出口王仁三郎 文献検索

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物語67-2-101924/12山河草木午 スガの長者王仁三郎参照文献検索
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第一〇章 スガの長者〔一七一二〕

 港の家々の点燈は湖水に映り、あたかも不夜城のごとくにみえた。天空冴え渡り、星光きらめき亘つて、えも言はれぬ清新の空気が漂うた。数百人の乗客は先を争うて棧橋を渡り、おのおの家路に帰る者、宿を求めて行く者、一時は非常な雑鬧を極めた。梅公一行は今や船をおりんとする時、船長のアリーはあわただしく梅公司の前に跪き、熱い涙を流しながら、
『宣伝使様、思はぬ御縁によりまして、天国の福音を聞かして頂き、また日頃の妄執もサラリと晴れました。これよりは父の仇を報ずる代りに、往来の人を吾が子のごとくに愛護し、善一筋に立ち返ります。どうか私たちの身の上に、平和と喜びの幸あらむ事をお守り下さいませ。この船が無ければ、私は何処までもお伴が願ひたいのでございますが、今日の事情許しませぬから、残念ながらお別れ申します。どうぞ途中無事に神業成就して、斎苑の館へ凱旋遊ばすやう、私も朝夕お祈り致してをります。次にダリヤさま、イルクさま、私は今まであなたの家庭を仇敵として附け狙つてをりましたが、最早今日となつては三五の神風に吹き払はれ、心中一点の塵も止めない清浄無垢の霊身に立ち返つたやうな精神がいたします。恨み、妬みも憤怒の念もございませぬから、どうぞ御安心下さいませ。そしてダリヤさまは私と同じ母の胎内より生れた、いはば私の妹も同様ですから、どうか今後は親しく御交際を願ひたうございます。お父さまにもよろしくおつしやつて下さいませ』
イルク『何事も因縁事でございませう。私も今の貴方のお言葉を聞いて安心いたしました。実のところは、今まで貴方が私の父を附狙つてゐられるといふ事を、方々の人々から内聞致しまして、内々心配してゐたところでございますが、最早そのお言葉を聞く上は、私もこの世の中が広くなつたやうな心持ちがいたします。ダリヤに対して貴方は兄上さま、また私もダリヤに対しては兄でございますから、どうか三人兄妹となつて、仲よう神様の恵みに抱かれて、世の中を渡らうぢやございませぬか』
アリ『ハイ有難うございます。こんな嬉しい事は、生れてから一度も味はつた事はございませぬ。どうか親子兄妹仲よう暮らして下さいませ。時にダリヤさま、私は月に一回づつこの港へ参りますから、またどうぞ遊びに来て下さい』
ダリ『ハイ、有難うございます。貴方もこの港へお着きになつたならば、キツと私の宅をお訪ね下さいませ。私は本当の兄さまのように存じてをりますから』

