出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語67-3-131924/12山河草木午 山中の火光王仁三郎参照文献検索
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第一三章 山中の火光〔一七一五〕

 太子は物めづらしげに四方の広原を瞰下しながら、尾上の風に吹かれつつ、心の向かふままドンドンと進み行く。日は西山にズツポリと沈んで、ソロソロ暗の帳が下りて来た。百鳥は老木の梢に宿を求めてチユンチユンと鈴のやうな声で囀つてゐる。をりから昇る月光はことさら美しく、一点の雲翳もなき大空を、隈なく照らしてゐる。ここはタラハン国にて有名なるトリデ山といふ。太子はトリデ山の頂上に突立つた大岩石の上に安坐しながら、空の景色を眺めて、その雄大なる自然の姿に憧憬してゐる。

太子『如意宝珠玉をかざして大空を
  昇る月こそ憧れの国

 宝石を撒きちらしたる大空は
  神の力の現はれなるらむ

 尾上をば渡る松風音も清く
  なにか神秘を語るべらなり

 瞰下せば四方の原野は月光の
  露を浴びつつ妙に光れる

 今吾はトリデの山の山の上に
  千代の命の清水汲むなり

 月の露吾が身魂をば霑して
  甦りたる心地せしかな』

アリナ『若君の御後に従ひ来て見れば
  トリデの山は殊に麗し

 若君のたたせたまへるこの巌
  千代に動かぬ名をば残さむ

 吾が父はさぞ今ごろは若君の
  所在たづねて騒ぎをるらむ

 大君のいづの御心思ひやり
  父を思ひて涙にしたる』

太子『天地の生ける姿を眺めては
  死せる館へ帰りたくなし

 吾が宿に立ち帰りなば父君の
  隔ての垣は高くなるべし

 花香ひ木の実は豊に実るなる
  この神山に住みたくぞ思ふ』

 太子は夜半にもかかはらずまたもや立つて月の光を頼りに谷に下り、あるひは峰を越え、何処を当ともなく進み行く。アリナは是非なく小声で呟きながら、太子の姿を見失はじと五六歩の間隔を保つて従ひ行く。十五夜の月は早くも高山にかくれて大きな山影が襲うて来た。二人は数里の山野をパンも持たずに果物に喉を霑はしながら、当所もなくやつて来たので身体縄のごとく疲れ、密樹の下に横たはつたまま熟睡してしまつた。二人の自然に目の醒めたころは翌日の午後の八つ時であつた。太子は目をこすりながら、
『オイ、アリナ、一体此処は何といふ所だ。あまり疲れたと見えて前後も知らず寝忘れ、もはや翌日の八つ時らしいぢやないか。お父上や左守、右守はさぞ余の姿の見えないのに驚いて騒ぎ立ててゐることだらう。一先づ帰つてやらうぢやないか』
『ハイ、畏まりました。一時も早く帰らねばなりますまい。さうして殿中へ帰れば、きつと大君様や吾が父なぞの怒りに触れる事でございませうが、責任は私が一切負ひますから、どうぞお帰り下さいませ』
『なに、責任をお前に負はしては余が済まない。何といつても余は一国の太子だ。父上には余から好きやうにお詫びをしておく。そしてお前の身の上にお咎めの来ないやう命にかけても弁解してやるから安心せよ』
『殿下に御心配をかけては済みませぬ。みな私が悪いのでございますから、サア参りませう』
と今度はアリナが案内役となつて帰路についた。どう道を踏み迷うたものか、往けども往けども帰り道が分らない。山は幾千百ともなく彼方此方に聳へ、谷底を見れば蒼味だつた水が緩やかに流れてゐる。
アリナ『殿下、大変な所へ参りました。私もこの辺の山路は初めてでございますので、何方へ歩んだら帰れるやら、見当が取れませぬ。誠に済まない事をいたしました』
太子『なに、心配するな。道が分らねば山住居をすりやそれで好いぢやないか。よほど空腹にはなつたが、余とお前と二人の食料ぐらゐは木の実を取つて食つてゐても続くだらう、何事も惟神に任すがよからうぞ』
『ハイ、しかし斯様な山奥のしかも深い谷間に迷ひ込みましては方角も碌に分りませぬ。とも角、この杖を立てて見て、杖のこけた方に進むことに致しませうか』
『ウン、それも一策だらう。なに心配することが要るものか。山は青く谷水は清く、鳥は歌ひ新緑は茂り、珍しき花は彼方こなたに艶を競い芳香を薫じ、陽気は温かく、こんな愉快の事はないぢやないか。余は一層、十日も二十日も山の中に迷うてみたいわ、アハハハハ』
『何と殿下はお気楽でございますな。私のやうな小心者はもはや耐へ切れなくなつて参りました』
