出口王仁三郎 文献検索

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物語67-3-141924/12山河草木午 獣念気王仁三郎参照文献検索
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第一四章 獣念気〔一七一六〕

 タラハン城市を去る正北十里の地点に、タニグク山といふ高山が聳えてゐる。南西北の三方は嶮峻なる高山に包まれ、わづかに東の一方に細い入口があつて、淙々たる谷水はこの東口より流出するやうになつてゐる。タニグク山の山麓には天然の大岩窟が穿たれてゐる。カラピン王を諫めて吾が妻を殺され、自分もまた刃の錆とならむとせし危機一髪の難を遁れ、太子スダルマンの妃とまで内定してゐた当時六才の娘スバール姫を背に負ひ、都を後にこの岩窟に潜んで、遠近の無頼漢を集め、自ら山賊の張本となり、右守の司たりしガンヂーならびに彼が部下のサクレンスの奸者を払ひ、君側を清めむと、日夜肺肝を砕いてゐた彼は、カラピン王に仕へてゐた左守のシャカンナであつた。古より獅子の棲処と称へられ、誰一人この山奥に足を入るる者がなかつた。シャカンナは年と共に沢山の部下が殖えて来た。そしてその部下を夜ひそかにタラハンの城下をはじめ各地に派遣し、富者の家を狙つて財物を奪ひ、ガンヂー討伐の準備を整へてゐた。六才の時伴うて来た娘のスバールは今年漸く十五才の春を迎へた。シャカンナは岩窟の奥の間に大胡坐をかき脇息にもたれながら、数多の乾児どもの報告を聞いてゐた。
シャカンナ『オイ、バルギー、この頃は根つからお前の組は働きが足らぬぢやないか。チツと確りしてくれないと、折角蓄へた軍需品までが無くなつてしまひ、何時になつたら目的を達するやら殆んど見当がつかぬぢやないか』
バルギー『ハイ、仰せではございますが、このごろはバラモン軍が横行濶歩いたしますので、思はしい仕事が出来ませず、チツと物のありさうな家は皆バラモン軍にしてやられ、わづかに二十や三十の手下を連れて、あの大軍隊を向かふにまはし戦ふわけにもゆきませず、残念ながら軍隊の退却するまで時機を考へてゐるのでございます。少しばかり、この頃は食ひ込みになるやうでございますが、少しお待ち下さいますれば、きつと大きな活動をしてお目にかけます。私も精々部下を督励してをりますなれど、何といつても夜ばかりの仕事で、思ふやうに捗りませぬ。この十里の山路を忍び変装して、バルガン市に出でまた夜の間に帰つて来なくちやならないのでございますから、肝腎の働く間は、ホンの半時か四半時ばかりでございますから、乾児どもも大変に困つてをります』
『エー仕方がないなア。マアともかく、精々働くやうにいつてくれ。そしてガンヂーの屋敷の様子はどうぢや、判然分つたか』
『ハイ、このごろはバラモン軍が襲来するとかいつて、塀を高くし、不寝番の兵士が七八十人ばかり、裏表の門を警護してをりますので、近よる事は出来ませぬ』
『さうか、それも仕方がない。もうしばらく計画を延ばさうかな』
『どうか、さう願へますれば結構でございます』
『今日はわが女房が城中において、大王の手にかかり、命をすてた命日だから、コルトンに言ひつけ、いい修験者を、どつかで求めて来て、回向をしてもらひたいと思ひ、二三日前から派遣したのだが、今日帰つて来ぬやうな事では、到底間に合はない。困つた事だワイ。しかしながらコルトンは義の固い奴だから、屹度どつかで修験者を探して来るだらう。それについては、馴走の用意をしておけ。それから今日は二百の乾児に腹一杯馳走を食はせ、酒を鱈腹振舞つてやるがよからうぞ』
『ハイ、今朝来部下を督励し、馳走の準備やお祭の用意はチヤンと整つてをります。どうぞその点だけは御安心下さいませ。さりながらコルトンが帰つて来ないとすれば、折角の馳走も無駄になる道理でございます。もし帰つて来なかつたら、どう致しませうか』
