出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語64b-4-191925/08山河草木卯 笑拙種王仁三郎参照文献検索
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第一九章 笑拙種〔一八二五〕

 ブラバーサ、マリヤの両人は、キリスト再臨の一日も早からむ事を祈願すべく、手を携へて、早朝より橄欖山の祠の前に端坐して祈願をこらしてゐる。そこへヤコブ、サロメの両人が無我の声といふ歌を唄ひながら登り来り、ブラバーサの姿を見て、サロメは、
『ヤ、これはこれは神縁浅からずとみえて、またこの聖地でお目にかかりましたワ。どうでございます、その後の御消息は。一度御訪ね致したいと思つてゐましたが、貴方にお別れしてから、アーメニヤ方面へヤコブさまと、世間がうるさいものですから転居して居りました。先づ御壮健なお顔を拝し、何よりお目出度う存じます』
 ブラバーサは、
『ヤア、お珍しうございます。サロメさま、その後は打絶えて御無沙汰を致しました。先づ先づ貴女も御壮健で何よりでございます。何時やらもエルサレムの書店で、貴女のお書になつた「鳳凰天に摶つ」といふ小説を拝見致しまして、親しく貴女にお目にかかつたやうな思ひが致しましたよ。中々御上手になられましたね』
『ハイ、お恥かしうございます。どうもこの頃は不景気で書物が売ないので、どこの書店主もコボして居ります。いつもだつたら随分沢山の原稿料もくれるのですけれど、ホンの鼻糞ばかりよりくれないので、原稿稼ぎも約りませぬワ』
『サロメさま、ヤコブさま、久しうお目にかかりませぬ。貴女の小説を拝見致しましたが、マリヤが考へますに、あの材料はどうやら橄欖山を中心として取られたやうでございますな』
『ハイ、実ア、貴女とブラバーサさまのローマンスを骨子とし、私とヤコブさまの苦労話をそこへ拵へてみたのですが、中々思ふやうには行かないのですもの、本当にお恥しうございますワ』
『サロメさま、私やブラバーサさまを材料にするなぞと、殺生ですワ』
『そら御互様ですよ。ブラバーサさまだつて、日下開山をお出しになつたでせう。私あれを読んで、顔がパツと赤くなり、ヤコブさまにどれほど気兼したか知れませぬワ、ホヽヽヽ』
『何と云つても、一流の文士ばかりがよつてゐられるのだから、いつも吾々は槍玉に上げられるのですよ。私も筆さへ立たば、マリヤさまとブラバーサさまのお安うない御関係を素破抜きたいのですけれどなア、アハヽヽヽ。実の所はこの姫神さまがマ一度橄欖山へ登り、小説の材料を拵へたいと御託宣遊ばすものですから、何かいい種がないかと、はるばるアーメニヤからやつて参りました。今朝の六時にエルサレム駅に安着し、有明家で一寸一服して、今此処へ登つたとこでございます』
『ヤ、険呑険呑、モウ マリヤの事なんか、書かないやうに願ひますよ』
『新聞記者だつて、口止料が要るでせう。サロメに対して幾ら出しますか』
『これは恐れ入りました。嘘八百万円ばかり進上致しませう。ホヽヽヽ』
『オイ、姫神さま』
『厭ですよ、ヤコブさま、姫神さまなんて。なぜサロメといつて下さらぬのですか』
『ソンならサロメさま』
『さまなぞと、ソンナ事厭ですよ』
『ソンナラ橄欖山でよろしいかな』
『ソラ サロメの雅号ですよ』
 マリヤは、
『ホヽヽヽ、お仲の好い事、丸切り一幅の小説みたやうだワ。あの紅葉山人の金色夜叉を、私読みましたが、随分面白いですね、恋に破れて、金に勝つといふ仕組ですもの』
 サロメは、
