出口王仁三郎 文献検索

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物語65-1-11923/07山河草木辰 感謝組王仁三郎参照文献検索
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第一章 感謝組〔一六五七〕

 夏の日の強い光に侵されて、水に落ちた船の影は、動く水のうねりに従つて、幾重にも縞になつて、暗い緑に渦捲いて、竿を入れるたび、輪が画かれ、岸のあたりまで、その輪が大きく大きく拡がつて行く。古い陶器の色にでもあるやうな雨風に晒された船の色は、沈んだ調子に水に接して、積荷の上を、かすつた、強い紅がかつた斜陽の色と、稍曲つた帆の半面を照らした光とが、暗い水に映つて、時ならぬ色模様を織出して居る。
 ハルセイ沼の辺りに、二人の男が水面を見守りながら、雑談に耽つて居る。
甲『世の中に何が一番困難事だといつても、世に処するの道ほど、六ケ敷いものは無いのだ。日月星辰は大空に懸り、雲は中空に彷徨往来して居つても、人間と云ふ奴は毎日々々食はず呑まずには生きて居られない。五穀は何ほど米屋の倉に積んであつても、黄金が無ければ、一粒の五穀も買ふ訳には行かず、酒が何ほど在らうが、黄金がなければ、自由にならない。朝はハルセイ山から吹颪す、山嵐に震へながら、身を縮めての野良仕事も、夜は星を戴いて家に帰つて来るのも、皆、その日その日の生活をなし、または黄金を貯へたいからだ。黄金がなければ、どうも仕様のない今の世の中だから、仕方なしにトランス様になつたのだ。意気地の無い奴は、首を吊つてブランコ往生をやりよるのだが、俺等は一人前の男子だ。まさかそんな卑怯な事は出来ないからのウ。今までバラモン軍に仕へて居つたのも、つまりは生活の安全を保つためだつた。最早今日となつては、鬼春別将軍も彼の状様になつたのだから、乾分の俺たちはトランスでも為なくては、今日の生活が出来ない』
乙『如何にも、お前の説は至極尤もだ。俺は陸海軍何れかの将校になる、俺は何々の官吏になる、俺は何々の大事業を企てると云つて、意気衝天の青年でも、その一面は国家を思ふとか、国民を愛するとか、立派に言つて居るが、その半面には、矢張り月給を沢山に取つて、相当な生活をしたい、と云ふ念慮より外には何ものも無い。大体表面には、名誉とか、出世とか、成功とか、社会奉仕とか、名前だけは実に立派なことを言つて居るが、ドドの約りは矢張金が儲けたいのだ。黄金が無ければ今日の世の中は、何ほど聖人でも、学者でも、田舎の爺でも、矢張名誉を得、立身出世したとは言はれない。金のない奴は何時でも、彼奴は相変らず意気地なしだ。困つて居やがるナア位で、社会から追つ払はれてしまふのだ。嬶の褌一枚でも、六一銀行へ持つて行けば、少々ばかり汚くつても金になるが、髯や名誉では借金取りを追つ払ふ訳には行かない。如何に俺は学士だ、勅任官だ、華族だ、おれは社会を取締る警官だ、と威張つて見た所が、肝腎の金がなければ、サア鎌倉と云ふ時には、グーの音も出ない。やつぱり米屋へ頭を下げたり、味噌屋へ味噌をすつて、御千度を踏まねばなるまい。それを思ふと金なるかなだ。しかし何ほど金が欲しいと云つても、トランスになるだけは、考へねば成るまいぞ』
甲『何、現代の人間は優勝劣敗式だから、トランスせない奴は一人もありやしないよ。金が無ければ、勅任官でも奏任官でも、カラツキシ駄目だ。ましてや判任雇傭、ヘツポコ官吏をやだ。昼は廟堂に国政を議して威張つて居つても、夕べに米櫃の泣く音を聞いては、如何なる志士でも、豪傑でも、断腸の涙を溢さずには居られまい。それ故今の世の中は皆までとは言はぬが大小トランスをやらない奴は無からうよ。月、雪、花、恋愛、肉楽などと言つて居つても、明日の食物に芋の小片一つないと来ては、三年の恋も猶覚め了るでは無いか。身には錦衣をまとひ、髭髯いかめしく天下を睥睨し、口角泡を飛ばして、大言壮語をなすも、懐中無一物と来ては、乞食の女だつて相手にしてくれない。威張れば威張るほど腹が苦しく、錦を着れば着るほど、胸が苦しい。三歳の童子も、金満家の児は金の威光で尊まれ、阿弥陀様でさへも金箔で価値が出る世の中だ。何ほど華族でも、法主でも、債鬼の前には頭が上らず、靴屋の息子も金さへ有れば結構な若旦那様と、もてはやさるる世の中だ。たとへ無理しても、金さへ持つて居れば、悪も善で通用するのだから、俺はどうしても初心を枉げない覚悟だ。青楼へ登る時にも、ヘイーいらつしやいと意気な詞や、お通り遊ばせ、と艶な台詞で迎へられても、イザ勘定となつて一文も無いと来ては、如何に嬋妍な美人でも、忽ち額に皺を寄せ、眼を吊り上げ、柔和なお世辞の良い番頭でも、苦情を述べ立てずには居られないぢやないか。先に艶麗にして柔和なりしその顔は、忽ち鬼かヱンマと激変し、入らつしやい、お上り遊ばせ、の言霊は忽ち、出て行け、腰抜け奴、の暴言となり、命令となり、果ては引つぱられたその手で、すげなくも突出され、迎へられたその口から、唾液を吐きかけられる事になるのだ』
乙『成程そらさうじや。金が無くては今の世の中に生活する事も出来ない。どうしても衣食住を廃することの出来ない人間は、食はずには生て居れない動物たる以上は、如何に金銭に威張られても仕方がない。是非共善良なる方法で、黄金を蓄へ、米を買ひ、生命を繋ぐ算段をせなくてはなるまい。

