出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語65-4-181923/07山河草木辰 白骨堂王仁三郎参照文献検索
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第一八章 白骨堂〔一六七四〕

 三千彦は、山野を渉り谷を越え、漸くにして仙聖山の阪道に取りかかつた。これは仏者の云ふ所謂十宝山の一つである。さすがアルピニストの三千彦も、長途の旅に疲れ果て、仙聖山の頂を眺めて吐息をついて居る。
三千『あゝ漸く此処まで山野を渡り、やつて来たものの、何処かで道を取り違へ、仙聖山の方へ来てしまつたやうだ。どこにも家は無し、声するものは鳥の声と獣の声ばかりだ。実に淋しい事だわい。三千彦は健脚家だと、玉国別様に褒められたが、かう酷い山阪を当途もなしに跋渉しては、もはや弱音を吹かねばならなくなつて来た。二つのコンパスは何だか硬化しさうだ。どこか此処辺でよい雨宿りがあれば息を休め運を天に任して、月の国の名山を跋渉し山頂から見下ろし、エルサレムの方向を定めて往く事にせう。それについてもデビス姫、ブラヷーダ姫は繊弱き女の足、定めし困難して居るだらう、しかしながらブラヷーダ姫はハルセイ山で泥棒に出逢つた時の度胸、実に見上げたものだつた。あれだけの勇気があれば、屹度無事に往くであらう。それよりも今は自分の体を大切にして、往く所まで往かねばなるまい。どこかよい木蔭があれば休む事にして、まだ日の暮に間もあれば一つ登つて見よう』
と独りごちつつ、形ばかりの細い道を、右に左に折れ曲りつつ登りゆく。
 日は漸く高山の頂にさしかかり、大きな影が襲ふて来る。道の傍に一つの白骨堂が立つて居る。三千彦はつと立ち留まり、
三千『ハテ不思議だ。こんな所に白骨堂が立つて居る以上は、この山の上に人の家が立つて居るだらう。先づこの堂のひさしを借りて、今宵一夜を過ごさうかなア』
と言ひつつ俄に勇気を鼓して、細い天然石の階段を登り白骨堂に近づいた。見れば一人の女が細い声を出して何事か祈つて居る。三千彦は訝かりながら足音を忍ばせ、白骨堂の密樹の蔭に身を潜ませ、女の祈りを聞いて居た。

『憐れ憐れ吾命白く荒廃せり
   ○
愁へる異端者の胸に
虐の力を悲しく受けて泣く
忍従と犠牲の痛ましさ。
   ○
蒼白き中に吾も彼も朽ちて行く
その幻滅の果敢なさよ
   ○
恋もなく友もなし
悲しくあえぎて恋も忘れ友も忘れむ
一人行く生命の原に
ただ横たはる黒き暗闇
父よ母よ オーそして兄弟よ
身失せたまひし吾背のために
世の中のすべて滅行くもののために
大空包む天の空に健かなれ
   ○
白き生淋し
果敢なく淋し
あはれあはれ亡き人あはれ』

