出口王仁三郎 文献検索

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物語64b-3-111925/08山河草木卯 狂擬怪王仁三郎参照文献検索
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第一一章 狂擬怪〔一八一七〕

 守宮別、お花の両人は漸くにして橄欖山上に登り、涼しい樹蔭に佇み、風に面をさらしながらくだけたやうな、嬉しさうな顔をして、しばらく抱擁キツスをやつてゐると、後の林からバタバタバタと妙な音がしたので二人はビツクリして猫が交尾むだあとのやうに両方にパツと三間ばかり分れてしまつた。
『何だいな、人をビツクリさして、私はまた、お寅さまぢやないかと思つたのに、鷹の奴、本当に私の肝玉をデングリかへしよつたわ』
『ハヽヽヽヽ、お寅は昔の高姫の身魂の再来だから、鷹が現はれてビツクリさせよつたのも、マンザラ因縁のない事もあるまい、フツフヽヽヽ』
『ア、いやらしい、あのタのつく奴に碌なものは一つもありやしないわ。狸に田吾作にタワケに高姫、まだまだタントタント、タ印はあるけれど、気に喰はないものばかりだわ、それに一番いかない奴は高歩貸、猪飼野の権さまだつて、到頭鬼になつてしまつたぢやありませぬか』
『ウツフヽヽヽヽ、同じタでも高天原は、どうだい』
『そのタとこのタとはタの種類が違ひますわ』
『叩き潰して喰ふタはどうだい』
『好きな人に叩き潰され、喰はれるのは満足ですわ』
『タゴール博士やスタール博士はどうだい』
『青目玉の赤髭の毛唐人さまなんて、ネツカラ虫が好きませぬわね。初めて自転倒島からお寅さまと一緒に来た時、旦那さまと英語でペチヤペチヤ云つてゐた毛唐さまも、矢張タがついてゐたやうですな』
『ウン、ありやお前、有名なお札博士のスタールさまと云ふシオン大学の先生だよ』
『大学の先生ナンテよい加減のものですな。貴方のやうな立派なお方や、私のやうな美人を、よう認めなかつたぢやありませぬか』
『何と云つてもお寅の、あのスタイルでは一寸見た所、威厳が無いからのう。私だつて鉛を銀だと云ひ鷺を烏として紹介するのは大変に苦しかつたよ。うすいうすいメツキのかかつた救世主だもの、直に生地が見えるのだから、どうする事も出来なかつたよ。しかしお前なら容易に生地は見えまい、何と云つても都育ちだからなア、お寅のやうに山のほ寺の荒屋住ひで年を取つた代物とは、テンで比べ物にならないからな、あの時お前が日出神と名乗つてゐたなら、うまくいつたかも知れないよ』
 お花は嬉しさうに、
『そら、さうでせうね、何程研いても金は金、瓦は瓦ですもの。もし旦那さま、これから私が救世主と名乗つても成功するでせうかな』
『そりや無論の事だ。お前なら大丈夫だ。正札付の救世主だよ』
『これ、旦那さま、物も相談ぢやが、一つお寅さまの向ふを張り、ブラバーサの面皮をむくために、新ウラナイ教を立てようぢやありませぬか。そして世界万民の救世主と仰がれて見ようぢやございませぬか』
『そら、面白からう、しかし救世主の役はお前か、私か、どちらにしたらよいか』
『そら、云はいでも、きまつてゐますがな。天照大御神様でも女でせう。平和の男神と云ふものはありませぬからな』
『いかにも、さう聞けや、さうだ』