「イザさらば、花見にごんせハルセイ山」

も衣食足り、住居あり、生命あつての上の事だ。そこでこの衣食を満たし、住居を定め、生命を繋ぐ算段するのが肝腎だが、こいつが抑難ケしいので、栄辱も利害も、禍福も得失も、倫常も学問も、教育も戦争も、皆この必要から湧き出されるのだ。この根本的原理を離れた道徳も無く、この原理を去つて社会なく、国家もない。況んや政治、経済、実業、教育、倫理、科学、宗教をやだ。宇宙間の森羅万象、これ悉く、吾々が生活の資料となり、要素となるもので、この生活の無き以上は、宗教も、坊主も、神主も必要がないのだ。況んや、聖人君子も、天地そのものも、既に必要がない。太陽の光線、星辰の運行、風雨霜雪、河川港海、山岳森林、皆これ、吾々が生活のために設けられたものでは無いか。この生活をなし、生命をつないで行くのは、人間それ自身でなければならぬ。人生と云ふのは、生活上において、千差万別の状態のあるのを、云ふのだからのウ。成るべくはトランスだけは止めて天与の富源を開拓しようぢやないか』
甲『俺たちは、百姓せうにも田畑はなし、鋤鍬、その他の附属道具もなし、商売するにも資本はなし、だと云つて乞食も出来ないから、この世を太く短く暮すトランスを、止むを得ず選むことにしたのだ。貴様も今となつて、そんな弱音を吹くもので無いよ。それよりも早く、何とか一仕事して帰らなければ、親分に言訳が立たぬぢやないか』
 かく話す所へ、法螺貝の音ブウーブウーと、遠く近く、或は高く、或は低う、響き来たる。
 甲乙二人の名は、ヤク、エールと云ふ。どこともなく、権威の籠もつた法螺の音に稍怖気付き、傍の灌木の茂みに姿を隠した。治道居士はベル、バット、カークス、ベースの改心組と共にこの場に現はれ来り、二人が隠れて居る、傍の芝生に腰打かけ、息を休めた。そして治道居士は二人のトランスが、この密樹の蔭にかくれてゐる事も、バラモン軍の兵士であつて、今はトランスに成下つてゐる事も、霊感によつて直覚してゐた。治道居士はワザと大きな声で二人に聞こえよがしに、
治道『オイ、ベル、バット、外両人、どうだ昨日までトランスをやつて居つた時の心と、只今の心と何方が安心に思ふか』
ベル『ハイ、お尋ねまでもなく、朝から晩まで、戦々恟々として、人の声を聞いてもビクビクし、法螺の音を聞いても、慄ひ上つて居りましたが、かう何はなく共真心に立返り、あなたのお伴をさして頂き、神さまの愛を悟つた上は、今まで天地暗澹として塞がつてゐた世界が、無限大に拡張し、心の中に天国浄土が建設され、こんな楽しい嬉しい事は、バラモンの軍人時代にも会ふた事がございませぬワ』
治道『さうだらう。俺だつてバラモン軍の中将とまでなり、三軍を指揮して権威を誇り、何不自由なく暮らして居つた時よりも、かう比丘と成下り、一蓑一笠で神のため世のために、広い天地を跋渉する位愉快な事はないよ。この広い結構なこの世の中を、狭く暗く、恐れ戦いてくらすのも、喜んで勇んでくらすのも、皆心の持様一つだ。お前もヨモヤ元のトランスに、逆転するやうな事はあるまいなア』
ベル『ハイ、どうしてどうして、そんな馬鹿な事が出来ませうか。これだけの愉快を味はうた上は、アタ窮屈な恐ろしい、トランスなんかになれますか。世の中にトランスをやる人間ほど、馬鹿の骨頂はございませぬワ。この世の中が狭くて、大きな声で咳一つ出来ぬやうな気が致しますからな。何程金の世の中だと云つても、自分の魂には替へられませぬ。折角結構な神の分霊を頂いて、悪に曇らしてしまへば、久遠の霊界においてその報いを受け、無限の苦しみを受けねばなりませぬからな』
治道『そらさうだ。僅かのこの世の中で、悪事をして、未来永劫の災の種をまく位馬鹿な者はあるまいよ。私だとて、別にゼネラルを棒にふりたい事はないが、未来のほどが恐ろしいから、みすぼらしいこんな比丘になつたのだ。バット、カークス、ベース、お前もベルと同感だらうなア』
 三人一度に幽かな声で『ハイ』と言つたきり、落涙してゐる。
