出口王仁三郎 文献検索
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原著名 | 出版年月 | 表題 | 作者 | その他 |
物語67-1-5 | 1924/12 | 山河草木午 浪の皷 | 王仁三郎 | 参照文献検索 |
キーワード: 物語 |
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本文 文字数=15818
第五章 浪の皷〔一七〇七〕
波切丸の甲板の上にて笑ひの座が開かれ、甲乙二人の問答を聞いて、今までの悪業を改め三五の道に翻然として帰順したるシーゴーは、またもや御霊の土台がグラつき出し、再びもとの山賊に立ち帰り、あくまで大胆不敵に山賊万能主義を発揮せむかと決心の臍をきはめ、良心たちまち邪鬼となり、悪魔となり大蛇とならむとせし危機一髪の刹那、ヨリコ姫が誡めの歌に悔悟し、地獄陥落の危険を免れた。ヨリコ姫はタライの村に開墾事業に従事してゐると思つてゐたシーゴーが、いつの間にか波切丸に乗り込み吾が傍に在りしを見て怪訝の念に打たれながら、言葉しづかに丹花の唇を開いてやや微笑を泛かべながら、
『其方はシーゴーさまぢやないか。タライの村に堅気となつて、開墾事業に従事してゐらるるだらうと思つてゐたのに、いつの間に其方は吾が船に乗り込んでゐたのだい』
シーゴー『ハイ、宣伝使一行が、ハルの湖を渡つてバルガン城へお出でになると聞き、どうかしてスガの港までお送りしたいと存じ、先へ廻つて波切丸の船底に身を潜め、蔭ながら御保護の任に当つてゐたのです。この湖は沢山の海賊がゐますので、もし途中に御難があつてはと存じ、改心と報恩のために窃かに御同船を願つたのでございます』
ヨリコ『これシーゴーさま、御親切は有りがたいが、何といつても猪喰つた犬のヨリコが乗り込んでゐる以上大丈夫です。そのお心遣ひは御無用にして、一日も早く民衆幸福のために開墾事業にかかつて下さい。さうして其方は今二人の船客の話を聞いて、折角黎明に向かつた霊を暗黒界へ投げ入れやうとしてゐたではないか。万一妾が傍にゐなかつたなら、そなたは再び天地容れざる大悪魔となつて身を滅ぼし、来世の地獄を作るところだつたよ。男子は一旦決心した事を翻すものではありませぬよ。ちつと考へて下さい。私は其方のために大変に気を揉んでゐるのだから』
『ハイ有難うございます。動もすれば押へつけておいた心の鬼が頭をもたげ出し、「この世の中に神も仏もあるものか。善だとか愛だとか、信仰だとか、誠だとかいふものは、偽善者どもが世の中を誑かる道具に過ぎないのだ。女々しいことを思ふな。今の世の中は弱肉強食、優勝劣敗だ。勝てば官軍負くれば賊、強者はいつも善人と呼ばれ、弱者は悪人視せらるるのが現代の趨勢だ。何を苦しんで男らしくもない改心などをするのだ。なぜ徹底的に悪を遂行しないか。畢竟、善といひ悪といふのも世の中の一種の標語だ。善も悪もあつたものか」と囁きますので、開墾事業などはまどろしくなつて、「やはり遊んで大親分となつて暮す山賊事業が壮快でもあり、男性的でもあり英雄的でもある」と、時々良心の奴がグラついて来るのです。しかしながら女帝の御訓戒によつて漸く危険区域を脱出したやうです。何分悪に慣れた私のことですから、スガの港までどうぞお伴をさして下さい。さうしてその間に宣伝使や貴女の御薫陶を受け、快濶に善のために活動したいものでございます』
『アアそれは善いところへ気がついた。妾も一安心をしましたよ。宣伝使の梅公様がこんなことをお聞になつたならばキツと笑はれるでせう。妾も、さう心のグラつくお前さまを今まで使つてゐたかと思はれては赤面のいたりですからなア』
シーゴーは嬉し涙を腮辺に垂らしながら、黙々としてヨリコ姫に向かひ合掌してゐる。海の静寂を破つて、梅公の口より音吐朗々と独唱する「神仏無量寿経」が甲板上に響き渡つた。
神仏無量寿経