『キリスト教だつて聖母マリヤがあしらつてあればこそ、その宗教が天下に拡まつてゐるのですよ。仏教だつて阿弥陀さまだけでは駄目です。お釈迦さまを産んだ麻耶夫人もあり、また三十三相具備した観世音菩薩や弁才天があしらつてあるものだから、仏教は燎原の火のやうに世界に燃え拡がり、三千年も立つた今日まで命脈を保つてゐるのですよ。三五教だつて坤の金神と云ふ女神さまをあしらつてあるぢやありませぬか。どうしても宗教を開かうと思へや女をあしらはねば駄目ですわ』
『さうすると、何だな、世の中はサツパリ女尊男卑にしてしまふのだな』
『そら、さうですとも、三五教でさへも霊主体従と云つてるでせう。霊は女性を意味し、体は男性を意味してるぢやありませぬか』
『いかにも、御尤も、分つてる。ソンナラ、これからお前をお花大明神と崇め奉らう』
『いやですよ、お花なぞと、私は難浪津に咲くや此花冬籠り、今を春べと咲くや木花と、帰化人の王仁博士が歌つておいた、難浪津に生れたチャキチャキのお花ですもの、どうか木花姫命と云つて下さいな、あの雲表に聳えてゐるシオン山を御覧なさい、あの山だつて日出島の富士山に、よく似てるでせう。世界の国人は、あの山を尊称してシオンの娘と云つてるぢやありませぬか』
『ナルほど、どうしてもお前は俺よりは役者が一枚上だ。そんなら今日から改めてお前をシオンの娘、木花姫命、新ウラナイ教の大教主と尊称を奉らうかな』
 お花は嬉しさうにニコニコしながらチツトばかりスネ気分になり、体をプイとゆすつて口に手をあて、
『ホヽヽヽ、どうなと御勝手になさいませ』
『お気に入りましたかな、イヤ重畳々々。これで愈三千世界の救世主もきまり新ウラナイ教の組織も出来たと云ふものだ。サアこれから一万円の資本を以て大々的活躍を試みようかい』
『これ旦那さま、またしても一万円一万円とおつしやいますが、この一万円だつて使つたら、減つてしまひますよ。この金はマサカの時の用意とし、貴方と二人の生活費位は新宗教の所得で補ふやうにせなくちや駄目ですよ』
『何と、お前は大変な経済家だのう』
『そら、さうですとも、生馬の目をぬくやうな競争の烈しい大都会の真中で、一文なしから立派な家屋敷を買求め、あやめのお花と云つて満都の有情男子の肝を焦らしたと云ふ兵士ですもの。世の中は経済を知らなくちや何事も成功しませぬよ。金さへあればバカも賢う見え、貴族院議員だ、衆議院議員だ、国家の選良だと、持て囃されませうがな。矛盾議員だつて、着炭議員だつて、楠の子の墓議員だつて、墓標議員だつて、ヤツパリお金の力ですわ。私だつて文なしの素寒貧だつたら、旦那さまの目には馬鹿に映るでせう。また一層、顔の皺が深く見えるでせう』
『成程感心だ、しかしながらこれから新宗教を樹立しようと思へばチツトばかりは資本が要るよ。先づ第一に政府に運動して、宗教独立の認可を受けねばならぬなり、相当の出資は覚悟せなくちやなるまい。お前だつて一足飛びに世界の救世主となるのだもの、少し位の犠牲は覚悟して貰はなくちやならないよ』
『それや、チツトばかり運動費の要る位の事は私だつて知つてゐますわ』
『○○教が独立したのも運動費の百万円は要つたさうだし、××教の独立の際も五十万円の金を撒いたと云ふ事だ。陣笠議員に出ようと思つても五万や十万の金は飛ぶのだからな。そして万一、マンが悪くて落選でもして見よ。十万円の金を溝に放つたやうなものだ。そして、おまけに落選者の名を天下に吹聴されるのだ。その事を思へば一万円の運動費位費つた処で落選する事はないのだから安いものだよ』
『一万円も運動費を費つて教主になつた所でつまりませんわ。せめて三千円位で成功出来ますまいかな』
『そら、さうだ。表から運動と出かけりや、到底二万や三万の端金では駄目だが、そこは運動の方法によつて三千円でも漕ぎつけない事はない。しかしこの芸当は俺ぢやなくちや打てない芝居だ』
