出口王仁三郎 文献検索

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物語65-4-201923/07山河草木辰 熊鷹王仁三郎参照文献検索
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第二〇章 熊鷹〔一六七六〕

 三千彦、スマナー姫の二人は、黄昏の暗を幸ひ、ソツト家路に帰り、裏口から考へてゐた。テーラは二三十人の若い男を集めて、
テーラ『オイ、お前達、青年隊に宣告をしておくが、この通り一家断絶の厄に会ひ、スマナーがただ一人残つて居つたが、それもまたどうしたものか、行衛が不明となつてしまつた。かうなるといふと、ここの遺産は法律上親戚の者が継がねばならぬ。ハテ困つた事が出来たものだ。俺は元より寡欲恬淡だから、親類の財産を欲しいとは夢にも思はぬが、これも天から降つて湧いた出来事だから、辛抱して遺産相続する事にするから、青年隊の御連中どうぞ俺に同情してくれ玉へ。ホンに困つた事がイヒヽヽヽ到来したものだよ。今日お前達に来て貰うたのは、一杯祝……オツトドツコイ、祝所か家内中全滅したのだから、亡き人の魂を慰めるためにタラ腹飲んで貰ひたいのだ。俺の拵へた財産ぢやなし、酒位は充分飲ましてやるから、ドシドシ飲んでくれよ』
と得意面をさらしてゐる。青年の中より一人の男、テーラの前に進み寄り、
『オイ、テーラ、一家全滅とはそら何を云ふのだ。ここにはスマナーといふ未亡人が残つてるぢやないか、未亡人のある以上は、汝の自由にはなるまいぞ。何程汝が自由にするといふても、青年隊が承知せぬのだ。何ぞまたスマナーさまから財産管理の依頼状でも受けてるのか、ヨモヤ汝のやうな極道には、如何にスマナーさまが血迷ふたと云つても、依頼する筈があるまいぞ』
テーラ『オイ、ターク、そら何を云ふのだ。已に已にスマナーは遺書をおいて家を飛出し、自殺をすると書いて居るぞ。今頃にはどつかの谷川へでも身を投げて死んでゐるに違ないワ。さうすりや無論俺の財産だ。今日からここの主人は俺だ。何程村中の奴がゴテゴテ云つても、切つても切れぬ親戚の端だから、仕方がないワ』
ターク『そんならその遺書を見せて貰はふかい。サア皆の前で読んでくれ』
 テーラは懐中から遺書を一寸出し、大勢の前にふり廻しながら、
テーラ『ソレ、この通りだ』
と、はしくれを一寸まくり、
テーラ『オイ、皆の連中、この筆跡はスマナーに間違あるまいがな。どうだ違ふと思ふ者は違ふと云つてくれ』
ターク『成程、実に麗しい水茎の跡だ。この村にこれだけ書く者は、スマナーさまより外にはない筈だ』
テーラ『そらみたか。これで疑が晴れただろ、エヘヽヽヽ。果報は寝て待てだ。一家の家宝も、山林田畑も今日から皆、このテーラさまの所有品だ。あゝあ、俄に長者になると何だか肩が重たいやうだワ。イヤ体が大きくなつたやうな気がし出した。テモ扨も煩さい事だワイ。イヒヽヽヽ』
ターク『オイ、その遺書を皆の前で一遍読んで貰ひたいのだ。何が書いてあるか、分らぬからのう』
テーラ『一寸お前読んでくれぬか。俺は些とばかり目が悪いのだから、日の暮と云ひ余り細かいので見えにくいワ』
ターク『ヘーン、巧い事言ふ哩。明盲の癖に、汝何時やら、人の前で新聞を逆様に読んで居つたでないか。……さうすると傍から、テーラさま、そら新聞が逆様ぢやないかと云はれた時、汝負惜みを出しやがつて……ナアニお前に見せてるのだと言ひやがつた位だから、こんな美しい字が汝に読める道理がない。サア玉手箱を一つあけてやろ。この文句によつて、汝が財産を相続するか、村の共有物になるか、スマナーさまの遺言通だ』
 テーラは稍狼狽の色を浮べ、タークの耳のはたに口を寄せ、
『オイ、ターク、俺に都合の悪い所があつたら、そこは巧く利益のやうに読んでくれよ。その代り成功したら汝に財産の十分の一位はやるからなア。さうすりや汝も何時までも難儀をしてをらいでもよかろ。その金を持つて洋行をして博士になつて来うとママだよ』
