出口王仁三郎 文献検索

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物語67-3-171924/12山河草木午 晨の驚愕王仁三郎参照文献検索
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第一七章 晨の驚愕〔一七一九〕

 十四日の月は空に白けて星影薄く、カアカアと鳴く烏の声に東の空は白み初めた。コルトンはふつと目を醒まし四辺を見れば緋縮緬を白い薄絹で包んだやうなダリヤ姫の影もなく、羅漢面の醜男バルギーの姿も見えない。はて不思議だと訝かしみながら、大親分シャカンナの寝顔を見れば額にモーイヌと片仮名で記してある。玄真坊はと振り返つて額を見ればこれまたネンネコと女の筆蹟で記してある。コルトンは直ちに玄真坊を揺り起し、
『もしもし、天真坊様、奥さまが見えなくなりました。どうぞ起きて下さい。……親分様、大変です早く起きて下さい。大騒動が起りましたよ』
玄『なに、奥が見えなくなつたといふのか、そりや大変だ。おほかたパサパーナにでも行つてゐるのぢやないか、よく調べて来い』
コル『それでも親分様の顔には、モーイヌと女の筆蹟で記してあり、あなたのお顔にはネンネコと書いてありますよ』
玄『ヤ、いかにもシャカンナの額にはモーイヌ、お前の額にもサル、カヘルと書いてある。俺の顔にネンネコ、ハテな。よく寝て居るまに此処をサル、イヌ、カヘルといふ謎だな。これや、大変だ。あいつを逃がしては、岩窟の一大事だ。秘密の漏洩するおそれがある。オイ、コルトン、乾児どもを督励して後を追つかけてくれ』
コル『ハイ承知いたしました。大親分さま、あなたどう考へられますか』
シャ『彼奴に逃げられては俺もちつと面喰はざるを得ない。なぜ貴様監督をしてゐないのだ。アタ卑しい、酒を喰ひやがつて同じやうに寝るといふ事があるものか』
 コルトンは頭を掻きながら、さも言ひ悪さうに、
『ヘイ、御存じの通り僕、拙者、この方、私、やつがれは酒の嫌いな下戸でございますが、あの奇麗な天真坊の奥様ダリヤ姫様が、コルトンさまコルトンさまと妙な目をして笑顔を作り桃色の頬辺に笑を湛へ、白い綺麗な象牙細工のやうな、お手々で……コルトンさま、さア一杯お過ごしなさい……とおつしやつて下さつたものですから、ヘヘヘヘイ、つい……その調子に乗つて男振りを見せてやらうと思うて、つい、ぐいぐいとやりました、いや呑みました。さうしたら前後も知らずに酔ひ潰れて寝てしまつたのです。どうぞ御勘弁、御了簡、御赦免を、どうぞ一重に二重によろしくお願ひ申し上げます。慎んで歎願いたします』
シャ『エエ、貴様はまだ酔つてゐるのか、何を言ふのだ。一体姫をどうしたのだ』
コル『エーどうもかうもありませぬ。どうしたか解るやうなら、決して取り逃しはいたしませぬ。何でもバルギーと手に手を取つて、遁走して逃げ出したかも知れませぬよ』
玄『チエ、エエさても気の利かぬ野郎だな。サア早く乾児どもを叩き起し、四方に手配りをなし、ダリヤ姫を連れて帰つてくれ』
コル『ヘン、えらさうに言うない。お前と俺とは同役ぢやないか。自分の嬶が逐電して飛び出したというて、さう俺にケンケンと言ふものぢやないわ。嬶が探して欲しけれや、……どうか兄弟捜索して探しに行つてくれないか……と、御依頼して頼まないのだ。俺は、この方は、拙者は、僕はお前の命令の言ひつけは聞いて承る権利義務が無いのだ。俺は、僕は、拙者は大親分の命令の言ひつけを聞いて活動して働くのみだ。大親分の命令の言ひつけさへあれば何時何時でも、尻をからげて出発して出かけるのだ。ヘン、偉さうに言ふない。頓馬野郎奴、嬶取られの腰抜け奴、阿呆、馬鹿、頓痴気野郎』
シャ『オイ、コルトン、貴様は未だ酔が醒めてゐないと見える。しかしながら、かうしては居られまい。早く部下を叩き起し、捜索だ捜索だ』
