出口王仁三郎 文献検索

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物語64b-1-51925/08山河草木卯 横恋慕王仁三郎参照文献検索
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第五章 横恋慕〔一八一一〕

 ヤクの後をおつかけて夜叉の如くにお寅は霊城をとび出して終つた。トンク、テク、ツーロの三人はお寅の後をおひ、捜索がてらに三人三方へ手分けをして市中の大路小路をかけ廻ることとなつた。後にはお花、守宮別の両人が丸い卓を囲んで籐椅子に尻をかけながら、ヤヽ縛し無言のまま、顔を見合して居た。
 守宮別は大欠伸をしながら、
『お花さま』
と云ふ。
『何ぞ御用ですか』
『アーアン、お花さま』
『何ですか』
『アーアン、お花さまツたら……』
『何ですいな、アタ辛気臭い。御用があるなら云つて下さいな』
『アーアン、大概分りさうなものだな、ホントニ ホントニ』
『生宮さまが居られないので淋しいのですか、嘸御退屈でせう』
『アーアン、これお花さま、分りませぬかい』
『分りませぬな』
『ヘー、私がアーアンと云へば大抵きまつてるでせう』
『いつも守宮別さまが、アーアンと云つて空むいて欠伸をされたが最後、クレリと気が変つて今迄やつて居た仕事も打ちやり、漂然として何処かへ行つてしまひ、いつもお寅さまの気をもますが、お花では一向気をもみませぬで仕方がありませぬね』
『アーア、サ……ケ……』
『ホヽヽヽヽ酒が欲しいとおつしやるのか、お安い御用。しかしながら、お寅さまの留守中にお酒でも、飲まさうものなら、どれだけ怒られるか知れませぬ。それでなくても、アンナに私に毒ついて行かれたのですからマアしばらく辛抱しなさい。やがて帰られるでせうから』
『イヤ、もうお寅さまの自我心の強いこと、無茶理窟をこねる事、疑惑心の深い事には愛想が尽きました。もうお寅さまは今日限り見限るつもりです』
『ヘヽン、うまい事おつしやいますわい。寝ては夢、起きては現、一秒間も忘れた事がない癖に、よう、ソンナ白々しい事が、おつしやられますわい。守宮別さまも余程の苦労人だな。○○の道にかけては千軍万馬の劫を経た、このお花も三舎を避けて降服致しますわ』
『いや、全く、いやになりました。あのアーンの欠伸を境界線として、お寅さまの事はフツツリと思ひ切りました。それよりも純真な、正直な都育ちの婦人が欲しいものですわ。チト位年はとつてゐても第一、膚が違ひますからな』
『これ守宮別さま、そんな冗談を云はれますと、お寅さまにまた鼻を捻られますよ』
『もうお寅さまだつて縁をきつた以上は赤の他人だ。鼻でも捻やうものなら、ダマツて居ませぬ。私も男ですもの、直様エルサレム署へ訴へてやりますからね』
『本当に守宮別さま、いやになつたのですか、嘘でせう』
『何、真剣ですよ。乙姫さまの前ですもの、どうして嘘が云へませうか』
『貴方のおつしやる事が本当なら私の腹も打明けますが、このお花も今日と云ふ今日は、お寅さまにスツカリ愛想が尽きたのですよ。これから国許に帰らうかと思案してゐますの。がしかし、長途の旅、一人帰る訳にも行かず、外国人との話も出来ず困つてゐますの。貴方のやうな英語の出来る方があれば、一緒にお伴さして貰へば結構ですが、世の中は思ふやうにはならぬものでしてな』
『お花さま、帰らうと云つたつて、旅費が要りますが一体いくらばかり持つてゐますか』
『ハイ、娘が家を抵当に入れて金を拵へたと云つて、一万両ばかり送つて来ましたので、当地の郵便局に預けて置きましたから旅費には困りますまい』
 守宮別は、お花が一万両持つてゐるのを聞いて、猫のやうに喉をならし、目を細うし……
『ヤ、此奴は豪気だ。二千両もあれば旅費には沢山だ。何とかしてその他の金を酒の飲み代にすれば一年や二年は大丈夫だ。先づお花の歓心を得るのが上分別だ、お寅に丁度毒づかれて居る処だから、ここでお寅との師弟関係を絶たせ、自分が世話になつたり世話したりする方が、よつぽどぼろい』
とニタリと笑ひながら、
『お花さま、一万両の金があれば今かへるのは惜いぢやありませぬか、どうです、その金で一旗上げようぢやありませぬか。何程お寅さまを大将に仰いで、シヤチになつた処であの脱線振と云ひ、かう人気が悪うなつちや、駄目でせう。竜宮の乙姫さまは今迄欲なお方で宝を貯へてゐられたさうだが、時節参りて艮の金神さまが三千世界の太柱とおなり遊ばすについて、第一に宝を投げ出し、改心の標本をお見せになつたお方でせう。お道のため一万両のお金をオツ放り出す考へはありませぬかな。何程お寅さまに肩入れした処で、塩を淵に投入れるやうなものですよ。何程お金を費しても無駄に使つては何にもなりませぬからな』
『さうだと云つて確な保証を握つておかねば、この大切なお金を貴方のお間に合わせる訳には行きませぬ。お寅さまとはまた特別な御関係がおありなさるのだもの』
『いや、もう愛想がつきました。あのアーアの欠伸を境界線としてプツツリ思ひ切つたのですよ。お寅さまがお花さまだつたらなアと、このやうに思つた事は幾度あつたか知れませぬわい』
『ホヽヽヽ、あの守宮別さまのお上手なこと、流石の女殺、うまい事おつしやいますわい、うつかり、のらうものなら、それこそ谷底へおとされて、身の破滅に会ふかも知れませぬよ。

