出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語67-3-161924/12山河草木午 酒艶の月王仁三郎参照文献検索
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第一六章 酒艶の月〔一七一八〕

 玄真坊はダリヤ姫が、にはかにやさしくなり、どうやら自分にゾッコン惚れて来たやうな気分がしたのでますます得意となり、顔の相好を崩し、身知らずに左の手から川端の乱杭のやうな歯の口へ盃を運んでゐる。
玄真『オイ、ダリヤ、さう夫ばかりに酒をつぐものぢやない。エー、チツと人さまの手前もあらうぞや。どうだ、チツと親方にも注がないか』
ダリヤ『ホホホホホ、あのマア憎たらしいことおつしやいますわいのう。何ぼ親方が大切だとて、一生身を任した夫を後にする事が出来ますか。妾もチツと酒に酔うてゐますから、御無礼な事を申すか知れませぬが、そこは、はしたない女と思召してお許し下さいませや』
玄『ウンウンヨシヨシ、お前の白いお手々で燗徳利を握つた姿といつたら天下無類だよ。エヘヘヘヘヘ。酔うてようて、うまうてようて、気分が冴えてようて、腹にたまらいでようて、ヨイヨイヨイの宵の口から、夜の明けるまで、しつぽりと夫婦が酒汲み交はし、浩然の気を養ふのは、またとない天下の愉快だ。月か雪か花かともいふべき美人のお前に好かれる俺は、何といふ果報者だらう。これこれシャカンナ殿、羨るうはござらぬか、エー。今夜にかぎり吾が妻の弁才天をして、貴下のお酒の相手を命じますから、いささか拙僧の好意を買つて下さるでせうな。ゲー、アフフフフアーア。何とよくまはる酒だらう。まだ一二合より飲んでゐない積りだのに』
シャカンナ『アハハハハ、拙者も大変酩酊してござる。花に嘘つくダリヤ姫様の顔を拝みながら、芳醇な酒をひつかける心持といつたら、春の花見よりも秋の月見、紅葉見、地上一面の銀世界を現じた雪見の宴よりも、なにほど爽快だか知れませぬわい』
玄『いかにも、左様でござらう。これも拙者の貴下に対する好意の賜物でござるぞ。感謝せなくちや、バババ罰が当りますよ』
シャ『イヤ、モウお目出たいところを沢山に拝見いたし、シャカンナも満足いたしました。この光景を眺めて、霊前から亡き女房の霊が喜んでることでせう。南無幽霊頓生菩提……うまい酒を飲む阿弥陀仏だ。噛む阿弥陀仏だ。アツハハハハ』
ダリ『オツホホホホホ、親方さまといひ、吾が夫天真坊様といひ、ずゐぶん面白いお方ですこと。妾こんなお方大好きよ。妾どうしてまた気の軽い、人の好い立派な男さまに添ふ事が出来るのでせう。さうしてシャカンナさまのやうに腮髭の生えた勇ましい、猛々しいお顔立ち、あたいは天地の幸福を一身に集めたやうな嬉しい気分がいたします。オホホホホ』
シャ『ハハハハ、どうも感心だ。ダリヤ姫さまは交際家だな。外交官にでもしたら、きつと凄い腕を現はすだらう。惜しい事には女性だから仕方がないわ』
ダリ『ホホホホ、あのマア親方様のおつしやる事わいのう。女だつて外交官になれない事はございませぬよ。今日の世の中は女が活躍せなくちや、夫が世に出る事は出来ないぢやありませぬか。今日の小名だとか大名だとかいふ役人さま達は皆奥さまの外交が巧いから、あそこまでの地位を得たのですよ。女が裏口からソツと這入つて上役の奥さまに一寸、やさしい事を言ひ、阿諛を振りまき、反物の一つでも贈つておくと、直ぐさま、その夫は一月も経たぬ中に役が上がるのですもの。なにほど男さまが力があるといつても、知恵があるといつても、妻に外交の腕がなくては駄目ですよ。ネー天真坊様、あなた、どう思ひますか』
