出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語67-3-121924/12山河草木午 太子微行王仁三郎参照文献検索
キーワード: 自然
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あらすじ
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本文    文字数=8924

第一二章 太子微行〔一七一四〕

 スダルマン太子は左守の一子アリナと共に、窮屈な殿内生活を逃れて心の駒の進むまま膝栗毛に鞭うち、タラハン城の東北に当る樹木鬱蒼たる城山を目指して進み入つた。今まで見たことも、聞いたこともない麗はしき羽翼を拡げた百鳥、木の間にチユンチユンと囀り、デカタン高原名物の風は今日はことさら穏かに吹き渡り自然の音楽を奏し、山野の草木は惟神的舞踏を演じ、谷川の流れは激湍飛沫の絶景を現じ、太子の目には一つとして奇ならざるなく、珍ならざるはなかつた。
太子『オイ、アリナ、お前のお蔭で俺も窮屈な殿内をやつとの事で脱走し、造化の技巧をこらした天然の風光に親しく接し、山野の草木や禽獣を友として、気楽に逍遥する心持は余が生れてから未だ初めてだ。見れば見るほど、考へれば考へるほど、天然といふものはなんとした結構なものだらう。人間の造つた美術や絵画とは違つて、言ふにいはれぬ風韻が籠つてゐるではないか。余は不幸にして王族に生れ、十八年の今日まで狭苦しい殿中生活に苦しめられ、かかる広大なる原野に天地を友として、悠然として観光する余裕がなかつた。アア平民の境遇が羨ましい。人生貴族に生るるほど不幸不運のものはないぢやないか。余は何の天罰でかやうな窮屈な身の上に生れて来たのだらう。そしてお前は左守の伜で、貴族の家に生れたといつても余に比ぶればよほどの自由がある。余は王族といふ牢獄に投ぜられ、かかる無限の天地の恩恵に浴することの出来ないのは実に残念だ。代れるものならお前と代つてもらひたい、アアアア』
と溜息をつき感慨無量の体であつた。
アリナ『若君様、さう思召すのも御尤もでございませうが、なにほど苦しくつても、そこを辛抱して頂かねばなりませぬ。殿下は一国の親ともなり、師ともなり、主ともお成り遊ばして国民を愛撫し、指導し、監督なさらねばならない天よりの御職掌でございますから、御境遇には同情いたしますが、どうぞ左様な事を仰せられずに、父王様の跡をお継ぎ遊ばし天下に君臨して頂かねばなりませぬ。私はどこまでも殿下のためには身命を賭して働きませう。またなるべく御窮屈でないやうに取計らひますでございませう』
『ウン、それもさうだな。余は残念に思ふわい』
『殿下如何でございませう、この絶景を殿下の妙筆で描写なさいましては。殿中に居られます時とは、よほど変つた立派なものが出来るでせう。そしてお心が安まるでございませうから』
『いや、余はもう絵筆を捨てた。殿中ばかりに居つて園内の景色を今まで得意になつて写生してゐたが、かう山野に出て造化の芸術を目撃しては、もう筆を揮ふ気にはなれない。なにほど丹精を凝らしても万分一の真景をも描写することは出来ぬぢやないか。これだけ雄大な山川草木が目の前に横たはつてゐては、どこから筆を下ろしてよいやら、その端緒さへ認むるに苦しむぢやないか。ただ一本の樹木を描写するにも余程の丹精を凝らさねばならぬ。際限もなき山野草木、渺茫として天に続く大高原、どうしてこれが人間の筆に描き出されるものか。王者だとか貴族だとか、高位高官だとか、国民に対し威張つてみたところで、神の力、自然の風光に比ぶればほとんど物の数でもない。児戯に等しいものだ。天地万有は、余に対しては唯一の経文で無上の教だ。これを見ても人間たるものの腑甲斐なさに呆れ返らざるを得ぬではないか』
