出口王仁三郎 文献検索

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物語65-4-231923/07山河草木辰 義侠王仁三郎参照文献検索
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第二三章 義侠〔一六七九〕

 仙聖郷の村人は、今まで土地の財産は全部バータラ家のものとなり、何れも悲惨な小作人となり、仙聖郷に住みながら、実に悲惨の生活を送つて居た。所が偶然の出来事より山林田畑を作れるだけ与へられて、嬉々としてその業を楽しみ、また未亡人のスマナーを神の如くに敬つて居た。甲乙丙三人の男は山林に薪をからむと出で往き、木蔭に腰打ち卸し、雑談に耽つて居た。
甲『オイ、世も変れば変るものぢやないか。俺達は世界から羨まれる仙聖郷の住民でありながら、祖父の代からみじめな小作人の境遇に陥り、働いて作つた米の大部分はバータラ家に納め、肝腎の米は一粒も口に入らず、裏作の麦類を飯米として露命を繋いで来たが、今年から、お米を頂く事が出来るやうになつたのも、全く神様のおかげだよ。これでこそ仙聖郷相当の生活が出来る事だらう、本当に嬉しい事だなア。テーラの悪人もこの頃すつかり改心するし、泥棒までがあのやうに田畑を耕すやうになつたのだから、世の中も変つたものだなア』
乙『何と云ふても天与の産物を独占する者があつたため、吾々は苦しんで来たのだ。かうなつたら村に苦情も起らず、愛神愛人の道も完全に行はるるであらう。何程信心せよと云ふても、今日食ふ飯も無いやうの事では信心も出来ず、人が何程困つとつても助ける事も出来ず、人の持つて居るものでも、叩き落して取りたいやうに思ふものだが、かうして平等になつた以上は、悪事悪念は断たれるであらう。テーラの奴、村中の憎まれ者だつたが、善悪不二と云ふて、あの奴が彼様悪事を企みよつたものだから、吾々はこんな結構に成つたのだ。悪人だつて憎めぬよ。悪が変じて善となり、善が変じて悪となると云ふのは、大方こんな事を云ふたのだらうよ』
丙『テーラの奴、随分俺達を今まで苦しめよつたが、彼奴もこれで一切の罪亡ぼしになるであらう。仲々気が利いた事をやつた。虎熊山の泥棒を引ぱつて来て、あんな荒い仕事をやり、また泥棒を役人に仕立てて、財産を横領しようとしたのは、吾々の到底考へ付かない芸当だ。泥棒だつて元からの悪人ではないと見えて、あの通り朝から晩まで神妙に働いて居るぢやないか、俺達も、も些し甲斐性があつたら、彼れ達の仲間に入つて居たかも知れないからなア』
甲『お前のやうな気の弱い男はまア乞食位のものだなア。俺だつたら屹度泥棒の親分位に、あのままでモウ一二年経つたなら成るかも分らなかつたよ。実の所は二三年前から考へて居たが、そんな事をウツカリ相談する訳にも行かず、一人の泥棒も心細いなり、泣き泣き今まで暮れて来たのだ。しかしながらテーラの奴、三五教の先生の前で、「村人の僕となつて尽しますから許して下さい」といつて置きながら、この頃少し見幕が荒いぢやないか。鼻をピコづかせながら「お前達がこんな結構になつたのも俺のお蔭だ」と云ふて威張りやがる。番太のくせに俺達の頭をおさへようとするのだから業腹だ。一つ青年隊を召集して、テーラを元の通り番太にこき卸した方が慢心せいでよいかも知れないよ』
乙『馬鹿云ふな、四民平等とか、衡平運動とかが、盛に行はれて居る世の中に、いつまでも怪体な思想に因へられて居るものぢやない。テーラは吾々の恩人見たやうなものだ。バータラ家があんな目に遇つたのも、何かの因縁だらう、吾々人民の膏血を絞り、贅沢三昧に暮して来た報いだ。仙聖郷三百人の恨が凝結してあんな惨事が突発したのだ。スマナー姫様も、元は貧民の腹から生れ、バータラ家に拾ひあげられて奥様になられたのだから、吾々貧民の味方をして下さつたのだ。人間と云ふものは自分が難儀をして来ねば同情の起るものではない。博愛だとか、同情だとか云つて居る者に、一人も博愛心や同情心を保つて居るものはない。世の中を博愛と、同情の仮面を被りて胡麻かす贋君子、贋聖人ばかりだ。あの比丘尼様こそは本当に吾々の救世主様だ』
 かく話す所へ、泥酔に酔ふてやつて来たのは、一たん恐さに改心したテーラであつた。テーラは丸い目をギヨロツと剥き出し、肩を聳やかしながら、口汚く、