と小声になつて囁く。タークは何の頓着もなく、巻紙をくり拡げ、
ターク『サア、青年隊の御連中、今この遺書を朗読致します。テーラの運不運のこれできまる所だ』
 大勢は一同に手を拍つて『ヒヤ ヒヤ』と迎へる。
ターク『一、妾事如何なる前生の罪の廻り来りしや、親兄弟夫まで、無残な最期を遂げ、後に淋しく一人空閨を守り、亡き両親に孝養を尽し、夫に貞節を守り居りし所、人の悪事を剔抉し官に訴ふるを専業とするテーラの厭な男、朝から晩まで、晩から夜明まで、厭らしく無体な恋慕をなし、未亡人と悔り、酒を燗せよ、肩を打て、足を揉め……は未だ愚か、身分にも似合はぬ不埒な事を強請致し、立つてもゐても居られなく相成りし故、妾は覚悟をきはめ、白骨堂の前にて自刃致し、夫の後を逐ふ積に候。就ては村の人々並に青年隊の皆々様、テーラの悪党を糾弾遊ばした上、所払になし下され度偏に願上参らせ候。また夫の遺産は残らず金に代へ、白骨堂を立派に御建て下され、山林田畑は白骨堂の維持費として村人において、保管下さるやう偏に念じ上げ参らせ候。誠に誠に厭らしきテーラのために、この世を去る心持に相成候者なれば、彼れテーラは妾のためには不倶戴天の仇敵にてござ候。仮にも村長の妻たる妾に向つて、卑しき番太の身を以て恋慕するなどとは実に言語道断の振舞にて、悔しく腹立たしく存じ候。この村の古来よりの掟にてらし、かくの如き不倫常の人物は、一時も早く叩き払になし下さらむことを、懇願致します。
   仙聖郷の御一同様及青年隊の御一同様へ
         スマナーより
            謹言』
 テーラは眉を逆立て、面をふくらせ、ヤケクソになつて、尻ひきまくり、あぐらをかいて、悪胴をすゑてしまつた。
ターク『ハヽヽヽ、オイ、テーラ、汝は怪しからぬ奴だ。今この遺書の文句を聞いただらう。馬鹿な奴だなア、サアとつとと此処を立つて行け』
テーラ『ヘン、何と云つても親族の端だ。ゴテゴテ吐すと、裁判してでも取つてみせうぞ。お前達はバータラ家の財産を占領せうと思うて企んでゐるのだらう。何と云つても相続権は俺にあるのだから、村中と喧嘩をしても美事取つて見せう。俺は汝の知つてる通り、上の役人に接近し偵羅をやつてるのだから、俺の言ふ事は何でもお取上になるのだ。汝の云ふ事はお取上にならぬのだ。嘘でも何でも偵羅といふ肩書に対し採用して下さるのだ。俺の御機嫌を損じてみよ。汝等がバータラ家の財産の横領を企てたと訴へてみよ。汝等は横領罪とか騒擾罪とかで、万古末代この世の明りの見えぬ所へやつてしまふがそれでもよいか。第一タークの奴、此奴が張本人だ。首魁は死刑に処すといふ刑法を知つてるか。お恐れながらと、このテーラさまの三寸の舌が動くが最後、汝の命は無いのだから……どうだ。それでも俺の意志に反対する積りか、エヽーン』
ターク『どうなつと勝手にせい。善はしまひにや分るから。悪は始めは巧く行きよるが、九分九厘で化が現はれるからのう』
テーラ『アハツハ、それだから汝お目出度いといふのだ。今日の制度を知つてるか、今日の世の中は紳士紳商官吏の天下だぞ。俺達もヤツパリ官吏の下を働いてる者だ。人民のクセに何を云ふのだ。時勢を知らぬと云つても余りぢやないか。何ほど善な事でも○○のする事は打潰してしまふのが今日のやり方だ。何ほど悪い事でも○○がすれば善となつて通るのだ。些と改心して天下の趨勢を考へてみたらどうだい』
 タークは青年会の会長をしてゐる事とて、一寸気骨のある男、中々テーラのおどしには容易には乗らない。
ターク『ヘン、バンタのザマして偉相に云ふない、冷飯奴が。グヅグヅ吐すと、村内一同に同盟軍を作り、汝に冷飯を供給しない事にするぞ。何ほど官吏の下役だと威張つて居つても、糧道を絶たれちや駄目だらう……。オイ、皆の連中、心配するにや及ばぬから、このテーラをスマナーさまの遺書の通り、追つ払うて村に置かないやうにせうぢやないか』
 青年の中より少し背の高い、インターはつかつかと前に進み来り、
