出口王仁三郎 文献検索

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物語66-3-131924/12山河草木巳 恋の懸嘴王仁三郎参照文献検索
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第一三章 恋の懸嘴〔一六九五〕

 サンダーは、泥棒の小頭ショール、コリ等の連中に手車に乗せられ、約一里ばかりの阪道を送られて大杉の麓の玄真坊の館の前についた。玄真坊はコリ、ショールに目配せすれば、態とに驚いたやうな顔をして、屋根からバラスをぶちあけたやうにバラバラと阪道を倒けつ転びつ逃げて往く。玄真坊は其所に立つて居るサンダーの美貌に見惚れながら態と素知らぬ顔をして、
玄真『アハヽヽヽ、小泥棒奴、この玄真坊が法力に恐れ、睨みに会うて驚愕し蜘蛛の子を散らすが如くに逃げよつた、アハヽヽヽ。てもさても困つた奴どもだなア。や、そこにござるお女中、其方は彼等のために拐かされ此所まで担がれて来たやうだが、先づ先づ結構、玄真坊の威力と法力により小盗人共は其方に暴力を加ふることもせず逃げ去つたのは、全く吾が法力のいたす処、サアサア奥へお入りなさい』
サンダー『初めてお目にかかります。私はサンダーと申すこの村の里庄の娘でございますが、玄真坊様とやら云ふ活神様が当山に天降りたまひ、所在万民の困難をお救ひ下さると聞き、父母の目を忍び信仰のため夜の道をトボトボ参りました所、何と申しても病気に難む身の上、足の運びも思ひにまかせず、当山の麓において夜が明けました。踏も習はぬ孱弱き女の足並、グツタリと疲れ果て、進退谷まつて路傍の石の上に息を休め、うつらうつらと居眠る折しも、盗人の群だと云つて現はれた十五六人の男、私に向つて云ふやう、「其女は吾々の親分ヨリコ姫の女帝様ぢやないか」とかう申ましたので、何事か分りませぬがつい諾いた処、私を大勢の者が舁ついで此処まで連れて来て下さつたのですよ、どうか玄真坊様に一目会はして下さいませぬか』
玄真『貴女のお尋ねなさる玄真坊と申すは拙僧でござる。女の孱弱き身をもつて、ようまあ一人御参詣が出来ました、嘸お疲れでせう。どうか私の居間にゆつくりと、おくつろぎなさいませ』
サンダー『ハア、貴方様が噂に高き活神様、あの、玄真坊様でございましたか。偉い失礼を致しました』
玄真『アハヽヽヽ。やがて沢山の老若男女が参拝する時刻だから、私もこれから忙しいが、それまでに御用の趣を聞かう。先づ私の居間にお出なさい』
サンダー『ハイ有難うございます』
と、サンダーは立派な岩窟の中に姿を没した。室内には経机が一脚きちんと据ゑられ二三冊の金で縁を取つた経書が行儀よく飾られてある。一方の隅には払子や独鈷、金椀などの仏具が飾つてあつた。玄真坊は一種の色情狂である。三年間添うて来たヨリコ姫には見放され、その情によつて僅かに二の弟子となり、聊か不平な月日を送つて居た。そこで絶世の美人スガコを甘く誤魔化し、一室に閉ぢ込めて、吾欲望を達せむと、暇あるごとに口説立つれど、挺でも棒でも動かばこそ、いつも肱鉄や後足砲の乱射を受け、意気消沈して居た。その矢先ヨリコ姫よりもスガコよりも幾層倍増た、天稟の美貌を有するサンダーが訪ねて来たので、これ幸ひ天の与へと雀躍し、この度こそはあらゆる秘術を尽して戦ひ、天晴勝利の月桂冠を得むものと固唾を呑んで力みかへり、態とやさしき声にて、
玄真『其方はサンダーとか云つたね。当山へ女の身としてただ一人物騒な夜の路を参詣して来るについては何か深い仔細があるであらう。三千世界の一切を救ふ私は救世主だから、遠慮会釈なく願ひ事はお話しなさい。如何なる事も貴女の願ひは聞き届けてあげるから』
サンダー『ハイ、仁慈の籠つたそのお言葉有難う存じます。私には一人の妹がございまして、その妹が行方不明となりましたので、いろいろと手を廻し下僕共や村人に捜索して貰ひましたがどうしても所在が分りませぬ。承はりますれば、貴方様は天からお下り遊ばし、万民をお助け下さるとの事、それ故妹の所在もお尋ね申せば教て下さると思ひ、失礼ですけれどお尋ねに参つた次第でございます』