『そんな心配は要らぬ。もし彼が帰つて来なかつたならば、やむを得ず俺が霊前において経文を唱へ、十年忌を済ます考へだ。売僧坊主の読経よりも、夫の俺が直接の読経が却つて故人のためにはいいかも知れぬ。日の内は彼も帰るのを憚るだらう。いづれ夜の事だらう』
『今晩の四つ時まで待つ事にいたしませう。それで帰らねば、もはや断念遊ばして、御大自ら比丘のお勤めをなさいませ。及ばずながらこのバルギーも子供の時はウラル教の小僧を勤めてをりました経験がございますから、経文の素知り走りぐらゐは覚えてをりますから……』
『俺は今日は何だか体が疲れたやうだ。コルトンが帰つて来るまで休息するから、お前は部下の奴によく気をつけ、監督を怠らないやうにしてくれ』
と言ひのこし、わが寝室なる岩窟を指して身を隠した。
 黄昏過ぐるころコルトンは、威風堂々たる一人の修験者や彼の妻か娘か知らねども、天女のやうな十七八の美人を伴ひ、二三の部下と共に、肩をそびやかし凱旋将軍のやうな意気込みで、悠々と帰つて来た。バルギーはコルトンの姿を見るより、あわてて出迎ひ、
『ヤ、兄弟、お手柄お手柄。何とマア立派な比丘をつれて来たものだなア。親分さまが大変なお待兼ねだ。用意万端チンと整つてゐるのだ。亡き奥様もさぞお喜び遊ばすだらう。かういふ事はお前にかぎるワイ』
コルトン『ヤア、サウ褒めてくれちや、物が言へなくなる。しかしながら彼方こちらとかけまはり、名僧知識を尋ね廻つたところ、このごろはバラモン軍の襲来で、比丘も修験者もどつかへ影をかくし、容易に見当らなかつたのだ。そして寺を有つてゐる坊主を頼んぢや、このかくれ家が世の中へ発覚する虞れがあるものだから、風来者の神力の強い、徳の高い比丘をと思つたものだから、今日で三日捜索にかかり、やうやく今朝、こんな立派な修験者いな天帝の化身様に出会し、事情を申し上げたところ、快く承諾して下さつたものだから、お伴して来たのだよ』
バルギー『あ、それは好都合だつた。マ、奥へ行つて休んでくれ。……これはこれは天帝の化身様、はじめてお目にかかります。私は当館の番頭を致す者でバルギーと申します。何分かやうな山中でございますから、充分の御待遇も出来ませず、不都合ばかりでございますけれど、そこは何とぞ寛大なるお心に見直し、聞直し下さいまして、亡き奥様の御回向を願ひたうございます。失礼ながら御姓名は何と申されますか。主人へ報告の都合もございますから承りたいものでございます』
 修験者はさも鷹揚にそり身になり、
『ヤ、そなたは当家の番頭バルギー殿でござつたかのう。コルトン殿に其方の才子たる事はよく聞いてゐる。しかしながら当家は普通の家ではあるまい。コルトン殿の巧き口に乗せられ、この山奥へ連れ込まれ、四辺の様子を見れば、どうやら山賊の住家とみえる。そなたは親玉に仕へてゐる小頭であらうがな』
『ハイ、恐れ入ります。いかにも貴方の御明察には感服仕りました。もはや今となつては隠しても駄目でございます。吾々は山賊の小頭を致してをります。大親分はシャカンナと申し、大変な豪傑でございます。失礼ながら、重ねてお名をお聞き申したうございますが……』
『アハハハハ、吾が名を聞いて何と致すか。人間ならば名もある、苗字もある。拙僧こそは天を父となし地を母といたし、天帝の精気凝つて、茲に人体を現はし、衆生済度を致す者、たつて吾が名を言はば天帝の化身とでも名づけておかうかい、アツハハハハ』
『いかにも、縦から見ても横から見ても、威厳の備はつた御神格、天帝の御化身様でございませう。アア、奥様は何たる幸福な方だらう。そして其処にゐらつしやる御婦人は奥様でございますか、あるひはお娘子でございますか』
『アハハハハ、妻もなければ娘もない、この御方は天極紫微宮より、万民済度のため、このたび御降臨遊ばした棚機姫様でござるぞや』
