出口王仁三郎 文献検索

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物語66-1-21924/12山河草木巳 祖先の恵王仁三郎参照文献検索
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第二章 祖先の恵〔一六八四〕

 デカタン高原の大暴風は岩石を飛ばし樹木を捻倒し、棟の低いこの家までもキクキクと梁を鳴らしてゐる。しかしながら老婆のサンヨは日課の如く吹き来る大風に馴て少しも意に介せず、前後左右に揺れる家の中に平然たるものであつた。照国別、照公、梅公、タクソン、エルソンは車坐となつてバラモン軍の荒したる跡の実況談につき問答を始めてゐた。
梅公『何とマア素敵滅法界に強烈な風が吹くぢやないか。お婆さま、お前さまはこんな風が吹いても平然としてゐるが、恐ろしい事はないかい』
サンヨ『この風はデカタン高原の名物でございます。年に一度や二度は家も空中に吹き上げるやうな強風が吹きます。それ故、何れの家も地下室を掘り避難する事になつてゐます。こんな風はまだまだ宵の口です。それよりも恐ろしいのはバラモンの風でございます』
梅公『フン、非常な風の荒い国だな。これが所謂風国強塀と云ふのだらう、アツハヽヽヽ』
照公『バラモン風と云ふのは、どんな風が吹くのですかな』
サンヨ『ジフテリヤよりもインフルエンザよりもひどい風でございます。家を焼き、財物を奪ひ、人家へ這入つて女房や娘の嫌ひなく、皆何処かへ、攫つて行く鬼風でございますよ。何よりも、かよりも、これ位恐ろしい風はございませぬ』
梅公『成程、弱味につけ込む風の神と云ふ謎だな。これこれタクソンさま、エルソンさま、バラモンの嵐の跡の実況を聞かして下さらないか。吾々にも対抗策があるからなア』
タクソン『ハイ、お尋ねなくとも逐一事情を申上げ、お助けを乞ひたいと思つてゐた所でございます。私の妻はミールと申しますが、まだ二十才の花盛り、数日以前にバラモン軍がこの里に駐屯致し、老若男女を縛り上げ、一切の食料や金銭等を奪ひ、私の女房なり、村中の綺麗な娘と見れば全部掻ツ攫へて参りました。それのみならず、これから数里隔てたオーラ山の山続き、シノワ谷と云ふ所には馬賊の団体が数千人割拠して、時々遠近の村落に入り来り、金品を徴発し、女房娘の嫌ひなく皆掻ツ攫へて参りますので、吾々人民は一日も枕を高くして眠る事が出来ないのでございます。シノワ谷の馬賊を退治して下さるかと思へば、バラモン軍の大足別は馬賊に勝る悪逆無道、吾々バラモン信者は最早生活の途もきれ、塗炭の苦みを嘗め、不運に泣いて居ります。どうか三五教の御神徳によつて、この苦難を免れさして頂きたうございます』
梅公『先生、聞けば聞くほど気の毒ぢやありませぬか。現、幽、神の三界を救済すべき吾々宣伝使として看過出来ないぢやありませぬか。アヽ血は湧き腕は躍る。愈自分の活動舞台が開かれたやうぢやございませぬか』
照国『成程、お前のいふ通りだ。愈真剣に自分等の活動すべき舞台を与へられたのだな。しかしながら梅公、あまり事を軽率にやつては失敗するから、ここは一切万事を神様にお任せして、徐に神策を進めて行くのが万全の策だらうよ』