『そら、さうでせうとも。貴方、手続きをどうしてするお考へですか』
『マア、さうだな。幸に日出島へやつて来られた時、懇意になつたお札博士のスタールさまも、この大学に居られるし、タゴール博士も今迄二三回も文通をしておいたし、キツト成功疑なしだよ。どうしても今の世の中はレツテルの流行る世の中だから博士とか大臣とか華族とかの名を列べて、顧問にせなくちや、嘘だからな』
『「前車の覆へるのは後車の警め」と云ふ事がございませう。どうぞ博士や大臣、華族を引張込むのなら、手段として止むを得ませぬが、人物のよしあしを調べてかかつて下さいや。三五教の変性女子のやうに、シヤツチもない、ガラクタ文学士の鼻野高三さまや、鼻野中将なぞ、ドテライ爆裂弾を抱へ込みて数十万円の借金を負はされ、後足で砂かけられるやうな下手な事になつちやつまりませぬからな』
『ソンナ事に抜目があるものかい。マア安心したがよからう』
 かく話す所へシオン大学の教授を終り、白い帽子を頭に頂きながら、太いステッキをついて彼方へ向つてボツボツ歩み出す紳士があつた。守宮別は一目見るより、
『ヤア、お花、あれが有名なタゴール博士だよ。あの人に頼めば大丈夫だからな。しかし、運動費が先立つから、お前一寸三千円ばかり貸てくれないか』
『今、ここに現金は所持して居りませぬ。郵便局に行つて来にや、間にあひませぬわ』
『いかにもさうだつたね。それでは一つ俺が博士に会つて話して見るから、お前が来ると却て、いかないから、一寸ここに待つてゐてくれ。どうやら西坂から帰られるやうだからね』
『この機会を逸せず、早くおつついて掛合つてみて下さいな』
『よし、ソンナラ行つて来る。お花、しばらくここに待つてゐてくれ。どこの男が通つても話しちやいけないよ』
と云ひながら横向いてペロリと舌を出し、
『サア愈お花の懐から三千円の現ナマを引出す手蔓が出来た』
とホクホクしながら、タゴールの後を追ふて西坂の下り口へと駆り行く。お花は吉凶如何にと、片唾をのんで木蔭に佇み、のび上りながら様子を見てゐる。守宮別はタゴールの後から坂を下つて行く。二人の白い帽子が空中を歩いてゐるやうに見えた。
『もし貴方はタゴール博士ぢやありませぬか』
 タゴールは一寸立止まり、後振り向いて、
『ハイ、拙者はタゴールです。貴方はどなたでござりますか。ネツカラお目にかかつた事はございませぬが?』
『ハイ、私は日出島から宗教視察に参りました守宮別と云ふ海軍軍人でございます。シオン大学も仲々立派に建築が出来ましたね。これも全く貴方等のお骨折の結果でございませう』
『ハイ、有難う、仲々学校事業と云ふものは思つたよりも費用の要るもので、容易に完備する所へは行きませぬ。貴方も宗教視察においでになつたのなら、どうです、シオン大学に入学なさつては』
『ハイ、有難うございます、この頃一寸ばかり脳を痛めてゐますので、エルサレム病院になりと入院致し、全快しました上お世話になりませう。どうかその時はよろしくお願ひ申します』
『ハイ、承知致しました。十分の便宜を図りますから御安心下さいませ』
『ソンナラ、どうかよろしくお願ひ致します。貴方の権威と勢望によつて私の目的を達成するやう御尽力下さいませ。お願ひ致します』
『ハイ、確に承はりました。左様なら』
と軽き挨拶を交し坂道を下り行く。
 何事にも疑ひ深い、あやめのお花は実否を探らむものと差足、抜足、守宮別とタゴールの問答を聞かむものとやつて来たが『頼む、承知した』の一言を耳に入れ、やつと安心しホクホクしてゐる。守宮別は、
