出口王仁三郎 文献検索

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物語65-2-81923/07山河草木辰 異心泥信王仁三郎参照文献検索
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第八章 異心泥信〔一六六四〕

 治道居士はベル、バット、カークス、ベースの四人と共に、うす暗い石の牢獄に投込まれ、セールの厳命によりて、飲食物を断たれてしまつた。されど心の中にて治道居士に帰順してゐる牢番のヤク、エールはいろいろと苦心して五人のために飲食を供給し、あらむ限りの便宜を与へた。親分のセールはヤク、エールを深く信任し、一度も牢獄を見舞に来なかつた。そして自分の大将軍と仰いでゐた治道居士には何だか恥しいやうな、恐ろしいやうな気がして、会ふ事を欲しなかつた。先づ治道居士の一隊は両人に任しておき、他の子分を四方に派遣し、財物の収集に全力を注ぐ一方、自分は二人の美人を、何とかして自分の者にせうと、それのみに、現をぬかしてゐた。
 ヤク、エールの両人は、治道居士とブラヷーダ、デビス姫の間の、郵便夫のやうな役を密かに勤めてゐた。牢獄の中では、治道居士を真中に、四人の改心組が、いろいろと小声で話し合つてゐる。
ベル『オイ、俺達も何だかチツとばかり不安な気分になつたぢやないか。身の自由を縛された籠の鳥も同然、生殺の権利を親分に握られてゐるのだから、何程治道居士様に法力が有ると云つても、この牢獄を経文の力に、打破つて下さらぬ以上は、険呑な物だないか。治道居士様は平気の平左で、心身の休養だとか云つて、温泉にでも入つたやうな気分で、前後不覚に眠つてござるが、俺達ヤどうも、そんな気になれないわ。お前等、何とか工夫をこらして、ここを飛出す考へはないか』
バット『何心配するな。サアといへば、ヤク、エールが牢番してるから、何時でも開けてくれるよ。今彼奴が開けないのは深い思案があつての事だ。何しろこれだけの人数が集まつて居るから、下手な事をやると虻蜂とらずになつてしまふ。治道居士様はそこを見込んで、平気で寝てゐらつしやるのだ。何事も惟神に任して置くが一番安全だ』
ベル『それだと云つて、人の心は分らないよ。ヤク、エールの両人が、もしも心機一転して親分の方へ肩を持たうものなら、それこそ俺達は、箒で押へられた蝶々のやうなものだ。モウ少し治道居士様に法力があると、俺達も安心だけれどなア』
バット『ナアニ、構ふものかい。マア安心せい。ここへ来てから、まだ一夜逗留しただけぢやないか。仮令三日や四日位、ここへ入つた所で、一片のパンを食はなくつても辛抱は出来るよ。先づ楽隠居だと思つて、体を休養させ、愈となつたら岩窟退治をやるのだな。何奴も此奴も、軍人上りで、皆手が利いてるから、俺達が四人や五人で暴れたつて仕方が無いからな』
ベル『オイ、バット、汝、さう楽観してゐるが、寸善尺魔と言つて、吾々は死の魔の手に捉へられてゐるのだから、些とは尻へ手をまはして置かねばなるまいぞ。ナア、カークス、ベース、お前はどう思ふか』
カークス『何事も俺たちは神様にお任せしてゐるのだ。それよりも御祈念をするが一等だなア』
ベース『そりやさうだ。カークスの云ふ通り、この天地間はすべて神様の御意志のままだから、何程俺たちが騒いだつて駄目だ。かうして牢獄へ蟄居してゐるのもセールがしたのでない。神様の深遠な御経綸によつて、修養させられてゐるのだ。余りクヨクヨ思ふな』
ベル『俺もう何だか信仰の土台がグラついて来たやうだ。オイ、一層の事○○を○○して、○○の御機嫌を取り、牢屋の苦を遁れて再○○に逆転したらどうだ。何程世のためだとか、死後の生活のためだとか云つても、忽ち現在がやりきれないぢやないか。末の百より今の五十だ。何程死後の世界があると云つたつて、雲を掴むやうな話だからのう』
 治道居士は、ベルが自分を殺害し、セールに裏返らうといふ意味を仄かしてゐるのを、鼾をかいてゐる振して聞いてゐた。
バット『オイ、ベル、左様な事を吐すと、俺ヤもう了見はせぬぞ。汝を○○して、○○へ○○するがどうだ』
ベル『ヤ、コリヤ一つお前達の心を引いて見ただけだ。誰がそんな勿体ない事をするものかい。これでお前達の意志も分つて俺も安心したのだ』