玄『ウツフフフフ、お前の言ふ通りだ。見かけによらぬ、お前は立派な女だな。器量ばかりかと思へば仲々の知恵もあり腕もあるやうだ。なほなほ、俺はお前が慕はしく恋ひしくなつて来たよ。「この夫にしてこの妻あり」とは、よく言つたものだ。さすがは天真坊様のお嬶になるだけあつて、何かに気が利いてゐるわい、えらいものだな。俺はもう、スツカリお前に惚れたよ。本当によく惚れたよ、エヘヘヘヘ』
『ホホホホ、あのマア天真坊様のおつしやることわいな、まるつきり井戸掘の検査のやうだわ。掘れた掘れた、よう掘れたとおつしやいましたね。これでは何とか賞与金をいただかなくちやなりますまい』
『いや、ますます惚れた。きつと賞与金を渡してやらう、ウンと張込んでやらうぜ』
『いくら下さいますか。うそ八百円は御免を蒙りますよ』
『ウン、もつとやる、千円やるつもりだ』
『エー今日やらう、明日やらう、もうしばらくしてからやらう、と遷延また遷延、どこまでもズルズルベツタリ引伸ばして人をつらくる考へでせう。そんな縁起の悪い言霊は御免蒙りませう』
『てもさても、小むつかしいお嬶だな。そんなら、いくら与つたら好いのだ』
『お嬶お嬶と、ようおつしやいますな、あまりみつともないぢやありませぬか。俥夫、馬丁の女房ぢやあるまいし、天帝の化身天真坊様の奥方ぢやございませぬか。もし賞与金を下さるのなら、この奥方に対して、あなたの誠意のあるだけを放り出して下さい』
『ヤー困つたな、誠意のあるだけと出られちや一寸面喰はざるを得ない。俺の誠意は百億円でもやりたいのだが、さうは懐が許さない。奥様の初めての御要求だから、力一杯与へたいが、何分経済界の行詰りでおれの懐もチツとばかり秋風が吹いてゐる。どうか三百円ぐらゐで今日の所は耐へてもらひたいものだな』
『ホホホホ、天帝の化身天真坊様の奥方が、タツタ三百円の枕金とは安いものぢやございませぬか。あまり殺生だわ、ネー、シャカンナの親分様』
シャ『ハハハハ、そこは夫婦の仲だ。どつと張込んで、負けておきなさい。実際女房に金を出すやうなデレ助は、今日の世の中にはありませぬよ。諸物価の極端に騰貴した今日でも、最も安いものは女房ですよ。藁の上から蝶よ花よと育て上げ、中等以上の家庭になれば小学校から女学校、女子大学と沢山な金を投じた上、箪笥だ、長持だ、イヤ三重だ、何だ彼だと、家の棟が歪むほど、拵へして、「不調法の女だけどよろしく」といつて、ただくれる世の中だから、何が安いといつても嫁の相場ぐらゐ安いものはない。それだから、ダリヤさま三百円もらつたら、お前さまは天下一の手柄者だ。天真坊が、ぞつこん、首つたけ惚れてゐるのだから大枚三百円を、おつ放り出さうといふのだよ。アーア、酔うた酔うた。何だか宙に浮いてるやうだ。こんな時に女房があつたら、私も気楽に膝枕でもして寝るのだけどな。まさか天真坊様の奥方の膝枕を借るわけにもゆかず、エーエ羨ましい事だわい』
ダリ『ホホホホ、いい加減に弄かつておいて下さい。しかし親方さまのお話によりまして、妾は本当に世界一の幸福女だと覚りました。何とマア天真坊様といふ方は結構なお方でせう。それを承るとますます可愛うなつて来ましたよ、ネー天真坊様。「古くなつたから、もう要らぬ」などと言つて、破れた靴を棄てるやうな無情な事をなさつちや、嫌ですよ。……お椀百まで、箸や九十九まで、ともに朱塗の剥げるまで……仲よう添うて下さるでせうね。そして妾なんか、持たないやうにして下さいね。あたい、気を揉みますからね』
玄『ウンウンヨシヨシ、そんな心配は御無用だ。お前は、まだ俺の誠意が分らぬと見えて先の先まで心配するのだな。可愛いお前を棄てて、どうして外の女に心を移すことが出来やうか。オイ、ダリヤ、シャカンナさまには済まないが一つ膝を借してくれないか』
ダリ『サアサア夫が女房の膝にお眠り遊ばすのが、なに遠慮が要りませう。「膝を借してくれ」などとお頼み遊ばす、その水臭いお言葉が、妾、かへつて憎らしいわ』
シャ『ヤア、どうも堪らぬ堪らぬ。天真坊殿、怪しからぬぢやござらぬか』
