出口王仁三郎 文献検索

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物語66-4-161924/12山河草木巳 恋の夢路王仁三郎参照文献検索
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第一六章 恋の夢路〔一六九八〕

梅公『三千世界の梅の花  一度に開く神の教
 開いて散りて実を結ぶ  月日と大地の恩を知れ
 この世を清むる生神は  高天原に神集ふ
 神が表に現はれて  黒雲包む天地を
 厳の伊吹に吹き払ひ  瑞の清水に清めつつ
 天国浄土を永久に  この地の上に建設し
 百八十国の民草を  常住不断の信楽に
 救はむものと遠近に  神のよさしの宣伝使
 まくばり給ふぞ尊けれ  照国別に従ひて
 産砂山の霊場を  後に眺めて河鹿山
 沐雨櫛風の苦を忍び  夜を日に継いでデカタンの
 風も激しき高原地  トルマン国に来て見れば
 ハルナの都に蟠まる  八岐大蛇の悪霊に
 左右されたる曲津神  大黒主の軍勢が
 人の住家を焼き払ひ  金銀物資を掠奪し
 人妻娘の分ちなく  魔手を延ばして掻ツ攫ひ
 深山の奥へと忍び行く  この国民は戦きて
 夜も日も碌に寝むられぬ  塗炭の苦しみ見るにつけ
 如何にもなして救はむと  心の駒はあせれども
 吾師の君の御許しを  得ざる悲しさ村肝の
 心の駒を押へつつ  義勇の軍に従ひて
 バルガン城に進み行く  士気は俄に昂舞して
 その勢は天を衝く  吾師の君やジャンクさま
 これの軍を指揮なして  進ませ給へばバラモンの
 勇士は如何に多くとも  荒野を風の渡るごと
 服ひ来るは目の当り  吾梅公はただ一人
 軍に在らうが有るまいが  この全局の戦ひに
 いくらの影響あるべきぞ  師の御心に叛くとは
 吾も覚悟の上ながら  はやりきつたる魂は
 タライの村の花香姫  スガコの姫やサンダーさま
 三人の哀れな境遇を  救ひ出して天国の
 花咲き香ふ喜びに  救はにやおかぬと雄健びし
 吾師の君の目を忍び  夜陰に紛れて嘎々と
 駒に鞭うち今此処に  限りも知らぬ荒野原
 目的もなしに来りけり  オーラの峰を見渡せば
 夜な夜な光る妖光は  曲神共の集まりて
 醜の企みをなしつつも  世人を苦しめ居るならむ
 心のせいかは知らねども  オーラの山が気にかかり
 寝ても醒めても忘られぬ  命を的にただ一騎
 駒の蹄の続くまで  如何に山途嶮しとも
 如何でひるまむ大和魂  思ひつめたる鉄石の
 心の征矢ははや既に  真弓の弦を放れたり
 最早返らぬ吾意気地  彼等三人のあで人を
 まんまと救はせたまへかし  三五教を守ります
 国治立の大御神  神素盞嗚の大神の
 御前に畏み願ぎまつる』  