『ハハハハハ。ずゐぶん弱音を吹く男だな。あの草木を見よ。こんな嶮しい山に荒い風に揉まれながら、泰然自若として非時花を開き実を結び、天然を楽しんでゐるぢやないか。鳥は気楽に春を歌ひ、山猿はあのとほり梢に集まつて嬉し気に遊び戯れてゐる。たとへ小なりと雖も吾々は人間ぢやないか。どこに居つても生活のできない道理はない。神の恩恵の懐中に抱かれ、自然と親しく交はり、天地を父母として、誰人に遠慮もなく気兼ねもなく、かうしてゐる吾々は実に幸福な境遇に置かれてゐるぢやないか。何を悔やむのだ。その心配さうな顔は何事ぞ。ちつと気を取り直し元気をつけて勇んだらどうだ。万物の霊長天地の花と誇つてゐる人間の身として、山河草木禽獣に対し恥づかしくは思はないか』
『殿下の大胆不敵なるお言葉には、小心者のアリナも驚倒するより外はございませぬ。何とした殿下は大人格者でございませう。今まで殿中雲深き所にお育ち遊ばし、隙間の風にも当てられぬ高貴の御生活、蒲柳の御体質、荒風に一度お当り遊ばしても忽ち病気にお悩み遊ばすかと、内々心配いたしてをりましたに、只今の殿下のお元気、勇壮活溌なる御精神には、アリナも舌を巻きました。「王侯に種なし」といふ諺は殿下によつて全然裏切られてしまひました。三五教の御教にも「誠の種を吟味いたすは今度の事ぞよ。種さへよければ、どんな立派な御用でも出来るぞよ。今度は元の種を世に現はして神政成就の御用に使ふぞよ」と出てゐますが、如何にもその通りだと思ひます。殿下は決してただ人ではありませぬ。末にはきつと印度七千余国の王者となられるでせう。アア私は何の幸福でかやうな立派な殿下のお側付に選ばれたのでせうか』
『アハハハハハ、オイ、アリナ、仕様もない事を言うてくれるな。余は印度の王者などは眼中にないのだ。それよりも宇宙の断片一介の人間となつて普く天下を遍歴し、自由自在に天地の恩恵に親しみ、人間らしい生活が送つてみたいのだ。天から生た精霊を与へられたる人間として、人形のやうに簾を垂れ有象無象に祭り込まれ、尊敬され、礼拝されて、それが何嬉しい。何の名誉になるか。虚偽虚飾をもつて充たされたる現代の人間のやり方には余は飽き果ててゐる。決して再び殿中に帰るやうな馬鹿な真似はすまい。草を組んで蓑となし、木の葉を編んで笠となし、これからお前と無銭旅行と出かけたらどうだ。そこまでお前の誠意があるか、それを聞かしてもらいたいものだ。お前もそれだけの苦労はようせないといふであらう』
『どんな苦労でも殿下とならば致しますが、雲上の御身の上をもつて、物好きにも乞食の真似をして無銭旅行などとは御酔興にもほどがあります。決して悪い事は申し上げませぬ。どうか冷静にお考へ下さいませ。タラハン国の人情や、大王様の御心中や臣下の胸中もすこしは顧慮下さいまして、一まづ御帰城を願ひます』
『余は決して帰城しないとは言はないよ。しかしながら帰らうと思へば思ふほど、山深く迷ひ込み帰り途が分らぬぢやないか。それだから余は、これも全く天の命と信じ、無銭旅行の覚悟を定めたのだ。アハハハハハハ、どこまでも気の弱い男だなア』
『いや私も殿下の雄々しきお志に励まされ、一切万事を天地神明に任せました。無事に殿中に帰り得るのも、また山深く迷ひ込み、虎狼の餌食となるのも天命と心得ます。サア杖のこけた方に進んでみませう』
と言ひながら、携へ来たりし杖を真直ぐに立てパツと手を放した。杖はアリナが立つてゐる左の方へパタリとこけた。
アリナ『殿下、この通りでございます。左の方へ参りませう。これも神様のお知らせでございませうから』
太子『よし、杖の倒けた方を杖とも力とも頼んでモウ一息跋渉して見よう。ヤア面白い面白い』
と言ひながら、太子は先に立つて山の中腹を左へ左へと忙がはしげに走り往く。往けども往けども山また山の方角も分らばこそ、その日もズツポリと暮れてしまつた。主従二人は木の葉を折つて敷物となし、空腹をかかへながら夜の明けるを待つてゐた。前方の谷間よりライオンの声、峰の木霊を響かして物凄く聞こえて来る。アリナはこの物凄き獅子の声に戦慄し、唇を紫色に染め、蒼白色の顔を月光に曝し慄ひ戦いてゐる。
アリナ『モモもし、デデ殿下、タタ大変な事になつて参りました。ココ今夜ドドどうやら喰はれてしまふかもシシ知れませぬ。これといふのも全く私が悪いのでございます。デデ殿下の御身の上に難儀のかかるやうな事があつては、大王様や、数多の御家来衆や、また国民に対してもモモ申し訳がございませぬ。ドドどうか私の大罪をお許し下さいませ』
と早くも泣いてゐる。スダルマン太子は平然として些しも騒がず、
『アハハハハ、オイ、アリナ、その態はなんだ。獅子がそれほど怖いのか。あいつは獣類ぢやないか。神の生宮ともいふべき人間が、獅子や虎や狼ぐらゐに怖れ戦くとは何のことだ。獅子の奴、余の姿を見て反対に戦き怖れ悲鳴を挙げてゐるのだよ。

