出口王仁三郎 文献検索

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物語67-2-81924/12山河草木午 糸の縺れ王仁三郎参照文献検索
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第八章 糸の縺れ〔一七一〇〕

 海賊の頭目コーズは数十人の手下と共に、甲板上に雑談に耽つてゐた船客を一々赤裸となし、勢ひに乗じて階段を下り、船室にバラバラと侵入して来た。さうして数多の船客に向かひ大刀を引き抜いたまま、例の脅し文句を並べ、
『持物一切を提供せよ。否応申すにおいては、何奴も此奴も刃の錆だ』
と脅迫してをる。老若男女は悲鳴をあげて泣き叫びながら、右往左往に逃げ廻る。船室内は俄かの大暴風に見舞はれて、秋の木の葉の散り乱るるがごとき光景となつて来た。特別室に睡つてゐたシーゴーは怪しの物音に目を覚し、よくよく見れば海賊の張本コーズが数十人の部下と共に、今や哀れな船客に掠奪の手を恣にしてゐる真最中であつた。シーゴーは大喝一声、
『オイ、コラツ、貴様はコーズぢやないか。この船に俺が居る限り掠奪は許さないぞ。サア掠奪品をスツカリとお客人に返戻してお断わりを申せ』
 この声にコーズは怪しみながらよくよくその面体を見れば、日頃大親分と頼むシーゴーであつた。このコーズはシーゴーの部下で別働隊となり、軍用品調達のために大活動をつづけてゐたのである。さうして海賊が最も安全で、かつ収獲の多いことを知つたので、沢山の海賊を部下に従へ、羽振りを利かしてゐたのである。オーラ山に立て籠つて三千の部下を支配してゐると思つたシーゴーが、今この船に乗つてゐたのに驚き、大刀をその場に投げ捨て恭しく両手をついて、
『これはこれは大親分シーゴー様でございましたか。思はぬ所でお目にかかりました。私は親分のためにかくの如く危険を冒して大活動をやつてをるのに、なぜお止めなさいますか』
シー『貴様の不審を持つのは尤もだが、俺は最早堅気になつたのだ。今日のシーゴーは先日のシーゴーではない。正真正銘の真人間だ。神様の御子だ。神の精霊の宿り給ふ生宮だ。貴様もよい加減に足を洗つて俺と同様に善心に立ち帰り、今までの罪業を謝するために、粉骨砕心天下救済の大神業に帰順してはどうだ。人間と生れて山賊または海賊をやるくらゐ不利益な、そして引き合はない危険な商売はないぢやないか』
 コーズは大口を開けて高笑い、
『アハハハハ。てもさても異な事を承るものかな。一旦男子が決心した事業に対し中途に屁古たれるとは、てもさても親分に似合ぬお言葉、もはや今日となつてはシーゴー殿は足を洗ひ真人間になられたとのこと、このコーズは断じて道は変へませぬ。かうなる上は貴方と私は親分乾児の関係も自然と消えた道理だ。お前さまの言葉に服従する義務は毛頭ないはずだ。コーズはコーズとしての商売を勉強せなくてはならない。どうか邪魔をして下さるな。オイ部下ども、何を躊躇逡巡してゐるか。片つ端から何奴も此奴も剥いてしまへ』
と下知すれば、部下一同は先を争うてまたもや掠奪を擅にせむとする。老弱男女はまたもや悲鳴をあげて泣き叫ぶ。その惨状目も当てられぬばかりなりける。
シー『これやコーズ、どうしても俺の言ふ事をきかぬのか。いや改心せぬのか。天道は恐ろしくないのか』
コー『エエかまうてくれない。今までは三千の部下を有する大親分だと思つて、尊敬もし服従もしてゐたのだが、何に感じてか男らしくもない、俄かに屁古たれよつて菩提心を起すやうな奴は、吾々盗賊社会の恥辱だ。貴様もついでに剥いてやるから覚悟をせい』
シー『アツハハハハ、猪口才千万な。それほど剥きたければ剥かしてやらう。サアどつからなと剥け。その代りに一つより無い命を要心せよ』
コー『なに減らず口を叩きやがる。貴様の部下になつてゐた最初には僅かに四五人の部下しか無かつたが、今日はハルの湖に出没する五百人の海賊の大親分だぞ。サア神妙に裸になつて持物一切をコーズさまに引きつげ。腰抜野郎奴』
 かかる折りしも、特等室の一隅より天地も割るるばかりの生言霊が聞こえ来たる。
『一二三四五六七八九十百千万ウーウーウーウー』
 この言霊に不意を打たれたコーズは真青となつて、数十の味方と共にこの場を逃げ出し、甲板に架け渡した縄梯子を伝つて吾が船に飛び乗り、命からがら湖面に俄かに波を打たせながら、八挺艪を漕いで雲を霞みと逃げて行く。シーゴーは一般の船客に、「怪我はなかつたか、持物は安全か」と一々尋ね廻り、幸ひ一物をも紛失してゐないのに安心し、拍手再拝して神恩を感謝せり。ここに梅公、ヨリコ姫、花香姫はニコニコしながら現はれ来たり、船客一同の遭難を慰問したるが、船客一同はシーゴーその他を生神のごとくに尊敬し、大難を救はれし事を涙と共に感謝する。