『ありや、紅葉山人ぢやなくて紅葉山人とよむのですよ。そしてあの小説の名は金色夜叉といふ方が穏当だと思ひますワ』
『著者の名義や書物の読方位は、何程無学なマリヤだつて存じてをりますが、一寸洒落に言つて見たばかしですワ、オホヽヽヽ』
『貴方は今日、有明家で一服して来たといはれましたが、有明家には綾子といふ大変な美人が居りますよ。あの綾子を主人公として、一つ小説を仕組まれたら大変面白い物が出来るでせう。一時は幽霊小説や霊界の消息を幾分加味したものが流行しましたが、現今では艶つぽい恋物語が一般の気に向くやうですね。人心は非常に悪化し、真心の土台が動揺し、生活難の叫びが盛んなる今日では、一層の事、肩の凝らない、面白い、恋愛を加味した読物が時代によく向くやうです』
『ブラバーサ様、私もさう考へまして、実は材料の蒐集に、久し振りでやつて参りましたのよ』
 かく話してゐる所へ、有明家の綾子が一人の箱屋をつれて、しなしなと登つて来た。
 ブラバーサは一目見るより、
『もし、サロメさま、的さまがやつて来ましたよ。頗る尤物でせうがな』
『成程、あれ位な美人だつたら、余程もてるでせう。しかしながらヤコブさまやブラバーサさまに、あゝいふ美人を見せるのは目の毒ですワ、ねえマリヤさま』
『そらさうですね、しかしあの綾子といふ女は評判の酒くらひで、酔つたが最後、前後を忘れて醜体を現はすのださうです。しかしながら義理固い事はエルサレム第一との評判ですワ』
『綾子に付いて何か御聞及びの事がございましたら、サロメに聞かして下さいませぬか』
『大いにございますよ。日出島から来てゐる、守宮別さまとの関係に付いて面白いローマンスがあるさうです。守宮別といふ男、女にかけたら仕方のない人物で、三角関係はまだ愚か、四角関係の実演をやつてゐるさうですワ』
『ヤ、そりや面白いでせう。サロメも一つ探索してみませうかなア』
『どうやら、あの綾子もこの祠へ参る様子ですから、吾々は傍の樹蔭に控えようぢやありませぬか』
とヤコブは樹蔭に忍び入る。
 『よろしかろ』と、一同は十間ばかり隔つた橄欖樹の、コンモリとした樹蔭に立寄り、橄欖の梢を折つて敷物となし、此処に尻を卸した。有明家の綾子は何の気もなく、あたり憚らず、祠の前に祈願をこめ出した。
『神様、私は大変な罪を重ねましてございます。どうぞ許して下さいませ。ぢやと申しまして、どうしてもあの男を思ひ切る事が出来ませぬ。しかしながらあの男には五十の坂をこえた熱心な恋女が二人もございますから、到底妾は楯つく事は出来ませぬ。また楯ついて人を困らせ、自分が勝利を得ようとは思ひませぬが、何卒々々三人の女が心の底から解合うて、守宮別さまを保護致しますやう、さうして妾はどこまでも守宮別に見捨てられぬやう願ひます。そして父のヤクは怪我を致しまして、カトリック僧院ホテルに寝てゐますが、これも早くおかげを頂いて元の健全な身体になりますやう、御願ひ致します。またあやめのお花さまも、今御入院中でございますが、一日も早く御全快遊ばすやう、妾のためにお花さまはあのやうな目にお会ひになつたのでございます。また守宮別さまの心を迷はしたのも妾の罪でございます。どうぞこれもお許し願ひます』
と祈願してゐる所へ、入院して苦しみてる筈のお花が比較的元気よい勢ひで、ステッキをつきながらあわただしく登り来り、綾子が一生懸命に祈願してゐる姿を見て……何だか不思議な女がゐるワイ………と首をひねつて考へてゐたが、有明家の綾子といふ事が分つたので、クワツと逆上せ上り、首筋に手をかけ、猫をつまみたやうにひつさげ、右の手の拳骨を固めてポカンポカンと打据ゑ、
