出口王仁三郎 文献検索

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物語65-1-41923/07山河草木辰 不聞銃王仁三郎参照文献検索
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第四章 不聞銃〔一六六〇〕

 虎熊山は昼夜の区別なく盛んに噴火してゐる。そして時々鳴動を始め、地の震ふ事も日に三四回はあつた。セール、ハールの両人は旅人を、乾児に命じて甘くこの岩窟に引ずり込ませ、赤裸にしては四肢五体を解き、この噴火口に放り込み焼いてしまふのを例としてゐた。セールは夜が明けてフト目をさました時は既に酔は醒めてゐた。しかしながら昨夜ハールに突当り、ハールは九死一生の場合になつてゐた事を思ひ出し、もしや蘇生しよつたら大変だから、今の内に片付けてしまはむと、自ら抜身を提げてうす暗い牢獄の前に行つてみると、ハールの姿は影も形もなくなつてゐた。その実ハールはセールの酒に酔うての独言を聞いて「此奴ア大変だ。かやうな所に居つては何時自分の命が亡くなるか知れぬ」と、頭に繃帯をし杖をついて夜陰に紛れ、この岩窟を脱け出してしまつたのである。
 セールは二人の女の牢獄の前にただ一人進みより、顔色を和らげて猫撫声をしながら、牢獄の扉を自ら開き、髯武者武者の顔にも似ず、
セール『ウン、お前は淑女のデビス姫さまであつたか、ホンに苦労をしただらうな。何分ハールの奴、罪もないお前たちを拐かし、かやうな残酷な事を仕やがつて、俺も可哀相で、どうとかして助けてやりたいと朝夕心を砕いてをつたが、何しろ彼奴は柔道百段の強者だから、俺が大将となつてゐるものの、その実権はハールが握つて居るのだから仕方がなかつた。昨夜は計らずもお前の仇をうつてやつたのだから、云はばお前の命の親だ、どうだ嬉しいか。ブラヷーダといふ女も可哀相だが、彼奴ア何だかハールの奴と甘つたるい事を云つてゐやがつたやうだから、ひよつとしたら情意投合でもやつたかも知れない。何分青白い瓜実顔だから……それで先づ彼奴は後廻しとして、最も愛するお前の方から助けてやらう。どうぢや嬉しいか。さぞ嬉しいだらうの』
デビス『御親切は有難うございますが、余り嬉しうは思ひませぬ。何だかあなたのお面が怖ろしうなつて来ましたもの』
セール『ソリヤお前取違ひといふものだ。ハールのやうな、女か男か分らぬやうな優しい面してゐる奴に、人を殺したり、大泥棒のあるものだ。俺のやうな髯武者武者の黒い面してゐるものは却つて心が美しいものだよ。サア、そんな事を言はずに、お前の命の親だから、とつとと出たがよからうぞ』
デビス『妾はここを出るのは厭でございます。万劫末代永久に岩窟姫神となつて、虎熊山の主になりますから、どうぞ、そんなせうもない事を云はないでおいて下さいませ。それよりも一時も早く妾の命を奪つて貰へば満足でございます。かやうな所から引出され、あなたの弄物になるよりも、このまま死んだ方がいくらマシだか知れませぬワ』
セール『これはまた、悪い了見と申すもの、命あつての物種だ。そんな分らぬ事をいはずに、俺の云ふ事を聞いたらどうだ。また面白い事や嬉しい事が、タツプリと見られるかも知れないぞや』
 隣の間よりブラヷーダは細い声で、
『姉さま、デビス姫様、出ちやいけませぬよ。獅子の餌食になるよりも、自由自在にここから天国へ行かうぢやありませぬか』
デビス『あゝブラヷーダ様、あなたもそのお考へですか、そんなら両人共永久にこの岩窟に鎮まることに致しませう。私は岩窟姫になりますから、あなたはお年が若いから木花咲耶姫にお成り遊ばせ。そして私は世界人民の寿命を守り、あなたは世界の平和を守る神とおなり遊ばせ。それが本望ですワ』
ブラ『さう致しませう。決して出ちやいけませぬよ』
セール『オオ、きつい事同盟したものだな。コリヤコリヤ両人、二人一緒に出してやるから、両人仲よく一ぺん面会する気はないか』
ブラ『私も一度姉さまの顔がみたいから、厭だけれ共、お前さまの願ひを許して、出てあげまほうかな』
セール『エーエ、仕方のない姫御前だなア』
