出口王仁三郎 文献検索

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物語64b-3-151925/08山河草木卯 騒淫ホテル王仁三郎参照文献検索
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第一五章 騒淫ホテル〔一八二一〕

 守宮別はお花の形勢如何と、息を殺して考へて居たが、余り低気圧の襲来もないので、安心して翌日の十時過まで潰れるやうに寝てしまつた。お花はどこやら一つ腑に落ちぬ所があるので、一目も睡らず角膜を血ばしらして、朝間早くから、ヤクをたたき起し、次の間に座をしめて、稍小声になり、
『これ、ヤクさま、昨夕お前は綾子と云ふ娘があると云ひましたねえ』
 ヤクは……ウツカリ吾子の事を喋り、もし守宮別との関係があらうものなら、板挟みになつて此家に居る事が出来ない。これや呆けるに限る……と腹をきめ、
『ハイ云ひました。しかしありや嘘ですよ。つい座興にアンナ事云つて見たのですよ。ナアニ、私のやうな者に半分でも娘があつて耐るものですか。娘さへ有りや、コンナ難儀はしませぬからな』
 お花は長煙管で火鉢の縁を叩きながら、頭を左右に振り、
『イエイエ駄目ですよ。お花の目で一目睨みたら、何程隠しても駄目ですよ。サアちやつと云ふて下さい。好い子だからなア』
『何程好い児だとおつしやつても独身ものの私、好い子も悪い子も、嬶も女房もカカンツも、媽村屋も何もありませぬわい』
『何と云つても、お前の顔は、一寸渋皮のむけた姫殺しだよ。縦から見ても横から見ても、女にちやほやされるスタイルだ。柳の眉毛にキリリとした目許、黒ぐろしい目の玉、鼻の恰好と云ひ口許と云ひ、お前のやうな美男子を、捨てる女があるものかいなア。随分女殺をやつたやうな顔だよ。サアサアほんとに云つて下さい。決して守宮別さまに不足は云はない、お前の迷惑になるやうな事はせぬから。守宮別さまのひいきばかりせずに、お花のひいきも些とはして下さつてはどうぢやいな』
『アーアー煩い事だな。お前さまの気に入れば旦那さまの気に入らず、旦那様のためを思へばお前さまに責められるなり、私も立つ瀬がありませぬわ』
『ホヽヽヽ、それ御覧なさい。蛙は口から、たうとう白状なさつたぢやありませぬか。綾子と云ふ芸者は一体何処に置いてあるのだい』
『ハイ、もう仕方がありませぬから申ますわ。しかし私が云つたために、夫婦喧嘩でもやられちや、此処を飛び出すより外はありませぬ。さうすりや、主人を失つた野良犬同様、ルンペンするより外ありませぬ。さうすれや可愛い娘の恥にもなりますし、まさかの時の保証をして貰はにや云ふ事は出来ませぬ』
『ホヽヽヽ、何と如才の無い男だこと。しかしお前の立場とすりや無理もない事だ。それなら、どつとはり込みて百円札一枚上げるから何もかも云ふのだよ』
と云ひながら、ヤクの懐へ蟇口から百円札を一枚取り出してそつと捻込む。
『ハ、遉はお花さま、三千世界の救世主、シオンの娘、木花咲耶姫の生宮、アヤメのお花様、有難く頂戴致します。帰命頂礼謹請再拝謹請再拝』
『これこれ辛気臭い、ソンナ事どうでもよいぢやないか。早く事実を云つて下さいな。グヅグヅしとると守宮別さまが起きて来るぢやないか』
『ハイ、それなら申します。確に綾子と云ふ娘がございます。サアこれで許へて下さい』
『それ御覧、娘があるだらう。妾の目は違ふまいがな』
『いや誠にはや、恐れ入りましてございます。生宮様の御明察、到底匹夫下郎のわれわれには、御心底を測知する事は出来ませぬワイ、エヘヽヽヽ』
『その綾子は一たい何処に居るのだい』
『ヘエ、居所まで申上ると約束はしてございませぬがな』
『この広い世の中、確に娘があると云つた所で、居所が分らぬやうな事で何になりますか。さう意茶つかさずと、とつとと云つて下さいな』