第一神王伊都能売の大神の大威徳と大光明は最尊最貴にして諸神の光明の及ぶところにあらず。あるひは神光の百神の世界、あるひは万神の世界を照明するあり。要するに東方日出の神域を照らし、南西北、四維上下もまた復かくの如し。アア盛んなるかな、伊都能売と顕現したまふ厳瑞二霊の大霊光、この故に天之御中主大神、大国常立大神、天照皇大御神、伊都能売の大神、弥勒大聖御稜威の神、大本大御神、阿弥陀仏、無礙光如来、超日月光仏と尊称し奉る。
それ蒼生にしてこの神光に遭ふものは、三垢消滅し身意柔軟に歓喜踊躍して、愛善の至心を生ず。三途勤苦の処にありて、この神の大光明を拝し奉らば、いづれも安息を得て、また一つの苦悩無く、生前死後を超越し、坐しながら安楽境に身を置き、天国の生涯を送ることを得べし。
この神の大光明は顕赫にして、宇内諸神諸仏の国土を照明したまひて聞こえざることなし。ただ吾が今その神光霊明を称へ奉るのみならず、一切の諸神諸仏、清徒声聞求道者縁覚諸々の宣伝使、諸々の菩薩衆、咸く共に歎称悦服帰順し玉ふことまた復かくの如し。もし蒼生ありてその光明の稜威と洪徳を聞きて日夜称説し信奉して、至心にして断えざれば、心意の願ふところに随ひて、天国の楽土に復活することを得べし。諸々の宣伝使、菩薩、清徒声聞の大衆のために、共に歎誉せられてその洪徳を称へられ、そのしかる後に成道内覚を得る時にいたり、普く三界十方の諸神諸仏、宣伝使、菩薩のために、その光明を歎称せられむことまた今の如くなるべし。アア我が伊都能売の大神の神光霊明の巍々として殊妙なることを説かむに、昼夜一劫すとも尚未だ尽すこと能はず。爾今の諸天人および後世の人びと、神明仏陀の神教経語を得て当につらつらこれを思惟し、よくその中において心魂を端し、行為を正しうせよ。瑞主聖王、愛善の徳を修して、その下万民を率ひ、うたた相神令して、おのおの自ら正しく守り、聖者を尊び、善徳者を敬ひ、仁慈博愛にして、聖語神教を遵奉し、敢て虧負することなく、まさに度世を求めて、生死衆悪の根源を抜断すべし。まさに天の八衢、三途無限の憂畏苦痛の逆道を離脱すべし。
爾等、是において広く愛善の徳本を植ゑ、慈恩を布き、仁恵を施こして、神禁道制を犯すこと無く、忍辱精進にして心魂を帰一し、智慧証覚をもつて衆生を教化し、徳を治め、善を行ひ、心魂を浄め、意志を正しうして、斎戒清浄なること一日一夜なれば、則ち無量寿の天国に在りて、愛善の徳を治むること百年なるに勝れり。いかんとなれば彼の神仏の国土には、無為自然に、皆衆善大徳を積みて毫末の不善不徳だも無ければなり。此において善徳を修め信真に住すること十日十夜なれば、天国浄土において愛善の徳に住し、信真の光明に浴すること、千年の日月に勝れり。それ故如何となれば、天国浄土には善者多く、不善者少なく、智慧証覚に充たされ、造悪の余地存せざればなり。ただ自然界、即ち現界のみ悪業多くして、惟神の大道に背反し、勤苦して求欲し、転た相欺き心魂疲れ、形体困しみ、苦水を呑み、毒泉を汲み、害食を喰ひ、かくの如く怱務して、未だ嘗て寧息すること無し。
我爾等蒼生の悲境苦涯を哀れみ、苦心惨澹誨諭して教へて善道を修めしめ、器に応じて開導し、神教経語を授与するに承用せざることなく、意志の願ふところに在りて悉皆得道せしむ。聖神仏陀の遊履するところ、国邑丘聚化を蒙らざることなし。天下和順し、日月清明、五風十雨、時に順ひ、十愁八歎なく、国土豊かにして、民衆安穏なり。兵戈用なく、善徳を崇び、仁恵を興し、努めて礼譲を修む。
我爾等諸天、および地上蒼生を哀愍すること父母のごとく、愛念旺盛にして無限なり。今我この世間において、伊都能売の神となり、仏陀と現じ基督と化り、メシヤと成りて、五悪を降下し、五痛を消除し、五焼を絶滅し、善徳を以て、悪逆を改めしめ、生死の苦患を抜除し、五徳を獲せしめ、無為の安息に昇らしめむとす。瑞霊世を去りて後、聖道漸く滅せば、蒼生諂偽にして、復衆悪をなし、五痛五焼還りて前の法のごとく久しきを経て、後転た劇烈なるべし。悉く説くべからず。吾はただ衆生一切のために略してこれを言ふのみ。
爾等各善くこれを思ひ、転た相教誨し聖神教語を遵奉して敢て犯すことなかれ。ああ惟神霊幸倍坐世。
伊都能売の大神 謹請再拝
○