インタ『ヤア、会長、君の説には賛成だ。一百姓、二宣伝使、三商売、四職人、五毘丘、六巫子、七乞食、八バンタ、九汚家、十隠亡、と云つて、社会の階級は自然に定まつて居るのだ。第一に位するお百姓さまを掴まへて、番太が何を云ふのだ。野良犬奴が。そんな脅し文句が怖うて、この悪の世の中に、一日だつて生活がつづけられるかい。馬鹿だなア』
テーラ『喧しい哩、番太が何、それほど卑しいのだい。今日は衡平運動さへ起つてるぢやないか。衡平団の勢力を知らぬか。時勢遅れの頓馬野郎だな。今おれがヒユーと一つ笛を吹かうものなら、それこそ捕手が裏山にかくしてあるのだ。何百人といふほどやつて来て、村の奴ア一人も残らず、牢へ打ち込んでしまふのだから、それでもいいか。仙聖郷の長者の財産は、百人や千人の家族が一生遊んで暮しても尽きないほどあるのだから、俺達の上官に一寸申上げ、財産没収の準備がしてあるのだ。マゴマゴしてると汝たちの身辺が危ないぞ。サア笛を吹かうか、笛を吹いたが最後、汝たちの命は風前の燈火だ。テモさても憐な者だ哩。アツハツハ』
ターク『オイ青年隊、此奴ア、うつかりして居れぬぞ。皆の中から四五人手分けして、村中の中老組を招んで来てくれ。そして各自に得物を携へて来いと言つてくれ。そして後に残つた青年は各自に鍬なり、手斧なり、鎌なり、鶴嘴なり、百姓道具を取つて用心せい。此奴の事だから、どんな事してるか分らぬから、準備をしておかなならぬからのう』
と大声に怒鳴り出した。気の利いた青年は跣足で裏口から飛出し、村中の中老組を呼集めにいつた。テーラは懐中から呼子の笛を取出し、切りにヒヨロ ヒヨロ ヒヨロと吹立てる。忽ち数百人の足音、体を固めた黒装束の捕手は、十手、叉又、鎌、槍なんど手ん手に携へ、バラバラと飛込んで来た。
テーラ『これはこれはお役人様、よう来て下さいました。ここに居る奴等は当家の財産を横領せうと致し、今この通り、数十名を以て押寄せて来たのです。つまり騒擾罪ですから、一番にターク、インターの首魁をフン縛つて下さいませ。親戚の私がどうしても遺産を相続すべき権利がございますから、巧く手に入れば、お役人御一同へ分配致しますからなア、決してお約束は違へませぬから、御安心の上どうぞ此奴等をおくくり下さいませ』
 捕手の頭キングレスは威丈高になり、
『オイ、当家は一人も残らず不慮の炎難にかかつて滅亡し、憂愁の空気が漂うてるにも係はらず、その方は不都合千万にも当家の財産を横領せむと押寄せて来たのか、返答次第によつては容赦は致さぬがどうだ。当家は一人も残らず滅亡したのだから、親類関係のテーラが遺産相続するのは法律の許す所だ。不都合千万な、マゴマゴしてると皆捕縛するぞ』
ターク『モシ、キングレスさまとやら、万々一、未亡人のスマナーさまが生残つて居つたらどうなりますか。それでも遺産をテーラが相続せねばならぬのですか。左様な法律は未だ聞いた事はございませぬが…』
キング『きまつた事だ。もし未亡人が居るとすれば、却てテーラが財産横領を企てた事になり、大罪人となる所だ。しかしながら今軒下に隠れて聞いて居れば、夫の後を逐うて自殺をすると申し、書置まで残しておいたぢやないか』
ターク『成程、それには間違ございませぬが、もしも死なずに居つたら、矢張、テーラの物にはなりますまいな』
キング『無論の事だ』
テーラ『アハヽヽヽ、何と云つても運が向いて来たのだから……オイ、ターク、インター、駄目だよ。神妙に捕縛されるか。但しは茲であやまるなら、俺も村のよしみで許して貰うてやる。どうだ。返答を早く致せ』
 この間に五六人の青年は中老をかり集めると云つて出たのは、その実白骨堂のあたりにまだスマナーが生きてうろついて居りはせぬか、それさへ居ればテーラの鼻をあかしてやるのに好都合だと、目ひき袖ひき捜索に出たのであつた。かかる所へ幽かな女の歌ふ声が聞えて来た。

(大正一二・七・一七 旧六・四 於祥雲閣 松村真澄録)



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