出口王仁三郎 文献検索

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物語67-2-71924/12山河草木午 武力鞘王仁三郎参照文献検索
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第七章 武力鞘〔一七〇九〕

 ヨリコ姫は甲板に立つて、平和な湖面をうち眺め、声も涼しく歌ふ。

『久方の大空高く聳えたる  オーラの山は霞みけり
 常夜の暗もハルの湖  うつ小波の音も清く
 吾が船舷に皷うつ  千波万波の皺の湖
 伸べ行く波切丸の上  天より高く咲く花の
 聖き御教を聞きながら  彼方の岸に進み行く
 心曇りしヨリコ姫も  村雲はらす時津風に
 心の暗を払はれて  澄みわたりたる湖の上
 小鳥は千代を唄ひつつ  翼拡げてアンボイナ
 神に輝く頭上をば  前後左右に飛びかへて
 わが行手をば守るごと  見ゆるも床し波の上
 大き小さき島々は  パインの木蔭を宿しつつ
 彼方此方に漂ひて  眺めも清き今日の旅
 たちまち来たる夜嵐の  猛びに船は中天に
 捲き上げられて暗礁の  苦難を逃れ玉の緒の
 命を無事に保ちしも  三五教に仕へたる
 梅公の君の御恵み  神の稜威の目のあたり
 顕はれませし尊さよ  船は行く波は静かに立ち並ぶ
 魚鱗は静かにまたたきて  天津日影を宿しつつ
 世の太平を謳ふなり  類稀なる師の君の
 優しき言葉に導かれ  根底の国を後にして
 常磐の花咲く天津神  鎮まりゐます御国へ
 進みて行かむ心地こそ  わが身この世に生れてゆ
 まだ例なき喜びの  涙に袖はうるほひぬ
 ああ惟神々々  神の守らすこの船は
 スガの港に渡るてふ  げにスガスガし吾が心
 何に譬む物もなし  二八の春の花盛り
 心の嵐吹きすさび  よからぬ人と手を引いて
 枉の醜業企らみつ  オーラの山の砦をば
 千代の住家と定めつつ  罪を重ねし悔しさよ
 神の恵みの浅からず  吾が身の運の尽きずして
 かくも目出たき神教に  進み入りしは天地の
 神の恵みと畏みて  朝な夕なに怠らず
 その御徳を感謝しつ  晴れ渡りたる胸の空
 大日は清く照り渡り  月影清く澄みきりて
 星の瞬きいと妙に  風は不断の音楽を
 奏でまつりて神々の  深き稜威を現はせり
 時しもあれや大高島  如何なる神の計らひか
 下津岩根の底深く  つき立ちたりと聞こえしが
 何の苦もなく見るうちに  水泡と消えて跡もなく
 その頂に永久に  立ち並びたる夫婦岩
 にはかに獣と身を変じ  高き岩座相放れ
 屠所に曳かるる羊なす  憐れな姿トボトボと
 岩の虚隙を伝ひつつ  猿捕荊に身を破り
 或は転げまた倒れ  頭を下に尾を上に
 やうやく磯辺に降りつき  波を渡つて逃げ失せぬ
 ああ惟神々々  オーラの山に永久に
 神を詐り世の人を  欺き悩め吾が威勢
 四方に張らむと思ひしを  思ひ返せば愚かなる
 企みとこそは知られけり  遠き神代の昔より
 常磐堅磐にこの湖の  光ともなり花となり
 湖中の王と敬はれ  万民憧憬の的となり
 時めき渡りし岩島も  忽ち天の時到らば
 かくも無残に失せにける  これを思へば人の身は
 尚さら果敢なきものならむ  大黒主の勢ひは
 天地に貫く威ありとも  神の戒め下りなば
 旭に霜の消ゆるごと  夏の氷の解くるごと
 はかなく消えむ惟神  神の力の恐ろしや
 シーゴーの司は幸ひに  神の大道に進み入り
 曲の関所を乗り越えて  今は高天の花苑に
 通ふ旅路となりにけり  吾が妹の花香姫
 教の君に伴はれ  千里の波濤を打ち渡り
 万里の広野を跋渉して  神の御ため世のために
 尽さむ身とはなりにけり  われも妹も惟神
 尊き神に救はれて  旭のただ刺す神国へ
 勇み行くこそ嬉しけれ  ああ惟神々々
 神の御前に慎みて  吾等が前途に幸あれと
 天地に向かつて願ぎ奉る  畏み敬ひ願ぎ奉る』