と云ひながらガタリガタリと両方の牢獄の戸を捻ぢ開けた。二人は飛立つばかり喜んで、牢獄を立出で、互に抱きついて嬉し涙にくれてゐる。
ブラ『姉さま逢ひたうございました』
デビス『ブラヷーダさま、お顔が見たうございましたよ』
と絡ついてゐる。
 セールはこれを見て、ワザと高笑ひ、
『アツハヽヽヽ、先づ先づ目出たい目出たい。天の岩戸が開けたやうだ。あな面白し、あなさやけ、おけ。アテーナの女神様が、セールの七五三縄によつて、再び世にお出ましになつたのか、暗澹たる天地も茲に六合晴れ渡り、光明遍照十方世界の光景となつて来た。謂ばこのセールは天の手力男の神さま同様だ。サアお二人の姫神様、私の居間へお出で下さりませ。これから賑しく、男女三人が御神楽を奏げませう』
 両人は目と目を見合はせながら……此奴に酒を呑ませ、操つてやらうと思ひ、セールの居間に進んでゆく。セールは満面に得意の色をあらはし、
セール『あゝどうも男一人に女二人は都合の悪い者だ。何とか一人の姫様に別室に控へて貰ふ訳には行くまいかな』
ブラ『姉さま、厭ですワネ、私とあなたとは神さまから結んで下さつたフラチーノですものね。これから二人が同盟して、セールさまを一つ包囲攻撃せうぢやありませぬか、砲弾の用意は出来ましたかな』
デビス『新式の三千彦砲もございますなり、極堅牢な肱鉄砲不聞銃も所持致して居りますわ、ホヽヽヽ』
ブラ『妾だつて、最新式の伊太彦砲やエッパッパ銃に、セール親分の恋はどうしても不聞銃を沢山に用意して居りますから大丈夫ですよ。モシ泥棒の親分様、あなたの方にも戦備は整つて居りますかな』
セール『調つて居らいでかい。すべてこの世の中は言向和すのが神の教だ。刀剣を鋤鍬に替へ、大砲を言霊に代へ、爆弾の音を音楽に変へて、世界万民を悦服させるバラモン教の元大尉だから、モウ泥棒の名称は、女将軍殿に返上する。おれは音楽の王たる三味線はフエムーロに挟んでゐる、一寸弾じてみると、チンチンチンと味はひ良くなるのだ。随分いい音色がするぞ。何と云つても金で面を張つた一番上等の○○紫檀の棹だからなア』
デビス『ソリヤ違ひませう。あなたのはツンツンと浄瑠璃三味線のやうな音がするでせう。何と云つても、特製の太棹ですからね。ホヽヽヽ』
セール『アハヽヽヽそんなら一つ太棹の音を聞いて貰はうかな』
ブラ『姉さま、太棹も細棹も聞きたくありませぬね』
セール『そんなら太鼓のブチにせうか。それが嫌なら尺八はどうだ』
デビス『オホヽヽ。すかぬたらしい。あのマア デレた面ワイの、モシモシ親分さま、涎が流れますよ。アタみつともない。牛のやうですワ』
セール『エー、時に、冗談はぬきにして、お前に直接談判がある。キツト聞いてくれるだらうな』
デビス『ソリヤあなたのお言ですもの、聞きますとも、そのために耳があるのですもの』
セール『イヤ、其奴ア有難い。キツと聞いてくれるな。間違ひはないなア』
デビス『キツと聞きます』
ブラ『ソリヤあなたのお言は、聞かねばなりませぬもの』
 セールは面の紐を解きながら、さも嬉しげに、
セール『ハツハヽヽヽ、イヤ、これで何もかも万事解決だ。矢張り女は女だ。ソレぢや今露骨にいふが、デビス、お前は今日ただ今より拙者が宿の妻、またブラヷーダは第二夫人として採用するから、さう心得たがよからうぞ。イヒヽヽヽ』
デビス『アレまあ、何事かと思へば、好かぬたらしい、誰があなた方の妻になつたりしませうか。ねえブラヷーダさま』
ブラ『さうです共、貞女両夫に見えずといひますから、何程男前が好くつても、金持でも、吾夫より外に身を任すことア、出来ませぬワ、ましてこんな鬼のやうなしやつ面した盗賊の親分に身を任してたまりませうかねえ』
 セールは、不機嫌な顔して、
セール『コリヤ女、俺を嘲弄致すのか、今、何でも聞くと云つたぢやないか』
デビス『お約束通り聞いたぢやありませぬか。聞いたればこそ、応答してるのですよ。あなたのお言葉を採用する、せぬは、私たち両人の自由ですもの、天女のやうな美人に対し、恋慕するとは、チツト分に過ぎとるぢやありませぬか。あなたの御面相とチと御相談なさいませ。あのマア怖い面……。一石の米が百両するやうな面付だワ』