『コーラ、淫売女め、ようもようも、人の夫を寝取りよつたな。汝のために頭を傷つけ、私は病院へやられたのだ。ヤツトの事で全快し、お礼参りに来て見れば、何の事だい。このスベタめ、私を祈り殺さうと思つて……図太い女だ。さ、どうぢや、守宮別を思ひ切るか、返答を致せ』
 綾子はビツクリして、
『どうぞお許し下さいませ。私が悪かつたのでございます』
『ヘン、悪かつたで事がすむと思ふか。男泥棒め、盗猫め、サ、ここであやまり証文を書け』
『ハイ、仰に従ひ、如何やう共致します。しかしながら鉛筆がございませぬから、また後して書かして頂きませう』
『エ、甘い事をいふな、ここに万年筆がある、紙も貸てやる。お前の手で判然りと書け。立派に……守宮別さまとは関係致しませぬ……といふ事を書きさへすりや、褒美として金を百両やる。どうぢや、得心だらうの』
『仮令百万両貰ひましたつて、コンナ事は金づくでは書きたくはありませぬ。余りお前さまの心が可哀相だから、書いて上げようかと思つてゐるのですよ』
『ナニツ、この淫売女奴、へらず口を叩くな。わづか一円や二円の金で転ぶぢやないか』
 木蔭に潜みて見てゐた四人は、見るに見兼ねバラバラと側により、
『ヤ、貴方はお花さまぢやありませぬか。かかる聖場で人を擲つたり、ソンナ乱暴な事をなさつてはいけませぬよ』
『誰かと思へば、お前は女惚けのブラブラぢやないか。コンナ所へ出て来る幕ぢやない、すつ込んでゐなさい。何ぢや、ヤコブにサロメ、マリヤ、ホヽヽヽ、色とぼけのガラクタばかりが、ようマア寄つたものだなア』
 マリヤは、
『もしお花さま、貴女も色呆けぢやありませぬか。この喧嘩も元は色からでせう』
『ヘン、構うて下さるな。此奴ア大事の大事の私の夫を寝取つた、男泥棒だから、今談判をしてゐる所だ。門外漢のお前さま達が容喙する所ぢやない。すつ込んで下さい』
ヤコブ『お花さま、貴女は独身者と聞いてをつたのに、何時の間に夫を有つたのですかい。何と人間といふ者は妙な者ですな』
 お花は腮を二三寸前へつき出しながら、
『ヤコブ様、妙でせうがな。女に男、男に女、両方から引つついて、天地の神業を勤めるのは、開闢以来の法則ですよ。お前さまだつて、サロメさまに現つをぬかしたぢやないか。ブラバーサだつて、マリヤに首つ丈はまつて、女房の有る身で居ながら呆けてゐるのだないか。このお花が守宮別を夫に持つたつて、何がそれほど不思議なのだい』
『不思議ですがな。守宮別さまは貴方のお師匠さまの夫ぢやないか。弟子のお前さまが師匠の夫を横領するといふやうな、不人情な事が何処にありますか』
『ヘン、放つといて下さい。これには深い訳があるのだ。お前さま達の知つたこつちやない。この問題は当人と当人でなければ分らないのだ。いらぬ御節介をするより、サロメさまとしつぽり意茶つきなさい。それがお前さまの性に合ふとりますわいな、イヒヽヽヽ』
と小面憎相にまた腮をしやくつて見せる。綾子はこの間にお花の隙を伺ひ、逸早く箱屋と共に、木蔭へ身を隠してしまつた。お花は綾子の姿が見えなくなつたのに気がつき、
『ヤア、すべた奴、何処に逃げよつた。生首引抜かねばおかぬ……』
と地団太ふみながら、四人の止むるのもふり放し、一生懸命、髪ふり乱し、西坂をトントントンと地響うたせながら降り行く。
 四人は一度に岩石でも砕けたやうな調子で『ワハツハヽヽヽ』と笑ひこける。橄欖山の木の茂みから山鳩が『ウツフ ウツフ、ウツフヽヽヽ』と啼いてゐる。

(大正一四・八・二一 旧七・二 於由良海岸秋田別荘 松村真澄録)



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