出口王仁三郎 文献検索

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物語67-1-21924/12山河草木午 思想の波王仁三郎参照文献検索
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第二章 思想の波〔一七〇四〕

 梅公はヨリコ姫、花香姫を伴ひ駒に跨がり轡を並べて照国別の隊に合すべく、間道を選んでオーラ山の谷間を川に添ひ、昼夜の区別なく猛獣の声や猿の健びに驚かされつつ、草を褥とし、立木を屋根となして幾夜を重ね、オーラ山脈の東南麓に無遠慮に展開せるハルの湖の岸辺に着いた。
 この湖水は高原地帯の有名なる大湖水にして東西二百里、南北三百里と称へられてゐる。湖中には無数の大小島が星のごとくに配置され、各島嶼いづれもパインの木が密生して世界一の風景と称へられてゐる。
 梅公は数日間オーラ山の事件や、その他について日を費やしたので、この湖水を渡り近道を選んで師の軍に追付かむがためであつた。
 岸辺には七八艘の渡湖船が浮かんでゐる。一行三人は最も新しき「波切丸」といふ巨船に乗り移つた。波切丸には数百人の乗客があつた。折りから吹きくる北風に真帆を孕ませながら、男波女波をかき別けて船足静かに音もなく進み行く。
 漸くにして船は岸の見えぬ地点まで滑つて来た。印象深きオーラの山脈はこの湖水を境界として東西に長く延長し、中腹に霞の帯をしめ、その頂は雲の帽子をかぶつて、梅公一行の勇者を見送るの慨があつた。船中の無聊を慰むるために、数多の乗客は大部分甲板に出で、四方の風光を打ち眺めて、歌を詠んだり、詩を吟じたり、三々五々首を鳩めて時事談に他愛もなく耽つてゐる。
 梅公ほか二人は興味をもつて素知らぬ顔して、乗客各自が思ひ思ひの出鱈目話や脱線だらけの噂などをニコニコしながら聞いてゐた。乗客の一人は、
甲『もしもしお前さまは大変に元気さうな人だが、今度の戦には召集されなかつたのですかい』
乙『エー、私は二十五才の男盛りですが、悲しいことにや不具者だから徴兵を免除され、宅にくすぶつてゐましたが、どうも大抵のものは皆従軍し、あとに残つてゐるものは子供や爺嬶、それも綺麗な女房や娘はバラモン軍が掻ツさらへて行つた後だから、後に残された人間は婆か、お多福か、不具の男子、独眼に跛、腰抜、睾丸潰し、いやもう埒もない屑物ばかりで糞面白くもないので、バルガンの都へ行けば、私の姉の家があつて立派な商売して暮してゐるとのこと、一遍遊びに来い遊びに来いと言つて来たが行く暇がなかつたが、聞けば大足別の軍隊が都に攻め入つたとかいふこと、いづれ戦場となれば住民の困難狼狽、名状すべからざるものがございませう。ついては姉の身の上も案じられますし、見舞ひがてら、避難がてら、遊びがてら、行つて見やうと思つて、痩馬に跨がり、オーラ山の間道を通つて、ヤツとのことでこの船に間にあつたのです』
『ア、さうですか、そりや大変なことですな。見舞ひがてら遊びに行くとおつしやつたが、さうすると、お前さまの考へでは、姉さまは先づ無事だといふ予想がついてるとみえますな』
『なに、他家(予想)も宅もありませぬが、私の姉といふ奴アなかなかこすい奴で、この十年前に大戦のあつた時もチヤンと一日前に嗅ぎ知り、オーラ山へ逃げて難を免れたこともございます。それはそれは抜目のない姉ですよ。私の兄弟は五人ありましたが一人は早く死に、二人の妹は今度のバラモン軍に掻ツさらはれてしまつたのです。何とかして大足別の陣中を窺ひ、妹の所在も一つは探したいと思つて跛ながらも痩馬に跨がり、ヤツとここまで出て来た次第です。本当に世の中は、こんな事思ふと、厭になつてしまひますよ』