『サア、これから、うまくお花をちよろまかさう』
と後振りかへり見れば坂道の木の茂みからお花がニユツと顔を出した。守宮別は……サア失敗た……、とサツと顔色が変つたが、元来の横着物、そしらぬ顔で、
『ヤア、お花、お前ここへ来て居たのか、博士と私の話を残らず聞いたのだらう』
『ハイ、全部は聞きませなかつたが、流石は守宮別さま、偉いお腕前、お花も感心致しました、どうやら博士が承知してくれたやうですな』
 守宮別はこの言に虎穴を逃れたやうな心持で、ソツと胸を撫で下ろし、鼻の先でフーンと息しながら、
『オイ、お花、俺の腕前は大したものだらう。かうなりや三千円の運動費は出さねばなるまい。またお前の懐をゑぐつて済まないけどな』
『目的が成就するためのお金なら、たとへ一万両要つたつて構ひませぬわ。サアこれからシオン大学の立派な建築を拝見して帰りませうよ』
『帰らうと云つたつて、霊城を飛び出した以上宿がないぢやないか。一体どこへ帰るつもりなのだい』
『ホヽヽヽヽ、守宮別さまの初心な事。あんなトルコ亭の路地のやうな処にある霊城なんかに居つたつて、世間の聞きなれが悪くて仕方がありませぬわ。堂々と僧院ホテルの間借りでもして活動にかからうぢやありませぬか』
『成程、そいつは面白い。サア早く帰らう、どうやら機関の油が切れさうだ。酒のタンクが空虚を訴へ出した』
『ホテルに行つて、またシツポリ御酒でも頂きませう、ホヽヽヽ』
と笑ひながら橄欖山を下らむとするところへ、霊城の受付をやつてゐたヤクがスタスタとやつて来るのに出会つた。ヤクは息をはずませながら、
『ヤアお二人様、大変に探して居りました、サア帰りませう』
『これ、ヤクさま、お寅さまの様子を聞いただらうな』
『ハイ、エルサレムの町を貴方の行衛を尋ねて、ブラついて来ますと十字街頭に黒山の如き人の影、何事の珍事が突発せしかと、人込の中からソツと窺つて見ればお寅さまが目をまかして居る。警察医が飛んで来て注射したり、いろいろと介抱をした結果、お寅さまがたうとう息を吹きかへしました。トンクとテクの奴、お寅さまを俥に乗せ、自分も後前を俥で警固しながら、霊城さして帰り行く姿を確に認めました。また二三日して身体がよくなつたら煩さい事でせうよ』
『これ、ヤクさま、お前は、あれだけ私に毒ついておいて、何しに来たのだい』
『何しに来たつて、貴方の家来にして貰はうと思つたからですよ。職業紹介所へ行つて就職口を世話して貰はうと思ひましたが、あまり沢山な希望者で、三百人の就職口に五千人の希望者があるのですもの、到底お鉢が廻りませぬわ。どうか男一匹助けると思つて使つて下さいな。その代りに碗給で結構でございますから』
『私は今日改めて守宮別さまと結婚をしたのだから、その積りで居つて下さいや。そしてお寅さまの動静時々を洞察して報告して下さい。それさへ立派につとまるのならば、番犬を一匹飼ふたと思つて、使つて上げますわ、ホヽヽヽヽ』
『もしお花さま、否奥さま、番犬とは殺生ぢやありませぬか、なア旦那さま』
と守宮別の顔を見る。
『フヽヽヽヽ、マア大切にして上げるよ。私と二人に使はれて見なさい。お寅さまのやうなヒドイ使ひやうはせないからな』
『ハイ有難う、お役に立つ事なら、どんな事でも致しませう』
 ここに三人は、急ぎ橄欖山を下り、僧院ホテルに宿をとるべく、山麓より自動車をかつて意気揚々と進み行く。

(大正一四・八・二〇 旧七・一 於由良 北村隆光録)



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