 梅公はジャンクの家に宿つた時、スガコやサンダーの何者にか攫はれた事を聞き、何となくオーラ山に悪漢のために閉ぢ籠められて居るやうな、暗示を何者にか与へられた。さうして婆アさまの家を訪ねた時、サンヨの娘花香がバラモン軍に捉はれたと聞いた時、これも何処かの山奥に隠されて居るやうな気がした。自分は恋でもなく色でもなく何となく同情心に駆られ、この可憐な女を助けてやりたいと義侠心に充たされて居た。けれども自分は照国別の従者であり勝手気儘に列を離れる事は出来ぬ。如何はせむかととつ追ひつ思案に暮れながら、照国別、ジャンクの義勇軍に従ひ駒に鞭打つて渺茫たる大広原を駆け出したが、黄昏時になり、自分の乗馬は何ほど鞭打つてもいましめても一歩も前に進まうとはしない。その間に数多の義勇軍は梅公を大広原の中に残し馬の蹄に砂塵を捲き上げながら暴風の如き勢にてバルガン城をさして進み行く。梅公は馬上にて双手を組みしばし思案に暮れて居たが……吾馬に限つて何故進まぬのだらう、何か深き御神慮のましますならむ……と試みに右の手綱を一寸引けば駒は頭を西に立直し、星明りの原野をあてどもなく一瀉千里の勢で駆け出した。梅公は……あゝ師の君には済まない、しかしながら肝腎の駒が進まないのは何か特別の使命が神界から下つたのだらう。今となつては何事も神のまにまに行動するのみ……と決心の臍を固めた。乗馬は漸く梅公の心を知つたかの如く、フサフサとした太い長い尾を左右に振りながら、勇ましく高く嘶きつつポカリポカリと静に歩み出した。
 蒼ずんだ空に金銀色の星は金箔を打つたる如くキラリキラリと輝いて梅公の行動を監視するものの如くに思はれた。天は高くして静に、地は際限なき茫々たる原野、猛獣の声も聞えず、そよと吹く風の響もなし、ただ駒の鼻呼吸、蹄の音のみ砂地の草ツ原を駆け行く音が柔かにポカポカと聞ゆるのみであつた。左手の方の、コンモリとした小山をみれば木立の間からチヨロチヨロと火が燃えて居る。梅公は……あの山麓に人家あり、何はともあれ立ち寄つて様子を探りみむ……と左手に馬首を廻らせば、駒は勢ひ込んで驀進に進みゆく。梅公は火を目当に駒の足音を忍ばせながら、木蔭に近づき眺むれば、バラモンの落武者と見えて四五人の荒くれ男、一人の美人を後手に縛り、何事か荒々しく叫びながら女の体を所かまはず鞭にて打ち据ゑてゐる。その度毎に女はヒイヒイと悲鳴を上げ、髪振乱し、無念の歯を喰しばり美人ながらも形相凄じく、遉の梅公も肝を潰すばかりであつた。梅公は……如何にもして彼女を助けてやりたい。今や彼は血に餓ゑたる豺狼の餌食たらむとするのであるか、あゝ不愍なものだ。しかしながら敵は数人の荒武者、自分は一人だ。されど、千里の駿足を力として万一失敗した時は一目散に逃げ出せばよい。一つ試しに脅かして見む……と、密樹の蔭に駒を寄せ馬上より大音声、
梅公『ウハヽヽヽ、某はオーラ山に鎮まる天降坊と申す大天狗だ。汝等不届き至極にも、繊弱き婦人を弄び、無体の恋慕を企て、非望を遂げむとする憎き曲者、今や当山の眷族共が報告により、汝等一同の悪人共を征伐せむため、今此処に立ち向ふたり、不届者奴、其処動くな、ウーウー』
と唸り立つるや、寝耳に水のバラモン共は忽ち度を失ひ、女を捨てて、
『天狗だ天狗だ』
と呼ばはりながら軍服や帽や靴、剣などをその場に捨ておき、思ひ思ひに逃げ散つてしまつた。
梅公『アハヽヽヽ。案に相違の弱虫共、吾言霊に辟易して脆くも逃げ散つたるその可笑しさ。てもさても愉快な事だわい』
と独語ちつつ駒の手綱を引きしめ引きしめ女の傍に進みより、ヒラリと駒を飛び降りて女の縄目を解き水筒の水を口に含ませ、二つ三つ背を叩けば、ウンと女は呼吸吹きかへし、梅公の顔を星影に透かし見て、
女『どうかお助け下さいませ。何とおつしやつても私は許嫁がございますから、身を汚す事は出来ませぬ。こればかりは御勘弁を願ひます。いくらお責め下さいましても命にかへても操を守らねばなりませぬ』
と掌を合す。
梅公『これこれお女中、拙者は決してバラモン軍ではない。三五教の梅公と云ふ神の使だ。お前さまが大勢の男に責められて居るのを見るに忍びず、命を的に敵を追ひ散らしてやつたのだ。安心しなさい。決して操を破るやうな事を申さないから、安心なさいませ。こんな所に長居して居てはまたもや敵が引返して来るかも知れぬ。詳しき話は途々承はりませう。吾馬にお乗りなさい』
と云ひながら女を抱へて自分と共に駒の背に跨り、再び元の高原を西へ西へと進み行く。梅公は馬上ながら女に向つて遭難の顛末を尋ねた。
梅公『これお女中さま、お前さまは、どうしてまた、こんな所へ誘拐されて来たのだ。何か深い訳があらう。差支ない限り、一伍一什を話して貰ひたいものだなア』
女『ハイ、御親切に預りまして、お蔭様で危難を免れました。妾はタライの村の花香と申す娘でございますが、二三日以前バラモンの軍人が吾が村に屯営致し、その際母を縛り上げ、妾を無理無体に縛つて馬の背に乗せ、其処辺中を引き廻し、遂にはあの洞ケ丘の森林に誘き出し、寄つてかかつて獣欲を遂げむとして居ました所、貴方様がお出下さつて危い所を救はれ、何ともお礼の申しやうがございませぬ』