アリー『有難し皇大神の御恵みに
  日頃の胸の雲霧はれぬる』

ダリヤ『一度は恐はしと思ひ一度は
  恋しと思ひし人に別るる

 恋雲も吾が兄上と聞きしより
  拭ふがごとく晴れにけるかな』

アリー『胤違ひ吾が妹と知りながら
  恋のきづなに縛られにける

 アアされど神の教の畏ければ
  道ならぬ道行くすべもなし』

梅公『大空の星冴えわたり両人が
  きよき心を照りあかしぬる』

ヨリコ姫『いざさらばアリーの君に別れなむ
  安くましませ湖の浪路を』

アリー『ヨリコ姫珍の言霊おだやかに
  吾が魂を打ちぬきにける』

花香姫『惟神厳の道芝ふみしより
  いとさまざまの色をみる哉』

 かく互ひに別れの歌を歌ひながら、軒燈輝くスガの港の市中をイルクが館を指して、宣伝歌を歌ひながら進み行く。
 スガの港の百万長者と聞こえたるアリスの館は広大なる土塀をめぐらし、数十棟の麗しき邸宅や倉庫が建ち並び、天を封じて鬱蒼たる庭木が彼方此方に立ち並び、自然の森をなしてゐた。表門には二人の門番が、若主人や姫君の帰宅なきに心を痛め、酒を呑みながら小声に囁いてゐる。
甲『オイ、アル、嬢様は今日で半月ばかりになるのに、まだお帰りにならないが、一体どうなさつたのだらう。離れ島へ御遊覧の帰り路に海賊にさらはれ遊ばしたきり、何の音沙汰もないのだから、親旦那もこの頃の御心配さうな顔といつたら、見るもお気の毒のやうだ。それに若旦那はまた十日前から、お嬢さまの行方を探して来ると言つて行かれたきり、これも何の音沙汰もないぢやないか。まるで木乃伊取りが木乃伊になつたやうなものだなア』
アル『何といつても、目付役が無能だからね。まして海賊に捉はれたなんて言はうものなら、真青な顔をして慄うてゐるのだから、たまつたものだないワ。鼠取らぬ猫は飼うとく必要はないのだけれどなア』
カル『本当に汝のいふ通りだよ。去年の春だつたが、この珍館へ泥棒が忍び込んだ時、俺が一目散に目付役へ飛込んで、目付役に、今泥棒が這入つてゐますから、今すぐに来てしばつて下さいと言つたら、目付役の奴、真青な面しやがつて、地震の孫のやうにビリビリとふるうてばかりゐやがつて、早速に出て来やうとしやがらぬ。そこに七八人の部下の目付がコクリコクリと夜舟をこいでゐたが、俺が泥棒が入つたといふ声を聞いて、ビツクリ目をさまし、梟のよな目をさらし、泥棒の人相はどうだ、何人連れか、年はいくつくらゐだ、どこから入つたか、着物の縞柄はどうだ、男か女か、老人か子供か、跛か眼つかちかなど聞かいでもよいことを聞きやがつて、グヅグヅ時間をのばし、よいかげん泥棒が帰つたころ、ブリキをちやらつかせてやつて来やうといふ算段だ。案の定、帰つて来ると、泥棒がグツスリ仕事をして帰つてしまつた跡だつた。本当に盲目付の状態だ。到底吾々はこんな泥棒の蔓延する世の中に、安心して暮すこた出来ないワ、目付といふ者は間に合はぬものだね』
アル『それもさうだらうかい。わづかな月給をもらつて、夜も昼もこき使はれ、命がけの仕事をせいと言はれちや、誰だつて尻込みするよ。目付になる奴ア、何奴も此奴も社会の落伍者ばかりだからな。チツとばかり気骨のある者なら、誰がそんなつまらぬ役を勤めるものかい、小学校の教員には学が足らずしてなれず、商売せうにも資本はなし、働くのは厭なり、つまり堕落書生上がりが食はむが悲しさに奉職してゐるのだから、チツタ、大目に見てやらねばなろまいよ』
カル『しかし、目付は月給が安いから、まづ大目にみるとしたところで、目付頭の奴、エラさうに大将面をさげてをりながら、泥棒と聞いて、腰を抜かさむばかりに驚くのだから恐れ入るぢやないか。今時の役者にロクな奴がありさうなこたないけれど、人民保護の任にある目付役がこんなザマでは、天下はますます紛乱するばかりだ。呑舟の魚は法網を破つて逃れ、小魚やモロコは皆ふん縛られて獄中に呻吟してゐる世の中だから、到底お規定をたよりに、吾々は安閑と暮すわけには行かぬ。自守団でも組織して自ら守るより途はないだないか』
