出口王仁三郎 文献検索

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物語67-3-111924/12山河草木午 暗狐苦王仁三郎参照文献検索
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第一一章 暗狐苦〔一七一三〕

 デカタン高原の西南方に当つてタラハン国といふ、人口二十万を有する地味の肥えた産物の豊かな国土がある。国王はカラピン王といひ、国の中心地点なるタラハン市に宏大なる城廓を構へ、ウラル教を信じて十数代を継続した。その時の国王の名をカラピン王といひ王妃をモンドル姫といふ。二人の中には太子スダルマン、および王女バンナの二子を挙げてゐた。
 王妃のモンドル姫は銀毛八尾の悪狐の霊に憑依され、残忍性を帯び、常に妊婦の腹を裂き、胎児を抉り出して、丸焚きとなし舌皷を打つてゐた。国民怨嗟の声は国内に充ち溢れ、何時騒動の起るやも知れざる形勢となつて来た。しかしながらカラピン王は王妃の容色に恋着し、王妃の言ならば、如何なる無理難題も二つ返事で承認するといふ惚けかたである。
 左守の司のシャカンナは民心日に月に国家を離るるを憂ひ、かつ何時革命の狼火のあがるや知れざる形勢を憂慮し、常に死を決して王および王妃に直諫した。されども王は少しも左守の言を用ひず、遂には左守の登城するを見るや、奥殿深く身を忍んで面会をさけた。右守の司ガンヂーは心よからぬ痴者にて常に王妃を煽動し、左守を退け、自分が、とつて代つて左守の職につき、タラハン国の主権を吾が手に握らむ事を希求してゐた。右守のガンヂーが内面的応援によつて、王妃の悪逆無道の行為はますます残虐の度を加へ、民心ますます離反して所どころに百姓一揆が勃発して来た。
 或時モンドル姫は、寵臣の右守ガンヂーおよびその妻アンチーと共に十数人の侍女を伴ひ、カルモン山の風景を探るべく遊覧を試みた。何処ともなく白羽の矢が飛んで来てモンドル姫の額に命中し、姫は悲鳴を挙げて谷底に転倒し、つひに絶命してしまつた。この事四方に喧伝するや、国民はひそかに大杯をあげて国家の前途の光明を祝するといふ勢ひであつた。
 カラピン王は王妃に対する愛着の念去り難く、つひには狂乱のごとくなり、近臣を手討になし、王妃のごとくまたもや妊婦を裂き胎児を丸焚きにして舌皷を打つやうになつて来た。左守の司のシャカンナは、王家および国家の一大事と死を決して、妻のハリスタ姫と共に王宮深く進み入り、王に改心を迫り、かつ国民の怨嗟の声喧しく、いつ擾乱の勃発するやも知れぬ事を説明した。最愛の王妃を失ひ、心の荒びきつたるカラピン王は、到底忠誠なる左守の諫言を耳にするに至らなかつた。忽ち大刀を引き抜いて形相凄じく左守に向かつていふ、
『モンドル姫の横死は必ず汝が手下の処為ならむ。王妃の仇だ、観念せよ。手討ちにしてくれむ』
と阿修羅王のごとく左守に斬りつけむとした。左守の妻ハリスタ姫は王と左守の間に立ち塞がつて、
『恐れながら王様に申し上げます。忠臣をお斬りになるのは御自分の片腕をお斬り遊ばすも同様でございます。国家の柱石なくして、どうしてタラハン国が保てませうか。まづまづ心静かにお考へ下さいませ、もし左守の司を、どうしても殺さねばならぬのならば、どうか私を身代りに立てて下さい』
と涙を両眼に滴らしながら陳弁した。王は怒髪天を衝いていふ、
『エー、さかしき女の差出口、聞く耳もたぬ。殺してくれなら殺してやる。汝のみならず、シャカンナも共に刀の錆だ。観念せよ』
と言ひながら、ハリスタ姫の左の肩から右の脇へ袈裟掛けに、切れ味のよい銘刀にてスパリとその場に斬り倒した。次いで左守を打殺さむと阿修羅王のごとくに追掛ける。左守は一生懸命に裏門より雲を霞と逃げ出し、当年六才になつたスバール嬢を背に負ひ、何処ともなく身を隠した。