花香姫『湖の面を飛び交ふ鳥の翼こそ
  花か蝶かと見まがひにける

 大高島音さへ立てず湖底に
  沈みしを見て世の移るをさとる

 うつり行く御代に扇の末広く
  栄ゆる春の花香をぞ待つ』

シーゴー『島々は泰然自若波に浮くを
  大高島の憐れはかなさ

 行きかひの船を悩めし岩島も
  あへなく失せて水泡となりぬ

 吾が胸に巣ぐひし曲も岩島の
  あはれを見ては水泡ときえぬ

 天地の中はら渡るこの船は
  神の救ひの御梯とぞ思ふ

 常世行く暗を照らせし島山も
  今は根底に沈みけるかな

 高きより低きにおつる世のならひ
  吾もオーラの山を下りつ

 水平の波漕ぎ渡るこの船は
  皇大神の御姿なるらむ

 惟神水平線を辷り行く
  波切丸の姿勇まし』

梅公『見わたせば波間にきらめく御光は
  千々に砕くる神影なるらむ

 四海波いとも静かにをさまりて
  大高山の影だにもなし

 大高山雲間に高く波の上に
  うかびて人を悩ませにける

 日も月も大高山の頂に
  蔽はる悩みなきぞ嬉しき』

 梅公、ヨリコ姫、花香姫、シーゴーは階段を下り、各自の船室に入つて肱を枕に横たはつた。
 デッキの上には色々の雑談が始まつてゐる。見るからに目のくるりとした色の黒い、一癖有りさうな大男、十数人の船客の中に胡坐をかき、傍若無人的に武術の自慢話をやつてゐる。
バラック『もし、お前さまは一見したところ、なかなかの豪勇と見えるが、お角力さまですか、ただしは武術家ですか』
ドラック『俺かい、俺は若い時や、角力も随分取つたものだ。そして日下開山横綱を、一度は張つたものだよ。ハルナの都の大相撲の時にやずゐぶん面白かつたね。十日の角力に十日まで地つかずで、大変な人気だつたよ。数万の見物人の血を躍らせた事といつたら、前古未曽有といふ評判だつた。お前も聞いてゐるだらうが、日下開山ドラック山といふのは俺の事だ。これ見玉へ、俺の腕は丸で鉄のやうだ。なにほど強い男でも、グツと一つ握るが最後、息がつまり胸がつかへ、青くなつてしまふのだ。そして物が言へなくなるのだ。あまり力が強いので、どの力士もこの力士もドラック山にかかつちや勝目がないといふので、終ひの果にや相手がなくなつたのだ。相手なしに一人角力とる訳にもゆかず、やむを得ず力士を廃業して、今は剣道の師範兼柔術の師範になつたのだよ』
『成るほど、いかにも強さうな腕つ節ですなア。しかしながらそれほど強いお前さまが、海賊の親分コーズが襲来した時に、なぜ彼奴をとつつめて下さらなかつたのですか。いはゆる宝の持ちぐさりぢやありませぬか』
『その時にや、自分の船室で安楽な夢を見てゐたものだから、チツとも知らなかつたよ。腕がなつて、血が湧いて、相手がほしくつて、脾肉の歎にたえない俺だもの、海賊の親玉が襲うて来たと聞きや、どうして俺が見逃すものか。あとから、本当に人の噂を聞いて、取返しのつかない末代の損をしたものだと、心ひそかに悔んでゐたのだよ』
『あなたのやうな豪勇と同船してをれば、私も、この航海は安心いたしますワ。これも全く神様のお恵みだと感謝せざるを得ませぬ』
『ウン、何も心配はいらぬ。剣術は世界中俺に勝つ者は、マア、現代では一人もなからうよ。角力では、雷電為右衛門、小野川、谷風、梅ケ谷、常陸山ぐらゐは束にゆふて来ても、てんで、角力にならぬのだからな。また剣道や柔術にかけたら、ゴライヤスに宮本武蔵、塚原卜伝、野見の宿弥に塙団右衛門、岩見重太郎、荒木又右衛門などが束に結ふて来ても足許へもよりつけぬのだから大したものだよ。しかしながらあまり強すぎて相手のないのも淋しいものだ。何とかして強い相手にブツつかりたいものだが、タカが海賊の親分ぐらゐでは、実際の事いふと、歯ごたへがしないのだからな』
 バラックは呆気にとられ、怪訝な顔して舌をまいてゐる。大勢の船客はドラックの大法螺を真にうけ、肩をいからしながら豪勇談に興味をもち、チクリチクリと膝をにじりよせ、何時の間にか、ドラックを取り巻いて貝細工で作つた洋菊の花のやうにしてしまつた。
 チエックといふ一人の商人風の男は恐る恐る、ドラックに向かつて、
『モシ、先生それほど強いお方なら、世の中に恐るべきものは一つもないでせうな』
