出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語67-4-181924/12山河草木午 月下の露王仁三郎参照文献検索
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第一八章 月下の露〔一七二〇〕

 シャカンナはタニグクの山の麓なる岩窟に附属せる建物を全部焼き払ひ、スバール姫とコルトンを従へ、朝倉谷へ隠れ、世を忍んで一ケ月ばかりも淋しき月日を送つた。十五夜の満月は頭上高く輝いてゐる。シャカンナおよびスバール姫は室内に横たはり、早くも鼾の声さへ屋外に聞こえてゐる。コルトンは気が立つて眠られず、谷川の流れに月の影が映つて、面白く砕けて流るる様を見て興に入つてゐた。そこへ上の方の山から、小柴をペキペキ踏み折りながら、うら若い二人の貴公子が降つて来た。
貴公子『エ、ちよつと物をお尋ね申しますが、ここは何といふ処でございますか』
コルトン『ここは山奥だ。そして谷川の畔だ。昔から人の来た事のない場所だから、名前などあるものか。マア、ココと名をつけておけばいいのだ。一体今ごろにウロウロと、この山奥に何してゐるのだ。そしてお前は何といふ名だ。聞かしてくれ』
『ハイ私はアリナと申します。モ一人の方は私の御主人でございますが、つい山野の風光に憧れて、知らず識らずに斯様な処へ迷ひ込み、この山の上で因果腰をきめて野宿をせうと思うてをりましたところ、猛獣の声は切りに聞こえて来る。コリヤかうしては居られないと谷底を見れば、木の間に幽かな火影がまたたいてゐたので、これは確かに人の住居してゐる家だらう。何はともあれ、あの火を目当に辿りついて、一夜の宿を願ひたいと、主従二人が茨にひつかかり足を傷づけ、あるひは辷り転げなどしてヤツと此所まで参りました。どうか一夜の宿をお願ひ申したうございます』
『ここは杣小屋だから、俺の外誰もゐないのだ。そして一夜の宿を宿泊さして泊めてくれと言つたところで、食物の食ふ物もなし、夜具の蒲団もなし、どうする事も出来やしない。こんな穢苦しい家で厄介になるよりも三里ばかり、ここを東へ向かつて行かつしやい。其処には大きな岩窟があるといふ事だ。平に真平御免蒙りますワ』
『左様ではございませうなれど、今日で三日三夜、碌に食物もとらず、身体縄のごとく疲れ果て、命カラガラ、このあかり目当に参つたのでございます。ここで貴方に断わられては、大変に御主人が力を落とされます。私だつて、もはや一歩も進む勇気はございませぬ。どうか杣小屋の中で一夜お泊め下さいませぬか』
『エー、しつこい男だな。厭といつたら、どこまでも厭だ。お前のやうな天狗の狗賓を泊めてたまるものか。サアサアとつとと帰宅して帰つて下さい。茅屋なれど即ち要するに、取も直さず、この家屋の家は、俺の拙者の僕の住居の住ひ場所だ』
 太子は「ハハハハ」と力なき声に笑ふ。
コル『オイ天狗の狗賓、何が可笑しうございますか。別に面白い生活の暮しでもなし、杣の木挽のただ一人、独りで、営々と稼いでをるのですよ。アタいやらしい笑ひをして下さるな。エー、一月前から碌なこた、チツとも出来やしないワ。玄真坊がやつて来やがつて、それからあんな悲惨なみじめな態になり、ヤツと此処まで遁走して逃げて来て、厭世して隠れてをれば、お山の天狗の狗賓がソロソロかぎつけて、一夜の一夜を、宿泊させて泊めてくれなんて、たまつたものぢやありませぬ。玄真坊を一夜泊めたばかりで、あんな大騒動の大騒ぎが起つたのだ。モウ客人の人を泊めるのはコリコリだ。どうか、外をお尋ね下さい。私は僕は拙者はこれから就寝して寝ます。左様なら……』
と言ふより早く杣小屋の中に姿をかくし、中から突つ張をかうてしまつた。
 二人は最早歩行する勇気もなく、空を仰いで月の面を眺めながら、述懐を歌つてゐる。