と、どこまでも女になり済まして居る。さうして……この生神が自分の男だと云ふ事を看破せないやうなら山子坊子だ、売僧だ。これやどこまでも一つ、女に化けすまして居らねばならぬ……と、思案をして居たのである。玄真坊は細いまぶいやうな目をしてサンダーの顔をヂロリヂロリと見るその気分の悪さ。されどサンダーは……もしや吾恋するスガコ姫がこの坊主等のために計られて、どこかに隠されて居るのではあるまいか……と云ふ気が、咄嗟の中に起つたので、飽迄女でやり通さうと考へた。玄真坊はまた、サンダーを天成の女と思ひ込み、夢にも男などとは気付かなかつたのである。
サンダー『あの修験者様、私は妹に会ひたさにお願ひに参つたのでございますがどうでせう、遇はして頂く事は出来ますまいか。私の妹の名はスガコと申まして年は十八、この妹に遇はしてさへ頂けば、私はどんな御用でも否みませぬ』
 玄真坊は、スガコがこの女の妹だと聞いて、胸に動悸を打たせ些しは驚いたが、元来の曲者、轟く胸をグツと押へ素知らぬ顔して、
玄真『アヽお前の妹はスガコと云ふのかな。ウン会はしてやらう。しかしながら先づ妹に会はすについて、私にも交換的にお前に相談がある。それを聞いてさへくれれば法力をもつてスガコ姫を此処に引き寄せ、姉妹の対面をさして上げませう』
 サンダーは、弥々此奴売僧と見て取つたので益々空呆け、
サンダー『師の君様、どんな御用でございますか。私の身に叶ふ事ならば、何なりと仰せつけ下さいませ』
玄真『ヨシヨシ、そんなら私の方から提案を持ち出さう。外でもない、拙僧は天の命を受け、天下救済のためにこの聖地に降つた者だ。それについては、最奥第一霊国の月の大神様より、今朝神勅が下り、今より半時の後汝に天成の美人を与ふる。その美人こそ最奥第一天国の姫神、玉野姫様の御化身だ。その方と時を移さず夫婦となり、神業に参加せよとの思召しでござつた。其方も知らるる通り、拙僧は修験者の身の上、女房を持つとは、実に古来の旧慣を破るに似たれども、日進月歩、百度維新の今の世の中、神界の規則も変つたと見え、先づ拙僧より天下に模範を示すべく、霊魂の合うた夫婦を命ぜられたのです。お前さまが俄に此処へ参つて来たくなつたのも、お前さまに守護してござる、玉野姫さまの精霊が導いてござつたのですよ。お前さまも若い身をもつて、年の違ふ拙僧と夫婦となる事は、嘸驚くでせう。しかしながら天の命は拒むべからず。サンダーさま、分りましたかな』
 サンダーは余りの可笑しさに、吹き出すばかり思はれるのをグツと耐へ、素知らぬ顔をして笑を含みながら、
サンダー『何事の御用かと思ひましたら思ひもかけぬ神縁の御説明、妾の如き汚れた肉体がどうして、尊き御身の妻となる事が出来ませう。そんな御冗談はやめて下さい、どうしても妾は信ずる事は出来ませぬ』
 玄真坊はここぞ一生懸命と、全身の智勇を推倒し熱血を濺いで、身体を前に乗りだしサンダーの手をグツと握つて二つ三つ揺すり、
玄真『これこれお嬢さま、御不思議は尤もながら、決して神に偽りはありませぬよ。貴女は妹にも会ひ、また神界における誠の夫に遇ふ事が出来るのですから、こんな幸福は有ますまい。貴女が天の命に従つて、私の妻にお成りなさるのなら屹度神様はお妹に遇はして下さらうし、また貴女が神様の思召しに背き、拙僧が妻となるのを否まるるにおいては、神様もお妹御に会はしては下さいますまい。サア、茲が思案の仕処だ、好い返事をするがよいぞや』
サンダー『不束なる、繊弱き経験なき妾に対し、神様か何か知りませぬが、有難い思召しをおかけ下さいますのは冥加に剰つて有難う存じます。しかしながら妾は妹に先に会はして貰はねば、何とおつしやつても御命令に従ふ事は出来ませぬ。信仰の浅き吾々、まだ貴方様に対して神様の御化身とも信ずる事が出来ませぬ。それ故絶対的服従も出来ないのでございます。しかしながら今逢つてお目にかかつたばかりの私、不思議の御神徳も見せて貰はないのですから、疑つて済みませぬが、どうか其所は大目に見て下さいませ』
玄真『今まで神のかの字も知らなかつたお前さまだもの、早速に信用出来ないのも無理とは云はぬ。しかしながら、ここまで大勢の人が御神徳を頂き、随喜渇仰して居るのだから、そこはそれ、神か神でないか賢明なる其女、推察したがよからうぞ』
サンダー『どうしてもスガコ姫に会はしては下さいませぬか』
