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物語65-1-31923/07山河草木辰 岩侠王仁三郎参照文献検索
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第三章 岩侠〔一六五九〕

 虎熊山の岩窟に捕らはれて居る二人の女があつた。何れも別々の室に幽閉され、身の薄命を歎ちつつ、窃に歌をもつて両女互に意志を通はして居る。この女は一人はデビス姫、一人はブラヷーダ姫であつた。
 ブラヷーダは窃に謡ふ。

『私は悲しい盲の小鳥  春は来れども花咲かず
 小鳥の声も聞こえない  明けよが暮れよが暗ばかり
 私は淋しい盲の小鳥  恋の涙の星さへ見えず
 明けよが暮れよが暗ばかり  恋しき男に伴はれ
 父と母との懐を  やうやく離れし雛鳥の
 古巣に帰るよしもなし  恋しき人は今いづこ
 一目遇ひたく思へども  醜の企みの岩窟に
 深く包まれ日も月も  光も見えぬ身の歎き
 誰に語らむ術もなし  永遠の涙は迸り
 いつしか晴れて逢坂の  関の戸開き鶯の
 鳴く音を聞かむ事もがな  思へば思へば父母の
 御身の上が案じられ  胸にただよふ万斛の
 涙をいづれに吐却せむ  あゝ惟神々々
 御霊幸倍ましまして  一日も早く三五の
 神の司の玉国別が  妾の危難を悟りまし
 救ひ出さむと出で来ます  嬉しき便りを松虫の
 なく音も細る岩窟の中  吾身の上ぞ悲しけれ』

 隣の岩窟の牢獄に投げ込まれたデビス姫は、この歌を聞いて、隣室にブラヷーダの囚はれて居る事を悟つた。

デビス姫『テルモン山に千木高く  大宮柱太知りて
 鎮まり居ます大神に  朝な夕なに仕へます
 父と母との懐を  離れて神の三千彦に
 救はれ漸うハルセイの  沼の畔に来て見れば
 醜の曲津の四つ五つ  霞の中より現はれて
 有無を云はさず引捉へ  口には篏ます猿轡
 無惨の責苦に会ひながら  この岩窟に引き込まれ
 朝な夕なに盗人の  セール、ハールの棟梁に
 心にもなき恋路をば  強要されて身を藻掻き
 歎き苦しむ吾こそは  三千彦妻のデビス姫
 今聞く歌は伊太彦の  妻の命にましますか
 悲しき浮世の例にもれず  汝が命も悪漢の
 醜の企みに陥りて  此処に来らせ給ひしか
 あゝ惟神々々  天地に神のますならば
 醜の司の魂を  柔げ清め妾等の
 二人の苦をば救ひませ  神は汝と共にあり
 人は神の子神の宮  神に等しきものなりと
 厳の教は聞きつれど  かよわき女の如何にせむ
 果敢なき浮世の夢路をば  辿る吾身の悲しみは
 夢になれよと朝夕に  祈り尽せど恐ろしき
 この正夢は晴れやらず  虎熊山の山おろし
 朝な夕なに吹き荒み  心を破り身を砕き
 もはやせむ術なく涙  涸れ果てたるぞ悲しけれ
 あゝ惟神々々  御霊の恩頼をたまへかし』