『左様でございますな。殿下は観察眼が非常に優れてゐられます。私は幸ひ小臣の伜、自由自在に山野を逍遥し得るの便宜がございますので、時々自然の風光に接し、日月の光を浴びて、自由の天地に遊ぶ事が出来ますためか、造化の芸術に見慣れてしまひ、さまで雄大だとも、絶妙だとも考へませなんだ。一木一草の片に至るまで心を留めて眺めた時には、如何にも不可思議千万の現象でございます』
『どうぢやアリナ、この山を向かふへ越えて些しく珍らしい風景を眺望して来うぢやないか』
『ハイ、お伴を致しませう。しかしながら余り遠方へお出ましになると帰りが遅くなり、頑迷なる役人どもに見つけられては、警戒がますます厳になり、殿下とかう気楽に自由に散歩する事が出来ないやうになるかも知れませぬ。さうすればお互ひの迷惑でございますから、今日は殿下の仰せの場所まで急ぎ足に参り、また急いで殿中に帰りませう』
『ヨシヨシ、お前の意見にも従はなくちやなるまい。そんなら急いで城山を北に越え、観光を恣にしやうぢやないか。サア行かう』
と早くも太子は先に立つて歩を進めた。アリナは写生に要する一切の道具を背に負ひながら、木の間を潜つて余り高からぬ城山の頂上にあえぎあえぎ登つていつた。太子は山の頂に立つて四方を見渡しながら、
『オイ、アリナ、タラハンの市街はタラハンの首府といつて、随分広い広いと誰もかも褒めてゐるが、わづか三万の人口。また広大なる王城も、かう山の上から瞰下して見れば、実に宇宙の断片に過ぎないぢやないか。かかる小さい物の数にも足らぬ王城に、余は十八年も窮屈の生活をやつてゐた事を思ひ出して、心恥づかしくなつて来た。この雄大なる天に続いた大広野の中にチラチラ見える人家は、まるでハルの湖水に船が浮かんでゐるやうぢやないか。山野の草木はソロソロ芽ぐみ出し、緑、紅、黄、白などの花は至る所に咲き満ち、白紙を散らしたやうに所どころに池や沼が日光に照つてゐる。この風光は実に天国浄土の移写のやうだ。名も知らぬ珍しい鳥はこの通り前後左右に飛び交ひ、微妙な声を放つて天下の春を唄つてゐる。余も人間と生れて心ゆくまで天然の恩恵に浴したく思ふ。籠の鳥の境遇にある余にとつては、この天地は実に唯一の慰安所だ。命の洗濯場だ。アア何時までも此所にかうして遊んでゐたいやうだ。たとへ老臣が何と小言を言はうともかまはぬぢやないか。グヅグヅいつたら太子の位を捨て、山に入り杣人となつて、お前と二人簡易の生活をやつてもよいぢやないか。余は再び以前のやうな貴族生活はやりたくない』
『長らく窮屈な生活に苦しみ遊ばした殿下としては、御無理もございませぬ。しかしながら世の中に満足といふ事は到底無いものでございますから、どうぞ心を取り直して一先づ殿中にお帰り下さいませ。あまり遅くなるとまた老臣どもが騒ぎ立てますから』
『お前は余の言ふ事なら命までも捨てますと常に誓つてゐるぢやないか。老臣どもの小言がそれほどお前は怖ろしいのか。やつぱり人間並みに小さい私欲に目が眩んでゐるのだらう。帰りたくばお前勝手に帰つたがよい。余はこの山頂において今夜の月を賞し、宝石のごとく輝く星の空を心ゆくまで眺めて帰るつもりだ。十八年の今日まで未だ一回も見たこともない満天の星光、円満具足なる三五の月、その月の玉より滴る白露を身に浴びて、人間の真味を味はつて見たいのだ。汝はこれより急ぎ殿中に帰つてくれ。余はもう一つ向かふの山を踏査して見るつもりだ。左様なら』
と言ひながらスタスタと尾上を伝うて北へ北へと進み往かむとす。アリナは途方にくれながら帰らねばならず、それだといつて太子を山に残して帰るのは尚悪し、仕方なく太子の足跡を踏んで北へ北へと進み往くこととなりける。

(大正一三・一二・三 新一二・二八 於祥雲閣 加藤明子録)



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