玄真『天の命を聞かない其女には会はす事は絶対に出来ない。妹に会ひ度ば神の命を奉じ、拙僧と夫婦になりますか。拙僧だとて、年が寄つてから女房なんか持つのは迷惑だが、天の命には背き難く、国家万民のため、今まで汚した事のない清浄無垢のこの体を犠牲に供するのだ。未来のキリストとやらも十字架を背つて万民を救つたぢやないか、其女も世のために犠牲になる誠心はないか。それでは最奥第一の天国玉野姫の御霊とは申されませぬぞ』
サンダー『妾は玉野姫の御霊であらうが、狸姫の御霊で有らうが、霊界の事は些しも意に介しませぬ。唯々貴方様の御神徳によつて、妹に遇はして下さいますれば、それで満足でございます。どうしても会はして下さらぬなら、是非がありませぬ、仰に従つて貴方の妻になりませう。しかしながら妾は大切な生の母に別れてから僅かに六ケ月、忌中の身でございますから、一年結婚式をお延ばし下さい。それをお許し下さればこの身体を神様に差上げます。否貴方の御自由に任します』
玄真『ア早速の御承知、満足々々。しかしサンダー姫様、いや女房殿、さう固苦しく一年も待たないでも好いぢやないか。天の神様のお許しだもの、世は禁厭といつて形さへすればよいのだ。もう六ケ月も暮れたのだから、そんなにせなくても好からう。この夫に任して置いたらよろしからう。なア、サンダー姫』
と声の色までかへて背を撫でるその嫌らしさ。
サンダー『もし、玄真坊様、貴方の妻になる事を約しました以上は、早晩結婚を致さねばなりますまい。どうか一時も早く妹に一目会はして下さいませぬか、屹度最愛の妻の願ひ事、聞いて下さらないやうな夫ではございますまいなア』
玄真『ウム、会はしてやりたいは山々なれど、実の所はスガコ姫は、一寸俺に関係があるのだ。それだから第一夫人と、第二夫人が目をむき合ひ胸倉の掴み合ひをせられては、俺も一寸困るから会はさないと云ふのだ。会はしても、よもや嫉妬は致すまいな。嫉妬さへ無くば何時でも会はしてやらう』
サンダー『ハイ、有難うございます。何と云つても元が姉妹ですもの、何、嫉妬なんかしますものか。仮令妹が気儘な事を申しましても、私が仲裁を致し貴方様の御意に添ふやう、取計らつて上げますわ』
玄真『エヘヽヽヽ、何でもお前は姉の権力をもつて、妹を説き付けてくれると云ふのか、それは結構だ。実の所は吾女房とは云ふものの、スガコは、辷つたの、転んだのと云うて、まだ吾要求に応ぜないのだ。しかし其方はスガコに比ぶれば幾層倍の美人だ、其方の顔を見てから、スガコに対する恋着心もどこかへ往つてしまつたやうだ』
サンダー『可愛さうに、そんな水臭い事を仰せられますと妹が泣きますよ。ほんに水臭い旦那様だこと。妾だつてまた妾に勝る美人が見つかつた時は、キツトまたさうおつしやるでせう。そんなことを思うと憎らしくなつて来ましたわ』
と、玄真坊の鼻を思ふざま捻ぢ上げた。玄真坊は現になつて居るのだから、眼から涙が出る所まで鼻を捻上げられながら、サンダーが惚れて居るのだと思ひ垂涎と涙を一緒に垂らし、
玄真『オイ、サンダー姫、何をするのだ。ほんに痛い目に会はすぢやないか』
サンダー『それやさうですとも、可愛さ剰つて憎さが百倍ですよ。早く妹に会ひたいものだなア。妹に会つて思ふ存分鼻が抓つて見たいわ』
玄真『スガコだつて、さう鼻を抓んでは可愛さうだよ。どうか可愛がつてやつてくれ。さうして悋気をしないやうにのう』
サンダー『何、貴方悋気をしてなりますものか。一方は可愛い可愛い夫、一方は可愛い可愛い妹ですもの、その可愛い妹を慰めて下さる夫は猶更可愛いなり、また可愛い夫を慰めてくれる妹は猶々可愛いぢやありませぬか』
玄真『成程貴女は開けたものだ。天晴の女丈夫だ。愛の三角関係と云へば三方に角の立つて居るものだが、お前のやうに出てくれれば三角関係も円満具足、望月のやうな立派な家庭が営まれるであらう。ヤ、目出度い目出度い』
サンダー『杵一本に臼二挺、これさへあれや立派な餅が搗けませう。

 このよをば吾世ぞと思ふ望月の
  虧げたる事のなしと思へば

とか云ふ歌の通り、円満なホームを作つて楽しみませうよ。あゝ早く妹に会ひたいものだなア』

(大正一三・一二・一六 旧一一・二〇 於祥雲閣 加藤明子録)



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