梅公『成程、御尤千万、水も漏らさぬ貴方のお考へ。しかしながらこの惨状を聞いては、余り泰然自若と済まし込んでる訳にも行かぬぢやありませぬか。オイ、タクソン君、君も掛替のない一人の女房をバラモン軍に掠奪されて男らしくもない涙をこぼしてゐるよりも、どうだ、俺の家来となつて女房奪回戦に参加する気はないか。精神一到何事か成らざらむやだ。お前に信仰と熱心と勇気とさへあらば、キツトこの目的は達し得られるだらうよ』
タクソン『ハイ、有難うございます。しかしながら女房を取られたと云つて男の目から涙を流してゐるのぢやありませぬ。天下万民のため涙を濺いでゐるのです』
梅公『ハヽヽヽヽ、ヤア大きく出よつたな。さうなくては男子は叶はぬ、見上げた男だ、愈気に入つた。梅公別の弟子にしてやるから、吾輩の云ふ事を忠実に守るのだよ』
タクソン『イヤ、有難うございます。しかしながら私は先生の家来にして頂きたいのです。貴方には先生があるでせう』
梅公『先生は余り御神徳も高く智慧証覚の程度も、お前とは非常に距離があるから、直々のお弟子には勿体ない。罰が当るぞ。それより身魂相応の理によつて俺の弟子にしてやる。神は順序だからな。順序を離れて神もなく道もない。なア先生、しばらく私の直接の弟子にしてもいいでせう』
照国『信仰は自由だ。ともかくタクソンさまの意志に任すがよからう。相応の理によつてなア』
照公『ハヽヽヽ、オイ梅さま、どうですか、先生のお目から見れば君とタクソン君とは甲乙の区別がつかないやうだよ。バラモン教で余程魂が研いてあると見へて、どこともなしに面貌に光が輝いてゐるやうだ。流石先生は偉いわい』
梅公『そんなら、タクソン君、君の意志に任す。オイ、エルソン君、君は相応の理によつて僕の弟子にしてやる。満足だらうなア』
エルソン『ハイ、御親切に有難うございます。しかしながら私は年は若うても、神様のお道は聊か、学んで居りまする。仮令バラモン教でも誠の教には二つはございますまい。私はタクソンと竹馬の友でございますから、行動を共にする考へです。どうぞ貴方は教の道の兄弟となつて下さいな』
梅公『ハヽヽヽヽ、偉い馬力だな』
照公『また梅公、凹まされたのか、それだから「吾ほどのものなきやうに思うて偉さうに申してをると、スカタン喰ふぞよ」と御神諭にお示しになつてゐるのだ。梅え事考へて居つても、さう梅え事には問屋が卸さないよ。マアこの度は御両人の兄弟分となつて仲良く神業に奉仕するがよからう。俺達は少しも乾児は欲しくない。兄弟分が欲しいのだ』
梅公『親分、乾児の関係ならば、マサカの時には命令が行はれ秩序整然と、物事の埓があきよいが、兄弟と云ふものは水臭いものだよ。「兄弟は他人の初まり」と云ふからな』
照公『馬鹿云ふな。「兄弟は他人が初まり」と云ふのだ。他人同志が寄つて兄弟の約束を結ぶのだ。それで特に義兄弟と云ふのだ。四海兄弟も、ここから初まるのだ。兄弟力を合せて弱小な団体も遂には強大となるのだ。あゝ強大なるかな強大なるかな。兄弟(鏡台)は所謂鏡の台だ。互に勇み交して短所を補ひ長所を採り、悪を去り善をとり、神業に奉仕するのが所謂四海兄弟、天下同胞の義務だよ』
