出口王仁三郎 文献検索

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物語65-1-71923/07山河草木辰 反鱗王仁三郎参照文献検索
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第七章 反鱗〔一六六三〕

 三人は急坂を上つて往くと、密林の中に、「ウンウン」と呻声が聞えて来た。伊太彦は驚いて草をわけ、林の中に入つて見れば、一人の男が繃帯をしたまま、虫の息になつてフン伸びて居る。忽ち水筒の口を開いて水を飲ませ、天の数歌を謡ひ、労はつて介抱をしてやつた。倒れた男は漸く正気に復し、四辺をキヨロキヨロ見廻し、伊太彦宣伝使の吾前にあるに驚き、早くも逃げむとすれど、未だ手足の力が回復しないので、石亀のやうに地団駄を踏んで居る。
伊太『ヤア旅のお方気がつきましたか、先づ先づ結構々々、お前は大変怪我をして居るやうだが、大方虎熊山の泥棒にでもやられたのぢやないかな』
男『ハイ有難うございます。私はこの近くの者でございますが、一寸俄の用で親威へ参る途中、泥棒の親分、セールと云ふ悪人に出会ひ、有金をすつかり取られ、頭をかち割られ人事不省になつて居た所です。ようまアお助け下さいました。この御恩は決して忘れませぬ』
 エムはツカツカと傍により、顔をつくづく眺めて、
エム『ヤア、お前は虎熊山の泥棒の副親分ぢやないか、そんな嘘を云つたつて駄目だよ。もし宣伝使様、この男はハールと申まして、それはそれは悪い奴でございます。貴方のお尋ねになつた若い娘さまを、口に猿轡を箝めて、数多の乾児に岩窟の中に担ぎ込ました奴ですから、油断をなされますなよ』
ハール『オイ、エム、……いや、どこの奴か知らないが、さう見違をして貰つては困るぢやないか。私は泥棒でも何でもない、この近傍の百姓だ。滅多な事を云ふて貰ふまい』
 エムはニタリと笑ひ、
エム『ヘヽヽヽ、ようおつしやいますわい。そんな事を云つたつて、此処にお前様の乾児になつて居た二人の前の泥棒、今の真人間が控へて居ますよ。男らしく白状しなさい』
伊太『オイ、エム、タツの両人、此奴は泥棒に間違ひないなア』
エム『ヘエヘエ、チヤキチヤキの泥棒ですよ。此奴はバラモン軍のハール少尉と云つて、美男子の名を売つた士官ですが、鬼春別将軍様が軍隊を解散せられてから、仕方なしにセール大尉と泥棒を開業し、虎熊山の岩窟で羽振を利かし、百人頭になつて居る極悪人ですから、油断をなさつてはいけませぬよ』
伊太『お前の云ふ事は本当だらう。お前の改心もそれで証明された。これから可愛がつてやるから安心せい』
エム『いやもう有難うございます。どうぞ永当々々御贔屓のほどをお願ひ申ます』
タツ『充分勉強をいたしまして、他店とはお安く致します。どうぞ末永う御贔屓に願ひます』
伊太『ハヽヽ。面白い男だな。ヤ大に気に入つた。これから精出して御用を仰せつけてやるから、充分勉強するがいいぞ』
両人『フヽヽヽ』
伊太『オイ、お前は今この両人が証明して居るが、泥棒頭に相違あるまい。有体に白状せないと、お前のためにならないぞ』
ハール『いや、恐れ入りましてございます、どうぞ重々の罪をお赦し下さいませ、二人の姫様を連れ帰り、牢獄に打ち込みましたのは私に相違ございませぬ。しかし私を使ふ大親分がございますから、私ばかりの罪ではございませぬ。どうぞ彼をお調べ下さいませ』
伊太『自分の罪を親分に塗り付けるとは不届き千万の奴だ。たとへ親分がやつた事でも何故私がやりましたと引受けるだけの赤心が無いか、泥棒仲間にも道徳律が行はれて居るだらう』