 などと目付役の悪口をついてゐる。そこへイルク、ダリヤの兄妹は宣伝使に送られて悠々と帰つて来た。アル、カルの両人は夢かとばかり狂喜しながら、
アル『これはこれは、若旦那様、お嬢さま、待ちかねましてございます』
カル『マアマアマア、無事でよう帰つて下さいました。これで私達も睾丸のしわが伸びました。親旦那様のお顔のしわも今日からのんびりとする事でございませう。ヤ、沢山なお連さまでございますな』
イルク『さぞお父さまが待つてゐられただらうな。サア早く案内してくれ。イヤ、お父さまに二人が無事に帰つたと申し上げてくれ。その間に足でも洗つてゐるから』
 「ハイ畏まりました」とカルを門に残しおき、アルはアリスの居間に急ぎかけ込んだ。主人のアリスは奥の一間にウラル彦の神を念じ終り、煙草をくゆらしながら、首を傾け、独り言をいつてゐる。
『アア私ほど型の悪い者が世にあらうか。親代々から沢山な財産は譲られて、生活上の困難は少しも感じないが、肝腎の女房はイルクを生んだまま、産後の肥立ち悪く、冥土黄泉の客となり、三年が間空閨を守つて妻の菩提を弔うてゐた。思ひまはせば吾が家へ古くより出入する売薬行商人の女房が自分の亡くなつた妻にその容貌そつくりなので、忽ち煩悩の犬に逐はれ、道ならぬこととは知りながら、女房の側へ主人の不在を考へて、幾度となく言いよつてみたが、どうしても頑として応じてくれぬ。恋の炎は吾が身をこがさんばかりに燃え立つて、到底こばり切れないので、無理と知りつつ彼の女房アンナを手だてを以て、吾が館へ引張り込み、倉の中へ閉ぢこめておいて、無理往生に女房となし、遂に妹のダリヤを生んだが、またもやアンナは先妻と同様産後の肥立ちが悪く、先妻の命日に亡くなつてしまつた。そして彼の夫は女房をとられたのが残念さに、ハルの湖水に身を投げて死んでしまつた、思へば思へば自分の運の悪いのも天のなす業であらう。杖とも力とも柱とも頼む二人の愛児は、またもや行方不明となり、ただ一人巨万の富を抱へて、この世に残つてゐても、何一つの楽しみもなく、それだといつて、死ぬにも死なれず、現世において犯した罪の報いによつて、死後は必ず地獄のドン底に落とされるだらう。それを思へば淋しながらも、一日でもこの世に永らへてをりたいやうな気もする。アアどうしたら、この苦患から逃れる事ができるだらう。ウラル彦の神様を念じながら、心の底を神様に見透かされるやうな気がして、何だか恐ろしいやうだ。神様の前へ出るのでさへもおづおづして来る。アア淋しいことだ。もはや二人の吾が子は、無事に帰つて来る気遣ひはあるまい。アアどうしたらよからうかなア』
と首をうな垂れて、悔み涙にくれてゐた。そこへ門番のアルが慌ただしく、ニコニコとして現はれ来たり、
『大旦那様、お喜びなさいませ。お二人様が無事お帰りになりました』
アリス『ナニ、二人が帰つたか。そしてどちらも機嫌ようしてゐるか』
アル『ハイ、シヤンシヤンしてゐられますよ。何だか四人ばかりお伴れがあるやうでございます。詳しいことは存じませぬが、若旦那様もお嬢様も、あの方々に助けられてお帰りになつたのぢやなからうかと思ひます。今お足を洗つてゐられますから、やがてここへお出でになりませう』
アリス『それは何より嬉しい事だ。私はこれからウラルの神様へお礼を申し上げるから、お前たちは番頭や下女にさう言つてくれ。早く夕飯の用意をせよ』
アル『ハイ、畏まりました。左様ならば旦那様』
と言ひながら、勝手元をさして急ぎ行く。アリスは神殿に向かひ感謝の祝詞を奏上してゐる。