『いかにも、さう承りますれば、地の上に臍の緒切つた御人とは見えませぬ。いふに言はれぬ御気品の高い、お綺麗なお姿、私は一目拝んで目がくらむやうでございます。サア、どうか、主人が待兼ねてをりますから、奥へお通り下さいませ』
『しからば案内めされ。主人に会うて、とくと天地の道理を聞かしてやらう』
 バルギーは……天地の道理を泥棒の親分に聞かされちや大変だ。愛善を以て旨とする神様の化身と、人を脅かし金銭物品を捕る大親分とはそりが合ふまい。コルトンも気の利かねい、何故こんな神様の化身などを引ぱつて来やがつたらう……と口の中で呟きながら、シャカンナの巣ごもつてゐる立派な岩窟の中へ案内した。
バルギー『旦那様、只今コルトンが修験者否モツト モツト モツト、尊い尊い偉いお方様をお伴いたして帰つて参りました。この方は人間ぢやないさうです。天帝の御化身、またモ一人の御方は棚機姫様ぢやといふことでございます。どうぞ不都合のないやう、御無礼のないやう、御注意を下さいませ』
シャカンナ『なに、コルトンが、神の化身をつれて来たといふのか、ヤ、それは重畳重畳。まづその神の化身とやらに会うてみやう』
バル『只今ここへお伴して参りました。どうか起きて下さい。失礼でございますぞ』
 シャカンナはガハとはね起き、居ずまゐを直し天帝の化身と称する男の顔を熟視しながら、ニヤリと打笑ひ、
シヤ『イヨー、よく化けたものだなア。売僧もそれだけ立派な衣服をつけ、尊大ぶつてをれば、天帝の化身とも、素人の目には見えるだらう。しかし俺の目では山子坊主とより見えないワ、アハハハハ。オイ、狸坊主、汝は一体何処の者だい』
修『これは怪しからぬ。天来の救世主、天帝の化身たる拙僧に向かつて、狸坊主とはあまりの暴言ではないか。左様な挨拶を承るべく、はるばるかやうな山奥へは参り申さぬ。お気に入らぬとあれば、拙僧はこのまま帰るでござらう』
『アハハハハ、オイ坊主、さう怒るものぢやないよ。糞尿の身を錦に包み、夜叉の心を菩薩の仮衣に装うて、天下万民を困惑せしめむとする大野心を有する者が、この方の一言に恐れ、早逃げ仕度を致すとは何の事だ。オイ坊主、汝は虚勢を張つて強さうに偉さうに構へてゐるが、心の中はビクビクものだらう。甘い鳥が見つかつたと思つて、コルトンの野郎にマンマと騙し込まれ、来て見れば意外な硬骨爺、さぞ驚いたであらう』
『ますます以て怪しからぬお言葉、拙者は愛善の徳に住し、信真の光に充ち、智慧証覚の輝き亘る天帝の化身に間違ひござらぬぞや。年をとられて、そなたは眼力がうすくなり、拙僧の神格容貌並びに威光が分らぬのでござらう。チツとばかり手洗を使つて来なさい。寝とぼけ眼で神人を見やうとは、身分不相応でござらうぞ』
『アハハハハ、てもさても面白い狸坊主だ。オイ売僧、その格好は何だ、肩を四角にしよつて、チツと削りおとしてやらうか。棚機姫様の天降りだとか何とか申して、良家の娘をチヨロまかして来たのだらう。どうだ、俺の眼力が、これでも衰へてをると申すか。いいかげんに我を折り、正体を現はせ』
『アハハハハ、そこまで看破されちや、モウ仕方がない。オイ爺、しつかり聞け、俺こそはトルマン国の有名なオーラ山に立てこもり、天帝の化身、天来の救世主と名乗つてゐた玄真坊の成れの果だ。悪い事にかけては、決して人後に落ちない積りだ。悪鬼も羅刹も、大蛇も狼も、俺の声を聞いたら跣で逃げ出すといふ、天下無双の英雄豪傑だぞ。オイ爺、汝は山賊の張本とはいひながら、何か善からぬ目的を抱へてこの山砦に立籠もり、天下を狙つてゐる曲者であらうがな。いな国盗人であらうがな。爺の計画は実に天下の壮図だ。しかしながら惜しい事には、爺には棟梁の真価がない。いな立派な参謀がない。痩馬の蕨のやうな代物ばかり、幾ら集めたところで、何の役にも立つものか。こんなヒヨロヒヨロ部下を集めて、そんな大望が成就すると思うてゐるのか、てもさても迂愚の骨頂だな、アハハハハ。爺の心根がおいとしいワイ、イツヒヒヒヒ』