太子『大空に三五の月は輝けど
  心の空は雲に包まる

 いかにせむ火影頼みて来てみれば
  げにもすげなき杣の目はぢき』

アリナ『アアわれは太子の君と諸共に
  この山奥に亡びむとぞする

 腹はすき足はだるみて力なく
  月の影のみ力とぞ思ふ

 この宿の主に心あるならば
  今宵は安く息つがむものを』

太子『アア、アリナ、私も張詰めた勇気が、どこへやら消え失せ、ガツカリとして来た。世の中は何といふ無情なものだらうな』
アリ『ご尤もでございます。今の世の中はおちぶれ者と見れば、足げにして通るといふ極悪世界でございますから、人情うすきこと紙のごとく、到底この家にも、泊めてはくれますまい。しかしながら最早一歩も歩めませぬから、谷川の流れを眺めながら月下に眠りませう』
 屋内にはシャカンナの声、
シャ『オイ、コルトン、汝、今外で、何独り言を言つてゐたのだ』
コル『ヘー、別に独り言言つてゐたのぢやございませぬ。天狗の狗賓が二人もやつて来ましてアダをするし、宿泊さして泊めてくれの、何のと言ふものですから、極力力限り拒否して拒んでゐたのです。なかなか執拗なしぶとい、代物でございましたよ』
『それでも、汝、人間の声で物を言つてゐたぢやないか。よもや天狗ぢやあるまい。とも角、泊めてやつたらどうだ』
『メメめつさうな、あんな怪物の化物を屋内の家の中へ入れてたまりますか。恐怖心が恐ろしがつて、手足が戦慄して慄ひます。どうか、そんな事を言はないやうにして下さい』
『待て待て、俺が一遍査べて来る。汝では訳が分らぬ』
と言ひながら、粗末な柴の戸を押しあけ、屋外に出て見れば、雪を欺く白面の青年が二人、顔面を月に照らされながら早くも横たはつてゐる。
シャ『いづれの方かは知らぬが、そんな所に寝てゐては、夜露がかかつて、身体の衛生によくない。むさ苦しい茅屋なれど、おかまひなくば、お泊りなさつたらどうです』
 この声に二人は天使の救ひの御声のごとく打ち喜び、やをら身を起し、丁寧に辞儀をしながら、力なき声にて、
アリ『私はタラハン城に住んでゐる若者でございますが、つい山野の風光に憬れ、次から次へと景勝を探る内、道に踏み迷うて今日で三日が間パンも食はず、この山中に迷ひ込み、やうやく幽かな火光を認めて、ここまで辿りつ来ましたのでございます。当家の若い方にいろいろとお願ひいたしましたけれど、手厳しく拒絶されましたので、主従が困果腰をすゑ、お庭先で休まして頂いてをつたところでございます』
シャ『なに、タラハン市の住人とな。フーン、しかしながらともかく泊つて下さい。お腹がすいてをれば、パンの一片や二片はありますから、それを進ぜませう。茶も幸ひあつう沸いてをります』
 二人の喜びは例ふるに物なく、その親切を簡単に感謝しながら、主の後に跟いて極めて小さき茅屋の入口を潜り、ヤツと安心して木であんだ床の上に萱の敷いてある座敷へ腰を打ちかけ、ホツと一息をついた。
シャ『オイ、スバール、この二人の方にパンをあげてくれ。そして松明の火を明くしてあげてくれ。お茶も汲むのだよ』
 スバールは「ハイ」と言ひながら、恥づかしげにパンを取出し、麗しい玉のやうな掌にのせて、二人の前に突き出した。二人は、「ハイ有難う」といふより早く、餓鬼のごとくに頬ばつてしまつた。スバールは茶を汲んで前におきながら、柴で編んだ衝立の蔭にかくれてしまつた。
シャ『お前さまは、最前タラハン市の住人だと言つたが、このごろの人気はどんな物ですかな』
アリ『ハイ、どうも不景気風が吹きまくつて、経済界はほとんど行詰りです。それに金価が三割も暴騰したものですから、紙幣が下落し、経済界の混乱といつたら、実にみじめなものです。大きな商店がバタバタと次から次へ倒れて行く有様です。そこへバラモン軍が近い内に攻めて来るといふ噂で人心恟々として、上を下への大混雑でございます』
『この方は女のやうな綺麗な、気品の高い御人だが、ヤハリ、タラハン市のお生れですかな』
『ハイ、私の主人でございます』
『お名は何と言ふかな』
『ヘーエ、この方はアリナさまと申します。そして私の名はバイタと申します』
『ハハア、アリナさまにバイタさま。何と良い名ですこと、時にカラピン王様は壮健にしてゐられますか』
『あなたはこんな山奥に居つて、カラピン王様のことを御存じでございますか』
『何ほど山奥といつても、此所はヤツパリ、カラピン王様の御領分だ。その領分に住んでゐる人間として、王様の御名を知らいでなるものか、ハハハハ』
『何と、王の威勢といふものは偉いものでございますな。こんな所まで御威勢が届いてゐるとは夢にも存じませなんだ。今晩此処で御厄介になるのも、カラピン王様の御余光に浴したやうなものでございますな』