と幽かに謡つて居る。隣室にあるブラヷーダは、この声を聞いて稍力づき、夜中人静かなる時を考へ、幽かな声で歌をもつて互に身の果敢なさを語り合つて居た。

デビス姫『ブラヷーダ姫の命は如何にして
  この岩窟に囚はれたまひし』

ブラヷーダ姫『曲者にかどわかされて伊太彦に
  逢はむと思ひ迷ひ来にけり』

デビス姫『汝もまた浮世の外の人ならじ
  妾と共に悩みますかも』

ブラヷーダ姫『如何にしてこの苦しみを逃れなむ
  泣けど詮なき今の身の上』

デビス姫『妾とて同じ思ひの杜鵑
  忍び音に泣く声もかれつつ』

ブラヷーダ姫『伊太彦や三千彦司を初めとし
  吾師の君を案じ暮しつ』

デビス姫『皇神の守らせたまふ身なりせば
  また救はるる時や来らむ』

 かく互に述懐をのべて居る。其処へスタスタと忍び足にやつて来たのは、この岩窟で副親分と聞えたる、元バラモンの少尉ハールであつた。ハールは悪人に似ず、眉目清秀、白面の美男である。彼はブラヷーダの嬋妍窈窕たる姿に恋慕し、如何にもして吾掌中の珠となさむと、恋の悩みに心胆を砕いて居た。親分のセールが酒によひ潰れて寝た隙を考へ、恋の野望を達せむと、足音を忍ばせて、この牢獄の入口までやつて来たのである。