『かふいふ時に天地の間に神様があつたなら救世主を世に降し、人民塗炭の苦を助けて下さるだらうに、救世主の再臨を旱天の雲霓を望むごとく、待つてをつても、こんな大国難の場合に現はれ給はぬ以上は、神はないものだと認めるより仕方はありませぬな』
『世は末法に近づき、悪魔はますます横行濶歩し、良民は日に月に虐げられ、まるつきり阿鼻叫喚、地獄のやうなものです。偽救ひ主、偽弥勒、偽キリストなどは所どころに現はれますが、彼等は要するに善の仮面をかぶつた悪魔ですからな。バラモン軍よりも山賊よりも一層恐ろしい代物だから、うつかり相手になれませぬ』
丙『しかし貴方がた、私はヒルナの都の傍に住むものですが、途々承れば、あのオーラ山には天来の救世主、天帝の御化身、玄真坊とかいふ活神様が出現遊ばし、お星様までが、有りがたいお説教を毎晩聴聞のため、有名な大杉にお降り遊ばし、燦爛たる光明を放つてゐるといふ事ぢやありませぬか。貴方がたはオーラのお方と聞きましたが、御参詣なさつたのぢやありませぬか。ずゐぶんヒルナの辺まで偉い評判ですよ』
乙『なに、あいつは偽救主で、売僧坊主が山子をやつてるに違ひないです。おほかたバラモン軍の間諜かも知れないといふ噂です。私の村の者は一時は誰も彼も信じて詣りましたが、あまり御利益がないので誰も詣らなくなりました。かへつて遠国の方が信仰心が強く、何十里、何百里といふ所から、馬や牛に沢山の穀物を積んでゾロゾロやつて参りますが、妙なものですわ。皆遠くから詣つて来るものはお神徳を頂くといふことです』
丙『「燈台下暗し」といつて、どうも近くの人は本当の信仰に入らないものです。大体人間が神の教をする人に偽救主とか売主だとか、廃品ものだとかいつて批評するのは、信仰そのものの生命が已にすでに失はれてゐるのですからお神徳のありさうな事はありませぬよ。鰯の頭も信心からといふ譬の通り、たとへオーラ山の救ひ主が偽であらうが、泥棒の化けたものであらうが、信仰するものは、つまり、その神柱を通じて誠の神に縋つてゐるのですから、たとへ取次は曲神であらうと、信仰そのものが生きてゐる限り、キツとその誠は天に通じ御利益のあるものと存じます。取次の善悪正邪を批評してる間は、まだ研究的態度、批判的、調査的態度ですから、信仰の規範に一歩も入つてゐないのです。それで私は売主が現はれて天帝の化身と名のらうとも、「天帝の化身」といふ、その名を信じさへすれば良いのです。さうでなくちや、絶対的帰依心は起らないものです。なにほど偉い神様でも、不完全な人間を使つて宇宙全体の意志を伝達遊ばし、また神徳の幾部分を仲介者を通じて下さるのです。吾々は橋なき川は渡れぬ道理、どこまでも信仰は信仰ですから信じなくては駄目です。絶対服従といふ名において初めて神の神徳を授かり、暖かき神の懐に抱かれ得るのだと考へます』
甲『成るほど、さう承れば、いかにもと合点が参りました。今の世の中は物質主義の学説や主義が盛んに流行しますので、たとへ神様だつて現に吾々凡夫の目の前に姿を現はし、あるひは奇蹟を現じ、即座に霊験を見せて下さらねば信じないといふ極悪の世の中になつてゐるのですからな。しかしながらこの頃は学者の鼻高連も、少し眼が醒めかけたとみえて、太霊道とか霊学研究会だとか、あるひは神霊科学研究会だとか、いろいろの幽霊研究が起りかけましたが、これも時勢の力でせう。