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物語67-2-91924/12山河草木午 ダリヤの香王仁三郎参照文献検索
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第九章 ダリヤの香〔一七一一〕

 ダリヤは船底の密室に監禁され、この船がスガの港へ着くまでには、アリーが暴虐の手にかかつて死ぬるものと決心してゐた。そして健気にも辞世の歌などを詠んで、死期の至るを待つてゐた。そこへコツコツと忍び足に錠前をねぢあけて這入つて来たのは、自分が小舟に乗つて離れ島へ遊びに行つた帰りがけ、かつさらはれたコークスであつた。コークスは小声になつて、
『コレ、ダリヤさま、お前さまはこの船が遅くとも、明日の日の暮にはスガの港へ着くのだから、今夜中に殺されますよ。どうです、私が小舟を卸してお前さまを乗せ、離れ島へ漕ぎつけて助けて上げやうと思つてゐるのだから、物も相談だが、私の女房になつて下さるでせうなア』
と糞蛙が泣きそこねたやうな面から、臭い臭いドブ酒の息を吹きかけながら口説きかけた。ダリヤは柳眉を逆立て、蜂を払ふやうな素振りをして、
『エー、汚らはしい。今さら親切ごかしに妾を助け出し、それを恩に着せて、女房になつてくれなどと、ようマアそんな厚かましい事が言へましたなア。妾がこんな破目に陥つたのも、皆お前さまのなす業ぢやないか。いはばお前さまは妾の敵だ。妾の命をおとすのも、お前さまのためぢやないか。なにほど命が惜しいといつても、そんな悪党な卑劣な泥棒根性のお前さま等に靡くものがありますか。エ、汚らはしい、とつとと、サア彼方へ行つて下さい。胸がムカムカして来ましたよ。一体お前さまの名は何といふのだい。冥途の土産に聞いておきたいからなア』
コークス『俺はな、アリー親分の片腕と聞こえたるコークスといふ哥兄さまだ。何といつても命が資本だから、そんな悪い了簡を出さずに、俺の言ふことを聞いた方がよからうぜ。なにほど名花だつて、梢から散りおつれば三文の価値もない。お前さまの容貌は天下に稀なる美貌だ。丹花の唇、柳の眉、日月の眼、縦から見ても横から見ても惚れぼれするスタイルぢやないか。この名花をムザムザと散らすのは国家のために大なる損害だ。否天下の美人を可惜地上に失ふといふものだ。俺は天下のために、お前の今晩散る事を惜しむのだ。どうだ、物も相談だが、私と一緒に逃げ出す気はないか。そして私と夫婦になつて睦まじう暮したらどうだい。何ほどこの顔はヒヨツトコでも、メツカチでも、いふにいはれぬ味が、どつかには含んでゐますよ。あの鯣をみなさい。干つからびた皺苦茶だらけ、みつともない姿をしてゐるが、しがんでみるとずゐぶん甘い味がしますよ。何とも言へぬ風味が含まれてゐる。それを一寸遠火に焼くと、なほさら味がよくなる。どうだい、このコークスの意に従ふ気はないかな。お前さまも命の瀬戸際に立つてゐるのだから、ちつとばかり男が悪うても辛抱するのだな。何といつても辛抱は金だから、悪い事は言はない。お前のためだ。一つは俺のためだ。いいか、ちつとは道理が分つたかい』
ダリヤ『ホホホホホ、いかにもコークスといふだけで、黒い顔だこと。お前さまは舟の燃料になるのが天職だよ。天成の美人ダリヤ姫に向かつて、恋の鮒のと、しなだれかかるのは身分不相応といふもの。いいかげんに断念したがよからうぞや。あたイケ好かない、ケチな野郎だな』
『オイオイ、ダリヤ姫。さう芋虫のようにピンピンはねるものぢやない。人は愛情がなくては、木石も同様だ。折角人間に生れて、木石に等しい冷血漢になつちや、もはや人間の資格はありませぬよ。お前さまも人間らしい。女らしい返答をしたらどうだい』
『ホホホホ、人間に対しては人間らしい事をいひ、獣に対しては獣らしいことをいふのが天地の道理でせう。それが相応の理による惟神のお道ですよ。お前さま、それでも普通の人間だと思つてゐるのかい』
