出口王仁三郎 文献検索

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物語66-2-111924/12山河草木巳 亞魔の河王仁三郎参照文献検索
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第一一章 亜魔の河〔一六九三〕

 スガコはオーラ山の岩窟に玄真坊につれ込まれ、天国における神の族籍を査ぶるためと称し、一週間も待たされてゐた。彼はその間に無聊を慰むるため、望郷の歌を唄つてゐた。

スガコ『オーラの峰は高く共  この谷川は深く共
 吾身を育てはぐくみし  誠の親の御恵に
 比べまつれば九牛の  一毛だにも如かざらむ
 夜な夜な通ふ風の足  吾垂乳根の父上の
 居間の雨戸を訪れて  さやぎまつれど如何にせむ
 風に霊なく言葉なく  吾言霊をまつぶさに
 伝へむ由もなくばかり  父は吾身の行く末を
 案じわづらひ玉ひつつ  歎きに沈み朝夕の
 食物さへも進まずに  吐息をつかせ玉ふらむ
 あゝ恋しや父の御顔容  妻に別れてただ一人
 浮世の風にもまれつつ  妾を杖とし力とし
 後添さへも持たせられず  恵みはぐくみ玉ひしを
 夜の嵐に誘はれて  一人の娘は雲がくれ
 探ねむ由も荒風の  野原を亘る声ばかり
 悲しみ玉ふ有様を  今目のあたり見る心地
 吾身に翼あるならば  この岩窟を脱け出でて
 帰らむものとは思へ共  玄真坊のいぶかしき
 そのまなざしにいとめられ  進みもならず退きも
 ならぬ苦しき果敢なさよ  玄真坊といへる人
 自ら天の神様の  化身といへど訝かしや
 別に変りしこともなく  朝な夕なに吾側に
 い寄り添ひ来て厭らしき  目色を注ぎ忌まはしき
 言葉の端の何となく  いとも卑しく思ほゆる
 醜の曲霊の取憑り  世を紊さむと企らみて
 かかる悪戯なすならむ  あゝ惟神々々
 梵天帝釈自在天  大国彦の大御神
 一日も早く吾胸の  雲を晴らさせ玉へかし
 大日は照る共曇る共  月は盈つ共虧くる共
 仮令大地は沈む共  神の御恵父の恩
 一日片時忘れむや  神の形に造られし
 妾は神の子神の宮  神に等しきこの身にも
 曲の雲霧かかるとは  実に訝かしき世の様よ
 あはれみ玉へ天地の  誠の神の御前に
 慎み敬ひ願ぎまつる。  

