出口王仁三郎 文献検索

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物語64b-4-211925/08山河草木卯 不意の官命王仁三郎参照文献検索
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第二一章 不意の官命〔一八二七〕

 カトリックの僧院ホテルの第三号室には、ヤクが身体の傷も八九分通り全快したのでチョコナンとして一人留守番をしてゐる。そこへ慌ただしく帰つて来たのは、あやめのお花であつた。
『ヤ、お前はヤク、よう、マア神妙に留守をしてゐて下さつたな。私の留守中に、お寅や綾子は来なかつたかな』
『ハイ鼠一匹、生物と云つては、来たものはございませぬ』
『守宮別さまは、どこへ行つたのだい』
 『ヘー』とヤクは頭を掻きながら、
『奥様の御入院中、お寅さまがおいでになり、何だか嬉しさうにコソコソと話をして居られましたよ』
『ナーニ、お寅が来た?』
と早くも顔に血を上げて逆上しさうになる。
『もしもし奥さま、来るは来ましたがね、旦那さまに小ぴどく肘鉄を喰まされて、実は、コソコソと逃げて去にましたよ。ソリヤ、どうも気持がよいの、よくないのつて、溜飲が三斗ばかり下つたやうでしたがな』
『イエイエ、そら、嘘だよ。先の嬶は嘘つかぬと云つてな、お前が初めに云つた言葉が事実だらうがな。ソンナ気休め文句にごまかされて、機嫌を直すやうなお花ですかいな。ヘン、お前までがグルになつて、人を馬鹿にして下さるなや』
『ハイ、トツト、モウ、ネツカラ、ハイ、何ですな。ソノ、アノ、それそれ、あの何ですわい』
『これ、ヤク』
と云ひながらお花は、煙管で火鉢の框をカンと叩き、
『お前のやうなガラクタ人間はトツトと帰つて下さい。月給をやる所か、ここの支払ひもチヤンとして帰りなさいや。もうお前には用はないからなア』
とツンとして横を向く。ヤクは俯向いて頭をガシガシとかいてゐると、階段をトントンと響かせながら、帰つて来たのは守宮別である。お花は一目見るより武者振りつきグツと胸倉を取り、声をふるはせながら、
『コヽヽこりや、真極道奴、人を馬鹿にするにもほどがあるぢやないか。こりやガラクタ、今日は、どこへ、うろついて居つた。あからさまに白状せぬかい』
『こりやこりや、お花、さうやかましう云つても仕様がないぢやないか。マアそこ放してくれ。俺やお前が橄欖山へ詣つたと聞いて、後を追つかけて来たのだが、ネツカラ姿が見えないので、ここへ帰つて来たのだ。それより外は、どつこへも行つては居ないのだからな』
 お花は胸倉を一生懸命に掴み、こつきながら、
『こりや極道、人を盲にするにもほどがある。お寅と自動車に乗り、宣伝歌を歌つてけつかつたぢやないか。エーエ、辛気臭い、私やもうこれから国許へ帰る。お寅と意茶ついてお暮しなさい』
『そら、さうだ。俺も実は自動車に乗る事は乗つた。しかし、これには曰く因縁があるのだ。お寅の奴、失敬千万な、俺とお前が結婚したのを遺恨に持ちよつてな、お前と俺との宣伝歌を作つて、歌つてるので、業腹で堪まらぬから、自動車からつき落してやらうとヒラリと乗つた所、お前の姿を見たものだから、町をあちこちと探して帰つて来たのだよ。さう悪気をまはしちや、俺だつてやりきれないぢやないか』
『成程、さう聞きやさうかも知れませぬね』
とパツと手を放す。
『ア、これで先づ先づ無罪放免だ。お花大明神、否々木花咲耶姫命様、ようマア助けて下さいました。有難う感謝致します』
『オホヽヽヽ、そしてその宣伝ビラは、お前さま持つてゐるのかい』
『イヤ、慌てて一枚も、ヨウ、とつて来なかつたのだ。しかし歌の文句は覚えてゐるよ』
『何分記憶のよい守宮別さまだから、覚えてゐらつしやるのでせう。一寸ここで歌ふて聞かして下さいな』
『よしよし、腹立てなよ』
と云ひながら、口から出鱈目の宣伝歌を謡つて見せる。

『打てよ懲せよ守宮別を、  打てよ懲せよ、あやめのお花
 彼奴二人のガラクタは  この世を乱す悪神だ

と、このやうな事を吐しよるのだよ。怪しからぬぢやないか。一体お寅の奴、半狂乱になつてゐるのだからなア』
『成程、ひどい事を云ひますね、サアその次を聞かして下さいな』