と俄に空トボケてみせる。カークス、ベースは治道居士を揺り起した。治道居士は寝むた相な顔をして起直り、拳を握つて上の方へグツと突出し、「あゝあ」と大欠伸を無雑作にしながら、
治道『アハヽヽヽ、あ、夢だつたか。ベルの奴、この治道居士を○○して○○の機嫌をとり、元の○○へ逆転しよつたと思へば、ヤツパリ夢だつたワイ。アハヽヽヽヽ。どうも人間の心といふものは当にならないものだなア。一切の欲望を捨て、命まですてたこの治道居士でさへも、矢張どつかに、命が惜いと云ふ副守が残つてゐると見えて、こんな怪ツ体な夢を見たのだなア』
カークス『モシ治道様、ソリヤ夢ぢやございませぬ。現にベルの奴、貴方が熟睡遊ばしたのを奇貨とし、あなたに対し、叛逆を企てようとしたのですよ。用心なさいませ』
治道『ハヽヽヽ猪口才千万な、蚯蚓のやうな魂で蛟竜の身辺を窺ふとは、実に身のほど知らずだなア。ベルもまた此処へ這入つて来てから、臆病神に取つ付かれよつたとみえる。てもさても憐むべき代物だな。オイ、ベル、どうだ。私の命が取りたいか。とりたくば幾らでも取らしてやる。さあモウ一寝入りするから、その間に私の首でもかいて、セールの親分に身の潔白を示し、再泥棒の親分に使つて貰ふがよからう。遠慮はいらぬ。お前に首をかかれて天国行をするのも、一つは神様の御思召かも知れない』
ベル『メヽ滅相もない。勿体ない。どうしてそんな事が出来ませうか。どうぞ私の赤心を諒解して下さいませ』
治道『赤心のマは悪魔のマぢやないか、誠のマもあれば、間男のマもあり、閻魔のマもあり、悪魔のマもあり、マといふ者は何事にも附添ふものだから……、オイ三人の者、気を付けよ。虎狼と同居してゐるやうな物だからのう』
 かかる所へヤク、エールは二三人の泥棒と共に、牢獄を検分がてらやつて来た。
ヤク『コリヤコリヤ、静に致さぬか、今何を囀つてゐたか』
ベル『ハイ、治道居士始め三人の奴が、このベルを○○せうと云ふのです。どうぞ私を別牢へ入れて下さいな。険呑で堪りませぬから……』
ヤク『ハツハヽヽヽ、お前達の命は旦夕に迫つてゐるのだ。親分に殺されるか、治道居士に殺されるか、どつちみち殺される身分だ。マア安心して四人の連中から、力一杯苛められたがよからうぞ。オツホヽヽヽ。汝はこの中でも一番悪党だからのう』
ベル『モシ、ヤクさま、私は決してそんな悪人ぢやございませぬ。実の所は治道居士に改心したと見せかけ、此奴等四人の秘密を探つて御大将に報告するため、今まで化けてゐたのですから、どうぞ親分にさう言つて下さい』
カークス『ハツハヽヽ、本当に此奴ア悪い奴だ。猫の目ほどクレクレとかへる奴だから、治道居士様を暗殺しようとしよつた太い奴だ。こんな者が同じ牢獄の中に居ると、ゆつくり寝る事も出来ない。もし、ヤクさま、どうかベルを請求通、別室に置いて下さいな』
ヤク『ヨシヨシ、こんな奴を一所に置いておくとためになるまい。……また俺の都合も悪い……』
と小声に云ひながら錠前を外し、ベルの手を引立てて、最も暗い深い岩壁で囲んだ牢獄へ打ち込んでしまつた。ヤク、エールの両人は、ベルのために自分等の計画の暴露せむ事を恐れたからである。
 ヤクは三人の盗人と共にベルを引立ててこの場を去つた。跡にエールは牢番として一人残つてゐた。
治道『オイ、エール、岩窟の様子はどうだ。セールは今何をしてゐるか』
 エールは小声になつて、
エール『ハイ、二人の女に現をぬかし、涎をくつて居りますが、肝心の女が悪口ばかり言つて応じないものですから、泥坊商売はそつち退けにして、頭を悩めて居ります。それはそれは見られた態ぢやございませぬワ』
治道『ハヽヽ、あの洒ツ面では女にはもてまい。困つた奴だなア。そしてその女といふのは何処の者だ』
エール『何でも大きな声では言へませぬが、三五教の宣伝使だと云ふ事です』
治道『ハテなア、そしてその名は何と云つたか』
エール『ハイ、何でもブラブラ婆アさまだとか、エベスだとか大黒だとか聞きました。随分美人ですよ』
治道『ハア、それではブラヷーダにデビス姫の事だらう。ア、其奴ア可哀相だ。お前御苦労だが、治道居士が此処に居ると云ふ事を、何とかして知らしてくれまいか』
エール『ハイ、機会を考へて申上げませう』
治道『屹度頼むよ。私が今此処で手紙を書くから、これをソツと渡してくれ』
エール『承知致しました』