コル『もし親分、親方、旦那、大頭目、それほど御心配にや及びますまい。親分の女房の嬶が逃走して逃げたのぢやあるまいし、嬶の所在を捜索して探すのは、天帝の化神、天来の救世主、天真坊さまの双肩の両肩にふりかかつてゐる責任でせう』
シャ『チヨツ、仕方のない野郎だな。それだから常から酒を喰ふなと言ふのだ。貴様は酒を呑まないといふから、抜擢して重く用ゐてゐたのに何の態だ。ダリヤ姫の手で額にサル、カヘルといふ字を書かれるまで知らずに寝るといふ事があるか、馬鹿』
コル『馬鹿でも何でもよろしい、あんな美人に優しう言うてもらへば、男子たるもの天下の馬鹿にならざるを得ぬぢやありませぬか。それよりも親分、お前さまの額部の額口にモーイヌとダリヤさまの筆蹟で大書して書いてありますぜ。そんな悪戯をしられても分らぬところまで、なぜ親方も熟睡して睡つてゐるのですか。天真さまだつてさうぢやないか。あんな美人のシャンの奥、女房の嬶を持ちながら心をゆるし安心して脂下つて惚けてゐるものだから、アタ阿呆らしい、馬鹿らしい、ネンネコなんどと落書きされ、まるで顔面の顔は幼稚園の生徒の草紙見たやうなものだ。ちつと確りなさいませ』
玄『エエ仕方がない、かうなれや自分もグヅグヅしてはをれまい。サアこれから御大自ら捜索と出かけやう。シャカンナ殿、どうか部下をお貸し下さい』
コル『それや天真さま、御尤もです。肝腎の奥、女房の嬶が韜晦して姿を隠してゐるのに、さう依然とじつとしてはをれますまい。サア私も手伝ひますからダリヤさまの所在を捜索に出かけませう。あの優しい顔を、僕、俺、私だつて今一度拝顔して拝みたいからな、イヒヒヒヒ』
 シャカンナは部下の集まつてゐるバラック建の土間に這入つて見ると、何奴も此奴も落花狼藉、徳利を枕にしてゐるもの、盃を噛んで喰はへて寝てゐるもの、オチコやポホラを丸出しにしてふん延びてゐるもの、全然子供の玩具箱をぶち開けたやうな光景である。シャカンナは大喝一声、やや怒気を含みながら、
『これや、何奴も此奴も起きぬか。もう夜が明けてゐるぢやないか。この有様は何だ。お館には大変な事が突発してゐるぞ。早く目を醒まして、起きた起きた』
 コルトンは言葉の尾について威猛高になり、肩まで四角にして、まだ昨夜の酒気が残つて舌の根が自由に運転し兼ねる奴を無理に使ひながら、
『これや、何奴も此奴も何をしてゐるのか。いつまで睡眠して睡つてゐるのか。この態は何だ。早く起床して起きぬか。困つた野郎だな。もはや暁天の夜明けだぞ。昨夜お出でになつた天真坊の天帝の化身の奥、女房の嬶が逃走して逃げ出し、行方不明に分らなくなつたのだ。サア早く早く用意用意』
 この声に何奴も此奴も、鼈に尻をいかれたやうな、寝てゐる間に睾丸を抜かれたやうな妙な面付をして、アアアアと焜爐のやうな口を開けて猫のやうな手水をつかつたり、狼狽へて徳利を抱へ外へ飛び出す奴、着物を逆さまに着て狼狽へる奴、何とも形容し難い光景であつた。
 玄真坊は二百の部下を借り受け四方八方に手配りながら、ダリヤ姫の行方を捜索すべく顔に血を漲らして出でて行く。後にはシャカンナと、今年十五才になつた娘のスバール姫とコルトンの三人であつた。
シャ『オイ、コルトン、過ぎ去つた事は何ほど小言をいつても詮無い事だが、約まらぬ事を仕出かしたぢやないか。さうして、バルギーはお前どうなつたと思ふ。あいつ反逆心を起してダリヤを何処かへ連れ出し、自分が天真坊の女房を横取りする考へであるまいかノー』
コル『ヤ、親方様、決して御心配の御心遣ひは要りませぬ。何ほどナイスの美人のシャンのダリヤ姫だつて、あんなヒヨツトコ面には恋慕して惚れる気遣ひはありませぬよ。また仮りに、よしんばバルギーが恋慕して惚れたところで、ダリヤ姫は諾と首を縦に振つて承諾して靡く気遣ひはありませぬ。必ずきつと要するに約まり即ちダリヤ姫に甘く誑され、荷物でも持たされて随行してお伴に行きよつたのですよ。何だか彼女の視線の目遣ひが可怪しいと思つてをりました』