ブラヷーダ『訝かしやこの真夜中に何者ぞ
  とくとく帰れ醜の曲人。

 妾こそ神に仕ふる司ぞや
  如何でか曲の襲ひ得べけむ』

 ハール、窓の外より

『吾こそは胸もハールの司ぞや
  汝に逢はむと忍び来にけり。

 朝夕に汝救はむとあせれども
  セール司の許しなければ』

ブラヷーダ姫『天が下に男子と生れ出でし身の
  盗人となる人ぞをかしき。

 みめかたち如何に清けく居ますとも
  醜の司に言の葉はかけじ』

ハール『表面には醜の司と見ゆるらむ
  心の花を君は見ざるや。

 花も実もある武士ぞ吾は今
  汝を救はむと忍び来にけり』

ブラヷーダ姫『偽りの多き世なれば汝が言葉
  如何で誠と諾はるべき。

 汝もまた盗人ならば烏羽玉の
  夜は家に居ず外に出でませ。

 益良夫がかよはき女の香に迷ひ
  慕ひ来れるさまぞをかしき』

 ハールは暗がりに佇立し独言、

『ハテナ、こいつはどうしても俺の言ふ事は聞かないと見えるわい。まてまて、一つ工夫を凝らして、この女を諾と云はせなくては、男が一旦云ひ出した言葉を、後に引く訳には往かず、また男子の面目玉が全潰れになつてしまふ。何と云ふても生殺与奪の権を握つて居る俺に、恋の弱身があればこそ、柔和しく出て居るものの、どうでも成らん事は無い。一つ脅かして往生さしてやらう』
と打肯き、態とに声を荒らげ、
ハール『これや女、柔和しく出ればつけ上り、七尺の男子に恥を掻かすとは、不届き千万の曲者だ。生殺与奪の権を握つたこの方、嫌なら嫌でよい。無理往生にでも、見ン事靡かして見せよう。覚悟を定めて色よい返事をしたらどうだ』
ブラヷーダ『ホヽヽヽ、青二才の分際として、それや何を云ふのですか。些と恥をお知りなさいませ。妾のやうな繊弱き女を、獅子を放り込むやうな牢獄にぶち込み、弱身をつけ込んで恋の欲望を遂げようとは、見下げ果てたる貴方の心底、そんな卑怯未練な男には、仮令体が烏の餌食になるとても、アタ阿呆らしい靡く女がございませうか。ちと胸に手をあて考へて御覧なさい。妾の愛する男は三五教の宣伝使伊太彦司より外にはございませぬ哩』
ハール『何、その方は伊太彦と云ふ奴の女房になつて居るのか。てもさても気の毒なものだのう。伊太彦と云ふ奴はこの方の計略にかかり、陥穽におち込み昨日の夕暮寂滅為楽となつたぞよ。何程恋しい男でも、幽霊と同棲する訳には往くまい。人間は思ひ切りが肝要だ、お前も終身、独身生活をする訳には行くまい。何れ夫を持たねばなるまい。どうだ、魚心あれば水心だ。俺の顔も全く見捨てたものでもあるまい。これでもハルナの都では美男と名を取つたハール少尉だ。思ひ直して俺に靡く気は無いか』
ブラヷーダ『何、伊太彦さまは貴方方の毒手にかかり、陥穽に落ちて御亡くなり遊ばしたと云ふのは、それや真実でございますか』
ハール『アハヽヽヽ、お前も不便なものだわい。伊太彦は、すつかり有金を掠奪られ、法衣を脱がされ、真裸になつて、奈落の底へ墜ち込んで死んだのだ。お前も、もうよい加減に締めたらどうだ』
ブラヷーダ『ホヽヽヽ、そんな嘘を云つても駄目ですよ。伊太彦様は決して法衣は着て居ませぬ。お金は持つて居られませぬ、お師匠様が持つて居られるので、ほんの小遣ばかり……それに夜光の玉を持つて居る以上、貴方方の計略にかかるやうな事はありませぬ。ホヽヽ、てもさても腑甲斐ない柔弱男子だこと、余りの事で愛想がつき果て、開いた口もすぼまりませぬわい。お生憎さま、私の体はまだ伊太彦様のお間に合せなければなりませぬから、平にお断り申します。どうか他のお方にお掛け合ひなさいませ』
とやけ気味になつて、若い優しい女が業託を叩き出した。女が命を放げ出した時は、何とも云へぬ強い事を云ふものである。
 デビス姫は息を潜めて、二人の問答を一言も聞き漏さじと、耳を聳てて居る。
 そこへふと目をさました親分のセールは、ハールの姿が見えぬので不審を起しながら、便所に立つて行くと、二人の女を閉ぢ込めた牢屋の方面に何だか囁く声が聞えるので、未だ酔の残つて居る足許で、暗い隧道の中を探つて来ながら、ドンとばかりハールの肩に突き当つた。ハールは不意を打たれて引くりかへり、聊か岩角に頭蓋骨を打つけ『ウン』とその場に倒れてしまつた。
セール『タタ誰だい。俺の未来の妻と妾の前へ、甘い事せうと思つて、何奴か知らぬが口説に来て居つたな。罰は覿面ウンと云ふて倒れよつたが、大方ハールの野郎だらう。あいつが居るとどうも俺の恋の邪魔になつて仕方がない。青白い瓜実顔をしやがつて、女にチヤホヤせられる奴だから、どうかしてやらうと思つて居た所だ。偶然にもこの方に突当られ、頭を割つて寂滅為楽となりよつたが、今までは彼奴も一寸小才の利く奴だから、トランス団組織には与つて力があつたが、もうかう基礎の固まつた以上は、有つて却て邪魔になる代物だ。てもさても、好い時には都合のよい事ばかり来るものだなア』
 ハールは頭を打つて気が遠くなり、『ウンウン』と唸いて居たが、セールが大きな声で笑ふたのでフト気がつき、暗がりで『ウンウン』と唸りながら様子を考へて居る。
セール『オイ、二人の女、最前から俺の独言を聞いたであらうのう。そして、ハールの野郎がお前達に何か云つたであらう。それを一つ聞かしてくれ。お前達二人の生命は、このセールが片手の中に握つて居るのだ。素直に致さぬとためが悪いぞエーン。あゝ酔ふた酔ふた苦しいわい。どうやら百貨店を開店しさうだ。とに角今日は舌が縺れて充分の交渉も出来ないから、明日まで保留して置かう。ハールが斃つた以上は、もう俺のものだハヽヽヽ。かう見えても二人の女、血も有り涙も有るセール大尉だ。お前達は血も涙もない悪棘の人間だと思ふであらうが、義理人情もよく知つて居る、恋も味はつて居れば愛も解して居る。まづ今晩は楽しんで明日を待つがよからう』
と勝手の理窟を並べながら吾居間へ帰つて往く。ハールは相変らず『ウンウン』と唸つて居る。デビス姫、ブラヷーダの二人は、同じ思ひの負ず劣らず、暗を幸ひ舌を出し腮をしやくつて嘲笑して居た。

(大正一二・七・一五 旧六・二 於祥雲閣 加藤明子録)



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