『守宮別の大広木  偽乙姫のお花奴が
 大きな山子を企らみて  新ウラナイの教をば
 立てて誠のウラナイ教  この霊城を覆へし
 天下を取らうと企みゐる  鬼より蛇よりひどい奴
 覚めよ悟れよエルサレム  老若男女の人々よ
 誠の誠の神柱  日の出神より外にない

と、コンナ事を吐しよつてな、本当に腹が立つたものだから、一寸自動車に乗りこみ談判してゐたのだ。お寅の奴、挺でも棒でもいく奴ぢやないわ』
『挺でも棒でも、いかぬ、そのお寅さまが恋しいのだもの、私が知らぬかと思つてコツソリと密約を締結したのでせう。何程孫呉の兵法を用ゐて、お花さまをちよろまかさうと思つても、この一万円は一文の生中も渡しませぬよ。ホヽヽヽ。この宣伝ビラはどうです』
と懐から四五枚、放り出して見せる。
『成程、こりや……お寅の……撒いたのぢやなからう、文句が違ふぢやないか』
『お寅が撒いたのぢやありませぬよ。守宮別と云ふガラクタが撒いたのですよ。サアこれでも返答がございますかな、イヒヽヽヽヽ』
『イヤ、降参した、お前にやもう叶はぬわい。堪へてくれ、今日限り改心するからな』
『ヘン、どうなつと、勝手になさいませ。改心せうと慢心せうと、お前さまの魂だもの、私はもう愛想が尽きました。以後はモウ関係は致しませぬ。これから国へ帰つて、お前やお寅さまの脱線振を、傘に傘をかけて吹聴しますから、その積りで居つて下さい、ホヽヽヽヽ』
 守宮別は言句も出ず、当惑してゐると、そこへ自動車を横づけにして登つて来たのは、お寅である。お寅は一時気絶してゐたが、医師の看護によつて忽ち全快し、またもやお花が守宮別を捉へて、脂下つてゐないかと、取る物もとり敢ず、やつて来たのである。
 お寅はこの態を見て、
『これはこれはお花さまでございますか、何とマアお仲のよいこと、ホヽヽヽ、実にお羨ましうございますわいな』
 お花は悪胴を据ゑ、お寅を尻目にかけながら、
『お寅さま、何程愛嬌をふりまいて下さつても駄目ですよ。一万両の金は私のものですから、御用に立てる訳には行きませぬわい。ようマア守宮別さまと、ここまで深く企んで下さいましたね。流石は私の師匠に一旦なつて下さつた生宮様だけあつて、凄い腕前、実に感服致しました。サアサアこの動物を、勝手に喰わへて帰りて下さい、私には、チツとも未練がございませぬから』
 守宮別は「この動物」と云はれたのを耳に、はさみ、ムツト腹を立て、
『コーリヤ、従順くしてゐればつけあがり、一人前の男子をば、動物とは何だ』
と拳固をかためて打つてかからむとする。お花は平然として、
『ホヽヽヽ、弥之助人形の空踊り、鬼の面を被つて人を驚かすやうな下手な真似はなさいますなや。アタ阿呆らしい。ソンナ事でヘコたれるお花ですかいな。お寅婆と一緒に企みた芝居も、かう楽屋が見えては、ヘン、お気の毒さま。むしろ私の方から同情の涙を注ぎますわいな。イヒヽヽヽヽ』
『これ、お花さま、あまりぢやございませぬか。十年も私の側に居つて、まだ、私の心が分らないのですか』
『どうも分りませぬな。手練手管のありだけを尽し、千変万化にヘグレてヘグレておへぐれ遊ばすヘグレ武者、へぐれのへぐれのヘグレ神社の生宮さまだもの』
 かく互に毒ついてゐる所へ、エルサレム署の高等係が二人の巡査と共に入り来り、
『守宮別さまに、一寸お目にかかりたいから取次いで下さい』
 階下にシヤガンでゐたボーイは、米搗バツタよろしく、もみ手をしたり、腰を幾度も屈めながら、
『ハイ、畏まりました』
と先に立ち三号室へ案内した。
『エー、ン、お気の毒ながら本署より守宮別さま、お寅さま、お花さまに対し、聖地の退去命令が出ましたから、どうかこの書面に受印をして下さい』
『コリヤ怪しからぬ、退去命令を受けるやうな悪い事をした覚えはございませぬがな』
『ともかく、この指令書を読んで御覧なさい。……聖地の風儀を紊し、治安に妨害ありと認むるを以て、三日以内に聖地を退却すべし。万一拒むにおいては刑務所に三年間投入すべきものなり。……と記されてあります。お気の毒ながら用意をして貰はねばなりませぬ』
と三人から受印を取り、靴音高く階段を下りかへり行く。

(大正一四・八・二一 旧七・二 於由良秋田別荘 北村隆光録)



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