シー『ハルの湖往来の人を脅かす
  曲のコーズは脆くも逃げける

 吾が霊に神の御光幸はいて
  人の艱みを救はせたまひぬ

 アア神よ守らせ給へこの船を
  スガの港の埠頭につくまで

 梅公の神の司の言霊に
  脆く失せけり百の醜神』

梅公『ありがたし吾が言霊の幸はひは
  瑞の御霊の助けなりけり

 天地の神の心に叶ひなば
  何をか恐れむ醜の荒浪』

ヨリコ姫『君こそは神にますらむ曲神も
  ただ一言に逃げ失せにけり

 吾は今かかる尊き師の君に
  従ひて往く事の嬉しさ

 目の当り生言霊の神力を
  拝みまつりて心も勇む』

花香姫『勇ましき吾が背の君の言霊に
  滅び失せけり醜の曲霊も

 かくばかり神の御稜威の高きをば
  悟り得ざりし吾の愚かさ

 今はただ尊き神の御教に
  身も霊魂も任さむとぞ思ふ』

 かかる所へ甲板に縛られてゐたバラックは、赤裸のまま階段を下り来たつて、
『もし誰か甲板に来て下さいませぬか。誰もかも赤裸に繋がれてゐます。私はやうやく綱を切つて此所に参りましたが、何か刃物がなけねば、丸結びにしてございますから解くことが出来ませぬ』
シーゴー『なに、デッキの上にも船客が縛られてゐるといふのか。それや可哀さうだ。ヨシヨシ今俺が助けてやる』
といふより早くバラックと共に甲板に立ち出でて見れば、数十人の船客は手足を厳しく縛められ、所どころにカスリ傷を負い、呻吟してゐた。シーゴーは手早く懐剣の鞘を払つて一人も残らず、縛の縄を切り放ち、衣服持物などを念入りに取調べて各自に渡してやつた。一同の船客はシーゴーを神のごとく尊敬し、感極まりて嗚咽するものさへあつた。
 船長室には船長のアリーと一人の美人が何事かひそびそと掛け合つてゐる。
アリー『その方はどうしても吾輩の妻になつてくれないのか。生殺与奪の権を握つたこの俺に背けば、お前のためにはならないぞ。性念を据ゑてキツパリと返答をしろ』
ダリヤ『ハイ、何と仰せられましても私は親の許しのない以上は御意に応ずる事は出来ませぬ。まして私は母に早く別れ今は父一人。私の帰るのを今か今かと待つてゐるでございませうから、何卒こればかりはお許しを願ひたいものです』
『お前は俺を普通の船長と思うてをるか。俺は表面波切丸の船長となつてゐるものの、実は海賊だ。お前を部下のコークスに掻つ攫はしたのは大いに目的があつてのことだ。お前の父はアリスといつたであろう。スガの港の薬種問屋であらうがな』
『どうしてまた、貴方はそんな詳しい事を御存じでございますか』
『知るも知らぬもあるものか。お前の父は吾が父母の仇だ。不倶戴天の仇とつけ狙ひ、どうかお前の父の命を取つて親の仇を報いたいのだが、あまり警戒が厳しきため近寄る事が出来ず、遂には海賊となり、船長と化け済まして、お前達父子がこの湖を渡る時を待つてゐたのだ。しかしながら悪運の強い其方の父アリスは、吾が船に未だ一度も乗り込んだ事がないので仇討の望みも達せず、怏々として日夜煩悶してゐたのだ。お前の母といふのはアンナと言つたであらうがな』
『ハイ左様でございました。どうしてまた私の父が貴方様の親の仇でございますか。詳い事をお聞かせ下さいませ』
『俺は実のところお前を女房にしたくはない、なぜならば父の仇の娘と一緒に暮すのは良心がとがめ、かつ親の霊に対して済まないからだ。それよりもお前の首を取つて父の墓前に供へ、父の修羅の妄執を晴らしさへすれば俺はそれで満足だ。しかしながらお前の命を取るに先立つて深い因縁を聞かしておかう。恨んでくれな。実はかうだ、俺の父は極貧しい生活をしてゐたアリスタンといふ売薬の行商人であつたが、俺の母すなはちお前を生んだ母のアンナは、吾が父の恋女房であつた。お前の父が吾が父の留守宅へやつて来て、色々雑多と手段を廻らし、吾が母を連れ帰つて蔵の中へ閉ぢ込めおき、否応いはさず、無理往生に女房となし、その中に生れたのがお前だ。父は女房を取られた残念さに、この湖に身を投げて死んだのだ。いはばお前は胤異いの兄妹だ。しかしながら吾が母のアンナはお前の父に愛情を濺いでゐなかつた。お前には母の愛情が注がれゐるのぢや無い。狂暴なる父の悪血が固つて吾が母の体内に因果の種が宿つたのだ。お前のその美しい顔を見るごとにお前の父を思ひ出し、どうしても殺さねば承知ならないのだから、殺す俺も、殺されるお前も因果だ、諦てくれ。俺は父に対する義務がすまないからなあ、哀れと思はないではないが、心を鬼にしてお前の生命を取るのだから』
 ダリヤは船長の物語を聞いて大いに驚き、溜息をつきながら、
『アリー様、貴方の御立腹は御尤もでございます。どうか私を殺して下さいませ、さうしてお父上に孝養をおつくし下さいませ。同じ腹から生れた兄に殺されると思へば、私も得心して、成仏いたします。南無阿弥陀仏』
と、両掌を合せ紅涙滴々として祈願してゐるその不愍さ。さすがのアリーも可憐なる妹の姿を眺めては首切りおとす勇気もなく、燃へさかる胸の炎を消しかねて、両手を組み吐息をついてゐる。