梅公『イヤ、重々の御説法、豁然として白蓮華の咲き香ふが如く、胸中の新天地が開けたやうだ。そんならこれから吾々四人は親友兼兄弟となつて、世界の善悪正邪を明かに裁く所の鑑とならうぢやないか。国公は親子対面の嬉しさにアーメニヤに帰つてしまひ、三人の兄弟が二人になつて、稍寂寥の気分にうたれてゐた所だ。ここに天より二人の補充兄弟を与へられ、愈四魂揃うて轡を並べてハルナの都へ進軍と出掛ようかい』
 婆さまは勝手覚へし家の中、真黒気に燻つた土瓶に白湯を沸かし、天然竹を切つたそのままの竹製の茶碗に湯をなみなみと注いで一行に饗応し、裏の瀬戸口に枝もたわわに実つてゐた棗の実をむしり来り、
サンヨ『折角おこし下さいまして、何のお愛想もございませぬ。これはこの里にて有名な棗でございますが、この間バラモン軍がやつてきて大方拗りとりましたが、僅か残つてゐるのを、浚へて持つて参りました。どうぞお食り下さいませ』
 照国別一行は、
『美事な大きな棗だ。頂戴しませう』
と各自に舌鼓を打つて食ひ初めた。
梅公『何と、うまい果物だな。種は小さく実は大きく、まるつきり林檎を喰つてるやうだ。婆さま、この村にはこの棗は沢山あるだらうなア』
サンヨ『ハイ、この村の名物でございますが、今年は余程不作でございました。しかしながら二人や三人の年中の食料は、どうなり、かうなり続けるでございませう』
梅公『天然の恩恵だな。肥料もやらず世話もせず、神様から実らして下さる実を勝手に食はして貰つていいのか。それでは、あまり冥加がよくないだらう。人間が遊惰になるのも無理がないわい』
サンヨ『この棗はコーラン国から取寄せたものでございまして、この村にも余り沢山はございませぬ。さうして日々虫取りに骨を折らねば、一日油断すればその虫が繁殖して葉を一枚も残らず噛んでしまひます。葉が無くなれば木が枯れるのです。仲々油断は出来ませぬよ。仲々生活は楽ぢやありませぬ』
梅公『さうかな、ヤツパリ天然に生える果物でも世話が要るものかいな。その代り肥料は要らないだらう。この辺は地が肥てゐるから』
サンヨ『この棗を頂く家は祖先の恩恵によるのです。さうですから、余り何処にも、沢山はありませぬ』
梅公『祖先の恩恵と云ふが、その祖先と云ふのは神様を指して云ふのか、或はこの家の祖先を云ふのか。世の中の人間は何れも神祖、人祖の恩恵を受けないものはない筈だ。この棗に限つて先祖の恩恵とは、チツト受け取れぬぢやないか』
サンヨ『この棗を植る時には犠牲が要ります。私の大祖先は子孫を愛するために自分の腹を切り、その血潮を根に染め、肉体は木の根に葬らせ、祖先の霊肉共にこの棗の肥料となり、万古末代子孫安楽のために守つて下さるのです。それ故、この棗は生命と申しまして、あまり沢山はございませぬ。今お食りに成つたでせうがこの棗は酸ぱくて甘いでせう。これは人間の血液や肉の味でございます。吾々は祖先の血を啜り、肉を食べて安全に暮してゐるのですから、云はば、あの棗は先祖の肉体も同様でございます』
梅公『何と先祖の恩と云ふものは尊いものだな。吾々の祖先も国を肇め徳を樹て、道を開き、子孫を安住させむため苦労をして下さつたのだ。三五の教も実の所は祖先崇拝教だ。人類愛の神教だ。あゝ惟神霊幸倍坐世』
と、流石、洒脱な梅公も思はず知らず感涙に咽んでゐる。

