出口王仁三郎 文献検索

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物語66-4-181924/12山河草木巳 魔神の囁王仁三郎参照文献検索
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第一八章 魔神の囁〔一七〇〇〕

 玄真坊はサンダー、スガコの幽閉してある岩窟の中にニコニコしながら入り来り、
玄真『オイ、サンダー、スガコ両人、大変待たして済まなかつた。腹が空つただらうのう。直様捻鉢巻で御馳走を拵へ、お前等を喜ばさうと思つた所、この山に働く大泥棒シーゴーの奴、突然ここへ帰りやがつてその御馳走に目をかけ、喉をゴロゴロさせながら、「永い間宣伝に働いたから俺も大分疲れた。お頭分のヨリコ女帝の前でお前と三人御馳走を喰べやうぢやないか」と、誅求するものだから、折角お前と三人食ひたいと思つた御馳走を、たうとう女帝の前に提出せざるを得なくなつたのだ。お前も永い間断食をし、嘸お腹も空いたらうと思ひ、俺は同情心が起り、気が気でないのだが、さう云ふ訳だから打割つて云ふ訳にもゆかず、第一線をシーゴーの親分に占領されてしまつたのだ。それで再びお前達が可愛相になり御馳走を拵へて来たのだ。決して気を悪くしてくれな。仲々以て等閑に附した訳ぢやないからのう』
サンダー『どうも御親切に有難うございます。しかしながら今承はればこの山に働く親分のシーゴー様だとか、も一つ親分のヨリコだとかおつしやつたが、妾は此処は天地の大神のお降り遊ばす聖場と思ひました所、泥棒の親分と御交際があるとは一向に合点が参りませぬ。何ほど恋ひ慕うた貴方でも泥棒に関係があると思へば三年の恋も一時に醒めるやうでござります。折角の御馳走だけど妾は頂きませぬ。なあスガコさま、貴女どう思ひますか』
スガコ『本当に恐ろしい方々ですね。此処は天地の生神様の御降臨遊ばす霊場だとか、玄真坊さまは天帝の化身だとか世界の救世主だとか、おつしやいますが、つらつらその御行動を考へますと、妾は全くこの世を詐る山賊の巣窟とより外思ひませぬ。ねー玄真坊様、それに間違はございますまいね』
 玄真坊は驚いて、「ウツカリと秘密を喋つてしまつた。こりや大変だ。到頭、内兜を見すかされたやうだ。何とか考へて捻を戻さねばなるまい」と冷汗を流しながら、ワザと高笑ひ、
玄真『アツハヽヽヽ、嘘だ嘘だ、一寸お前の肝玉を調べて見たのだ。こんな所に泥棒が居つてたまらうかい。泥棒の居るやうな山へ、どうして神様がお降り遊ばすものか。そんな恐ろしい処へ、あんな沢山の老若男女が詣つて来るものか、皆嘘だから安心したがよからう。まアそんな小さい事に気をかけず、この御馳走を早く早くお食りなさい。私もお相伴するから、滅多に毒は入て居ないよ』
サンダー『何だか恐ろしくなつて来ました。師の君様の御顔までも、どこともなしに泥棒めいたやうになつて来ましたのですもの。お腹は空いてゐるし、食べたいのは山々だけど……渇しても盗泉の水は飲まず……と云ふ諺もあるし、泥棒の拵へた飲食は妾、どうしても食ふ気持は致しませぬの』
スガコ『あたいだつて、さうだわ。玄真坊様のお姿が何とはなしに、泥棒のやうに見えて仕方がないのだもの。もし玄真坊様、この山に泥棒がゐるのでせう。妾イよく聞いてゐますよ。シーゴー坊と云ふ白髪童顔の大泥棒が居るでせう。さうして天王の社の中に棚機姫と云ふ女神さまが居られるのでせう。あの方が貴方等の崇めなさる大親分でせう。妾、夢に聞きましたよ』