治道『お前等三人は泣いてゐるぢやないか。今の境遇が苦しいのか……イヤ辛いのか。但しは私の云ふ事が気に容らぬのか』
ベル『オイ、バット、なアんだ。ほえ面かわいて……余りバットせぬぢやないか。オイ、カークス、御主人さまの前だ。何もカークスには及ばぬ。遠慮は要らぬから、自分の思つてる事を、ハキハキと申上げるがよからう。……これベース、汝もうつむいてベースをかいてるよりも、チツと、バットしたらどうだい』
 三人一度に涙声になつて、
三人『イヤ、モウ感謝に堪へませぬ。嬉し涙をこぼしてゐるのでございます』
ベル『ヨーシ、それなら分つて居る。サアこれから、治道居士様、またテクシーに乗つて進む事に致しませうか』
 後の灌木の茂みから、ワーツと男の泣声が堤防のくぢけたやうな勢で聞えて来た。
 ベルは後振返り、
ベル『ヤア何だ。ここにもまたベソをかいてゐる感謝組が隠れて居ると見えるな……。オイ何者か知らぬが、そんな所で何を吠るのだ。こんな結構な天国に生れながら、泣く奴があるかい。汝も大方神さまの恵に放れた馬鹿者だらう。遠慮は要らぬ。ベル宣伝使が一つ引導を渡してやらう。サア早う、出たり出たり』
 この声にヤク、エールの両人は、ころげるやうにして治道居士の足許へ現はれた。
ベル『ヤア、汝はヤクにエールぢやないか。こんな所で何が悲しいか知らぬが、吠面かわいたつて、何のヤクにたつかい。ヤクザ者奴、汝も元は軍人ぢやないか。ウン汝はエールだな。元は剣を帯びた軍人ぢやないか。何をメソメソとほエールのだい』
ヤク『ア、お前はベルか。俺は実の事を白状すれば、バラモン軍の解散よりゼネラルさまから頂いた涙金は酒色のために使ひ果たし、よるべ渚の捨小舟、とりつく島もないので、そこら中をぶらつきトランスを両人がやつてゐた所、思ふやうに、良心が咎めて仕事も出来ず、困つてゐる所へ、セール大尉がハール少尉と共に、虎熊山に岩窟をかまへ、山賊をやつてると聞いたので、そこへ尋ねて行つて、児分にして頂き、親分の命令で、今何かよい仕事はなからうかと、この沼のふちで網をはつてゐた所だが、治道居士様とお前との話を木蔭で聞いて、自分の身が恐ろしくなり、何だか今までの心が恥かしくて、思はず知らず泣いたのだ。どうぞ私もこの比丘様に助けて貰うてくれ。鬼春別将軍様ではないか』
ベル『オウさうだ。改心さへすればキツと許して下さるよ。俺だつて二三日前までは、汝のやうに親分はないけれど、独立でトランス団を組織し、随分悪逆無道をやつて来たが、結局自分が食ふだけが難ケしいのだ。トランスして居つては、何時までたつても妻子を養ふといふやうな事は出来ない。この位約らぬ仕事はないから、俺もフツツリとトランスは断念したのだ。元はお前の御主人様だから、キツと許して下さるだらうよ』
治道『お前はヤク、エールだなア。こらへてくれ。お前を堕落させたのは皆俺が悪いのだ。俺はお前たちを堕落さしたその罪亡ぼしに、一蓑一笠の比丘となつて、艱難辛苦をなめ、罪の贖に歩いてゐるのだ。許しも許さぬもない、改心さへしてくれたら、こんな嬉しい事はない。サアこれから俺と一所に、聖地エルサレムへ参り、魂を研いて、立派な神さまの御子となり、世のため道のために尽さうぢやないか』
ヤク『ハイ、有難うございます。何分よろしう御願ひ致します』
エール『ゼネラル様、よろしく御願ひ致します。キツと改心を致しますから……』
治道『セール大尉が堕落して、虎熊山とやらに、山賊の張本となつてゐるのか。これを聞いた上は見遁しは出来まい。これも俺の罪だ、何とかして改心させねばなるまい。サア、ヤク、エール俺を案内してくれ』
 両人は『ハイ承知致しました』と涙を拭ひながら、先頭に立つて、虎熊山の岩窟へ、治道居士の一行を導き行く事となつた。

(大正一二・七・一五 旧六・二 於祥雲閣 松村真澄録)



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