テーラ『オイ、其処に居る餓鬼はダダ誰人だい。仙聖郷の救世主テーラ様のお通りだぞ。早く茲へ来て土下座を致さぬか。貴様達は此方様のお蔭によつて親類の財産を分けて貰ひ、何百年振りに地主となつたのぢやないか。俺が一つ頑張らうものなら、親類のこの方の、皆物になるのだが、そこは救世主様だけあつて、お前たちの物になるやうに取計らつてやつたのだ。恩知らず奴、いつも俺を番太扱ひにしやがつて、碌に挨拶もせぬぢやないか』
甲『これや、テーラ、貴様は何を云ふのだ。不届き千万にも虎熊山の泥棒と腹を合せ、俺たち青年隊を騒擾罪で引張らうとしたでは無いか。吾々が地主となつたのは、先祖代々の恩恵が報うて来たのだ。恩に着せない。些と心得ないと村中が貴様を恨んで居るぞ。世の中に何が恐ろしいと言つても、恨と人気ほど恐ろしいものはないぞ。些と心得て酒を喰はぬやうにせねば、村中寄つて集つて、叩き払ひにせられてしまふぞ。不心得者奴が』
テーラ『ナヽ何を吐しやがるんだい。この村に俺に指一本でもさへる奴があるかい。グヅグヅ吐すと、恐れながらと訴へてやらうか』
甲『ハヽヽヽ貴様の訴へる所は、虎熊山の泥棒の岩窟であらう。お気の毒ながら虎熊山は半以上爆発し、貴様の親分も友達も、木端微塵になつて居るのを知らぬのか。貴様の悪行を村中が連判で上へ届けたならば、それこそ貴様は、どんな運命になるか分らぬのだ。今までは吾々も財産が無いので、何を云つても官が取り上げてくれなんだが、もはや、租税を納める公民となり、選挙権も獲得したのだから、官だつて屹度少々の無理だつて取り上げてくれるのだ。何程貴様が威張つても、大勢と一人とは叶はぬから、好い加減に引込んだらよからう。貴様の偵羅もモウ駄目だ。そしてそんな憎まれる商売は止めてしまへ』
テーラ『グヅグヅ吐すと、キングレスの親分に貴様の悪口を報告して、フン縛つてやるぞ』
甲『こら、まだ昔の夢を見て居るのか。キングレスはもはや貴様のやうな者を相手にする男ぢやないぞ。もうこの頃は吾等の親切なる友達だ。この間も遇つたら貴様の事を云つて大変悔んで居た。今度グヅグヅ云つたら知らしてくれ。懲戒のために足を縛つて沙羅双樹の枝に俯向に吊るしてやらう。さうしたら些とは改心をするだらうと云つて居たぞ』
テーラ『ナヽ何を吐きやがるんだい。そんなことに驚く哥兄ぢやないぞ。グヅグヅ吐すと片ツ端から笠の台を張り飛ばしてやらうか』
と云ふより早く蠑螺の如き拳骨を固め、ブウブウと風を切つて撲りつけむと暴れ出した。三人は木の幹を盾に取り、右へ左へと避けながら、身を守つて居る。テーラは勢に乗じ怒り狂ひ、三人を逐ひかけ廻す。俄に現はれた大の男、矢庭に後からテーラの首筋をグツと握り、雷のやうな声にて、
男『これや、またしても貴様は暴れるのか。もう了見はせぬぞ』
 テーラはこの声に縮み上り、
テーラ『ハイ、マヽ誠に済みませぬ。チヨツ、チヨツ、チヨツと酒に喰ひ酔つたものだから脱線を致しました。キングレス様、どうぞこれ限り酒も慎み、乱暴も致しませぬから、どうぞ許して下さい』
キングレス『イヤ、許す事は出来ぬ。幾ら云つても貴様は駄目だ。頭に穴をあけ、逆さに木に吊り上げ、ちと血を出してやらぬ事には性念が入るまい。これこれ三人の方、もう私が現はれた以上は大丈夫です。サア貴方方思ふ存分、此奴を撲つてやつて下さい』
 三人は喜んでこの場に走り来る。
甲『キングレス様、よう来て下さいました。別にこんな男を撲つた所で、何の効もありませぬから、苦しめてやらうとは思ひませぬが、どうぞ将来乱暴をせないやうに充分誡めてやつて下さいませ』
 キングレスは、
キング『ハイ、承知致しました。これやテーラ、この後乱暴を致すとこの通りだぞ』
と云ふより早く猫を掴むやうに、強力に任せ抓み上げ、四五間向ふの田圃の中へ放りつけた。テーラは足を打ちチガチガしながら、四這になつて田の中を横ぎり、雲を霞と逃げて行く。これよりテーラは猫の如くにおとなしくなり、またキングレスは里人から強力と崇められ、悪人征服の役目となり、この仙聖郷に持て囃されて一生を無事に送つた。あゝ惟神霊幸倍坐世。

(大正一二・七・一七 旧六・四 於祥雲閣 加藤明子録)



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