『オイ、もうかうなつちや此処に居ることは出来ない。まさかの時の用意としてあの山奥に建ておいたあの庵に行つて匿れやうではないか。天真坊だつてあの女の居ないかぎり、此処へ帰つて来る気遣ひはない。さうすりや、よしやダリヤが言はないだつても天真坊が言ふに定つてゐる。さうして沢山の乾児が居ても碌な奴は一人も無い。中にも少しましなのは貴様とバルギーぐらゐの者だが、それでさへ、こんなへまをやるのだから、俺の大望も到底成功しない。グヅグヅしてゐるとカラピン王の耳に入り、俺の命まで取りに来るかも知れない。サアこのバラック式の建物に火をつけて焼払ひ、貴様と俺とこの娘の三人、三里山奥の隠家に行かう』
『ハイ、大変な事になつたものですな。しかし天真坊は天真坊として自由行動の勝手なやり方をするとしたところで、彼奴は放任して打つちやつておけばよろしいが、二百人の部下の手下どもはたちまち路頭に迷ふぢやありませぬか。親分は部下の生命の命を守つてやる決心のお心はないのですか』
『もはや今日となつては可哀さうでも仕方がない。第一俺の生命が危ふくなる。サア貴様と俺と娘と三人この館に火をつけて此処を逃げ出さう。さうすれば、たとへカラピン王が沢山の兵を持つて攻めて来ても拍子ぬけがして、「ヤア山賊は何処かへ逃げた」ぐらゐで帰るだらう。乾児の奴等も帰つて見たところで住家が無ければ、自然に何処かへ散るだらう』
『親分、たとへ家屋の家は焼棄して焼いてしまつたところで、岩窟の岩窟が残つてゐる以上は、また乾児の奴等が帰つて来て住居して住むかも知れませぬ。岩屋の岩窟を破壊して叩き破るわけにもゆきますまい。焼棄して焼くわけにもゆきますまい。この点は如何してどうしたらよいのでせう』
『後は野となれ山となれだ。サア一時も早く、吾が身が危ない、此処を立ち去らう。オイ、スバール、お父さまは、いつもの隠れ家へ転宅するから、お前もその用意をせい』
スバール『お父さま、妾いつまでも此処に居りたいのよ。山水の景色が好いからねえ』
シャ『ウン』
コル『これこれお嬢様、千騎一騎のこの場合、そんな緩慢な緩りした事を言つてもらつちや誠に困難して困りますよ。一時も早くこの場を出立して立ち出でる事にしませう。向かふの朝倉谷に往けば、此処よりも幾層倍勝して風景の景色がよろしい。サア参りませう』
スバ『お父さま、どうしても行かなくちやならないの。私もうしばらく此処に居りたいのだけどなア。もう十日もすればダリヤの花が咲くのだもの。あの美しいダリヤの花の唇に吸ひついて遊びたいのよ』
『エエお嬢さま、何といふ気楽な事をおつしやるのだ。グヅグヅしてゐると吾々三人の生命の命が無くなつてしまひますがな』
『何故それほど、お父さまやお前は怖がるの、二百人の乾児がゐるぢやないか。何が来たつてこれだけ居れば防げるぢやないか。あんな山奥の小さい庵へ行つて住むのは嫌だわ』
『家が小さうて嫌なら、大きな家屋の家を、僕、私、拙者が建築して建てて上げますわな』
『そんなら、一寸まアお父さまと一緒に行つて見ませう。嫌になつたらまたここへ帰つて来ますよ』
『ヤア、しめた。親分さま、もう大丈夫です。お嬢さまの娘さまが行くとおつしやいました。どうぞ歓喜して喜んで下さい』
 これより手近の必要品を取りまとめ、コルトンは大風呂敷に包んで背に負ひながら、主従三人嶮しき谷川の辺を辿つて、三里山奥の茅屋に隠れる事となつた。

(大正一三・一二・三 新一二・二八 於祥雲閣 加藤明子録)



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