梅公『何、お前さまが、花香さまか、何と不思議な事があるものだ。実は一昨朝の事、お前の家へ立ち寄つて見ればサンヨさまは、雁字搦みに縛りつけられ、眉間から血を出して、虫の息になつて居られた所、吾お師匠様の照国別様一行がお救ひ申し、漸く全快された。その時にお前さまの話を聞いたのだ。サンヨさまのおつしやるには「娘は到底命の無いものと諦めて居ます。しかしながら、貴方の御神徳で娘を救うて下さつたならば、娘の身の上を一切お任せする」と頼まれました。しかしながらお前さまにはエルソンと云ふ意中の男があるでせう』
 花香は驚いて、
花香『ハイ、母までが豪いお世話になりましてお礼の申しやうもございませぬ。そして母が妾の身の上を貴方様にお任せ申しますと申しましてございますか』
梅公『確に頼まれましたが、しかしながら其処へエルソンさまが見舞に見えてサンヨさまに心の丈を打ち明けられたので、大変にサンヨさまもお喜びになり、お前さまが無事で帰つたなら、きつと夫婦にしてやらうと云ふお約束が出来て居ますよ』
花香『あれまア、母がそんな事を申しましたか。貴方様に妾の身の上をお任せすると云つたぢやございませぬか。どうも母の言葉として二人の男に任すと云ふのは合点が参り兼ねます』
梅公『ハヽヽヽヽ。これ花香さま、さう深く考へてはいけない。私は宣伝使、天下を股にかけて旅行するもの、サンヨさまが、私に任すと云つたのは、そんな夫婦関係のやうな深い意味ぢやない。要するに……娘を救助してくれ……と云ふ意味だ。エルソンさまに云はれた事と私に云はれた事とは大に意味が違ひますよ』
花香『ハイ、分りました。偉い御厄介をかけまして誠に済まない事でございます。しかしながら妾は貴方が何だか恋しく思はれてなりませぬわ』
梅公『これこれ花香さま、さう脱線してはいけませぬよ。今貴女が悪漢にさいなまれて居た時、木蔭に隠れて聞いて居れば、どこまでも……女の操を破らない……と云うて、命に代へて操を守つたぢやありませぬか。それはきつとエルソンのためでせう』
花香『いいえ、エルソンなんか一回も約束した事はありませぬ。彼方の方から何とかかとか云うて幾度となく云ひ寄られた事はございますが、いつとても体よくお断りを申て居るのです』
梅公『そんなら、貴女の恋人はまだ外にあるのですか』
花香『ハイ、立派なお方がただ一人ございます』
梅公『その恋人と云ふのは今何をして居られるのですか』
花香『ハイ、お恥かしながら今妾と一緒に馬に乗つて居られます』
梅公『ハヽヽヽヽ。これ花香さま、冗談云つちやいけませぬよ。貴女は私を揶揄つて居るのですな』
花香『イエイエ勿体ない、命の恩人、神の与へた恋人に対し、どうして揶揄なんぞ致しませう。妾の言葉は熱血より迸つて居りますの』
梅公『どうも合点のゆかぬ事を云ひますね』
花香『妾は夜な夜な夢に麗しき神人と遇つて居ります。その御方はいつも馬に跨り、妾を山野に導いていろいろの教訓をして下さいますが、今貴方のお顔を拝みまして、初めて夢の中の恋人に遇へたと思つて喜びに耐えませぬ。妾は夢の中なる恋人と深く契を結びました。その夢に現はれた方は貴方にそつくりです。お顔と云ひお声と云ひ馬の乗りかたと云ひ、この馬までがそつくりですもの。これがどう疑はれませう』
 梅公は吐息をつきながら、
梅公『ハテナ、これや夢ではあるまいか。どうも合点のゆかぬ事があるものだ。宣伝使のお伴をしながら女房を連れて歩く訳にもゆかず、困つた事が出来たものだなア』
花香『もし貴方は梅さまと云ふ名ぢやございませぬか。いつも夢の中で、梅公さま梅公さまと云つて交際つて居ましたよ』
梅公『成程私の名は梅公だ。さうしてお前さまの名は花香。三千世界一時に開く梅の花の香りと云ふ所だなー、ハヽヽヽヽ。何だか訳が分らなくなつて来ましたわい』
花香『貴方は……二人の仲は神の定めた真の夫婦だ……とお感じになりませぬか』
梅公『まア悠り思案さして下さい。馬上では分りませぬわ。何処かへ下りて悠りと考へませう。や、幸ひ此処に、好い場所がある。花香さま、貴女はこのまま馬に乗つて居て下さい。私は一寸鎮魂をして神勅を伺つて見ませう』
と云ひながら馬をヒラリと飛びおりた。
花香『もし梅公様、女が馬に乗つて居るのは、何と云ふ謎でございませうかな、一寸考へて下さいな』
梅公『女に馬、フン、成程、媽と云ふ洒落だな。かかる不思議な事は開闢以来誰も味はうたものはあるまい』
と云ひながら双手を組み瞑目して鎮魂の行に入つた。花香も馬をヒラリと飛び下り傍に同じく座して鎮魂の姿勢を取つた。無心の馬は目を閉つて四辺の草をむしつて居る。しばらくあつて梅公も花香も互に何とも云はず、再び相乗り馬にて際限もなき広野をオーラ山の峰を目蒐けて、野嵐に吹かれながら進み行くのであつた。

(大正一三・一二・一七 旧一一・二一 於祥雲閣 加藤明子録)



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