「きれたきれたは世間の噂
  水に浮草根は切れぬ」
「きれて終へば他人ぢやけれど
  人が悪う云や腹が立つ」

とか云ふ歌の通り、何程うまい事おつしやつても、そんな、あまい口には乗ること、出来ませぬわい、ホヽヽヽヽ』
『何、お花さま、本真剣ですよ。私は、かうして十年ばかりもお寅さまに辛抱してついて来ましたが、到底やりきれませぬから、もう思ひ切りました。これが違ひましたら一つよりない首を十でも二十でも上げますわ』
『ホヽヽヽヽ、お前さまの首を貰つたつて、首祭する訳にも行かず、莨入の根付には大きすぎるし、枕には堅すぎるし、何にもなりませぬわい。それよりお前さまの誠の魂を頂きたいものですな』
『いかにも、魂あげませう。サア、どこからなりと、ゑぐつて、とつて下さい』
と胸をつき出す、
『嘘ぢやございませぬか』
『嘘と思はれるならこの短刀で私の胸を切り裂いて生肝をとつて下さい。それが第一証拠ですわい。男子の一言は金鉄より堅いですよ』
『いや分りました、心底見屈けました。いかにも御立派な御精神、ソンナラ……あの……それ……どこまでも私と○○を締結して下さるでせうね』
『頭の先から爪の先までお花さまに献げました、焚いて食ふなと焼いて喰ふなと御勝手に御使用下さいませ。この守宮別は唯々諾々として乙姫さまには維命これ従ふまでです。絶対服従を誓ひます。その代り酒だけは飲まして下さるでせうな』
『そらさうですとも、お互さまですわ、私だつて、貴方に要求すべき事があるのですもの』
『とかく浮世は色と酒……何程雪隠の水つきだ、糞浮きだと世間の人が云はうとも、惚た私の目から見れば十七八のお花さまですわ。私は肉体に惚れたのぢやありませぬ。お花さまの精霊が第一天国の天人として、華やかな姿でゐらつしやるのを、霊眼を通して見て心から惚れたのですもの。アヽお花さまの事を思ふて心臓の鼓動が烈しくなり、息がつまるやうになつて来た。何と恋と云ふものは曲物だな。何で、こんな変な気になるのだらう』
『恋は神聖だと云ふぢやありませぬか。世の中は凡て理智ばかりでは行きませぬ、情がなければこの世の中は殺風景なものですよ』
『貴方、随分恋愛問題には徹底してゐますね、私感服しましたよ』
『そら、さうですとも。数十年間、恋の巷に育ち、数多の男女を操つて来た経験がありますから、恋愛問題にかけては本家本元ですわ。親が子を慕ひ、子が親に会ひたいとあこがれるのが恋です。また一切のものを可愛がるのが愛です。恋愛と云ふものは一人対一人の関係で、云はば極めて狭隘な集中的なものですわ。どうか守宮別さま、恋と愛とをかねて私に集中して下さい。さうすれば私も貴方に対し愛と恋とを集中します。ここにおいて初めて恋愛の神聖が保たれるのですからな。かりにもお寅さまの事を思つたら、恋愛の集中点が狂ひ恋愛が千里先に遁走しますよ』