『オイ、あまツちよ。失敬な事をいふな。今首のとぶ分際でゐながら、何といふ御託を吐くのだ。人間を超越して、三間四間権現さまの生れ代りだ。あまり見違ひをすると、おためにならないぞ。この鉄棒が一つ、お前の横ツ面へお見舞ひ申すが最後、キヤツと一声この世の別れだ。好きでもない冥土へ死出の旅と出かけにやならぬぞ。オイそんな馬鹿な考へをすてて、俺の言ふ通り、そツと此処を脱け出さうぢやないか。そして、俺の女房になる成らんは後の事だ。ぐづぐづしとるとお前の命が失くなつちや、さつきも言ふ通り地上の損害だからな』
『ホホホホホ、大きにお世話さま。妾はアリーさまのお手にかかつて殺されるのを無上の光栄としてゐますよ。同じ殺されるにしても、お前さまのような、人間だか狸だか鼬鼠だか正体の分らぬ妖怪野郎に、たとへ殺されなくつても、ゴテゴテ言はれるのが苦しい。況んや夫婦にならうの、助けてやらうのと、何といふ高慢をつくのだい。サアサア早くお帰りお帰り。こんな所を船長に見付けられたが最後、お前さまの笠の台が宙空に飛びますよ』
『実のところはお前さまと一緒に殺されたら得心だ。やがて船長が、お前さまを殺しに来るだらうから、どうか、お前さま一緒に死んで下さらないか。せめても、それを心の慰安として、どこまでも冥土のお伴をする積りだから』
『エ、頭が痛い、厭な事をいふ野郎だな。サアサア早く出て下さい。シーツ シーツ シーツ。一昨日来ひ一昨日来ひ。ぐづぐづしてゐなさると線香を立てますよ』
『まる切り、人を青大将か蜘蛛のように思つてゐるのだな。箒を逆さまに立てて頬冠りをさしたつて、いつかないつかな、このコークスは動かないのだ。お前さまもいいかげん我を折つて、ウンと一口言はツしやい。ウンといふ一声がお前さまの運の定め時だ』
『誰がお前さま等に向かつて、ウンだのスンだのいふ馬鹿がありますか。チツとお前さまの顔と相談しなさい。いな知恵と相談なさつたがよからう。何程お前さまが手折らうと思つたつて、高嶺に咲いた松の花だほどに、スツパリと諦めて、釜たきなつとやりなさい。お前さまの顔は猿によく似てゐる。猿猴が水にうつつた月を掴まうとするような非望を止めて、船長殿に忠実にお仕へなさい。そしたらまた正月になつたら、おくびなりの餅の一切れや二切れは食はしてもらはうとママですよ、ホホホホ』
 コークスは到底言論ではダメだ、直接行動に限ると決心したものか、猛虎の勢ひを出して、矢庭にダリヤをその場に捻ぢ伏せ、オチコ、ウツトコ、ハテナを決行せんとした。ダリヤは一生懸命の声を絞つて「アレー助けてくれ助けてくれ」と身をもだえながら、生命かぎりに叫んだ。船長のアリーは、をりから監禁室の前を通り、怪しき声がすると思つてドアに手をかくれば、何者かが已に入つてるとみえ、かぎもかけずにパツと開いた。みれば右の有様である。アリーは懐剣を閃かして後からコークスの背部を骨も通れとつきさした。コークスはアツと悲鳴をあげ、空を掴んでその場に黒血を吐いて倒れてしまつた。
アリー『ダリヤさま、危ふい事でございましたな』
ダリヤ『ハイ、誰かと思へば船長さまでございましたか。よう来て下さいました。あなたの折角のお楽しみを、此奴が横領せんとし、乱暴に及んだところ、をりよく来て下さいまして、まづあなたのためには好都合でございましたね。私は貴方のお手にかかつて死なねばならぬ身の上でございますから、あなたが、私を嬲り殺しにして、お楽しみなさるのを、私も楽しみにしてまつてゐたのでございますよ』
『ダリヤさま、私も心機一転しました。どうぞ卑怯者と笑つて下さいますな。デッキの上でも上つて、星影でも見て楽しみませう』
『これはまた御卑怯な、なぜ一旦決心した事を掌を返すごとくにお変へなさつたのですか。妾は不賛成です。サア、どうぞ、始めの御意見の通り、スツパリと殺して下さいませ。妾も一旦死を決した以上は、初心を曲げるのは心恥づかしう存じます。あなたが妾を殺さないのならば、妾の方から自刃して果てます』
といふより早く、アリーの懐剣をもぎ取り、吾が喉につきあてむとする一刹那、アリーは驚いて、その手に飛付き、短刀をもぎとつた。そのはずみに、アリーは自分の親指を一本おとしてしまつた。ダリヤは驚いてその指を拾ひあげ、アリーの手にひつつけ、自分の下帯を解いて、クルクルと繃帯した。鮮血淋漓として銅張りの船底を染めた。
 ドアの開いた口から、さも流暢な歌の声が聞こえて来た。アリー、ダリヤの二人は耳をすまして、ゆかしげにその歌を聞いてゐる。

