出口王仁三郎 文献検索

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物語67-1-41924/12山河草木午 笑の座王仁三郎参照文献検索
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第四章 笑の座〔一七〇六〕

 湖神白馬の鬣を揮つて、激浪怒濤を起し、ほとんど天をも呑まむとする勢ひなりし湖上の荒びも、癲癇が治まつたやうに、まるつきり嘘をついたやうにケロリと静まつて、水面はあたかも畳の目のごとく、縮緬皺をよせてゐる。島影を漕ぎ出した波切丸は、欵乃豊かに舳を南方に向けていざり出した。
 この地方の風習として、人びと何れも閑散な時には無聊を慰むるために、笑ひの座といふものが催されることがある。笑ひの座に参加する者は、何れも黒い布で面部を包み、何人か分らぬやうにしておいて、上は王公より下は下女下男の噂や、国家の現状や人情の機微などを話し、面白く可笑しく、罵詈嘲笑を逞しうして、笑ひこけ、互ひに修身斉家の羅針盤とするのである。さすが権力旺盛なる大黒主といへども、この笑ひの座のみには一指を染むることも出来なかつた。笑ひの座は庶民が国政に参与することのない代りに、その不平や鬱憤を洩らし、あるひは政治の善悪正邪や、国家の利害得失までも、怯めず臆せず何人の前にても喋々喃々と吐露することを、不文律的に許されてゐたのである。
 日は麗かに、風暖かく、波は静かに、舟の歩みもはかばかしからず、はるかの湖面には陽炎が日光に瞬いてゐる。その有様はあたかも湖面の縮緬皺が空中に反映したかのやうに思はれた。さも恐ろしかりし海賊の難や暴風怒濤の悩み、ほとんど難破に瀕したる波切丸の暗礁の難を免れたる嬉しさに、いづれも天地の神を礼拝し、感謝の辞を捧ぐること半時ばかり、そのあとは三々伍々デッキの上に円を描いて、笑ひの座が開かれた。
甲『諸君、どうです、この穏かな湖面を眺めて、旅情を慰むるために、天下御免の笑ひの座を催したらどうでせう』
乙『イヤそりや面白いでせう。チツとばかり、言論機関たる天の瓊矛を運用させてもよろしからうかと考へてゐたところです。何か面白い話を聞きたいものですなア』
『皆さま、黒布をお被りなさい。これもこの国の神世から定まつた不文律ですから。その代りに目の前にゐる貴方がたの悪口雑言をいふかも知れませぬが……笑ひの座の規則として御立腹のなきやうに予め願つておきますよ、アハハハハ』
『サアサア自分の顔のしみは見えないものだから、俺は偉い偉い、世間の奴は馬鹿だとか、間抜だとか、腰抜だとか思つてゐるものです。自分が自分を理解するやうになれば、人間も一人前の人格者ですが、燈台下暗しとかいつて、自分の事は解らないものですからな。どうか忌憚なく、お気付きになつたことは批評して下さい。それが私に取つて処世上の唯一の力となりますから』
『よろしい、倒徳利の詰が取れた以上は、味の悪い濁酒を吐き出して、諸君を酔生夢死せしむるやうな迷論濁説が際限もなく迸出するかも知れませぬよ』
『サアサア是非願ひませう。自分の頭や顔面が見え、また自分の首や背中が見えるやうな人間ならば、自己の欠点が判然と解るでせうが、不完全に造られた吾々人間は、到底暗黒面のあるのは、やむを得ないです。その暗黒面を親しき友から、破羅剔抉して注意を与へてもらふことは、無上の幸福でせう。しかしお前さまの暗黒面も素破抜きますが、御承知でせうな』
『それは相身互ひです。そんなら私から発火しませう。……エー、あなたこの頃大黒主様から大変な偉い職名を与へられたといふ事だが一体どんな御気分がしますか、竹寺官といへば腰弁とは違つて、役所へ通ふのにも馬とか車とか相当な準備も要るでせう。随分愉快でせうな』
『実は某役所の執事に栄進したのです。しかしながら赤門を出てから官海に遊泳すること殆んど十五年、どうやらかうやら執事まで昇つたのです。吾々の学友は大抵小名から大名、納言級に昇つた連中もありますが、私は阿諛諂佞とか追従とか低頭平身などの行為が嫌いなので、相当の実力を持ちながら漸く某役所の執事になつたぐらゐなものです。本当に十五年間も孜々兀々として役所の門を潜り、今に借家住居をして色々の雅号を頂いたところで一銭の金が月給の外に湧いて来るでもなし、一握りの米が生れるでもなし、まるつきり高等ルンペンのやうなものです。それでも公式の場所へは他の連中が嬉しさうに雅号のついたレツテルをぶらさげて行きよるものだから、私も心に染まないけれど、何だかひけを取るやうな気分がするので、いやいやながらレツテルをはつて行くのですよ。アハハハハハ』