 右守のガンヂーは左守となり、妻アンチーの仲に生れた一人息子のアリナと共に得意な日月を送つてゐた。さうして右守家の家令サクレンスを抜擢して右守に任じた。
 新左守のガンヂーは左守の地位を得て国政改革を標榜し、前左守家伝来の巨万の富を没収し、国内の貧民に慈善を施し、吾が声名のあがらむ事にのみ焦慮し、漸くタラハン国は小康を得た。カラピン王は一切の政務を左守のガンヂーに一任し、自分は茶の湯、俳諧などに心を傾け、風流三昧を事としてゐた。
 カラピン王の太子スダルマンは十八才の春を迎へ、王女バンナは十六才の春を迎へた。太子のスダルマンは宮中深く閉ぢ籠もり、何となく精神憂鬱として楽しまず、父の言葉は言ふも更なり、左守右守、その他重臣に対しても、拝謁を乞ふ度ごとに面白からぬ面を現はし、ただ一口の言葉も発せず鬱々として書斎に籠つてゐた。カラピン王をはじめ左守右守の重臣連の憂慮は一方でなかつた。日夜神仏を念じ、または面白き楽器を弾きならして太子を慰め、憂鬱病を治さむと、相談の結果、国内の美人を召集し太子の御殿に侍らしめた。百余名の嬋妍窈窕たる美人は燦爛と咲き乱れたる桜花のごとく、蝶の如くその美はしさ、たとふるに物なきが如くであつた。されど太子はこれらの美人に対し一瞥もくれず、ますます奥殿に閉ぢ籠り深く憂鬱に陥るのみであつた。ただ太子の気に入るのは左守の伜アリナ一人のみである。それゆゑアリナは常に太子に召されて話相手となり、時々城内を逍遥し、太子の心を慰めてゐた。
 太子の最も心を慰むるものはアリナと共に絵を描くことであつた。太子もアリナも日々絵筆を弄び、人物などを描く時はほとんど実物に等しきまで上達した。ある時太子はアリナに向かひ、
『オイ、アリナ、どうだ今日はお前と何処かへ行つて写生でもやらうぢやないか。狭い城内では、もはや写生の種もつきてしまつたから』
とツイにない外出の意を、ほのめかしたので、アリナは……この機逸すべからず、御意のかはらぬ内、太子のお伴をなし、太子のお好きな山水の写生でも遊ばしたら、日ごろの憂鬱症が癒るかも知れぬ。王家に対し、国家に対し、これぐらゐ結構な事はない……と決心し、両手を支へて満面に笑を湛へながら、
『太子様、願うてもなき御催しでございます。どうか私もお伴さしていただけば無上の光栄でございます。山青く水清く飛沫をとばす谷川の景色などは、胸に万斛の涼味を味はつたやうな気がいたしますよ。さすれば父の左守に申し伝へましてお伴の用意を致させませう。なにほど微行と申しても一国の太子様、二三十人の護衛は威厳を保つ上に必要でございませうから』
 太子は頭を左右に振りながら、さも不機嫌な顔にて、
『この城中においてお前一人より、余の気に入るものはない。その外にただ一人たりとも召使をつれる事は嫌だ。そんな大層な事をするなら、もう郊外の散歩は止めにする。余の病気は、かやうな窮屈な殿中生活が嫌になつて、そのため起つたのだ。普通人民のごとく、極手軽にお前と二人散歩してみたいのだ』
『左様仰せられますれば是非はございませぬ。しかしながら太子様をひそかに郊外にお連れ申したとあつては、王様をはじめ吾が父の怒りは、いかばかりか分りませぬが、私は太子様のために、たとへ親に勘当を受けてもかまひませぬ。半時でも太子様のお心が安まればそれで満足でございます。しからば明日払暁裏門より窃に脱出し、半日の御清遊にお伴をいたしませう』
『ア、それで満足した。余の病気も全快するだらう。貴族生活に飽き果てた余は、庶民の山野に働く実況も見たいし、自然の風物に対し、天恵を味はひたい。それではアリナ、きつと頼むぞ』
『ハイ、畏まつてございます。それでは一切の用意をいたしておきます』
 太子は地獄の餓鬼が天国に救はれたやうな心持になつて、翌日の未明を一時千秋の思ひで待つてゐた。

(大正一三・一二・三 新一二・二八 於祥雲閣 北村隆光録)



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