 思ひきや誠の神と思ひしに
  吾身を恋ふる神司とは。

 いと聖き神の柱と思ひしに
  怪しきことの多き人かな。

 このままに仇に月日を過しなば
  妾も曲の餌食とならむ』

 かく歌つてゐる所へ、玄真坊は鍵を以て錠をねぢあけ、ソツと入来り、
玄真『スガコ殿、どうも忙しいことでござつた。今日は殊更沢山な参詣者で、この方も実に多忙を極めたよ。しかしながら最早七つ下り、漸く人は家路に帰つたから、先づお前の美しい顔容を見て、一日の疲れを休めようと思ふのだ。何とマア美しい顔だなア』
と厭らしげな笑を湛へ、川瀬の乱杭のやうな歯をニユツと出して、スガコの頬にキッスをしようとする。スガコは驚いて『アレまあ』と言ひながら、象牙細工のやうな白い美しい手で、玄真坊の額をグツと押した。
玄真『アツハヽヽヽ、怖いか、可笑しいか、恥かしいか。テも扨も初心な者だなア。オイ、スガコ、今日初めて天から使が来て、お前の神籍を査べて見た所、マア喜べよ、第一霊国の天人で、しかもこの方の女房の霊だつたよ。それだから、相応の理によつて天に在つては比翼の鳥、地に在つては連理の枝、どうあつても天地相応の真理により、其方と夫婦にならなくちや、やり切れない因縁が結ばれてあるのだ。何だか其方の危難を救つた時から、床しい女だと思つてゐたが、よくよく査べて見れば、右の通り、どうぢや、姫、嬉しいか』
 スガコは真青な顔をして、唇を紫色に染め、声を慄はせながら、
スガコ『エー、残念やな、妾は貴方に謀られました。どうしたらよからうかな。梵天帝釈自在天様、どうぞこの急場をお助け下さいませ、惟神霊幸倍坐世』
玄真『アハヽヽヽ、流石は少女だ、ヤツパリ恥しいのだな。初の間は三番叟でも後には深くなるものだ。あゝイヤイヤイヤ、オーハ、カツタカタ、遂には、カツタカタと埒のあくもんだて、結局男子の方が恋にカツタカツタだ、アハヽヽヽ』
 スガコは忌々し相な顔をし、眉の辺に皺をよせながら、
スガコ『モシ玄真様、どうぞ妾をお赦し下さいませ。その代りに外の事なら、どんな御用でも致します』
玄真『ヤア、お前は第一霊国の天人の霊だから、卑しい炊事や掃除などは、霊に不相応だ。ただ拙僧の神業即ち神生み、人生みの御用さへすれば、こけた箒を起すこともいらない。さてもさても幸運な生れつきだのう』
と玄真坊はスガコに内兜を見透され、蚰蜒の如く嫌はれてゐるのを、恋に晦んだ眼には盲滅法界、あやめも分ず、恋の黒雲に包まれ、得意になつて、うるさく口説きたててゐるのである。スガコは一つ困らしてやらうと思ひ、平気の面を装ひながら、微笑を浮かべて、
スガコ『妾が最も敬愛する師の君様、貴方様は妾の危き生命をお助け下さいまして、天にも地にも代へ難き御高恩、万劫末代、ミロクの代までも忘れは致しませぬ。その上妾の神籍までお調べ下さるとは、何たる勿体ない事でございませうか。第一霊国の天人の霊と仰せられましたが、もしや妾は棚機姫の命ではございませぬかい』
玄真『ヤア流石は偉い者だ。其方のいふ如く全く棚機姫命のお前は霊だよ。星さまでいへば天の川を隔てた、右側の姫星様だ。そしてこの方は彦星だ』
スガコ『ヤ、それで分りました。棚機様は年に一度の逢瀬とやら申しますが、それは事実でございませうか』
玄真『そらさうだ、開闢以来動かす可らざる天律によつて、万劫末代きまつてゐる、本当に仲のよい夫婦だよ。天の川を隔てて、年が年中、互に面を見合せて居らつしやる神様の、吾々は霊だからなア。だから私とお前は、朝から晩まで面を見合せ、仲よう暮さねばならぬ因縁があるのだ』
スガコ『成程、左様でございますな。しからば、妾と師の君様とは、天において夫婦の霊、年に一度の逢瀬とやら、仰せ御尤も。妾も天地相応の理によりまして、七月七日の夜まで師の君様と夫婦になることは出来ませぬなア。まして貴方様は天帝の化身とやら、天帝からして神律をお紊しなさるやうなことはございますまい。どうか、この谷川を天の川と見なし、川向ふへ妾をおいて下さらば、それこそ天地合体合せ鏡ぢやございませぬか』
と巧く言ひぬけてしまつた。玄真坊は……うつかり、口糸をたぐられ、取返しのつかぬことになつてしまつた……と一時はギヨツとしたが、中々の曲者、『アハヽヽヽ』と大口をあけ、無雑作に笑ひながら、
玄真『オイ、スガコ姫、本当は棚機姫様ぢやない、モツトモツトモツト奥の奥の立派な立派な神様だ』
スガコ『ヘーエ、そりやまたどういふ神様でございますか』