『ソンナラドツとはり込んで、神秘の扉を開きませう。実はその何です。ある所に勤め奉公をやつて居ますよ。それはそれは別嬪ですよ。親の口より云ふのは何ですが失礼ながらお花さまのやうな別嬪でも到底傍へは寄れませぬな』
『何、別嬪だと、そりや大変だ。その別嬪が何処に居ると云ふのだい』
『ある所に確に居りますがな』
『ある所と云つたつて、地名を云はにや分らぬぢやないか』
『有る所に居るに定つてゐますがな。無い所に居りさうな筈はございませぬもの』
『どこの国の何処の町に居ると云ふ事を云つて下さい』
『成程、しかしコンナ事を云ひますと、旦那様におつ放り出されますわ。その時の用意にモウ百両下さいな』
『エヽ欲の深い男だな、それ百円』
とまた放り出す。
『エヘヽヽヽヽ、確に頂戴致しました。三千世界の救世主、大ミロクの生宮』
『これこれヤク。ソンナ長たらしい事はどうでもよい。サ早く簡単に所在を云ふて下さいな。助けて貰つたお礼にも行かねばならぬからな』
『ハイ、パレスチナの国に居ります』
『成程、さうだろ さうだろ、処はどこだい』
『所ですかいな。所がお前さま、所をすつかり忘れてしまつたのですよ』
『これヤク、百円返しておくれ。もうお前のやうな頼りない方とは掛合つても駄目だ。これから警察署へ行つて探して貰う。名さへ分ればよいのだから、その百円をお返し』
とグツと胸倉をつかむ。
『メヽヽヽ滅相な、これや私の金です。たとへ天が地になつてもこの金は渡しませぬ』
『それならもつと詳しく云はないかいな』
『それならもう百円下さいな。詳しく云ひますから』
『エヽ仕方がない、これで三百円だよ』
『実は、かう云ふて千円ばかりせしめようと思ひましたが、俄に良心の奴弱音を吹いて、肉体を気の毒がらしますから、三百円で辛抱しておきませう。実はステーション街道の有明家の綾子と云つたら、界隈切つての美人ですよ。サアもう此処迄いつたら耐へて下さい。もうこの上は材料がございませぬからな』
『いや、よう云ふて下さつた。お前ならこそ、三百円は安いものだよ。サアこれから三百円がとこ守宮別をとつ締めてやらねばなるまい』
と云ひながら他愛もなく寝て居る守宮別のポケットに手を入れて探つて見ると小さい名刺が現はれた。お花はそつと吾居間に帰り老眼鏡をかけてよく見れば、六号活字で、『有明家 綾子』と記してある、さうして横の方に小さい写真がついてゐる。お花は俄に頭へ血がのぼり、卒倒せむばかりに打ち驚いたが遉の豪傑女、グツと気を取り直し、手を振はせながら名刺の裏を返して見ると、薄い鉛筆文字で何かクシヤクシヤと記してある。お花は目が眩み、この文字を読む事が出来ず、たうとうその場に卒倒してしまつた。其処へボーイの案内につれて十七八の花を欺く美人が現はれ来り、
『漆別さまのお部屋は此方でございますか。有明家の綾子が一寸お目にかかりたいとお伝へ下さいませ』
 ヤクは一目見るより吃驚し、
『ヤ、お前は綾子ぢやないか。オイ、コンナ所へ来てくれては大変だ。どうか帰つてくれ大変だからな』
『イエ、妾は漆別さまに用があつて来たのですもの。何程親だとて、娘の恋愛まで圧迫する権利はございますまい』
『これ娘、親の云ふ事をなぜ聞かぬのか』
『ヘン、偉さうに親顔して下さいますなや。お母さまが亡くなつてから後妻を貰つて妾をいぢめさせ、沢山の財産を皆無くしてしまつて、一人の娘に高等教育も受けさせず、十一やそこらで茶屋へ売飛ばすと云ふやうな無情冷酷な親が何処にありますか、何とおつしやつても妾は漆別さまに会はねばなりませぬ』
『漆別さまなぞと、ソンナお方は居られないよ。アタ見つともない、女が男を尋ねると云ふ事が有るか、早く帰つてくれ。のう、私を助けると思つて』
『漆別さまが居なくても構ひませぬ。第一号室のお客さまに遇ひさへすればいいのですもの』
『第一号室は、三千世界の生神、シオンの娘、木花咲耶姫の尊様が祭つてあるのだ。人間なぞは居ないから、サアサア、とつとと帰つてくれ』