ここ十年前までは如何なる大新聞にも大雑誌にも単行本にも、霊とか、神とかいふ字は一字も現はれてゐなかつたのですが、斎苑の館とかの生神様がこの世に現はれ、御神徳が世間に輝き亘るにつれ、霊とか神とかいふ文字がチヨコチヨコ現はれて来ました。それがダンダンと日を追うて濃厚の度を増し、さすがの物質学者もソロソロ我を折つて、神霊科学研究会といふやうになつたのでせう。しかしながら科学と神霊学とは出発点が違ひ、かつ畑が違ふのですから、茄子畑で南瓜や西瓜を得やうとしても駄目ですわ。ダンダン人間や学者の目が醒めて、霊とか神とかを云々するやうになりましたが、要するに学問の行き詰り飯の食ひ詰となつて、しやう事なしに有名の学者の一二人が、霊学とか神霊とかを唱道し出すと、訳の分らぬくせに先を争うて、自分も霊を説き神を語らねば世に遅れた古い頭と言はれるだらう、社会の嗜好に投じないだらうと曲学阿世の徒が、極力アセツた結果だらうと思ひますわ』
丙『お説の通りです。本当に現代の学者ぐらゐ、没分暁漢はありませぬな。三百年前に外国で流行した学説を翻訳して、それを新しい学者のやうに思つて憶面もなく堂々と発表するのですから堪りませぬわ』
乙『そら、貴方たちのお説も尤もだが、何といつても、今は証拠がなければ一切人民が承知せない世の中です。さうして、証拠や物体を無視して、無声無形の霊とか神とかに精神を集中するくらゐ、この世の中に危険の大なるものはなからうかと思ひます。現に、オーラ山の救世主といつてをつた玄真坊といふ奴ア、私の村の御家婆アさまの娘、ヨリコ姫を拐はかし、それを女帝として、自分は生神さまと成りすまし、沢山な山賊を連れて、悪い事ばかり仕出かし、一方は神さまとなつて人の懐を睨つてゐたところ、三五教の宣伝使とかに看破され、手品をあばかれ、たうとう何処かへ逃げ散つたといふことです。こんな代物が世の中に沢山現はれて、神仏の名をかり、人民をごまかすのだから、神ならぬ身の吾々人間は、確かなる証拠を掴まぬ事にや安心して信仰が出来ませぬからな。それで稍常識に富んだ人間どもが、今までの宗教では慊らず、それだといつて新しい信憑すべき宗教も現はれず、やむを得ずして、どこかに慰安の道を求めむとし、科学に立脚したる神霊の研究をなさむと焦慮るのも、あながち無理ではありませぬよ』
丙『今の世の中の人間は昔の人とは違つて、外面は非常に開けてゐるやうですが、肝腎要の霊界の知識といふものは、からつきし駄目ですから、真の救世主が現はれてゐるのですけど、自分の暗愚の心や邪曲なる思ひに比べて誠の神を誠とせないですからな。それ故、チヨコチヨコと偽神に欺かれ、大変な災に会ひ、終ひの果にや神のカの字を聞いても恐怖戦慄するやうに、いぢけてしまふのです。「羮にこりて膾を吹く」の譬、真の救世主が目の前に出現してござつても、「また偽神ではなからうか、騙すのではあるまいか、触らぬ神に祟りなし、近寄つては大変だ」といつて誠の神様を悪魔扱ひになし、一生懸命に反抗を試みるやうになるものです。しかしながら私は真の生神様のもはやこの世に降臨されたことを認めてゐます。今度の戦ひなども十年も前から神様から覚らしてもらつてゐましたよ。「国乱れて忠臣現はれ、家貧しうして孝子出で、天下道なくして真人現はる」と申しますが、暗黒無道のこの世の中を大慈大悲の神様は決してお見捨て遊ばすはずはありませぬ。今日の学者どもは誠の三五の大神様に対し、邪神だとか、大国賊だとか、大色魔だとか、詐偽師だとか、いろいろの悪罵嘲笑を逞しふし、訳の分らぬ凡夫どもは学者の説や大新聞の説に誑惑され、附和雷同して誠の真人を圧迫し恐怖し、悪魔のごとく嫌つて近寄らないのです。実に憐れむべき世態ぢやありませぬか。そのくせ、大真人の首唱された世の立替へ立直し、改造、霊主体従、体主霊従、建主造従、陽主陰従等の熟語を使ひ、得々として自分が発明したやうに言つてるのです。つまり大真人を誹謗しながら、大真人の説を応用してゐるのだから、ツマリ渇仰憧憬してゐるのぢやありませぬか。本当に、これほどな矛盾が世の中にありませうかな』