『嫌なものを張つて行くとは言はれましたが、しかし貴方の本心としてはまつたく嫌で叶はないのぢやありますまい。嫌ないやな毛虫が胸にくつついてゐたら誰しもこれを払ひ落とすでせう。そこが貴方の闇黒面で、いはゆる偽善といふものです。爵位何物ぞ、権勢何物ぞ、富貴何ものぞ、ただ吾々は天下の志士だと人に思はせたいための飾り言葉でせう。虚礼虚飾を以つて唯一の処生法となし、交際上の武器と信じてゐられるのでせう。さういふお方が上流に浮游してゐる間は、神様の神政成就も到底駄目でせう。私は米搗バツタといふものを見る度に、何となく嫌忌の情が胸に湧いて来るのです。しかし過言は御免を蒙つておきませう。何といつても笑ひの座での言葉でございますからな』
『ヤ、あなたもなかなかの批評家ですね。実は私も米搗バツタにはなりたくないのです。これを辞めれば忽ち妻子が路頭に迷ひ、生存難におびやかされるから長者に膝を屈し腰を曲げ、バツタや蓄音機の悲境に沈淪しながらも陰忍自重して、あたら月日を送つてゐるのです。今日の米搗ぐらゐ卑劣な、暗愚な狭量な、そして高慢心の強い代物はありませぬわ。何かよい商売でもあつたら、男らしく辞職をしてみたいのです。そして辞表を長官の面前へ投げつけてやりたいと、切歯扼腕慷慨悲憤の涙にくれることは幾度だか知れませぬよ。卑劣な、暗愚な、おべつか主義の小人物はドシドシ執事にもなり、小名にもなり、大名にもなつて、時めき渡ることができますが、私のやうな硬骨漢になると、上流の奴、彼奴ア頑迷だとか、剛腹だとか、融通が利かないとか、野心家だとか、過激主義だとか、反抗主義だとか、生意気だとか、猪口才だとか、何とかかんとか、種々の称号をつけて、頭を抑へるのみならず、グヅグヅしてゐると寒海から放り出されてしまふのですから、人生、米搗虫ぐらゐ惨めな者はありませぬよ。実に悲哀きはまる者は官吏生活ですよ。ハハハハ』
『全体、月の国の人間は、国は大きうても、小人物ばかりで、到底世界の強国の班に列するの光栄を永続することは不可能でせう。外交はカラツキシなつてゐないし、強国の鼻息を伺ふことばかりに汲々乎とし、内政は人民の自由意志を圧迫し、少しく骨のある人間は、何とかカンとか言つては、牢獄へブチ込み、天人若ばかりを登用して顕要の地位に就かしめ、己れに諛び諂らふ者のみ抜擢して、愚者、卑劣漢のみが高いところに蠢動してゐるのだから、到底国家の存立も覚束ないではありませぬか。今の時に当つて、本当に国家を思ふ英雄豪傑、または愛善の徳にみちた大真人が現はれなくちや駄目でせうよ』
『さうですなア、私の考へでは、ここ二三年の間には、月の国の大国難が襲来するだらうと思ひます。大番頭も、その他の納言も、どうも怪しい怪しいと何時も芝生に頭を鳩めて、青息吐息で相談をやつてゐますが、何れも策の施しやうがないと言つてをります。何といつても今の世情は、宗教を邪魔物扱ひし、物質本能主義を極端に発揮し、何事も世の中は黄金さへあれば解決がつくやうに誤解してゐたものですから、従つて国民教育も全部物質主義に傾き、国民信仰の基礎がぐらついて、ほとんど精神的破産に瀕してゐるのですから、到底この頽勢を挽回する望みはありますまい。今に世界は七大強国となり、十数年の後には、世界は二大強国に分れるといふ趨勢ですが、どうかして印度の国も、二大強国の一に入りたいものですが、今日の頭株の施政方針では、亡国より道はありませぬ。物価は高く、官吏は多く、比較的人民も多くして、生存難は日に日に至り、強盗殺人騒擾なども、無道的行為は到る処に瀕発し、仁義道徳地に堕ち、人心は虎狼のごとく相荒び、親子兄弟の間も利害のためには仇敵もただならざる人情、教育の力も宗教の力も、サツパリ零です。否宗教はますます悪人を養成し、経済学は国家民人を貧窮に陥れ、法律は善人を疎外し、智者を採用し、医学は人の生命を縮め、道徳は悪人が虚偽的生活の要具となり、商業は公然の詐偽師となり、一として国家を維持し国力を進展せしむるものは見当りませぬ。それだから私も一つ奮発して、国家の滅亡を未然に防ぎたいと焦慮してをりますが、何分衣食住に追はれてゐるものですから手の出しやうがありませぬ。米搗虫の地位を利用して賄賂でもどしどし取れば、また寒海を辞した時、社会に活動するの余祐も出来るでせうが、それは私には到底出来ない芸当です。とやせむかくやせむと国家の前途を思ひ、日夜肺肝を砕いてをりますが、心ばかり焦つて、その実行の緒につくことが出来ないのは遺憾千万でございます』
『今あなたは、官を辞したら、衣食住に忽ち困るから、国家の大事を前途に控へながら、活動することが出来ないといはれましたが、それは貴方の薄志弱行といふものです。徒に切歯扼腕慷慨悲憤の涙にくれてゐたところで、社会に対して寸効も上らないでせう。納言になるだけの腕を持つた貴方なれば、民間に下つて何事業をせられても屹度相当の収益もあり、また成功もするでせう。人は断の一字が肝腎ですよ。空中を翔る鳥でさへも、何の貯へもしてをりませぬが、天地の神は、彼らを安全に養つてゐるだありませぬか。窮屈な不快な寒吏生活を罷めて、正々堂々と自由自在に、何か事業をおやりなさつたらどうです。活動はきつと衣食住を生み出すものです。何を苦しんで官費に可惜貴重な生命を固持する必要がありますか』