照国別『遠津御祖、神の恵みは雨となり
  土となりてぞ子孫をば救ふ。

 親々の恵みの露に生きながら
  親を忘るる邪神もあり。

 親の恩忘れし時は身も魂も
  亡びに向ふ初めなりけり』

サンヨ『春夏の別ちなくしてこの棗
  実るも祖先の恵みなりけり。

 親々の恵忘れし酬いにや
  今日の歎きの身にふりかかる。

 今よりは心の柱樹て直し
  祖先の祭厚く仕へむ』

梅公『村肝の心一度に開け行く
  白梅の花咲き初めてより。

 梅林檎棗の味も皆同じ
  主の大神の恵なりせば』

照公『この家の祖先の恵を居ながらに
  受けし吾等は神の賜物。

 親々の踏みてし道を辿りつつ
  世の犠牲にならむとぞ思ふ』

タクソン『吾家にも祖先の恵の棗あり
  いざこれよりは詫言やせむ。

 御恵を忘れ果てたる酬いにや
  吾恋妻は攫はれにけり』

エルソン『吾恋ふる妹は枉霊に奪はれて
  袖の涙の乾く間もなし。

 如何にして姫の所在を探らむと
  ただ思ふより外なかりけり』

タクソン『御一同様に申上げたうございますが、このタライの村の里庄ジャンク様の娘、スガコ姫は絶世の美人でございますが、バラモンの軍隊が出て来る数日以前に、何者にか掻攫はれ、今まで行衛が分りませぬので、ジャンク一家の歎きは一通りぢやございませぬ。私もジャンク様の家の子として、先祖代々仕へてゐますが、家の宝をとられ、嬢様の行衛を探す暇もなく、女房の行衛について頭を悩めてゐます。どうぞ貴方のお伴となつて、嬢様や女房の行衛を探したうございますが、どうか、お伴にお加へ下さいますまいか』
照国『委細承知しました。御心底お察し申します。何事も神にお任せなさいませ』
タクソン『ハイ、有難うございます。これで私も甦つたやうな心持が致します』
エルソン『先生、私もお願ひ致します。どうぞ、お伴にお引連れを、強つてお許し下さいませ。私は独身者でございますから、家に系累もなく宣伝使のお伴には最適任者と存じます』
照国『よしよし、お前も一緒に来るがよからう』
梅公『オイ、エルソン君、君は何だか心に秘密を抱いてゐるやうだな』
エルソン『ハイ、私も相思の女がございました。その女の行衛を尋ね、このお婆さまに会はして上げねばなりませぬ』
梅公『ハヽヽヽヽ、さうすると当家の妹娘と以心伝心とか、相思とか、の経緯があるのだな。これ、お婆さま、あなたはこのエルソンに娘を与らうと云つたのですか。さいぜん、私に娘の身の上を依頼するとおつしやつたでせう』
サンヨ『ホヽヽヽヽ油断のならぬのは娘でございます。何時の間にかこのエルソンさまと親に秘密で約束をしたのかも知れませぬ。宅の娘は年をとつても子供だ子供だと思つてゐましたが、油断のならぬのは娘でございます。これこれエルソンさま、お前は娘の花香と何か約束でもなさつたのかい』
エルソン『ハイ……イーエ……エー……まだ予定でございます』
サンヨ『お前さまの方で定めてゐるのだらう。娘の花香はお前さまから一回の交渉も受けてゐないのだらうなア』
エルソン『花香さまに対し、どうせう、こうせう(交渉)と胸を痛めてゐる最中、お行衛が分らなくなつたので、私も憤慨の極に達し、おのれバラモン軍、吾愛人の仇だ仮令天を駆り地を潜る妙術、彼にありとも恋愛至上の真心は金鉄も熔かす勢ひ、あくまでも花香様を奪ひ回し、私の赤心を買つて貰ふ考へでございます。どうかお婆さま、私が花香さまを無事に連れて帰りましたら、その御褒美として当家の養子にして下さるでせうな』
サンヨ『ホヽヽヽヽ何とマア抜目のない男だこと、仲々お前さまも隅には置けませぬわい』
梅公『ハヽヽヽヽそれで一切事情が判然して来た。世の中には変則的恋愛に熱中する連中もあるものだな。オイ、エルソン君、それだけの熱心があればキツト成功するよ。実の所は俺がお婆さまの委託を受け、舐つて喰はうと焚いて喰はうと自由自在との事だつたが、それだけお前に執着心があるのを聞くと、何だか俺も君の心理情態が憐れになつて来た。僕は花香姫に対する一切の権利を君に譲渡するよ。なアお婆さま、それでいいでせう。云はば生死不明の美人を托されたのだから、お婆さまだとてエルソンさまの女房にするのに不足はありますまい』
サンヨ『エルソンさまも村中の褒めものなり、模範青年と云はれて居るから、キツト娘も喜ぶでせう。この事については私は何も申しませぬ、梅公さまにお任せ致します』
梅公『比較的開けたお婆さまだ、いや感心々々。これお婆さま、これから三五の神様の教も聞きなさい。しかしバラモンの神様を捨てよとは云はないからなア』
サンヨ『ハイ有難うございます。貴方等の吾家においで下さつたのをいい機会として、今日から信仰に入れて頂きませう』
タクソン『もし宣伝使様、どうかお邪魔でもございませうが、一度私の主人と会ふため、里庄の宅へお立寄下されますまいか。里庄はキツト喜ぶでございませうから』
照国『里庄の宅も嘸御心配してござるだらう。ともかくお尋ねする事にしよう。さア一同出立の用意をなされ……、イヤお婆さま、永らくお邪魔を致しました。もう大丈夫ですから御安心なさいませ』
と言葉を残し里庄の宅に向つて宣伝歌を歌ひながら進み行く。老婆サンヨは杖にすがりながら門の外まで見送り、名残惜しげに一行の姿の見えぬまで見送つてゐた。あゝ惟神霊幸倍坐世。

(大正一三・一二・一五 旧一一・一九 於祥雲閣 北村隆光録)



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