷川の流れの音も、昨日までは天女の音楽のごとく楽しく聞こえたが、今朝は何だか亡国の哀音に聞こえて来た。希望にみちた俺の平生に比べて、失望落胆の淵におちこんだ今日の俺は、最早天も地も、大親分も、可憐なお嬢さまも、俺を見すてたやうな気がする。エー馬鹿らしい。今の間に密林に姿を隠し、どつかの空へ随徳寺をきめ込んでやらう。オオさうぢや さうぢや、エエけつたいの悪い』
と呟きながら、満腔の不平を箒に転じ、「エーこん畜生ツ」といひながら、谷川めがけて力をこめて投げやり、黒い尻をひきまくり、二つ三つ打ち叩きながら、体をくの字に曲げ、腮を前の方に突き出し、田螺のやうな歯を出して、二三回「イン イン イン」としやくりながら、早くもこの場より姿を隠した。
 太陽の高く頭上に輝く頃、太子、アリナの主従はやうやく目を醒ました。
太子『アア爺、お蔭で昨夜は気楽に寝ましてもらつた。どうやらこれで元気が回復し、人間心地になつたやうだ。白湯を一杯くれないか』
シャカンナ『若君様、最早お目醒でございますか。どうぞゆつくりとお寝み下さいませ』
太子『や、もうこれで充分だ』
アリナ『昨夜はお蔭で、太子様のお招伴をいたし、気楽に寝まして頂きました。この御恩はどこまでも忘れませぬ』
シャ『オイ、コルトン、お客様にお湯を汲んで来い。コルトンは何をしてゐる』
 幾度呼んでもコルトンの返詞がせぬ。干瓢頭も見せない。そこへスバール姫がやや小綺麗な衣服を着替へ、髪の紊れを解き上げ、花のやうな麗しい顔に笑を含んで、
スバール『若君様、お早うございます。御家来のお方様、夜前は寝まれましたか。ご存じの通りの茅屋でございますから、嘸さぞお二人様とも、お寝みにくからうかと、案じ参らせてをりました。サアどうか渋茶をあがつて下さいませ』
と言ひながら、手元をふるはせ、やや顔をそむけ気味に、恭しく太子に茶を汲んでささげた。太子は……床しき者よ、麗しいものよ……と思ひながら、静かに手を伸べて、スバールが差出す茶を受け取り、二三回フーフーと吹きながら、静かに呑み干した。
スバ『若君様、モ一つどうでございますか』
太子『ヤ、かまうてくれな、余が勝手に頂くから』
シャ『コラコラ、コルトン、何処へ行つたのだ。早く太子様に御挨拶を申し上げぬか』
スバ『お父さま、コルトンは一時ばかし前に飛び出しましたよ。最早帰つて来る気遣ひはございませぬ』
『ナニ、コルトンが逃げたといふのか、なぜお前はその時とめないのだ』
『お父さま、妾、いい蚰蜒が逃げたと思つて、とめなかつたのですよ。いつも妙な事をいつたり、厭らしい目付をして妾を見るのですもの。何だかその度ごとに悪魔に襲はれるような気がいたしまして、何時も胸が戦いてゐたのです。これでモウ親と子との水入らずで、こんな気楽な事はございませぬ。お父さま、コルトンがゐなくても妾が炊事万端を致しますから安心して下さい』
『アハハハハ、到頭、コルトンも山中生活に飽いて逃亡したかなア、無理もない。若い奴が何楽しみもなく、こんな髭武者爺と辛抱してゐたのは、実に感心な者だつた。逃げたとあらば追跡の必要もない。かれの自由に任しておいてやらう。アハハハハ』
『お父さま、コルトンは何時も、こんな事を言つてゐましたよ、……こんな山奥に不自由な生活をしてゐるのは、若い男として本当に約らないのだけれど、私が帰れば忽ちお父さまが困らつしやるだらう。しかしながら一日も、こんな山住居はしたくないのだけれど、スバールさまのその美しい顔を、朝夕見るのが、唯一の慰安だ、命の種だ。それだから淋しい山奥も、淋しいと思はず喜んで親方さまの御用をしてゐるのだ……と、何時も申しましたよ』
『アハハハハ、女の子といふ者は油断のならぬものだな。美しい花には害虫がつき易い習ひ、娘を有つた親はなかなか油断は出来ぬワイ』
『お父さま、そんな御心配は要りませぬ。なにほど初心こい娘だつて、子供上りだつて、あんな男の言ふ事を諾く者がございますか。太子様の……』
『アハハハハ、蔭裏の豆も時節が来れば花が咲くとやら、不思議なものだなア』
アリ『モシ、前左守様、かうして太子様のお伴をして、一夜の雨宿りをさしていただいたのも、深い縁の結ばれた事でございませう。タラハン国の窮状を救ふため、太子様のお伴をして、今一度都へ出で、国家のために一肌ぬいで下さるわけには参りますまいか。嬢様も都見物を遊ばしたら、またお目が新しくなつて嘸お喜びでございませうから』
シャ『イヤ御親切は有難いが、たとへ太子様のお慈悲の言葉に甘え、都へ出たところで、もはや一切の権利は其方の父が掌握してゐる。十年も山住居をして、世の開明の風に後れた骨董品、たうてい国政の衝に当るなどとは、思ひもよらぬことだ。かへつて大王様のお心を揉ませるやうなものだから、御親切は有難いが、私はモウこの山奥で、娘と共に朽ちはてる積りだ。断じて都入は致しませぬ』