『お説は一応ご尤もですが、吾々は悲しいことには父母の膝をかぢつて、小学、中学、大学と一通りの学問の経路を越え、学窓生活のみに日を送り社会一般の事情に通ぜず、また苦労をしたこともなし、今となつては乗馬おろしのやうなもので、寒海を離れたならば、何一つ社会に立つて働く仕事がありませぬ。新聞記者にでもなるか、或は三百代言の毛の生えたやうな者になるよりやり場がない厄介者ですからな』
『すべて人民の風上に立つ役人たる者は、何から何まで、これが一つ出来ないといふことのないところまで、経験を積まねばならず、また人情にも通じてゐなくてはならないはずだのに、今日の官吏なる者は、すべて社会と没交渉で、何一つの芸能もなく、無味乾燥な法律学のみに頭を固めてゐるのだから、風流とか温雅とか、思いやりとかの美徳が備はつてゐない。そんな連中が世話の衝に当つてゐるのだから、民衆が号泣の声も塗炭の苦しみも目に入らず耳に聞こえず、世はますます悪化するばかり、これでは一つ天地の神の大活動を待たねば、到底暗黒社会の黎明を期待することは難しいでせう。アア困つた世態になつたものだなア』
『仮に私が官を辞し、民間に降るとすれば、どうでせう、何職業を選むべきでせうか。どうか一つ知恵を貸していただきたいものですな』
『あなた到底駄目でせう。人に智恵を借つてやるよなことでは、何事業だつて、成功するものだありませぬよ。自分が自分を了解してゐられないのだから、……先づ……かういふと失礼だが……あなたの適業と言へば山賊でせう』
『これは怪しからぬ。私がそれほど悪人に見えますか。私も印度男子です。腐つても鯛、苟も納言の地位に登つた紳士の身でありながら、山賊が適任とは、あまりご過言ではありますまいか』
『ハハハ、納言となれば何れ数百人の小泥棒を監督してゐられたでせう。さうすれば貴方は今日まで、立派な役人と表面上見えてをつても寒賊の親分だ、寒賊が山賊になるのは、適材を適所に用ふるといふものです。あのオーラ山のヨリコ姫、シーゴー、玄真坊などを御覧なさい。堂々と山寨に立籠り、三千の部下を指揮し、王者然と控へてゐたではありませぬか。表面納言などと、こけ威しの看板を掲げ、レツテルを吊らくつて人民の膏血をしぼり、賄賂をとり、弱者を苦しめ、強者の鼻息を窺ひ、旦つ上長の機嫌を取り、女性的卑劣きはまる偽善的泥棒をやつてゐるよりも、シーゴーのやうに堂々と泥棒の看板を掲げてやつてる方が、よほど男らしいだありませぬか。今日の世の中は上から下まで泥棒ばかりです。まして泥棒をせない官吏は一人もないでせう。人権蹂躙の張本、圧迫の権化、鬼の再来、幽霊の再生、骸骨の躍動、女房の機嫌とり、寒商の番頭などをやつてゐるよりも、幾数倍か山賊の方が男性的でせう、ハハハハハ。イヤ失礼、天性の皮肉屋、悪口屋ですから、どうぞ大目にみて下さい……イヤ大耳に聞いて下さい』
 シーゴーは二人の話を、背をそむけながら、耳をすまして聞いてゐた。そして時々微笑したり、溜息をついたり、ある時は肩をそびやかしたり、平手で額口を打つたり、両方の手で顔を拭うたり、頭を掻いたりしてゐた。そして彼シーゴーは自分が今まで、オーラ山でヨリコ姫を謀師とし、山賊の大頭目として豺狼のごとき悪人輩を使役してゐたのは、あまり良心に恥づる行動でもなかつた、印度男子の典型は俺だ、如何にも寒狸といふ奴、卑怯未練な小泥棒だ、到底俺の敵ではない。ヤツパリ俺は偉いワイ、三五教の梅公さまの威徳に打たれて、神の道に改悛帰順を表したものの、今となつて考へてみれば実に措しいことをした。もはや六日の菖蒲十日の菊だ。しかしながら俺が偉いのではない、ヨリコ姫女帝の縦横の智略、権謀術数的妙案奇策が与つて力あつたのだ。ヨリコさま女帝もこの話は耳に入つただろ、どうか自分と同様に心を翻へしてくれないか知らん。大黒主だつて大泥棒だ、勝てば善神、負くれば悪神だ。善悪正邪は要するに優勝劣敗の称号だ。なまじひ、菩提心を起し、宗教なんかに溺没したのは一生の不覚だつた。今の話で聞くと、宗教家だつてヤツパリ一種の泥棒だ。世の中に顔だとか、恥だとかいつて気にかけてるよな小人物では、生存競争の激烈なる現代に立つて、生存するこた出来ない。アアどうしたらよからうかな。一旦男の口から神仏に誓つて悔い改めますと言つた以上、この宣誓を撤回する訳にもいかない。それでは男子たるの資格はゼロになつてしまふ……と吐息をついてゐる。
 ヨリコ姫は微笑を泛かべながら、シーゴーの前に進み来たり、