『天地万有の大司宰神たるウラル彦の大神の御前に、スガの里の薬屋の主人、アリス謹み敬ひ、感謝の辞を捧げます。日に夜に罪悪を重ね来たりし、悪魔に等しき吾々が身魂をも見すて給はず、最愛なる吾が伜、吾が娘を安全無事に、吾が家に帰させ給ひし、その広き厚き御恩徳を、有難く感謝いたします。今日まで、吾が身は貪瞋痴の三毒にあてられ、五逆十悪の巷に迷ひ、人の貧苦困窮を意に介せず、利己一片の利に走り、大神の御子たる数多の人民を苦しめまつり、加ふるに人の妻女を奪ひ、悪逆無道の限りを尽して参りました。極重悪人の私をも見すて給はず、御恵み下さいましたその広大無辺の御仁慈に対し、感謝にたへませぬ。アア神様、私は今日より前非を悔い改め、祖先より伝はりし一切の財産をあなたに奉り、スガ山の山元に清浄の地を選み、荘厳なる社殿を営み、わが罪悪の万分一をつぐなひ、来世の冥福を与へられむことを祈り奉ります。どうか吾が願ひを平らけく安らけく、相うべなひ下さいまして、子孫永久に立ち栄え、大神の御恩徳に永久に浴し得るやう、御守護あらむことを、ひとへに願ひ奉ります。惟神霊幸倍ませ』
と悔悟の涙をこぼしながら、感謝と哀願の祈願をこめてゐる。そこへ兄のイルクを先頭にダリヤ姫、梅公、ヨリコ姫、花香姫、シーゴーの六人連れ、悠々として這入つて来た。
アリス『ヤ、そなたは伜か、……娘か、ようマア無事で帰つて来た。父はここ半月の間、夜の目もロクに寝ず、神様におすがり申してゐた。そのおかげで、今日はお前たちの無事な顔を見ることを得たのだ。モウ私はこれつきり、この世を去つても心残りはない。……何れの方かは知りませぬが、よくマア吾が子を送つて来て下さいました。謹んでお礼を申し上げます』
梅公『初めてお目にかかります、私は三五教の宣伝使のお伴に仕へる梅公と申す者でございますが、波切丸の船中において、イルクさまと眤懇になり、一夜の宿を御無心にあがりました。どうかよろしうお願ひ致します』
アリス『それはようこそお出で下さいました。御存じの通り、茅屋でございますが、家は広うございますから、幾人さまたりともお泊り下さいませ』
ダリヤ『お父様、この神司様に妾は助けて頂いたのですよ。この方の御神徳によつて、妾は危ふいところを助けられたやうなものですから、どうぞお礼を申して下さい。それから、この奇麗なお方は、宣伝使様のお伴で、ヨリコ姫さま花香姫さまといふお方でございます。また白髪のお方はシーゴー様といふ俄か道心様でございますが、本当に心意気のよい方ですから、無事に吾が家へ帰られた喜びを兼ね、家の祈祷をして頂かうと思つて、お伴したのでございます』
アリス『それはそれは、何れも方様、ようこそお越し下さいました。サアどうぞ、くつろいで下さいませ。御遠慮は少しもいりませぬから』
梅公『ハイ有難うございます。お言葉に従ひ、性来の気儘者、自由にさして頂きます。サア皆さま、御主人のお許しが出たのだから、体の疲れを癒するため横におなりなさい』
ダリヤ『お父さま、この方々は本当の活神様ですから、粗忽があつてはいけませぬ。どうぞ私にお世話を任して下さいませぬか』
アリス『よしよし、私もお前達の帰つたのを見て、にはかに体がガツカリと草労れて来たやうだ。皆さまに失礼だけれど、離室へ行つてゆつくり休まして頂くから、手落ちのないやう、御無礼のないやう、おもてなしをしておくれや』
と言ひながら、エビのやうに曲つた腰を右の掌で二つ三つ打ちながら、
『皆様、左様なら、失礼いたします』
と一言を残し、離室の座敷に身をかくした。この時南方の空に向かつて鬧の声が聞こえて来た。梅公はヨリコ姫と共に庭先に立ち出で、音する方を眺むれば、大空は大変な雲焼がしてゐる。これはバルガン城へ大足別将軍の軍隊が攻め入つて、市街を焼き払うた大火焔が、空の色を染めてゐたのである。

(大正一三・一二・二 新一二・二七 於祥雲閣 松村真澄録)



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