出口王仁三郎 文献検索

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物語67-1-31924/12山河草木午 美人の腕王仁三郎参照文献検索
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第三章 美人の腕〔一七〇五〕

 満天の星光燦爛としてハルの湖面に金砂銀砂を沈めしごとく、月の光はなけれども名に背ふ大湖水の空は赤く、銀河はオーラ山の頂より、バルガン城の空に向かつて清く流れてゐる。東天を仰ぎ見れば、スバル星はオレオン星座を重たげに牽引して頭上高く進んで来るやうに見える。太白星は今やオーラ山の山頂の老木の木蔭を宿として、木の葉をすかしてピカリピカリと覗いてゐる。帆は痩せて音もなく船の歩みもいと遅く、ほとんど停船せしかと思ふばかりの静けさである。湖中に散在する大小無数の島嶼は、パインの木に包まれてこんもりと静かに浮んでゐる。時々赤児の泣くやうな海鳥の声、アンボイナの翅の羽たたきのみ一同の耳朶を打つ。天は静寂にして声無く、海面穏かにして呼吸せず、あたかも活力を失ひし睡れる海を往く心地。船客一同は甲板に出で夜露を浴びながら、あなたこなたに煙管の雁首から微な火の粉を飛ばしてゐる。この時八挺艪を漕ぎながら、矢のごとく波切丸に向かつて猛犬のごとく噛みついて来た一艘の船には、十四五人の海賊が乗つてゐた。たちまち舷に縄梯子をヒラリと投げかけ、アハヤといふ間もなく大刀を提げ上つて来たのは、この湖上にて鬼賊と恐れられてゐるコーズといふ頭目であつた。彼は甲板に立ちはだかり、十四五人の部下と共に抜刀のまま、呶鳴つてゐる。
『この方はハルの湖水の主人公、海賊の頭目コーズの君だ。もはや俺の現はれた以上は文句はいらぬ。持物一切何奴も此奴も貴賤貧富の区別なく、吾が前に献上せよ。四の五の申して拒むにおいては、汝が素首一々引きちぎり縄をとほして数珠を作り、ハルナの都の大雲山に献納してやる。どうだ返答を聞かせ』
と傍若無人に強託を並べ出した。一同の乗客は、慄ひ戦いて船底に潜むもの、あるひは悲鳴を上げてデツキの上を右往左往するもの、声さへも打ち立てず打ち慄ふもの、見るも悲惨の光景であつた。コーズは部下に命じ乗客を一々赤裸体となし、用意の綱を取り出し掠奪品を一纒めとなし、吾が船に今や投げ込まむとする一刹那、船底よりヌツと表はれて来た名人の画伯が描いたやうな天成の美人、丹花の唇を慄はせながら、生蝋のごとき白き腕を薄暗の中に輝かせつつ、
女『汝はハルの湖水の主と聞こえたるコーズと覚えたり。懲しめくれむ』
といふより早く、仁王のごとき荒男の襟髪を掴んで、エイと一声海上めがけて投げ込めば、不意を打たれて、さすがのコーズも空中を二三回上手に回転しながら、自分の船にドスンと落ちて尻餅をついた。他の乾児どもは驚いて前後左右に逃げ廻るを、……エエ木葉ども面倒なり……と将棋倒しに掴んでは投げ、掴んでは投げ、瞬くうちにデッキの大掃除を終つてしまつた。美人は白き歯を現はしながらさも愉快げに「オホホホホ」とかすかに笑ひ、悠々として階段を下り、何喰はぬ顔をして吾が寝室に入り、腕を枕に熟睡の夢に入つた。乗客一同は怪しき女のどこともなく現はれて、悪漢を海中に投げ込みし噂のみにて喧々囂々と囁き合ふのみであつた。
 梅公はウツラウツラ睡りつつありしが、人々の囁く声にフツと目を醒まし、何事ならむと耳を澄まして聞きゐれば、諸人の声……助けの神が現はれた……とか、……海の竜神の化身が吾等を救つてくれたのだ……とか、オーラ山の天狗の娘だ……とか、……海の女だ……とか、種々雑多の憶測を逞しふしてゐる。船長はやつと安心せしもののごとく、怖る怖るデッキの上から海面を見渡せば、コーズの船は見えねども、遥かに遠き島影に十数艘の賊船が波切丸の前途を要し、手具脛引いて待つもののごとく思はれてならなかつた。船長のアリーは双手を組んで思ふやう……今の船路を取らば必ずやコーズの手下の奴に再び脅かされむ。迂回ではあるが、船首を東に転じ、岸辺に近づきつつ進み行かむものと……、部下の水夫に令を下し、艪を操り、櫂を漕ぎながら一生懸命に、鏡のごとき海面に俄かの波紋を描きつつ、力かぎりに駈け出した。船はたちまち暗礁に乗り上げ、船底はガラガラガラ バチバチバチと怪しき音を立て船客一同の肝を潰した。たちまち阿鼻叫喚、「助けてくれい助けてくれい」と悲鳴の声、船の全面より聞こえ来る。梅公はたちまち舷頭に立ち現はれ、天の数歌を奏上し、音吐朗々として神に対して救助祈願の歌を奉つた。