『ハルの湖水の小波よする  スガの港の片ほとり
 薬を四方にひさぎつつ  彼方こなたとかけめぐり
 妹の所在を尋ねむと  神に願ひをかけまくも
 畏き恵みの御露に  浴せむものとハルの湖
 彼方此方とかけめぐり  何れの船を調べても
 恋しきいとしき吾が妹の  影だに見えぬ悲しさに
 天に哭し地に歎き  波切丸の甲板に
 涙を絞る折りもあれ  三五教の神司
 梅公別の神徳に  今は包まれ吾が母や
 行方も知れぬ妹の  ただ冥福を祈りつつ
 家に帰れば改めて  三五教の大神を
 斎まつりて遠近の  世人救はむ吾が覚悟
 うべなひ給へ惟神  皇大神の御前に
 畏み敬ひねぎまつる  大日は照るとも曇るとも
 月はみつとも虧くるとも  救ひの神に身を任せ
 救ひの船に乗せられて  浮世を渡る身にしあれば
 如何なる悩みの来たるとも  恐るる事のあるべきや
 アアさりながら妹は  ウラルの神の御教を
 朝な夕なに諾なひて  身の幸はひを祈りしが
 いかなる魔神の計らひか  島の遊びの帰り路に
 心も荒き海賊の  群におそはれその行方
 命のほども計られず  悲しき破目と成果てぬ
 日頃信ずるウラル教の  神を祈りて妹の
 なやみを救ひ助けむと  家のなりはひ打ちすてて
 彼方此方とさまよへる  吾が心根を知らせたい
 何処の人の憐れみを  うけて命を保つやら
 但しはあの世に落ちゆきしか  心許なき吾が思ひ
 恵ませ給へ大御神  救はせ給へ三五の
 神素盞嗚の大神の  御前にすがり奉る』

と歌ひながら、チクリチクリと此方に向かつて近より来たる。ダリヤ姫はどこやらに聞覚えのある声だなア……とアリーの負傷を介抱しながら、耳を傾けてゐたが、いよいよ兄のイルクと確信し、監禁室の中から、細い声を出して、
『モシ、あなたはお兄いさまぢやございませぬか。妾はダリヤでございますが』
 この声にイルクは狂喜しながら、ドアのすきから室内を覗き込み、アツと言つたきり少時は声さへ発し得なかつた。
ダリヤ『お兄いさま、最前のお歌を聞きますれば、不束な妹をすて給はず、家業を他所にして、妾の所在を捜してゐて下さつたさうですが、そんな親切なお心とは知らず、今まで腹違ひの兄さまのやうに思ひ、おろそかに致してゐました妾の罪を許して下さい。そんな清い美はしいお心を知らず、ひがみ根性を出して、お恨み申し、いつも憂はらしに島へ遊覧に行つたその帰りに、冥罰が当つて海賊に捉へられ、かやうな所に押込められ、ここに殺されてるコークスといふ悪性男に操を破られむとしてるところを、この船長さまに救はれたところでございます。どうぞ兄さまから船長様へ、よろしくお礼を言つて下さいませ』
イルク『アアさうであつたか、怖いところだつたな。イヤ船長さま、どうも妹が大いお世話になりました。何からお礼を申してよいやら、あまり有難くつて、お礼の言葉も存じませぬ』
アリー『イヤ決して、私はダリヤを助けるような良い心はもつてゐなかつたのですが、何だか不思議なもので、つい助ける気になつたのですよ。あなたのお父さまは、私の仇敵、何とかして仇を打ちたいと思ひ、たうとう海賊になつて敵討ちの時機を狙つてゐたのです。しかるところ手下のコークスが貴方の妹を甘く生捕つて来てくれたので、せめてはこの娘を殺し、亡父の霊魂を聊か慰めたいと思ひ、ダリヤさまを殺す計画をきめたのですが、あまり立派なお志とその落着いた挙動に感服し、今は全く恨みも何もサラリと晴れて、却つてダリヤさまのお味方をするようになつたのです。それのみならず、この通り、拇指を切り落とし、困つてゐたところ、ダリヤさまの介抱でやうやくウヅキも止まり、かへつてお礼は私の方から申し上げねばならないのです』
と自分の母のアンナが、イルクの父に無理往生に操を破らせられ、泣きの涙で女房になつたことや、また自分の父がこれを恨んでハルの湖に身を投げて死んだことなどを、涙と共に物語つた。イルクは始終の話を聞いて、深い吐息をつきながら黙然として二人の顔を見つめてゐた。これよりアリーは梅公の懇篤なる神の教を受け、悪心を翻し、海賊をサラリと止め、この湖水を渡航する船客の守り神となつて、その美名を永く世に謳はれた。
 翌日の夕暮ごろ、波切丸は無事にスガの港へ横着けとなりにけり。

(大正一三・一二・二 新一二・二七 於祥雲閣 松村真澄録)



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