甲『あなたのお話を聞いて見ると、どうやら三五教の信者のやうですが、違ひますかな』
丙『お察しの通り、私は三五教信者のチヤキチヤキです。燈火を点じて床下に隠すものはありませぬ。卑怯な三五の信者は世間の圧迫や非難や軽侮を苦にして、人に尋ねられると自分は三五教ぢやないといふものが九分九厘です。心で神を信じ口に詐るものは所謂神を殺すものです。こんな信仰は到底実を結びませぬ。また自分の位置や名誉を毀損されるかと思つて、信者たることを隠す卑怯者が多いのです。私は、そんな曖昧な信仰は致しませぬ。天下に誤解されるほどの神の教ならばキツと好いに違ひありませぬ。盲千人の世の中、盲が象を評する如き人々の噂や、誹や批評なんかに躊躇してるやうな事では、いつまで経つても神様を世に現はすことは出来ませぬ。また天下を救ふ事も出来ないでせう。私は、さういふ信仰のもとに三五教の神柱瑞の御霊は、天地の大先祖たる国常立尊様の御神教を伝達遊ばす世界唯一の神柱と堅く信じてゐるのです』
乙『お前さまの信仰も、そこまで行けば徹底してるやうだが、しかしながら用心しなさいや、あの蛙といふ奴、背中に目がついてるから現在自分を呑まむとする蛇の背に、晏然として鼾をかいてゐる。さうして、終ひの果てにや、その蛇に尻尾でまかれ、ガブリと呑まれて命を捨てるのです。鮟鱇主義、海月主義の偽救ひ主が、彼方こちらに現はれる世の中ですから、信仰も結構ではありますが、そこは十分気をつけて、あんまり固くならぬやうに、片寄らないやう、迷信に陥らぬやう御注意なさるが結構でせう』
丙『御注意は有りがとうございます。迷信に陥らないやうにとおつしやいましたが、今日の世の中に迷信に陥らないものが一人もございませうか。政治万能主義に迷信し、黄金万能主義に迷信し、共産主義に迷信し、社会主義に迷信し、過激主義に迷信し、医者に迷信し、弁護士に迷信し、哲学に迷信し、一切の科学に迷信し、宇宙学に迷信してゐるものばかりです。各自に猿の尻笑ひで、自分の思つてることは正信だ、他人のやつてることは迷信だと考へるは、ヤツパリ迷信です。私が三五教を信仰してるのも、ヤツパリ迷信かも知れませぬ。大神様の地位に立つてこそ、初めて真信とか正信とか言へるでせうが、紙一枚隔てて向かふの見えない人間の智力や眼力でどうして正信者となることが出来ませう。それだから、吾々はあくまでも迷信して神様といふその名に絶対服従するのみです。これが吾々にとつて唯一の慰安者となり、天国開設の基礎となり、生命の源泉となり、無事長久の基となり、天下太平の大本となり、家内和合産業発達の大根源となるものだと迷信するより仕方ありませぬわ、ハハハハハ』
 梅公はヨリコ姫に向かひ小声にて、

『人々の言葉の端に知られけり
  常暗の世の枉の心を』

ヨリコ『光り暗行き交ふ現世の中に
  裏と表の規を聞くかな』

花香『花薫る人の心に三五の
  神の恵みの露は宿れり』

(大正一三・一一・二三 新一二・一九 於教主殿 北村隆光録)



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