玄真『マアさうだなア、お前の霊は木花姫の大神様、そして俺の霊は岩長姫命だ。それだから、どうしてもかうしても夫婦にならなくちやなるまい。この玄真坊は岩の如く頑として威厳の備はつた修験者。常磐堅磐に、さざれ石の巌となりて苔のむすまで、この世を守る下津岩根の大ミロク様も同様だ。そしてお前の霊は木花咲耶姫命様だから嬋娟窈窕たる花の如き美人、否花にも優る美人、柔よく剛を制すといつてな、お前は柔、俺は剛だ。しかし剛また柔を制すといふことあり。剛中柔あり、柔中剛あり、不離不即、密接固漆の関係があるのだから、何と云つても天地から結ばれたる夫婦の間柄だよ』
スガコ『ホヽヽヽあのマア師の君様のヨタをおつしやいますこと。岩長姫は御女体、木花姫様も御女体、そして天の神様ではなくて、国津神様の御娘子、御二人様は姉妹の間柄ぢやございませぬか。愚昧な妾だと思召、いいかげんに嘲弄しておいて下さいませ。天を以て父となし、地を以て母となし、八百万の神に御説法をなさる貴き御身を以て、月に七日の汚れある女の妾に御からかひ遊ばすとは御冗談にもほどがございますよ、ホツホヽヽヽヽ』
玄真『イヤもう何から何まで、目から鼻、耳から口へつきぬけるばかりの大学出の才媛だ。天地を父母とするこの玄真坊も、其方には一本参つたワイ、アツハヽヽヽ』
スガコ『ソレ御覧なさい。師の君様は妾に対し冗談を云つてゐらつしやつたのでせう、神様に似合はず、お人が悪いぢやありませぬか』
玄真『イヤ、ナニナニ嘲弄所か、冗談所か、真実真の一生懸命だ。お前のためなら、一つよりない命をすてても構はないといふ覚悟だ。決して嘘言はつかない、冗談は言はない。万一この方の言葉に詐りがあつたら、一つよりない首でもお前に与るワ』
スガコ『ホヽヽヽヽヽそんな首、貰つたつても、煙草入の根付けにもなるぢやなし、仕方がありませぬワ。髑髏にして枕にした所で格好が悪くつて、不釣合なり、廃物利用の利かぬ首つ玉ですからね』
玄真『コリヤ姫、何と云ふ、姫御前の優しい面にも似ず、無茶なことをいふのだ。お前は私のいふことを誤解してゐるな。よく考へてみよ。この玄真坊は神様に仕へる時は即ち天帝の化身であり、神様の御用を休んだ時は一介の修験者だ。神の籍においては神の活動をなし、人の籍においては人の活動をなし、変現出没自由自在、ある時は天に蟠まる竜となり、ある時は古池になく蛙となり、時ありては蠑螈蚯蚓になる。これが即ち神の神たる所以だ。ここの道理をトツクリと考へて、いさぎよい返事をしてくれ、なあスガコ』
スガコ『あゝ左様でございますか、貴方は神となつたり、人となつたり、甚だしきは蛙となつたり、蠑螈蚯蚓となつたり、何とマア器用な御方ですこと、しかしながら玄真坊様、私は益々貴方が怖いらしくなつて参りましたよ。そして夫婦になれとおつしやるやうですが、私も月に七日の障ある人間の肉体、神様と添ふ訳には行かず、また修験者は女に接する時は死後仏罰によつて七万有尋の大蛇となり、かつ修験者に犯された女は八万地獄に墜ちるといふバラモンの教、かう考へてみますれば、修験者としての貴方の妻になる事は絶対に厭でございます。況んや人間と生れながら、蛙、蠑螈、蚯蚓などと夫婦約束は到底出来ませぬ。どうか悪からずこの理由を御賢察下されまして、忌まはしい夫婦関係などには言及なさらないよう、御願申します。その代り妾はどこまでも、貴方様を師の君様と尊崇し、敬愛し、誠を尽しますから、貴方も妾を愛して下さいませ。そして結構な経文を教て下さい。お願申します』
玄真『マアマア今日はこれ位にしておかう、お前も神経昂奮してゐるから、何を云つても耳に入るまい。女といふ者は一日に七度も心が変るといふから、水の出ばなに何をいつても駄目だ。また風向のよい時にゆつくり話さうほどに。左様ならスガコ殿、ゆつくりお休みなさい』
といひながら、やや悄気気味になつて、岩の戸をあけ、吾居間なる次の岩窟に帰り行くのであつた。後にスガコ姫はハツと吐息をつきながら、独言。
スガコ『あゝ情ないことになつたものだなア。かやうな所へ拐かされ、悪人輩の恋の犠牲に供せられむとするのか。一度は拒んでみても、かれ玄真坊の燃ゆるが如き恋の炎は容易に消すことは出来まい。何とか彼とか言つて一日送りに日を送り、助け人の来るまで時節を待つより仕方がない。あゝ父上は嘸、妾の行方について御心配してござるだらう。何とマア不運な父娘だらう。悩み禍の浮世とは云ひながらジャンクの家には、これほどまでに禍の見舞ふものか。テもさても残酷な世の中だなア。あゝ惟神霊幸倍坐世。天地の大神あはれみ玉へ救ひ玉へ』

(大正一三・一二・一六 旧一一・二〇 於祥雲閣 松村真澄録)



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