玄『ヤ、これは失礼でござる。しかしながらは拙者の自由権利を行使するのに、別に遠慮も要りますまい、御免下さいませ、失礼』
と言ひながらダリヤの膝に、胡麻入りの頭を安置した。
ダリ『ホホホホ、酒臭いこと。そしてお頭の毛の香、妾、鼻が歪むやうだわ。オヤ、マア観世音菩薩が御出現遊ばしてござるわ、ホホホホホ』
玄『オイ、ダリヤ、観世音菩薩は子供が好きで頭に沢山の童子をのせてござるだらう。俺はその観世音を沢山に頭に頂いてゐるのだから、大抵俺の神徳も解つただらうのう』
『ア、それで天帝の御化身様といふ事が判然いたしましたわ。もし天真坊様、あなたのお頭は、ちやうど胡麻煎りのやうですね』
玄『オイオイ無茶をいふない。胡麻煎りなら持つ処がありさうなものだ。柄がないぢやないか』
『何事も改良の流行る時節ですから、あなたの胡麻煎り頭は柄はありませぬが、その代用として鍋のやうに二つの耳がついてゐますよ。この耳をかう、二つ下げて胡麻を煎つたら、素敵でせうね。観音さまの胡麻煎りが出来るでせう、ホホホホ』
コル『これこれダリヤ姫さまとやら、こんな席で、さう意茶ついてもらつちや、吾々独身者はやりきれぬぢやないですか。チツとは徳義といふ事を考へてもらはなくちや堪まりませぬよ』
ダリ『ホホホホ、何とマア妙なことを承るものですな。山賊の仲間にも徳義などといふ言葉が流行つてゐますか』
コル『無論です。泥棒でなくとも今日の人間を御覧なさい。上から下まで、徳義だとか、仁義だとか、慈善だとか、博愛だとか、いろいろの雅号を並べて、愚人の目を晦ませ、耳を痺らせ、ソツと裏の方から甘い汁を吸うてるぢやありませぬか。徳義といふ事は泥棒にとつては唯一の武器ですよ、アハハハハ』
『なるほど、さう承れば、いかにも御尤も、なかなか泥棒学も修養が要りますな』
『さうですとも、泥棒が泥棒の看板をうつて、どうして仕事が出来ませう。すぐ目付に捕まつてしまひますよ。表面は善を飾りつつソツと悪事をやるのが当世ですからね』
『ヤア、これは大変な知識を得ました。サアお気に召しますまいが……一杯注ぎませう。妾の杯でも受けて下さるでせうね』
『ヘイヘイ、受ける段ぢやございませぬ。三杯九杯、百杯でも千杯でも頂きますわ、エヘヘヘヘ』
『これこれコルトンさま、さう杯を近く持つて来ちや旦那さまの顔にかかつたら大変ですよ。もつと、そちらに引きなさいよ。その代り妾の方から力一杯手を伸ばして注ぎますよ』
『イヤ有難う。オツトトトト零れます零れます、もう沢山でございます。しかし、これ一杯で沢山といふのぢやありませぬよ。また、後をお願ひいたしますよ、エヘヘヘヘ。オイ、バルギー、どうだい、色男といふものは、こんなものだよ。岩窟の女帝様のお手づからお酒を頂戴したのだからな、イヒヒヒヒ。貴様もチツとあやかつたら、どうだい。蜴奴、何を燻ぼつてゐやがるのだい』
バル『ヤア、俺や下戸だ。ホンのお交際に席に列なつてるだけだ。酒なんか飲みたくはないわ』
 玄真坊は酔ひ潰れてグタリと前後も知らず眠つてしまつた。ダリヤ姫はソツと膝を外し、木の枕を胡麻煎り頭に支へておき、細い涼しい声でコルトンに一杯注ぎながら、

ダリ『酒を飲む人心から可愛い
  酔うて管捲きやなほ可愛い

サアサアコルトンさま、男らしうお過ごしなさいませ。この通り天真さまもお眠みになりました。どうやら親方さまも眠まれたやうです。妾がこれから貴方を酔ひ潰して上げますわ。バルギーさまはお下戸なり、二人の親分さまはお眠みになつたし、もう、妾とコルトンさまとの天下だわ』
コル『エヘヘヘヘ、イヤ有難う、これも酒飲むお蔭だ。竜宮の乙姫さまが運上をとりに来るやうな美しいお姫さまと杯を汲み交すとは、まるで夢のやうだ。ヤアお姫さま、私も男です。いくら下さつても後には退きませぬ。私の飲みぶりを見て下さい』