『咲き匂ふダリヤの花も木枯の
  冷き風に散るぞ悲しき』

『アアお前の姿を見るにつけ、またその決心を聞くにつけ、日頃仇とつけ狙うた俺の心も折れ、刃を下す勇気もなくなつた。しかしお前と俺とは腹は一つでも霊は一つでない。愛情なき母の体内には愛情のない霊と肉とが宿つてをる。お前はお前の父の片身だ。どうしてもお前を討たねばならぬ、どうか勘忍してくれ。しかしながら今日はどうもお前を討つ勇気が出て来ない、いつもの密室にしばらく監禁して置くから、決して自害などしてはならないぞ、俺の手にかかつて死んでくれ』
『ハイ、どうぞ貴方のお好きになさいませ。私は最早命は惜しみませぬ。父はスガの港に私の帰りを待つてゐませうが、そんな悪魔と聞いては、もはや父の家に帰る心も起りませぬ。また貴方のお心を聞いては、潔よう貴方のお手にかかつて死にたうございます。たとへ母の血と霊とが私の体内に宿つて居ないとしても、貴方は私の兄上に違ひありませぬ』
 かくする内に夜の帳は下された。アリーはダリヤの手を曳いて密かに密室に導き入れ、堅く錠前をおろしておいた。
 ダリヤは密室に繋がれ死を覚悟し、健気にも辞世の歌を声も静かに歌つてゐる。

『アア味気なき人の世や  天地の間に人と生れ出でて
 二八の今日の春までも  蝶よ花よと育くまれ
 スガの港の名花ぞと  謳はれゐたる吾が身にも
 夜嵐の襲ひ来るものか  アア懐しき吾が母上は
 アリーが父のいとも愛せる恋人なりしと  初めて聞きし身の驚き
 また吾が父上の富の力に任かせつつ  道ならぬ道を歩ませ給ひ
 人妻を手に入れて  恋てふ心の曲者に
 囚はれ給ひし悲しさよ  父と父とは敵同士
 一人の母の胎内ゆ  生れ出でたる兄妹は
 またもや浮世の敵と敵  如何なる宿世の悪業が
 吾が身の上に廻り来しぞ  思へば思へば味気なき
 浮世の雲をいかにして  払はむ由も泣くばかり
 継母の腹より生れたる  吾が兄一人在しませど
 何とはなしに睦まじからず  妾は今まで吾が兄の
 吾に対する情なさを  怪しみゐたりしが
 今やアリーの物語  聞くに及びて吾が兄は
 吾が父上の先妻が  腹に宿りし珍の子と
 悟りし上は是非もなや  最早この世に生きながらへて
 何をか楽しまむ  同じ母から生れたる
 アリーの君の手にかかり  情なき浮世を後にして
 恋しき父と母上の  居ます霊界に進むべし
 吾が垂乳根の母上は  先の夫ともろともに
 吾等を待たせたまふべし  血潮の因縁はなけれども
 母の夫となりましし  アリーの父は吾が義父ぞ
 ああ惟神々々  神の光に照らされて
 三途の川も剣の山も  安く越えさせ給へかし
 六道の辻天の八衢の  関所も無事に過りて
 恋しき父母の坐します  天津御国に至らせ給へ
 ひとへに祈り奉る  ひとへに念じ奉る』

と祈願を籠むる時しもあれ、密かに錠前をコトリコトリと捻じあけて、覆面頭巾のまま忍び入る一人の男ありけり。

(大正一三・一二・二 新一二・二七 於祥雲閣 加藤明子録)



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