 かく悲しげに謡ひ終り、徐に懐中より懐剣を取り出し、淋しげにニヤリと笑ひ、顔の写るやうな刃口をつくづく打ち眺めながら、
『オー、願はくは吾等を作りたまひし皇神よ。百の罪汚れを許し給ひて、吾身魂をスカーワナ(安養浄土)へ導きたまへ』
と云ふより早く、今や一刀を吾喉に突立てむとする。三千彦は吾を忘れて飛び出し、矢庭に腕を叩いて短刀を打ち落した。女は驚いて三千彦の顔をつくづく眺め、唇をびりびり慄はせて居る。
三千『これこれお女中、短気を出しちやいけませぬ。何のためにこの結構な世の中を見捨てようとなさるのか、まづまづ気を落着けなさい。吾は三五教の宣伝使三千彦と申すもの、神の御命令を受けてエルサレムに参る途中道踏み迷ひ、此処まで出て来た所幽かに白骨堂が見えるので、一夜の宿をからむものと来て見れば貴女の今の有様、これがどうして黙言て見て居られようかとお止め申た次第でございます。何程辛いと云ふても死ぬには及びますまい。先づ先づお静まりなさいませ』
女『ハイ、有難うございます。妾はこの山奥に住まひして居りまする、小さき村の女でスマナーと申します。親兄弟夫には死に別れ、頼る所もなく、また村人の若い男等が種々様々の事を云つて、若後家の貞操を破らせうと致しますから、一層の事親兄弟、夫の後を追ふて安楽世界へ参らうと存じ、祖先の遺骨の納めてあるこの白骨堂の前で、自刃せむと致した所でございます。もはやこの世に在つても何の楽しみもなき妾、悪魔の誘惑にかかつて罪を作らうより、夫の後を慕ふて極楽参りをせうと覚悟を定めました。どうぞお止め下さいますな』
 三千彦は涙を払ひ声を曇らせて、
三千『貴女のお言葉も一応尤もながら、貴女が一人残されたのも神界の御都合でせう。貴女が自殺すると云ふ事は罪悪中の罪悪ですよ。止むを得ずして命が終つたなら天国に往けませうが、吾身勝手に命を捨てたものは天国へは往けませぬ。屹度地獄に往きますから、お考へ直しを願ひます』
スマナー『自殺を致しましたら、どうしても天国へは行けませぬか、はて困つた事でございますなア』
三千『貴女は今承はれば、親兄弟、夫に先立たれたとおつしやいましたが、それやまたどうして左様な事になられたのですか。貴女が今自害して果てたなら、親兄弟、夫の菩提を弔ふものは誰もございますまい。さすれば却て親に対し不孝となり、夫に対して不貞となるでせう』
スマナー『ハイ、御親切によく言つて下さいました。貴方の御教訓によつて妾の迷ひも醒めました。何分よろしくお願ひ申します。妾の家はこの小村ではございますが、夫はバーダラと申し、村のたばねをして居りましたもので、家屋敷もかなりに広く、財産も相応にございますが、半月ほど以前に、虎熊山に山砦を作つて居る大泥棒の乾児タールと云う奴が、十数人の手下を引きつれ夜中に忍び込み、家内中を鏖殺に致し、宝を奪つて帰りました。その時妾は、押入の中に布団を被つて都合よく匿れましたので、生き残つたのでございます。その後は村人の世話になつて親兄弟の死骸を荼毘に附し、この堂に白骨を納めて、相当のとひ弔ひを致しましたが、何となくその後は心淋しくなり、またいろいろの若い男が煩さくて、死ぬ気になつたのでございます』
 三千彦は涙を流しながら、スマナーの背を三つ四つ撫でさすり声も柔しく、
三千『スマナー様、承はれば承はるほど同情に堪へませぬ。しかしながらかうなつた上は最早悔んでも帰らぬ事、これから一つ気を取り直し、神様にお仕へになつたらどうですか』
スマナー『ハイ有難うございます。しかしながら妾の村は五六十軒の小在所でございますが、先祖代々からウラル教を信じて居りますので、俄に貴方のお道に入る事は到底出来ますまい。折角のお言葉でございますが、何程妾が信じましても、三百人の村人が承知せなければ駄目でございますからなア』
三千『決して決して左様な事に御心配は要りませぬ。何れの教も誠に二つはありませぬ。また神様は元は一柱ですから、ウラル教でもよろしい。貴女が今死ぬる命を永らへて比丘尼となり、祖先を弔ひ、また村人を慰め、この山間に小天国をお造りになればよろしいではございませぬか』
スマナー『左様ならば、何事も貴方にお任せ致します。どうぞ一度妾の淋しき破屋にお越し下さいますまいか』
三千『それは願うてもない仕合せでございます。知らぬ山道に往き暮れて、宿るべき家もなし、体は疲れ、困つて居つた所でございますから、厚面しうはございますが、今晩は宿めて頂きませう』
スマナー『早速の御承知有難うございます。左様ならば妾が御案内を致しませう』
と白骨堂の階段を下り、再び阪道を四五町下り、右に折れ、樹木茂れる山道を辿つて、奥へ奥へと進み入る。
 夏とは云へど樹木覆へる谷川の畔の道を行く事とて、身も慄ふばかり寒さを感じた。

(大正一二・七・一七 旧六・四 於祥雲閣 加藤明子録)



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