ハール『ハイそれは確にございますが、何と云つても親分が親分でございます。たうとう親分奴、恋の競争から私を恨んで暗打に遇はさうと致しましたので、こんな目に遇はされ、実は逃げ出して来た所でございます。親分に反鱗あれば、私にも反鱗があります。さうだから阿呆らしくてどうしても犠牲的精神が起らぬぢやありませぬか』
伊太『その二人の女はどうして居るか』
ハール『ハイ、きつと……セール大将が惚れて居ますから、さう手荒い事は致しますまい。まアお身柄だけは大丈夫ですから御安心なさいませ。そして私の罪をお許し下さい。私も今日限り泥棒は廃業致します』
伊太『それや感心だ。そんならこれから私について、も一度岩窟へ往つてくれないか、何彼に便宜がいいからなア』
ハール『ハイ、エーお伴致したいは山々でございますが、この通り頭は痛み、俄に急性臆病災が突発致しましたので、遺憾ながら参る事が出来ませぬ。この度はお許し下さいませ』
伊太『本当に困つた奴だなア、今私が鎮魂してやつたからもう痛は止まつた筈だ。そんななまくらを云はずに、お前を煮て食はうとも焼いて喰はうとも云はぬのだから帰順した証拠に案内をしたらどうだ』
ハール『左様ならば、止むを得ませぬ。お言葉に従ひ、姫様のお居間まで御案内を致しませう。さうしてあのお方は、貴方様のお身内の方ですか、但は御兄弟ですか』
伊太『年の経た方は俺の友達の女房だ。若い方は俺の女房だ。随分お世話になつたらうなア』
ハール『ヤそれを承はりますと、私は合はす顔がございませぬから、どうぞ許して下さいな』
エム『もし宣伝使様、このハールは若い方の方に惚れましてな、口説て口説て口説ぬいた上句、肱鉄を喰され、肝癪玉を破裂させ、暗い暗い岩穴に放り込み、虐待をして居るのですよ。それだから合す顔がないと今白状したのです。そこらで一つ、ウンと云ふ目に遇はしておやりなさい。後日のためですからな』
伊太『仕方が無い男だな。しかしお前も改心したと云ふが、随分人が悪いぢやないか。今まで長上と仰いで居た人の悪口を俺に告げるとは、本当に義理人情をわきまへぬ奴だな』
エム『義理人情を知つて居つて泥棒仲間に入いれますか、弱肉強食、優勝劣敗の極致ですもの、そんな余裕がありますものか、そんな事構ふて居つたら、自分の身が亡んでしまひますわ、有島武郎だつて、愛の極致とやらまで行つて、たうとう自滅したぢやありませぬか。有島武郎はラブ イズ ベストを高調し、愛はどこまでも継続すべきものでないと云つたでせう。さうして仮令夫婦でもそれ以上の愛する者が出来たら、別れて愛の深い方へ靡くのが真理だと云つたでせう。それだから、この大将はも早見込がない、あなた様の方が余程立派だ、吾々を救つて下さる救ひ主だと思つたから、弊履の如く今までの親分を捨ててしまつたのですよ。悪うございますかな』
伊太『アハヽヽヽ、何と水臭いものだな。それではまだ改心と云ふ所へは往かぬわい。一つこれから膏を取つてやらねばなるまい』
ハール『どうぞもう見逃して下さい。セールの悪口申したのは、つまり恋の仇でございますから、あんまり胸が悪いので、つい口から迸つたのでございます。今後は慎みます。そんなら仰せに従ひ、陣容を立て直し、堂々と先陣を仕りませう。さア、エム、タツの両人、宣伝使のお後から従いて来い』
伊太『ヤアお前達は三人とも先へ往くがよい。俺も後に目が無いからなア、ハヽヽヽ』
エム『送り狼と同道して居るやうなものですからなア。先にお出になるのは険呑です。躓いて倒けたら何時噛ぶり付くかも知れませぬからなア』
ハール『これエム。いらぬ事を云ふな』
と叱りつけながら、先頭に立つて、足早に登りゆく。

(大正一二・七・一五 旧六・二 於祥雲閣 加藤明子録)



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