治道『何か……筆と墨と紙を貸して貰ひたいものだな』
エール『畏まりました。暫時お待ち下さいませ』
と四辺を窺ひながら、何処からか筆紙墨を用意して来た。治道居士はバットに墨をすらせ、何事かスラスラと書き認め終り、
治道『サア、エール、この二通の手紙を一通づつ両人にソツと渡してくれ。どちらでも構はぬ。同じ事が書いてあるのだから』
エール『ハイ承知致しました』
と手紙を懐に捻込み、いろいろ苦心して、二人の牢獄の前に窺ひ寄つた。見れば暗がりに一人の男が立つてゐる。
男『誰だ。何しに来たのだ。ここへは来る事はならぬと、あれほど喧しう云ふてあるのぢやないか』
エール『ハイ、私はエールでございますが、治道居士の牢番をして居りました所、済まぬ事ながら、フラフラと居眠りまして、方角を取違ひ、斯様な所へやつて来まして、誠に済みませぬ』
と態とに大きな声して、治道居士の来てゐる事を、二人の女に聞かさうとしてゐる。
男『コリヤ、エール、チボや乞食をどうしたといふのだ』
とワザとにセールは二人に治道居士の事を聞かそまいと、詞を濁さうとする。エールは態とにその意を解せざるものの如く、
エール『もし親方様、チボ乞食ぢやございませぬ。三五教の比丘治道居士の事でございますよ』
セール『馬鹿ツ、早く下れツ。そして自分の職務を忠実に守るのだ。一時も早く行けツ。汝が居ると邪魔になる』
 エールは『ハイ』と云ひながら暗がりを幸ひ、牢獄の窓から手紙を一通づつ、ソツと放り込んでしまつた。
ブラヷーダ『あの治道居士さまも、此処に捕はれて居られますか。そりや本当に心地のよい事ですね。彼奴は随分私に無体な事を云つた奴だから、天罰が巡り来たのでせう、ホヽヽヽ。モシ隣のデビス姫様、貴女と私をひどい目に会はしよつた、あの治道居士といふ比丘が捉へられて来てると云ふ事ですワ。本当に気分がいいぢやありませぬか。ホヽヽヽ』
デビス『本当にねえ、私も溜飲が下りましたワ』
 エールは不思議な事だと、首をひねりながら、暗い隧道を帰つて行く。
セール『アハヽヽヽ、オイ両人、お前も何か治道居士に迫害を受けたのだなア。ヨシ、俺がお前の仇討をしてやるから、安心したがよからう。その代りに俺の云ふ事も聞くだらうな』
ブラ『姉さま、どうしまほうか、本当に、一つここで恨を晴らさなくちや、女の意地が立たぬぢやありませぬか』
デビス『そらさうですワ、何とかして彼奴を此処へ放り込んで頂き、二人よつて両方から嬲殺にさして下されば嬉しいですがな。さうすりや親分さまの御註文位には喜んで応じますけれどなア』
ブラ『姉さまがそのお考へなら、私だつて賛成ですワ。あたいの夫を殺した奴ですもの。憎うて憎うて堪らないワ、その仇を親方さまの同情心によつて、討たして下さるやうな事なら、御恩報じにどんな事でも、親方の云ふ事を聞かうと思ひますワ』
セール『ウツフヽヽヽ。オイ女、お前の願は聞届けた。その代りに私の言ふ事は何でも聞くだらうなア』
 両人一度に、
『ヘーヘー聞きますとも、貴方のおつしやる事どうして聞かずに居れませうか……。二つも立派な耳を持つて居るのだもの……』
と小さい声で後を付けた。セールは声まで変へて、
セール『ウンウンヨシヨシ、可愛いお前の願だから、何でも聞いてやる。思ふ存分さいなんだがよからうぞ』
 両人一度に、
『有難うございます。一時も早くお頼み申します』
セール『ヨシヨシ、これから牢番に申付けて治道をここへ引つ立てて来るから、お前の好きなやうにしたがよからう』
と云ひ棄て、自分の居間へ帰つて行く。
 セールは自分の居間に帰り、ニコニコしながら独言、
セール『ヤア、これで俺も願望成就だ。ウマイウマイ、矢張女といふ者は何か一つ刺戟を与へないと駄目だワイ。まだ懐を調べてゐないが、あの治道は○を沢山持つて居るに違ひない。それに恨のある奴が来てるによつて、俺にも都合がよいといふものだ。何しろ月と花にもまがふ美人だからな。エヘヽヽヽ。両手に花とは俺の事だ。二人の妻に手を引かれ、黄金の橋を渡るといふ言ひ置は、今実現しさうだワイ。ウツフヽヽヽ』
と四辺に人無きを幸ひ、独り笑壺に入つて居る。

(大正一二・七・一六 旧六・三 於祥雲閣 松村真澄録)



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