ドラック『そらさうだ。弓でも鉄砲でも、大砲でも何でも彼でも、俺にかかつちや駄目だ。この拳骨で、一つグワンと、この帆柱でもなぐらうものなら、根元からポクリと折れてしまふよ。それだから、天下に敵なしといふのだ。マア君達も安心したまへ。俺がこの船に乗つてゐる以上は、たとへ千人万人の海賊が来たつて、屁一つひつたらしまひだ。ドラックの名を聞いてさへも縮み上つてしまふからな』
チエック『何とマア、私達は仕合せなものでせう。それほど力の強い、武術の達者なお客さまと同船するとは、全く先祖様のお手引きでせう。安心して国許へ帰らしていただきます。本当に貴方は活神さまのようなお方ですな。しかし夜前コーズの頭目がこの船に上つて来た時、うす暗がりの中から、繊弱い女が現はれて、恐ろしい海賊を、皆湖中へ投込んでしまひ、吾々の着物を取り返して下さつたのは、本当に有難い事でした。あの方は貴方のお弟子ぢやございませぬか』
ドラ『ウン、総て少し手の利いた奴ア、皆俺の教育をうけてるのだ。あまり沢山な弟子だから、スツカリ、顔も名も覚えてゐないが、月の国七千余国の武術家は皆俺の部下といつても差支へなからうよ。各取締所の捕手連は全部俺に剣術や柔術を学んだのだからな。そしてその女といふのは何者だか、お前たちは知つてゐるだらうな。名は聞いておいたか』
バラック『何でも天から俄かに下つて来た女神さまが、吾々の危難を救つて下さつたのだらうと、一般の噂だ。なにほど武術が達者だといつても、人間なれば、女の分際として、あんな離れ業は出来ないからな』
チエ『それでも、バラックさま、しばらくすると暗の中に現はれた美人と同じやうなスタイルの女が、甲板の上へあがつて来て、ヨリコ姫だとか何とかいつて、自分が助けたやうな事を唄つてゐましたよ』
バラ『ナアニ、人の手柄を横取せうと思ふ奴の多い時節だから、あんな事いつて、吾の信用をつながうとしよつた奸策だよ。今の世の中の奴ア、口では立派な強さうな事を吐す奴ばかりで、サア鎌倉となつたら、手足はガタガタ胸はドキドキ唇ビルビル、ヘコタレ腰になつて、逃げまはすといふ代物ばかりだからな。ともかく大言壮語のはやる時節だ。そして今日は昔と違ひ、……桃季物いはざれども、自ら小径をなす……といふような、まどろしい事は誰も考へてゐない。自家広告を盛んにやる時節だから、お手際を拝見しなくちや、誰だつて信用するこた出来やしないワ、アツハハハハ』
ドラ『コレコレ、バラックさま、俺の前で、そんな悪口をつくといふ事があるものか。お前は俺の最前いつた事を大言壮語だと思つてゐるのだなア。俺達は、言心行一致だから、決して嘘は言はないよ。嘘と思ふなら、一寸その腕を貸し玉へ、一つ握つて見せてやらう』
バラ『イヤもう、恐れ入りました。決して決して、お前さまを信用せないのぢやありませぬ。言心行一致のお前さまとは実に見上げたものだ。今日の世の中は口と心がスツカリ反対になつてゐる者ばかりだから、せめて言心一致ならまだしもだが、詐と高慢との流行する悪社会ですからな』
ドラ『俺の豪勇たる事がお前達に合点がいつたとあらば許してやる。毛筋の横巾ほどでも、疑惑をさし挟むのなら、論より証拠言心行一致と出かけて、腕なり肩なり、一握り握つてみせてやるつもりだつたが、まづ骨の砕けるのが助かつて、お前も仕合せだつたよ、アツハハハハ』
と傍若無人に笑ふ。
 かく話すをりしも数隻の海賊船、島影より現はれ来たり、波切丸を前後左右より取囲み縄梯子を投げかけ、兇器を携へながら、コーズが指揮の下に、数十人、バラバラと甲板に上つて来た。
チエ『ヤ、先生、海賊がやつて来ました。どうか天下無双の豪力を出して、海賊を懲らしめて下さい』
バラ『サア、先生、今が先生のお力の現はれ時です。私もお手伝ひしますから、やつて下さいな』
ドラ『アイタタタタタ。あ、にはかに腹痛がいたし、腰が立たなくなつたワイ。運の悪い時や悪いものだ。エ、残念だな。肚さへ痛くなくば、海賊の百疋や千疋ひねりつぶしてやるのだけどなア』
とガタガタと唇を紫色に染めて慄ひ戦いてゐる。
 コーズは数十人の手下を指揮しながら、まづ甲板より逃げ惑ふ船客を引つつかまへて赤裸となし、ドラックもまた同様に、持物一切を掠奪され、赤裸にむかれてしまつた。コーズは勢ひに乗じ、階段を降つて、船室に進み入つた。デッキの上は老若男女が右往左往に駈けまわり、阿鼻叫喚の地獄道を現出してゐた。

(大正一三・一二・二 新一二・二七 於祥雲閣 松村真澄録)



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