『浪も静かなハルの湖  御空は清く水清く
 天の河原を空に見て  漕ぎゆく御船は棚機の
 神を斎きし玉船ぞ  守らせたまへ和田の原
 所領ぎたまふ竜神よ  吾等は睡りに入りながら
 花咲き匂ふ天国の  清き御園に遊びつつ
 皇大神の御前に  魂を清むる神の御子
 波切丸に身を任せ  果しも知らぬ雲の上
 諸人ともに進むなり  大空渡るこの船に
 暗礁の艱みのあるべきか  如何なる神の計らひか
 はかりかぬれど皇神の  教を伝ふる宣伝使
 天降りて守りある上は  如何なる曲のさやるべき
 神の救ひの船にのり  救ひの道を伝へ行く
 天地の神の御ために  誠を尽す梅公が
 今日の難みをみそなはし  吾が言霊の勢ひに
 天津空より科戸辺の  神の伊吹を投げたまひ
 湖の睡を醒まさせて  海馬は鬣打ち振ひ
 海底深く潜みたる  竜神たちは立ち上り
 激浪怒濤を呼び起し  隠れし岩に乗りあげし
 これの御船を中天に  捲き上げながら暗礁の
 難より救ひたまへかし  たとへ海賊幾万の
 部下を従へ攻め来とも  吾には神の守りあり
 さはさりながら諸人は  不浄の人の混はりて
 神の怒りを招くらむ  アア皇神よ皇神よ
 吾が玉の緒の命をば  召させたまふもいとはまじ
 諸人たちの命をば  救はせたまへ惟神
 三五教の梅公が  一生一度の御願ひ
 謹み畏み願ぎまつる  ああ惟神々々
 御霊幸はへましませよ  大日は照るとも曇るとも
 月は盈つとも虧くるとも  海はあせなむ世ありとも
 皇大神の御ために  珍の御霊を世に照らし
 千代万代も限りなく  現幽神の三界に
 出入なして神の子の  吾は命を守るべし
 召させたまへよ吾が身体  肉の命は滅ぶとも
 御魂の命のある限り  神のよさしの神業を
 謹み仕へまつるべし  救はせたまへ諸人を
 浮ばせたまへこの船を』  

と声高々と謡ふをりしも、東北の天に一塊の黒雲起り、見る見る拡張して満天の星光を呑み、次いでハルの湖を呑んでしまつた。轟々たる颶風の響き、波濤の音、たちまち波切丸は、木の葉のごとく、高まる浪に中空に捲き上げられ、その刹那、船底は暗礁を離れて浪に半ば呑まれつつ、かなり大きい島影に期せずして運ばれた。浪静かなる風裏の島影に船を浮かべてホツと一息する間もなく、たちまち満天拭ふがごとく晴れ渡り風凪ぎ浪静まりて、余りの変化の早さに夢かとばかり驚かぬはなかつた。

『惟神神の伊吹の御恵みに
  玉の御船は救はれにけり

 吾が魂は中空に飛び吾が船は
  浪の谷間に浮き沈みせり

 真心を籠めて祈りし甲斐ありて
  一息つきぬ波切の船

 曲神はいづこを指して逃げにけむ
  大海原に影だに見せず

 天を呑み島をも呑みし暗の幕
  跡かたもなく晴れし嬉しさ

 百鳥の声もやうやく聞こえけり
  浪の響の治まりてより

 青ざめし人の顔やうやくに
  みかえし初めし夜の湖かな

 天はさけ地は破れむと怪しみし
  荒風浪もおさめます神

 くしびなる神の力を見るにつけ
  人の力の小さきを恥づ

 師の君はバルガン城に打ち向かひ
  メラオンナにて吾待たすらむ

 シャカンメラ鬣振ひ吾が船に
  かみつきし時吾もふるひぬ

 鬣を振つて立てるシャカンメラ
  大海原の底に入りけむ

 うたかたの泡と消えたるシャカンメラ
  御船を守れ神の国まで』

 何処ともなく柔しき女の唄ふ声。

『ハルの湖往き来の人を悩ませる
  曲を払ひし時の嬉しさ

 皇神の珍の力にヨリコ姫
  いま初めてぞ人を助けし

 今までは醜の醜業のみなして
  罪を造りし事の悔やしさ

 罪深き吾ある故に海の神は
  いましめ給ふかと驚きてけり

 梅公の珍の司の言霊に
  奇の御救ひ現はれにけり

 惟神いざ今日よりは大道に
  進まむ身こそ楽しかりけり』

 海賊の難を避けむとして誤つて暗礁に乗り上げたる波切丸も、梅公が熱誠を籠めたる祈願と言霊に、神も愍れみたまひしか、海浪躍動して固着せる船底を浮け放し、やうやく沈没破壊の難を免がれしめ給ひぬ。船長をはじめ乗客一同は、梅公の前に跪いてその神徳を讃め称へ、かつ大神に感謝の誠を捧げた。漸くにして夜はホンノリと明け放れ、再び魚鱗の浪を湛へたる蒼味だつた水面を南に南に辷り行く。

(大正一三・一一・二三 新一二・一九 於教主殿 加藤明子録)



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