『村肝の心の空に雲立ちて
  月日は暗に包まれにける

 右やせむ左やせむとシーゴーが
  動く心の浅ましきかな

 男子てふものの心の弱きをば
  今目のあたり見るぞうたてき

 惟神神のまにまに進みゆけ
  救ひの舟に乗りし身なれば』

シーゴー『煩悩の犬に追はれて吾は今
  あはや地獄に堕ちなむとせり

 うるはしき汝が言霊聞くにつけ
  胸の雲霧晴れわたりける』

ヨリコ『み救ひの神船に乗りし吾々は
  神のまにまに世を渡りなむ』

 ヨリコ姫はシーゴーの手を執り、船舷に立ち、東方に向かつて折りから昇る旭を拝し、梅公に導かれて宣伝の旅に着きたることを感謝し、かつ天地に向かつて次のごとき誓ひを立てた。

『一、愛善の徳と信真の光に充ち智慧証覚の源泉に坐す、天地の太祖大国常立大神の御神格に帰依し奉り、天下の蒼生と共に無上惟神の大道を歩まむことを祈願し奉る。
二、大祖神の宣示し給ひし惟神の大道を遵奉し、愛善信真の諸光徳に住し、大海の如き智慧証覚の内流を拝し、天下の蒼生と共にこの大道を遵奉し、三界を通じて神子たるの本分を完全に保持し、神の任さしの神業に奉仕せむ事を祈願し奉る。
三、天下の蒼生を愛撫し、神業を完成し、厳瑞二霊の大神格を一身に蒐め、神世復古万有愛の実行に就かせ給ふ伊都能売神柱の神格に帰依し、絶対的服従の至誠をもつて神業に参加し、大神の聖慮に叶ひ奉り、一切無碍の神教を普く四海に宣伝し、斯道の大本をもつて暗黒無明の現代を照暉し、神の御子たるの本分を尽し奉らむことを誓ひ奉り、罪悪の身を清め免し給ひて、神業の一端に使役されむことを祈願し奉る』

(大正一三・一二・二 新一二・二七 於祥雲閣 松村真澄録)



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