ヨリコ姫もシーゴーも花香も船客一同も、襟を正し甲板上に坐り直して、合掌しながら感涙にむせびつつ、梅公宣伝使の読経を恭しく聴聞した。梅公は一同に目礼しながら階段を下り、吾が居間に入つて休息した。ヨリコ姫、花香、シーゴーもおのおの自分の船室に入り、ドアーを固く鎖して瞑想に耽つてゐる。ヨリコ姫は吾が居間にあつて神恩の高きを思ひ、暗黒の淵より黎明の天地に救はれたる歓喜の思ひに満ちながら、声も静かに神徳を讃美してゐる。その歌、
子
伊都の御霊の大御神 出現ませしその日より
早三十年を経たまへり 法身光明きはもなく
暗黒世界を照らし給ふ
丑
愛と信との光明は 無明の暗を照らしつつ
一念歓喜し信頼し まつらふ人を天国の
真楽園に生ぜしめ給ふ
寅
皇大神の霊暉より 無碍光威徳洪大の
信と愛とを摂受して 瑞の御霊と向上し
菩提の清水を汲ませ給ふ
卯
愛と善との神徳と 虚偽と悪との逆業は
水と氷の如くにて 氷多きに水多し
障多きに徳多し
辰
五濁悪世の万衆の 選択神に在しますと
信じまつれば不可称辞 不可説不可思議もろもろの
御徳は爾の身に充たむ
巳
愛と善との大徳と 信と真との大慈光
蒙ぶる神の道の子は 法悦道に進み入り
安養世界に帰命せむ
午
生死の苦海は極みなし 久永に沈める蒼生は
伊都能売主神の御船のみ 吾らを乗せて永遠の
天津御苑へ渡すなり
未
五六七如来の大作願 苦悩の有情を捨てずして
万有愛護の御誓ひ 信真光をば主となして
愛善心をば成就せり
申
五六七如来の神号と それの光徳智証とは
無明長夜の暗を破し 所在一切万衆の
志願を充たせ給ふなり
酉
吾が罪業を信知して 瑞霊の教に乗ずれば
すなはち汚穢の身は清く 全天界に昇往し
法性常楽証せしめ給ふ
戌
厳瑞慈悲の大海は 智愚正邪の波もなし
神の誓ひの御船に 乗りて苦界を渉り行く
その身は愛風に任せたり
亥
多生曠劫この世まで 愛護を受けしこの身なり
厳瑞二霊に真心を 捧げ奉りて神徳の
高きを称へ奉るべし。
花香姫は梅公宣伝使の広大無辺なる神格や艶麗にして犯すべからざる神格の備はれるその容貌の尊さを胸に浮かべながら、神の化身ならずやと憧憬のあまり大神の神徳を讃美した。その歌、
子
暗黒無明の現界を 憐れみ玉ひて伊都能売の
神の慈光の極みなく 無碍光如来と現はれて
安養世界を建て玉ふ
丑
伊都能売霊魂の光には 歓喜清浄愛と信
充満なしてその智証 顕神幽に貫徹し
天人地人を息ましむ
寅
顕神幽の三界の 天人および蒼生は
厳瑞二霊伊都能売の 御名によりて信真の
大光明に喜悦せむ
卯
金剛不壊的信仰の 定まる時を待ち得てぞ
伊都能売御魂の聖霊光 普く照護し永遠に
生死を超越させたまふ
辰
悪と虚偽との逆徳に 遮断せられて摂取の
大光明は見えねども 愛の全徳幸はひて
常に吾が身を照らすなり
巳
東西両洋の聖師たち 哀愍摂受を怠らず
愛と信とを世に拡め 天下の蒼生隔てなく
信楽境に入らしめよ
午
救世の聖主に遇ひ難く 瑞霊の教聞きがたし
神使の勝法聞くことも 稀なりといふ暗の世に
聴くは嬉しき伊都能法
未
三千世界一同に 輝く光明かしこみて
神の御名とおん教 聴く得る人は常永に
不退転位に進むなり
申
聖名不思議の海水は 悪逆無道法謗の
屍体も止めず衆悪の 万河一つに帰しぬれば
功徳の潮水に道味あり
酉
伊都能売御魂の御神徳 尽十方無礙なれば
愛と信との海水に 煩悩不脱の衆流も
遂に無限の道味あり
戌
悪と虚偽とに充たされし 吾らは神にまつろひて
愛と善との徳にをり 信と真との光明に
浴して御国に昇り得む
亥
聖教権仮の方便に 万衆久しく止まりて
三界流転の身とぞなる 神に信従する身魂は
一乗帰命す天津国。
○
にはかに湖面は北風おもむろに起つて白帆を膨らませ、波上をほどほどに辷りだした。舷を打つ浪の音は、御世太平を謡ふ皷の如く、穏かに聞こえて来る。あたかも救世の御船に乗つて天国浄土の楽園に進むの思ひがあつた。ああ惟神霊幸倍坐世。
(大正一三・一二・二 新一二・二七 於祥雲閣 加藤明子録)
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