 天地の神の生宮出でましを
  眺めて獅子の吼ゆるなるらむ

 獅子熊も虎狼もなにかあらむ
  神の御子たる人の身なれば

 天地の深き恵みを稟けながら
  何を恐るか獣の声に』

アリナ『若君と共にありなば獅子熊の
  健びも怖しと思はざりけり

 さりながら獅子の咆哮聞くごとに
  身は自ら打ち慄ふなり』

 猛獣の声は四方八方より百雷のごとく聞こえ来たる。左手の谷底を見れば珍しや、一炷の火光が木の間を透かして瞬いてゐた。太子は目敏くもこれを見て、アリナの背を二つ三つ平手で叩きながら、
『オイ、弱虫の隊長、アリナの先生、安心せよ。あの火光を見よ。決して妖怪の火でもあるまい。あれは確かに陽光だ。どうやら人間が住まゐをしてゐるらしい。あの火光を目当に人家を尋ね飲食にありつかうぢやないか』
 アリナは太子の言葉に頭を上げ指さす方を瞰下せば、如何にも力強い火の光が瞬いてゐる。にはかに元気恢復し、声も勇ましく、
『ヤ、いかにも殿下の仰せの通り火光が見えます。全く天の御恵みでございませう。一時も早くあの火を目当に下りませう。サア私が蜘蛛の巣開きをいたしますから、どうか後について来て下さいませ』
『ウンよし、お前も俄かに強くなつたやうだ。俺もそれで心強くなつた』
と言ひながら、灌木茂る木の間を分けて下り往く。

(大正一三・一二・三 新一二・二八 於祥雲閣 加藤明子録)



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