玄真『アハヽヽヽヽ、お前は神経興奮してゐるから、そんな、しやうもない夢を見るのだ。しかしながら今日の世の中は皆泥棒だよ。よく考へて御覧。どこやらの国の王様だつて、もとは海賊上りだよ。満州王の張作霖だつて支那各地の督軍だつて、大抵皆馬賊上りだよ。××大臣や伴食××が何百万円、何千万円と云ふ財産を持つて居るでせう。終身総理××になつてゐた所で、さう何千万円の月給を貰へる筈もなし、皆泥棒して貯めたのだよ。自転倒島の富豪だつて難爵を貰つて威張つて居るが、あれでも、ヤツパリ贋札を拵へたり、今でも外国紙幣を盛に贋造してゐるぢやないか。さうだから泥棒を、ようせないやうな男子は、世の中に立つことの出来ないものだ。しかしながらさう云ふ悪人に天地の大道を説いて聞かせ心改めしめるのが、救世主の天よりの使命だ。それでこの玄真坊は泥棒の張本なる××大臣や伴食××を初め紳士紳商等云ふ獣を此処へ集めて、天地の大道を説き聞かせ地獄的精神を改善せしめ、永遠無窮の生命を保つて栄えと喜びに満ちた天国へ救つてやるために救世主として現れてゐるのだから、馬賊の頭目だつて山賊だつて、自分の教を聞きに来るのは当然だ。あのシーゴーだつて、元は大変な大泥棒の頭目だつたが俺の説教を聞いて悔い改め、今では猫のやうに、おとなしくなつてゐるのだよ。さうしてこの玄真坊の唯一の弟子として神様にお仕へしてゐるのだ。また女帝様は女帝で、あれは女盗賊の大頭目だつたが俺の感化によつて、今はスツクリ悔い改め、天王の社の神司となつて仕へて居るのだよ。何ほど元は泥棒だつて改心すれば真人間だ。何も恐ろしい事はない。安心してここに居るがよい。お前も救世主の見出しに預り、妻となり妾となるのは無上の幸福だよ。どうだ分つたかな』
スガコ『女帝様もシーゴー様も貴方の御弟子ならば折角お拵へ遊ばした御馳走を強圧的に奪られる筈はないぢやありませぬか。それを考へますと、どうやら女帝やシーゴーの幕下になつてゐられるやうな心持が致しますがな』
玄真『アハヽヽヽヽ、そこが救世主の救世主たる処だ。光を和らげ塵に交はり衆生を済度するのだから、威張る奴は威張らしておくなり、観自在天様の働きをしてゐるのだ。観自在天様は泥棒を改心させようと思へば泥棒となり、賭博打ちを改心させようと思へば、自から賭博打ちとおなり遊ばし、或時は非人となり、或は病人となり、また或時は蠑螈となり蚯蚓ともなり、竜となり馬となり、獅子、虎、狼となり、宇宙一切をお救ひ遊ばすのだから、まして天帝の化身たる玄真坊においてをやだ。そこが神の神たる処、救世主の救世主たる処だ。何と、神様のお慈悲と云ふものは勿体ないものだらうがなア。到底人心小智の窺知し得る処ではない。それで人間は救世主を信じて少しも疑はず怪しまず、維命維従ふと云ふ絶対服従心がなくてはならないよ』
サンダー『ハイ、重ね重ねの御教訓、有難うございます。お蔭様で、根ツから、葉ツから、よく分りました。ホヽヽヽヽ』
玄真『これこれサンダー、根ツから、葉ツからよく分つた……とは、怪体な言ひ分ぢやないか、一体分つたのか、分らないのか』
サンダー『ハイ、分つたやうでもあり、分らぬやうでもございます』
玄真『さうだろさうだろ、神の道は分らぬものだと云ふ事が分つたら、それが所謂分つたのだ。神様のお心が分つたと云ふものは、何も分つてゐないのだ。マアマアそれ位ならば上等の部だ。サアサア遠慮は要らぬ、二人とも、この飲食を頂戴するがよい。俺もこれからお交際に毒味旁お前の美しい顔を見ながらお招伴するからのう』
 二人の美人は何分空腹に悩んでゐる事とて已むを得ず箸をとつた。玄真坊はこれを見てニヤリと笑ひながら、さも愉快気に、
玄真『ハヽヽヽどうだ、両人、美味いだらう』
サンダー『ハイ、誠にお加減がよろしうございます』
玄真『スガコ、お前はどうだ』
スガコ『ハイ、何とも知れぬお加減のよいお料理でございます』
玄真『ハヽヽヽヽ、そら、さうだろて、この玄真が魂をこめて拵へた馳走だもの。この料理の中には玄真の魂が這入つてゐるのだよ。』
サンダー『左様でございますか、何だか存じませぬが云ふに云はれぬ風味がございますわ』
玄真『飯一つ焚くにしても、釜の下に薪をくべたなり、外の仕事をしてゐるやうな事ぢや魂が入らない。甘い汁を外へ零さぬやう、釜の下を燻べないやうに、或時は火力を強め、或時は火の力を弱めたり一秒時間も御飯の出来るまで心を外してはいけない。そして途中に鍋蓋をとつては、味がぬけて いけない。蓋をとつて見て、ボツボツと豆粒のやうな穴があいて居つたら、もはやお飯が加減よく出来た所だ。しかしその蓋をとつちやいけない。蓋の上から、そのボツボツが見えるやうに魂が入らぬと、折角焚いた御飯がおいしくないのだ。その外の煮〆だつて魚だつてさうだ。一秒間だつて外に心を移すやうでは何だつて、おいしい料理は出来ないんだからなア。ここまで気をつけてお前等両人に、おいしいものを食はしてやらうと云ふ親切、よもや、無には致すまいのう。どうだ、も一杯食はないか』