ダリ『何とマア立派な飲みぶりだこと、本当に男らしいわ。妾こんな方と夫婦になりたいのだけどな。天真坊さまと内約したものだから、もう抜き差しならぬやうになつてしまつたわ』
とわざと小声にいふ。コルトンは本当に姫が自分に惚れたと思ひ、ますます図に乗つて豪傑振りを見せ、姫の心を自分の方へ傾けねばおかぬと、あまり好きでもない酒を調子にのつて無性やたらに飲み干した。
ダリ『オホホホホ、何と美事なこと。なんぼ召上つても、チツともお酔ひなさらぬのね。そこが男子の値打ですよ。チツとばかりの酒を飲んで倒れるやうなことぢや、まさかの時の役に立ちませぬからね』
コル『それは、さうですとも。一斗桝の隅飲みをやつても、ビクともせぬといふ、有名な酒豪ですからな』
 こんな調子にコルトンはダリヤに盛り潰され、目を白黒にして我慢をつづけてゐたが、堪へきれずしてその場に他愛もなく倒れてしまつた。バラック式の小屋には沢山の乾児どもが菰を敷いて、喧々囂々と囀りながら、ヘベレケに酔うて、泣く、笑ふ、鉄拳をとばすなどの乱痴気騒ぎを極端に発揮してゐる。
 ダリヤ姫は三人の酔ひ潰れたのを見すまし、バルギーの首に白い腕を捲きつけながら小声になつて、
『もし、バルギー様、本当に済まない事を致しましたな。あなたはチツともお酒を召し上らないので本当に行儀が崩れないで、床しうございますわ。妾、あなたのやうなお方が本当に好きなのよ。あれ御覧なさい。三人とも、酒に酔うて口から泡を吹いたり、涎をくつたり、本当に見られた態ぢやございませぬね。もしバルギーさま、あなた妾を憎いと思ひますか』
 バルギーは意外の感に打たれながら、嬉しさうに涎をくり、両の手で慌てて手繰つてゐる。そして小声になつて、
『姫様、いい加減に玩弄にしておいて下さい。俺でも男の端くれですからな。あなたはお酒に酔うてゐらつしやるのでせう』
ダリ『妾だつて、人間ですもの、お酒を飲めば、チツとは酔ひますよ。しかしながら三人さまのやうに本性を失ふところまで酔つてはゐませぬ。妾の言ふことを、あなたは疑つてゐるのですか、エー憎らしい』
と言ひながらバルギーの頬をギユツと抓つた。
バル『アイタタタタ、決して姫様、疑ひませぬよ、真剣に承ります。どうぞ、その手を放して下さい。顔が歪んでしまひますわ』
ダリ『本当に妾の言ふことを信じますか』
『全部信じますよ、安心して下さい』
『そんなら、妾の、これだけ思つてる心を汲みとつて下さるでせうね。どうか妾を連れて逃げ出して下さいませぬか。妾の宅はスガの里の百万長者でございますから、こんな泥棒なんかしてゐるより、よほど気が利いてゐますよ。そして妾の夫になつて下さいましな』
『ヘヘヘヘヘ、願うてもないお頼み、イヤ委細承知しました。今夜のやうな、好い機会はまたとありませぬ。誰も彼も酒に酔ひ潰れてゐますから、あなたと私と手に手をとつて一まづ此処を逃げ出しませうよ』
 ダリヤは嬉しさうに、
『それでは吾が夫様、どこまでも、お伴をさして下さいませね』
 バルギーは俄かに足装束をこしらへ、ダリヤにも草鞋を与へて逃走の準備をさせた。……神ならぬ身の三人は他愛もなく酔ひ倒れてゐる。ダリヤは筆に墨を染ませ、天真坊の額に「ネンネコ」と記し、シャカンナの額に「モー、イヌ」と記し、コルトンの額に「サル、カヘル」と落書し、「ホホホホホ」と一笑ひを後に残し、抜道の勝手を知つたバルギーに案内され、首尾よくこの場を逃げ去つてしまつた。
 月夜の寝呆け烏が四辺の大木の枝に止まつて、「アホウアホウ」と鳴いてゐる。岩窟の中は雷のごとき鼾の音に、ダンダンと夜は更けてゆく。無心の月は二人の逃げ道をニコニコしながら照らしてゐる。

(大正一三・一二・三 新一二・二八 於祥雲閣 北村隆光録)



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