『それはさうと、かかる名花を山奥に老いさせるのは実に勿体ないぢやありませぬか。あなたも娘の出世は望まれるでせう。何時までもこの山奥にござつては、あなたは老後を楽しんで花鳥風月を友とし、この山奥に簡易生活を楽しみ暮されるとしたところで、莟の花のスバールさまを、このまま此処で一生を終らせるのは、どう思うても勿体ない。そんな事を仰せられずに、太子様を蔭ながら守るために都へ出て下さい。そして政治がお厭なれば、どつかの家に身を忍び、お嬢さまを守り立て、立派な花になさつたらどうですか』
『何と仰せられても、元来頑固な生れつき、一度厭と申せば何処までも厭でござる』
太『左守、余の頼みだから、余と共にタラハン城へ帰つてくれる気はないか』
シャ『ハイ、何と仰せられましても、こればかりは平に御免を被りたうござります』
『ウン、さうか、それほど厭がる者を、無理に伴れ帰るのは、却つて無慈悲かも知れない。そんなら其方の意志に任す。帰つたらこのアリナに珍しい物でも持たして、お礼に参らすから……永らくお世話になつた。惜しいけれども、帰らねばなるまい。しかしシャカンナ、その方に一つの頼みがある。聞いてはくれまいかなア』
『ハイ、如何なる事でも、最前お断わり申した外の事ならば、力の及ぶかぎり、御恩報じのために承りませう』
『ヤ、早速の承引、満足々々、外でもないが、スバール嬢の姿が絵に写したい』
『ナニ、スバールの姿を撮ると仰せられるのですか、金枝玉葉の御身をもつて、卑しき私どもの娘の姿をお描き遊ばすとは、あまり勿体ないお言葉。こればかりは平にお断わり申し上げませう。冥加に尽きますから』
『なに、さう遠慮するには及ばぬ。どうか余の頼みぢや、絵姿を描かしてくれ』
スバ『お父さま、若君様のお言葉、お否みなさるのは却つて御無礼でございませう。妾は若君様のお筆に描かれたうございますワ』
アリ『ヤ、お嬢さま、天晴れ天晴れ、出かされました。御本人の承諾ある限りは、モウこつちの物だ。サア若君様、日頃の妙筆をお揮ひ遊ばせ。私が墨をすりませう』
シャ『アハハハ、到頭娘も太子様のお眼鏡に叶ひ、絵姿を取つて頂くのか。てもさても幸福な奴だなア』
 スバールはいそいそとして、一張羅の美服に着替へ、門に出で、面白い形をした岩の傍にもたれかかつて、太子の描写に任せた。太子はせつせと筆を運ばせ、ほとんど一時ばかりにして、実物と見まがふやうな立派な絵姿を描き上げた。
太『ヤア、これで国許への土産が出来た。これを床の間にかけて、朝夕楽しまう。ヤ、爺、ちよつと見てくれ、スバールに似てゐるかな』
 シャカンナは「ハイ」と答へて、屋内から駈け出し、
『ヤ、若君様、最早お描き上げになりましたか。……何とマア立派なお腕前、感じ入りましてございます』
太『ハハハハ、スバールに似てゐるかな』
シャ『どちらが実物だか、親の私でさへ見分けがつかないくらゐ、よく描けてをります。太子様は大変な美術家でございますなア』
太『ハハハハハ』
アリ『学問といひ、芸術といひ、文才といひ、博愛慈善の御心といひ、勇壮活溌な御気象といひ、またと一人天下に肩を並ぶる者はありませぬよ。何から何まで完全無欠な御人格を備へてゐられます』
 シャカンナは首を傾けて、絵画とスバールとを見比べながら、感歎久しうして舌を巻いてゐる。主従は午後八つ時、パンを用意し、惜しき別れを告げて、一まづこの庵を去ることとなつた。太子は後振返り振返り、名残惜気に父娘の姿を眺めてゐる。シャカンナの父娘はまた太子、アリナの後ろ姿を首を伸ばして見送つてゐた。シャカンナは思はず知らず十間ばかり後を逐うてゐた。二人の姿は山裾の突き出た小丘に隔てられ、遂に互ひの視線は全く離れてしまつた。
 主従は元気よく坂路を東へ東へと谷川の流れに沿ひ下つて行くと、途中に日はズツポリと暮れた。やむを得ず、路端の突き出た石に腰打ちかけ、息を休めてゐると、何者とも知れず、突然後方より現はれて太子の頭上を目当に、堅い沙羅双樹の幹で作つた杖をもつて、骨も砕けと打ち下す。太子は惟神的に体をかはした。その途端に的が外れて、曲者は二人の前に杖を握つたまま地を叩いて、ひつくり返り、頭を打つて悲鳴をあげた。よくよく見れば豈計らむや、シャカンナの僕コルトンであつた。主従はコルトンを労はり起し、いろいろと道を説き諭し、将来を戒めて、また夜の路をトボトボと帰途に就いた。

(大正一三・一二・四 新一二・二九 於祥雲閣 松村真澄録)



オニドでるび付原文を読む    オニド霊界物語Web