サンダー『ハイ、有難うございます、もうこれで充分頂きました』
スガコ『妾も沢山に頂きました、大きに御馳走様』
玄真『ウン、さうかさうか。皆甘さうに食つてくれたので俺も骨折甲斐があつた。折角骨を折つて味ない顔して食はれると、根ツから骨折甲斐がないけど猫が鰹節を見たやうに飛びついて食つたのを見た時は、この玄真坊も本当に愉快だつたよ。サア、御膳が済んだら、これから俺の要求を聞いて貰ふのだ。否この玄真坊にお前等両人から御馳走を頂くのだ。人に招ばれたらキツト招び返すのは世間普通の礼儀だからのう』
サンダー『ハイ、何か御馳走を差上たうございますが、妾としては何も材料がありませぬから、御礼の返しやうがござりませぬわ』
スガコ『妾だつて御礼を致さねば済まないのだけど、かやうの処へ閉ぢ込められてゐるのだから、何一つ所持品もなし、玄真様にお愛想の仕方がありませぬわ。どうか時節をお待ち下さいませ。キツトお礼を申しますから』
玄真『俺の馳走と云ふのは、そんな者ぢやない。稀代の珍味、しかも、其方が所持する畑で掘つた×だ。それを、この玄真坊に一口賞玩させて貰ひたい。その代りにまた秋山の名物、常磐の松の精から生れた××の御馳走を進ぜよう。あんまり悪くはあるまい、エヘヽヽヽ』
サンダー『オホヽヽヽ、御冗談ばかりおつしやいまして、貴方は要するに妾に対し、オチコ、ウツトコ、ハテナを御要求なさるのでせう。貴方も余程オホノ、トルッテですね』
玄真『オイ、そんな蒙古語を使つても、ネツから分らぬぢやないか。サンスクリットで云はないか』
サンダー『妾エ、サンスクリット忘れたのよ。貴方のやうな事おつしやいますと、ポホラのヌホが呆れますよ。ポホラからパサヌーですわ。鼬の最後屁、オンクス、アルテチウンヌルテですわ。ホヽヽヽヽ』
玄真『エー分らぬ事を云ふ女だな。言論よりも実行だ。オイ、スガコ、そこに待つて居らう。サンダーの方から御馳走をしてやらう』
と云ひながら、アワヤ猥褻なる行為に出でむとした。二人は……こりや堪らぬと……一生懸命に、
『助けてくれ 助けてくれ』
と叫んだ。折から戸の外を通り合したシーゴーが、妙な声がすると思ひ、パツト戸を開いて入り来りこの態を見て、
シーゴー『玄真坊殿、この不仕鱈は何の事でござる。万民の模範となり、神の福音を宣べ伝ふる身でゐながら、可憐な女を一室に監禁し、強圧的に醜行を遂げむとなさるは、貴下にも不似合な事、おたしなみなさい』
 玄真坊は頭をかきながら、
玄真『アイヤ、シーゴー殿、決して御心配下さるな。ツイ貴方と最前お酒を呑んで酔がまはり、酒の奴め、遂斯様なホテテンゴを致してござる。酒と云ふ奴は本当に仕方のない悪魔でござるわい』
シーゴー『これこれ二人のお女中、危ない事でござつたな。ヤア其方はコマの村のサンダー姫ぢやないか』
サンダー『ハイ、貴方は妾の門前において、お目にかかつた修験者様でございましたか』
シーゴー『いかにも左様、よくお詣りなさつた。しかし目的の捜索物は分りましたかな』
サンダー『ハイ、お蔭様で分つたでもなし、分らぬでもなし、この岩窟で玄真坊様の御慈悲により、永らく断食の行をさせて頂きました。玄真坊様は見かけによらぬ、シトラ(鬼)でございますな』
玄真『アハヽヽヽヽ、何でもかんでも、シツトルワイ。天地の間の事をシツトラいで、万民を導く事は出来ないからのう』
とサンダーに鬼と云はれし事を少しも知らず鼻高々と嘯いて居る。
 かくして夜はダンダンと更渡り、オーラ山の尾の上を渡る松風の音は颯々と聞え来る。

(大正一三・一二・一七 旧一一・二一 於祥雲閣 北村隆光録)



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