出口王仁三郎 文献検索

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物語65-2-101923/07山河草木辰 赤酒の声王仁三郎参照文献検索
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第一〇章 赤酒の声〔一六六六〕

 その夜はカラリと明けた。薄暗がりの牢獄の中で、ブラヷーダは治道居士の手紙を読んで見た。その文面には、

一、拙者は貴女の御存じの治道居士でございます。虎熊山の岩窟に、以前の吾部下、セール、ハールの両人、数多の部下を従へ山賊を働き居ると聞き、天地の神に責任を負ひ、故意と囚人となつて、第一牢獄に投げ込まれて居ります。承はりますれば貴女方お二人もまた、この山砦に捕はれ、日夜セールの無体の恋慕にお苦しみ遊ばす事を聞きました。就いては私にも種々と考へがありますれば、茲一両日、言を左右に托して時を待ち、あくまでも貞操をお守り下さいませ。屹度救ひ出して上げませうから、万事に抜目のない貴女様、よもやとは思ひますが、もしや短気を起して下さつては、折角の治道居士の心遣ひが無になりますから、ここ一両日、臨機応変の態度を採つて下さい。
      治道より
   御両人様へ』

と記してあつた。両人は各同じ手紙を見てニツコと笑ひ、早救はれる時の来た事を喜んだ。そして自分の昨晩云つたこの狂言を、何とかして早く実現さしたいものだと、一時千秋の思ひで待つてゐたが、その夜は何の音沙汰も無く、たうとう夜は明けてしまつたのである。ブラヷーダは細い声で、

ブラヷ『常久の暗夜もやがて晴れぬらむ
  救ひの神の影見えければ』

デビス姫『今は早心にかかる雲も無し
  暁告ぐる鶏の声に。

 姉妹が心を協せて枉津見を
  言向和す時は来にけり』

 かかる所へ、足音高くやつて来たのはセールであつた。デビスは中から声をかけ、
デビス『もしもし、貴方はセールの親分ぢやございませぬか。嫌だワ。夜前は妾に、あれだけ固く約束しながら、何故聞いて下さらないの。早く治道居士をフン縛つて、此処へ入れて下さいな。そして思ふ存分恨を晴らさして下さいな。ね、親分さま』
セール『イヤ、済まなかつた。何時でも呼んでやる。実は昨夜、あまりお前の返事が気が利いて居たので、前祝に葡萄酒をグイグイとやつた所酔つてしまひ、誠に済まぬ事した。これからヤク、エールの牢番に云ひつけ、ここへ引張つて来てやらう』
デビス『それが定つた上は、別に慌てるには及びませぬ。妾が何程さかしい女だとて、昼は顔が見えますから今晩にして下さいな、暗がりで嬲殺にしたうございますからね。なア旦那さま』
セール『ウン、よし、気に入つた。俺に旦那様と云ひよつたな、それに間違ひはない。それにきまつた上は何事によらず、お前の望みを聞いてやらう。今牢獄を出せなら出さぬ事もない。何分自分の奥さまを、こんな所へ入れて虐待するのも、済まぬからな』
デビス『出して頂くのは有難うございますが、首尾よう敵を討つまで、此処にかうして置いて下さい。そして晩に此処にブラヷーダさまを入れて貰ひ、そこへ治道居士を呼んで両方から斬り苛めさして下さい。夜通しかかつて、耳を切り、鼻を切り、指を斬つて、バルチザンのやうな事をせねば、虫が得心しませぬワ』
セール『成程そりや面白からう。そんなら、今夜は首尾よく目的を達し、明日は結婚の式を挙げる事にしよう。それでは、懐剣は一本づつお前に、上げて置かう』
デビス『ハイ、有難う。しかし旦那様、一つ約束をして置きたうございます』
セール『ウン、よしよし。何でも約束をしてやる』
デビス『そんなら旦那様。妾を本妻にして下さい。そしてブラヷーダ姫は第二夫人ですから、それを今の中に誓つて頂きたうございますワ』
セール『ナーンだ。そんな事か。それなら俺の思惑通だ。お前もお頭の奥さまとなれば余り悪くはあるまいぞ。……果報は寝て待てとはよく云つたものだな』
デビス『そんなら旦那様、恥しうございますから、今晩は外の小盗人が寄りつかぬやうにして下さいませや』
セール『よしよし、お前の云ふ事なら何でも聞いてやる。明日は結婚するのだから、その用意に御馳走を集めて置かねばならぬ。乾児の奴等を四方八方に御馳走の準備に差遣はさう。今晩を楽みに待つてゐよ。ヤア俺もこれから髯でも剃つて、チツとめかさうかい。花嫁さまに対しても、あまり無躾だからな』
と元気よく吾居間に帰り、子分を残らず呼び寄せ、各自用を吩ひつけ、山を下つて馳走の用意をなすべく四方八方へ派遣してしまつた。後にセールは、またもやヤクを相手に、お祝として葡萄酒を呻つてゐる。
ヤク『もし親方、明日はお目出度うございます。どうぞ御成功を祈りますよ』
セール『ウン、云ふにヤ及ばぬ。既に成功したも同然だ。イツヒヽヽヽ、お前も羨りいだらうが、マアしばらく辛抱してくれ。俺の手で治道居士を片づける事は、何程泥棒だつて今までの恩義上、手を下す訳には行かず、また沢山の子分があつても、九分九厘まで治道居士の部下だつたのだから、真逆の時躊躇をし、自分の長上を殺すやうな手本を出すと皆が赤化しよつて、俺等まで、気に入らぬと何時首を掻くかも知れぬので、実は思想上の大問題と心配してゐたのだ。しかるに何の幸ぞ、治道居士に恨を抱いた二人のナイスが、敵を討たしてくれと云ふのだから、俺にとつてもこれ以上の好都合はない。居ながらにして敵を平げ、邪魔物を無くし、惚れた女と合衾の式を挙げるとは実に愉快な事だ。アハヽヽヽオイ、ヤク、お前も一杯やれ、何も遠慮は入らぬ、もとはただで盗つた酒だから、何程飲んでも懐のえぐれる気遣ひもなし気楽なものだ』
ヤク『ハイ、頂戴致します。親分様の空前絶後の御目出度さですから、私も抃舞雀躍して居ります』
と無性矢鱈に酒をすすめて、酔ひ潰さうとかかつてゐる。
 セールは上機嫌でソロソロ謡ひ出した。