『さうですとも、「普天の下率土の浜、皆王身王土にあらざるなし」と言ふぢやありませぬか』
『王様の御布令が、かやうな山奥まで、とどいてゐるのでございますか』
『ナアニ、王様の御布令が届かなくつても、王様ある事を心にとめてをりさへすればそれで天下は太平だ。かやうな猛獣の吠え猛る山奥に淋しい生活をしてをつても、心強うその日を送つて行くのは、タラハン城に王様がゐられるといふ事を力にしてゐるから住んで行けるのですよ。時に左守のガンヂー殿や、右守のサクレンス殿は達者にしてゐられますか』
『よくマア詳しいことを御承知でございますな。私は実のところ、左守の伜でございます』
 シャカンナは打ち驚いたやうな面して、声を震はせながら、
『ナアニ、お前があの左守の伜であつたか。フーム、心汚き左守にも似ず、お前の容貌といひ、声の色といひ、実に見上げたものだ。ちやうど鳶が鷹を生んだやうなものだなア。そしてお前の御主人といつた以上は、このお方はカラピン王の太子様におはさぬか。どこともなしに気品の高い、お姿だから……』
『イヤ、もうかうなれば、何もかも申し上げます。お察しの通りでございます。そして貴方は何方でございますか』
『十年以前には、カラピン王様の左守と仕へてゐた、私はシャカンナだ。王妃の君が悪霊に誑惑され、日々残虐な行為を遊ばされ、国民の怨府となり、すでにクーデターまで起らむとした。その危機を救はむために、女房と共に、死を冒して直諫し奉つたところ、カラピン王様は大変に御立腹遊ばし、大刀を引き抜いて、この左守を切りすてむと遊ばした刹那、わが女房が身代りとなつて、その場に命をおとし、私は城の裏門より逃げ出し、やうやう六才になつた娘を背に負うて、この山に逃げ込んで、時の至るを待つてゐたのだ。お前の側で、こんなことは言ひたくないが、お前の父のガンヂーは右守となつて仕へてゐたが、残虐非道の行為を遊ばす王妃様をおだて上げ、ますます国難を招き、ほとんど収拾すべからざる、国家は破目に陥つたのだ。今は私の後を襲うて左守の司となり、国民に道を布いて、大変な人気ださうだ。それを聞いて自分も、少しばかり国家のために安心はしてゐるが、何とかしてガンヂーを戒め、モウ一層、善い人間になつて、国政をとらせたいと、そればかりを念じてゐるのだ』
『承れば承るほど、恐れ入つた事ばかり、驚きに堪へませぬ。あなたのお説の通り、私の父はあまり心の好い人だとは存じませぬ。しかしながら大王様の御親任厚きがために、やうやく沢山の役人どもを統一し、国家もあまり大きな騒動もなく、細々と治まつてをります。しかしながら何時事変が突発するか分らないといつて、若君様と私とが始終歎いてゐるのでございます』
『若君様、ムサ苦しい所でございますけれど、どうかおくつろぎ下さいませ。誠に失礼をいたしました』
太子『イヤ余は結構だ。どうぞ心配をしてくれな』
シャ『ハイ、有難うございます。時にアリナさま、お前は親にも似ず、誠忠無比の青年だ。どうか、私はこのやうに世捨人になり、もはや国政に参与することは出来ないから、お前は若君様を助けて、立派な政治をやつて下さい』
アリ『いろいろと御親切なお言葉、さぞ私の父は貴方に御迷惑をかけたでございませうが、そのお怒りもなく、私に対しかやうな親切な言葉をおかけ下さいまする、公平無私な貴方の赤心、実に感謝にたへませぬ』
シャ『夜も余程更けたやうでもあり、若君様もお疲れだらうから、今晩はゆつくり泊つて頂いて、明日ゆるゆるとお話を聞かして頂きませう。サア、若君様、お寝み下さいませ』
太『アアお前が忠臣の誉を今に残してゐる左守のシャカンナであつたか。天は未だタラハン国を捨てさせ玉はぬと見える。どうぢや。お前、モウ一度思ひ直して、今や亡びむとするタラハン国を救うてくれる気はないか』
シャ『御勿体ない、太子の君のお言葉。かやうな老骨、最早お間には合ひませぬ。それよりもこのアリナを重く用ひ遊ばして、王家の基礎を固め、国家を泰山の安きにおいて下さいませ。それが、せめてもの私の老後の頼みでございます』
太『アアともかく、あまりくたぶれたから寝ましてもらはう。シャカンナ、許せよ』
と言ひながら、ゴロリと横になり、早くも雷のごとき鼾をかいてゐる。コルトンはこの話を聞いて吃驚し、床の下にもぐり込んで蜘蛛の巣だらけになつて、一眠りも得せず夜をあかしてしまつた。十個の鼻口より出入する空気の音は、あなかも鍛冶師の鞴のやうに聞こえてゐた。春の夜は容赦もなく更けてゆく。大空の月は満面に笑を湛へて、この不思議なる主従の数奇きはまる邂逅を清く照らしてゐる。

(大正一三・一二・三 新一二・二八 於祥雲閣 松村真澄録)



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