セール『エー、仕方のない奴だ。最早堪忍袋の緒が切れた。恋の叶はぬ意趣返し、再び牢獄へ打ち込んで嬲り殺しにしてやらう………。ヤアヤア乾児共、この女両人を引捉へ、牢獄へ打ち込め』
と怒り狂うて牢獄内がわれるほど呶鳴立てた。声の下より七八人の乾児はバラバラと入り来り、矢庭に両人の手を取り足を取り、エツサエツサとかき込んで、旧の牢獄へブチ込んでしまつた。あとにセールは吐息をつき、
「あゝ恋ばかりは暴力でも、金力でも、脅迫でも、絶対権威でもいかぬものだなア。しかしながら、一旦男が言出した事、このままにしては、何だか吾れと吾心に恥かしい。水責火責に会はしても、こちらの心に従はさねば、親分の権威にも関係する。大勢の子分を使ふ身で居ながら、かよわい女二人位を自由にする事が出来ないでは、最早おれも駄目だ。ヨーシ、一つこれは食責に会はすが一番だ。獅子でも虎でも狼でも食物で責さへすれば、人間の云ふ事を聞く。コリヤ食責めに限る」
と独言を云つて居る。そこへ慌ただしく帰つて来たのは、乾児のタールであつた。
タール『モシモシ親方様、今よい鳥を見つけて参りました』
セール『何? よい鳥を見つけて来たとは、一体、美人か、金持か、どちらだ』
タール『ハイ、ヤク、エールの両人と腹を合せ、治道居士の一行を巧く引張込んで来ましたが、どう致しませうかな』
セール『治道居士とは、あの鬼春別将軍ではないか。あの男ならば、定めて金は持つてゐるだらうな。中々智勇兼備の勇将だから油断はならぬ。何はともあれ、巧くだまし込んで、牢獄へ打込んでおけ』
タール『ハイ、承知致しました。しかしながら一行五人、その中で四人は盗賊の改心した奴です。治道居士も、岩窟の親分セール大尉を始め、その外一同の奴を、誠の道とか、間男の法とかで、改心さしてやると云つて、強い事を云つて居りますから、どうぞあなた一寸来て下さいませな』
セール『イヤ、おれは何ほど盗賊の親分でも、一旦主人と仰いだ将軍を、手づから放り込む事は出来ぬ。乾児が全部集まつて、五人の奴を皆ブチ込んでしまへ。そして弗々と持物を引たくり、甘く片付けてしまうのだ。いいか、キツとぬかるでないぞ』
タール『ハイ承知致しました。そんなら第一の牢獄へ、五人共放り込んでしまひませうか』
セール『ウーン、第一がよからう。水一杯与へちやならぬぞ。そしてヤク、エールの両人はどこに居るのだ』
タール『ハイ、治道居士の両側について居ります』
セール『あゝさうか、ソリヤいい事をした。始めての功名だ。誉てやらねばなるまい。しかし汝と一緒に行つたエムはどうなつたか』
タール『あのエムですか、彼奴ア俄に善の道へ堕落しやがつて、麓の森林で治道居士に道義とか、真理とかを説き聞かされやがつて、涙を流し、尾を振り、首をすくめてどつかへエム散霧消してしまひました。本当に腑甲斐のない奴ですな。まだ彼奴ア盗賊学に達してゐないものですから、たうとうお蔭を落しました。どうも助けやうがないので見遁してやりました』
セール『ヤア、其奴ア大変だ。エムの奴、この団体を逃出し、そこら中へ廻つて喋らうものなら、何時捕手が出て来るか知れたものぢやない。なぜエムをつれて帰らなかつたか、馬鹿な事をしたものだのう』
タール『それでもあなた、此方は三人、向方には豪傑が五人、エムなんかに相手になつて居れば、肝腎の玉を台なしにしてしまふと思つて、逐はなかつたのでございます』
セール『仕方がない。既往は咎めぬから、今後は心得たがよからう。サア早く五人の奴を打ち込んでしまへ』
 タールは逸早くこの場を去つて、治道居士以下四人を、第一牢獄へ巧く打ち込んでしまつた。治道居士は何か心に期するものの如く、さも愉快気に四人をつれて牢獄へ、何の抵抗もせずもぐり込んだ。ヤク、エールの両人は最早今日では泥棒心を改め、治道居士の味方となつてゐた。されどセールを始めタールその他の盗人連には、一人もこれを知るものがなかつた。それ故ヤク、エールは五人の牢番を命ぜらるる事となつたのは、治道居士にとつて非常な便宜であつた。

(大正一二・七・一五 旧六・二 於祥雲閣 松村真澄録)



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