『一号室が差支れや二号室でも三号室でも構ひませぬワ』
『あゝ困つたな、お花さまが今卒倒しとるので好やうなものの、コンナ事になつて来たら、何事が起るか知れやしないわ。アヽ一層面倒の起らぬ中に逃げ出さうかな』
『逃げ出さうと逃げ出すまいと、貴方の勝手になさいませ。私は夫婦約束までした漆別さまに遇ひさへすれば好いのですもの』
『何、夫婦約束までしたと、ヤ、こいつは困つたな。蔭裏の豆も時節が来れば花が咲く油断のならぬは娘とはよく云つたものだわい』
『定つた事ですよ。朝から晩まで色餓鬼の巷へ、お父さまが打ち込んだのですもの、修学院の雀は蒙求を囀り、門前の小僧は学ばずに経を読む道理、妾だつて十三の年から恋愛は悟つて居りますわ。ホヽヽ、エヽコンナ没分暁漢のデモお父さまに掛合つても駄目だ。二世を契つた漆別さまに遇へばよいのだよ』
と矢庭にヤクの手を振り放ち三号室に侵入した。見れば、白粉をベツタリことつけた五十余りの婆アさまが仰向けに倒れて居る。
『何だ、怪体な所だな』
と云ひながら、第二号室のドアを開けて這入つて見ると、グウグウと夜半の夢を見て恋しい男が睡つて居るので、綾子は傍により、
『これ申し漆別様、綾子でございます。どうか起て下さい。もう何時だと思ふていらつしやるの』
 守宮別は綾子の艶しい声が耳に入つたと見えてムクムクと起き上り、
『ヤ、お前は綾子だつたか、怖い夢を見た。一寸俺はホテルまで帰つて来るわ』
『ホヽヽヽ、これ旦那さま、何を寝呆けて入らつしやるの。此処はカトリック僧院ホテルの第二号室ですよ』
『成程さうだつたな。お前またどうして尋ねて来たのだい』
『女房が夫の所へ尋ねて来るのが悪うございますか、貴方も余り妾を馬鹿にして下さいますなや。どうも貴方の挙動が怪しいと思つて考へて来て見れば、次の間に怪物のやうな女が寝かしてあるのでせう。あれや大方貴方のレコでせう。エー悔しや残念やな』
と守宮別の顔面目蒐けて所構はず掻きむしる。守宮別の顔には長い爪創が雨の脚のやうに額口から咽喉にかけて蚯蚓膨れが出来てしまつた。
『あゝ許せ許せ、さう掻きむしられちや、痛くて耐らないぢやないか』
『エヽ、年が若い未通娘だと思つて、妾を馬鹿にしよつたな。サアもう死物狂ひだ。喉首に喰ひついて、命を取らねばおきませぬぞや』
 ヤクはドアの外から様子を考へて居たが、何とはなしに形勢不穏なので、開けて入らうとすれど、内部より錠が卸してあるので、一歩も進む事が出来ず、ドアの外で地団駄踏んで居る。内部では守宮別綾子の両人がチンチン喧嘩の真最中、守宮別は種茄子を力限り締めつけられ、……勘忍々々人殺……と喚きつつ、やつとの事で錠を外し第三号室まで命辛々逃げ出した。この物音に卒倒して居たお花は気がつき見れば守宮別が若い女と組んづほぐれつ、掴みあつて居る。お花は、かつと怒り、
『コラすべた女奴、人の男を取りよつて、覚悟せい。このお花も死物狂ひだ』
と綾子の髻を掴んで引づり廻す。綾子は守宮別とお花の両方から苛嘖まれ、
『人殺々々、お父さま助けておくれ』
と泣き叫ぶ。遉のヤクも吾子の危難を見るに忍びず、
『この淫乱婆々奴』
と拳を固めお花の頭と顔の区別なく、丁々発矢と打ち据ゑる。キヤーキヤー ガタガタ バタンバタン、ドタンドタンと時ならぬ異様の響きに僧院ホテルのボーイ連も、吾先にと階段を登り来り、此奴もまた入り乱れて撲り撲られ、いつ果つるとも知れざれば、ヤクは一層の事、警察へ訴へ出て応援を請はむと、階段を駆け下りる折、過つて転落し、血を吐いて蛙をぶつつけたやうにフンノビてしまひける。
 この騒動も、ホテルの支配人が中に入つて、やつと治まり、綾子は有明家へ渡され、お花はしばし負傷の癒るまで、エルサレムの病院に収容される事となりにける。

(大正一四・八・二〇 旧七・一 於由良秋田別荘 加藤明子録)




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