『ヤア、こいつア面白い糞坊主だ、話せるワイ。オイ狸、腕まくりでもして、胡坐をかけ。そんな業々しいコケおどしの法服を纒うてゐると、何だか俺も心から打ちとけられない気がするワ。鬼と蛇との会合だ。今夜はゆつくり語り明かし、幸ひに肝胆相照らすを得ば、どうだ一つ、天下取りの大バクチを打つてみやうぢやないか』
玄真『ヤア、そいつアしやれてる。ワリとは気の利いた爺だ。しかし俺を狸坊主といつたが、狸の称号だけは正に返上する、受取つてくれ。序に売僧坊主の尊称も返上しておかう、糞坊主などいはれるのは沙汰のかぎりだ、無礼の極だ。コラ爺、これからきめておかないと本当の話が出来ないワ。そして爺の女房の十年忌だといつて、俺をコルトンが引張つて来よつたのだが、お経なんか邪魔臭いからやめたらどうだい。心に豺狼の欲を逞しうし、鬼の剣を含んで毒気を吐いたところで仏は喜ぶまいぞ』
シヤ『ウン、汝の言ふ通りだ。女房の回向をしてやつたところで、有難いとも嬉しいともいふぢやないし、また汝のやうな売僧坊主の読経を聞いたところで何の役にも立つまい。英雄と英雄が、女房の十年忌の命日に会合したのは、女房の霊が残つてをればさぞ喜ぶだらう。これが何よりの回向だ。幸ひ今日は沢山の馳走が拵へてある。坊主鉢巻でもして、大いに鯨飲馬食でもやつたらどうだ』
『そら面白からう、大いに吾が意を得てゐる。しかしながら今俺を売僧坊主といつたね、どうかそれだけは御免を蒙りたいものだよ』
『狸坊主、糞坊主の称号は返還を受けたが、まだ売僧坊主の返上はなかつたやうだね。売僧坊主が厭なら山子坊主といはうか、一層、鞘坊主はどうだ、アツハハハハハハ』
『エー、どこまでも俺を馬鹿にするのか、天帝の化身様を何と心得てゐるのだい』
『鼬の化身か貂の化身か猿の化身か知らぬけれど、ずゐぶん偉い馬力だな。メートルもそこまで上げたら天下無敵だらうよ、ウツフフフフ』
『オイ爺、お前と俺との仲だから、狸といはうが、汝と言はうが差支へないやうなものだが、ここで一つ大芝居を打たうと思へば、俺をヤツパリ天帝の化身にしておかねば、甘く大望が成功しないよ。その称号から一つ定めておかうぢやないか』
『実にシャカンナ勢ひだのう。よしよし、それでは汝は天帝の化身、玄真坊だから頭字と尻の字を取つて、天真坊様と言つたらどうだ、あまり天真燗漫な身魂でもないけれどな。世の中を欺くには格好の名称だらう』
『ヤ、さすがは山賊の親分だけあつて、いい所へ気がつくワイ。天真なる哉天真なる哉、只今から天真坊さまだぞ、いいか』
『そんなら天真坊様、何とぞ何とぞ、天下経綸のためにやつがれが謀師となり、機略縦横の神策を教へて下さい。そして現界は言ふも更なり、死後の世界までも吾が身の幸福ならむ事を御守護下さいませ。ひとへに懇願し奉ります。帰命頂礼、謹請再拝』
『コリヤコリヤ爺、さう俄かに改まつちや、俺も何だか、ウーン……馬鹿にされてるような気がしてならないワ。しかし丁寧な言葉を使はれると、からかはれてるとは知りながら、あまり気分の悪くないものだ。言霊は神也、とは実によく言つたものだな、アハハハハ』
『天真坊様、御意に召しましたかな。ヤ、やつがれも無上の光栄でございます。壮健なる御尊顔を拝し、やつがれ身にとり欣喜雀躍の至りに堪へませぬ、アツハハハハ』
『オイ、そのアツハハハハだけをのけてくれないか』
『ハイ承知いたしました。アツハハハハ、ヤ、このアツハハハハは撤回いたします、アツハハハ。エー、どこまでもアツハハハの奴、追撃しやがる。コリヤ決して、このシャカンナが言つたのぢやない。悪しからず御勘弁を願ひたい。イツヒヒヒ、エー、またイツヒヒヒヒの奴、尾行し出したな、イツヒヒヒヒ』

(大正一三・一二・三 新一二・二八 於祥雲閣 松村真澄録)



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