セール『飲めよ騒げよ一寸先や暗夜  暗に包んだ獄牢の中に
 月雪花にも譬ふべき  二人のナイスが待つてゐる
 誰を待つかと尋ねて見たら  バラモン教にて名も高き
 陸軍大尉のセールさま  色が黒うて背が高うて
 目玉が丸うて天狗鼻  古今無双の男らしい男
 今は泥棒の親分となつて  数多の乾児を使役する
 ヤツパリ身魂は争はれない  一中隊の兵卒を
 指揮した身魂はどこまでも  一中隊の盗人を
 相も変らず支配して  虎熊山の山砦に
 羽振りを利かす甲斐性もの  恋の仇なるハールの少尉
 今は何処の山の果て  野辺に逍遥メソメソと
 吾身の不運をかこちつつ  この世を果敢なみゐるだらう
 二人のナイスをこのセールが  両手に花の結婚を
 やつたと聞いたら嘸や嘸  地団太踏んで口惜しがり
 舌でも噛んで死ぬだらう  その有様がアリアリと
 吾目の前にちらついて  ほんに愉快な事だわい
 思へば思へば俺のやうな  幸福者が世にあらうか
 数万の金を懐に  抱いた比丘はうまうまと
 吾手に知らずに飛び込んで  福を授けに来てくれた
 木花姫か弁財天  出雲の姫も真裸足
 逃げ出すやうなナイスをば  左右に侍らしうま酒に
 舌の鼓を撃ちながら  小股にはさんだ三味線を
 ピンピンツンツン引き立てて  糸がきれるほど抱きしめて
 思ふ存分痴話喧嘩  罰が当つても構やせぬ
 ほんに愉快な事だわい  これと云ふのもバラモンの
 大黒主の御恵み  これだによつて平生から
 神信心はせにやならぬ  と云ふて泥棒の親分が
 神の御前に手を合はし  お経を云ふのも何とやら
 薄気味悪い心地する  さはさりながらそんな事
 気にかけてゐたら恋の道  欲の目的達しない
 よくない奴は悪といふ  よくがありやこそ世の中に
 善と云はれて暮すのだ  善は急げだ今晩の
 二人の仇討ち済んだなら  時を移さず合衾の
 式をば挙げて偕老の  契を結ぶ下準備
 お前も充分気をつけて  落度のないやうにやつてくれ
 あゝ面白い面白い  面白うなつて来たわいナ。

アハヽヽヽ酒は浩然の気を養ふと云つて、今までクシヤクシヤして居た俺の気分もカラリと晴れ、世界晴れのやうだ。どうしてまた、こんな好運児に生れて来たものだらうな。エヽヽヽヽ』
と一人管を巻いて居る。ヤクは一生懸命に、酔はさうとかかつてゐる。漸くにして、その日は暮れてしまつた。肝腎のセールはグタグタになつてゐる。ヤクはソツとこの場を立出で治道居士の牢獄の前へと急いだ。
ヤク『オイ、エール、これからが正念場だぞ。俺等両人が今夜こそ捨身的大活動をやつて大将を往生させるのだ。抜からないやうにせよ』
エール『心配するな。策戦計画はスツカリ整ふてゐるのだ』
治道『ヤ、両人御苦労だつた。サアこれから愈本芝居にかからう。万事抜目なく頼むよ』
ヤク『ハイ、承知致しました。しかし小頭が四五人、ウロウロしてゐますから、暗がりに余程うまくやらないと、芝居の打ち損ひをやつたら大変ですから、気をつけて下さい』

治道『何事も皇大神の御心の
  ままになれよと祈るのみなる』

(大正一二・七・一六 旧六・三 於祥雲閣 北村隆光録)



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