『成程、徹底したものだ、お花さまのお話を聞けば聞くほど、益々集中的となつて来ますよ。仮令岩石が流れて空気球が沈んでも貴女の事は忘れませぬわ』
『くどいやうですが、お寅さまの事は忘れるでせうな』
『勿論です。今後は顔会はしても物も云ひませぬから安心して下さい』
『間違ひありませぬな。もし違つたら貴方の喉首を喰ひ切りますが御承知ですか』
『恋愛を味はふと思へば生命がけだな。イヤ心得ました、承知しました』
『ここまで話がまとまつた以上は、善は急げですから一寸心祝に媒介人はないけど、竜宮の乙姫さまと大広木正宗さまを仲介人にし、守宮別さまお花さまの肉体の結婚式を挙げようぢやありませぬか』
『よろしい、早速準備して下さい』
 お花は目を細くしながら、
『ハイ』
と一言襷をかけ、酒の燗にとりかかつた。日の出の掛軸の前でキチンと坐り祝言の盃をやつてゐると、そこへ足音荒々しくお寅が帰り来たり、
『マアーマアーマアー、お二人さま、お楽しみ、お羨山吹さま。これ、お花さま、その態は何ぢやいな。人の留守中に人の男をとらまへて酒を飲むとはあまりぢやないか。ここには禁酒禁煙の制札がかけてあるのを何と心得てゐますか。内らから規則破りをしてもいいのですか』
 お花は平然として落つき払ひ、
『お寅さま、お構ひ御無用です。私は竜宮の乙姫でもなければ貴女のお弟子でもありませぬ。貴女の方からキツパリとお暇を下さつたのだから、もはや貴女とは路傍相会ふ人と同じく赤の他人です。それ故お前さまの意見を聞く必要もなければ遠慮する必要もございませぬ。ラブ・イズ・ベストを実行して、只今守宮別さまと二世三世は愚、億万歳の後までも夫婦約束の祝言の盃をした所でございますよ。チツトばかりお気がもめるか知れませぬが御免下さいませ、ホヽヽヽヽ』
 お寅は満面朱をそそぎ半狂乱の如くなつて、
『これ守宮別さま、お前は、私との約束を反古になさるのかい、サア約束通り命を貰ひませう』
『ハツハヽヽヽ、お寅さま以上に愛する女が出来たものだから、愛の深い方へ鞍替したのですよ。それが恋愛の精神ですからな。どうか今迄の悪縁と諦めて下さい。酒を一杯のんでもゴテゴテ云はれるやうな不親切な女房では、やりきれませぬからな』
『こりやお花のド倒しもの、人の男を寝とりよつて思ひ知つたがよからうぞ』
と云ふより早く、そこにあつた角火鉢を頭上高く振り上げ、お花と守宮別との真中を目がけて投げつけた。灰は濛々と立上り咫尺暗澹となつた。お寅はあまりの腹立しさに気も狂乱しドツと尻餅をついたまま、息がつまり口をアングリ、鮒が泥に酔ふたやうに上唇、下唇をパクパクかち合せてゐる、その隙に乗じ守宮別はお花と共に永居は恐れと、細い路地を潜つて橄欖山の方面さして逃げて行く。

(大正一四・八・一九 旧六・三〇 於由良 北村隆光録)



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