出口王仁三郎 文献検索

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物語64b-1-41925/08山河草木卯 誤霊城王仁三郎参照文献検索
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第四章 誤霊城〔一八一〇〕

 お花はただ一人、日の丸の掛軸の前に暗祈黙祷しながら、両眼から雨の如き涙をたらし、聖地の宣伝も予期した如くに行かず、未だに一人の信徒も出来ぬ矢先、お寅、守宮別の在所が分らなくなつたので、太い吐息を洩らしてゐると、そこへ受付のヤクが慌だしく帰り来り、
『コレもし、お花さま、お花さま』
と何回も矢継早に呼ばはれ共、お花はキヨロリとヤクの顔を見乍ら、素知らぬ顔をしてゐる。
『もしお花さま、これだけ私が呼んでゐるのに、なぜ返事をして下さらぬのですか、聾になられたのですか、余り苛いぢやありませぬか』
『ソンナ人は居ないよ』
とプリンと横を向く。
『ハヽヽハア、コリヤ ヤクが悪かつた。竜宮の乙姫さまの生宮様、あやめの花子殿、一寸こつちやを向いて下さい』
『お前はヤクかい。何の用だなア』
とすましてゐる。
『何の用もかんの用もありますかいな。乙姫さまは日の出神の生宮さまの所在が知れないのに、何してござるのですか』
『何もして居ないよ。おつつけ帰つてござるといふ御神示があつたから、余り慌てるには及びませぬワイ。チトお前さまも落つきなさい。ここの受付になつてから、殆ど一年にも成りますが、月給取るばかりで、一人の信者も出来たでなし、私だつて困るぢやないか、些と活動して下さいな。生宮様が悪者に攫はれて行かれるのを見て居りながら、助けにも行かぬといふやうな、ヤクザ人足のヤクさまには、もう竜宮の乙姫も相手にはなりませぬワイな』
『私は此処の受付になつてから、余り暇なので、これでは堪らないと思ひ、エルサレムの町中歩いて紳士紳商を一々訪問し、ウラナイ教の宣伝をやり、生宮様の御威徳を盛んに吹聴して居ります。何れも一旦は感心して、一辺お話が聞きたい、その上で信者になりたいなどと、異口同音に私の顔に免じて賛成しては下さいますが、何しろ生宮様の脱線がひどいので、何時も駄目になつてしまふのですよ。神様なら神様らしう、何時もチヤンと霊城に立籠もつて、声なくして人を呼ぶといふ態度をお取りになつて居ればいいのに、フンゾ喰ひの、ドブ酒飲みの守宮別を連れて、アトラスのやうな面をして、徳利をブラ下げたやうな尻をして、市中をブラつかれるものだから、あのスタイルでは、どうも尊敬の心が起らない。そして言ふ事が徹底してゐないから、要するに日の出島の気違だらうといふ噂が立つて、誰も聞くものがありませぬ哩。毎日日日、かう受付にチヨコナンとコマ犬のやうに坐つて居つても用は無し、ダンジヤコを並べたやうな筆先を写さして貰うて居つても、余り有難くはありませぬがな。お前さまも、ようマア、あんな生宮さまと一緒にこんな所までやつて来て、よう嫌にならぬ事ですな』
『コレ、ヤクさま、お前は何といふ勿体ない事をいふのだい、どうも霊に因縁のない者は仕方のない者だなア。あんな立派な救世主が、お前さまも矢張り世間並に悪く見えるのかいな』
『ハイ、何程贔屓目にみても、普通の人間とより見えませぬわ。第一おつしやる事が筋が立つてゐませぬもの。教義が支離滅裂で掴まへ所が無くつて、既成宗教の方が、どれだけ立派だか知れませぬよ。私もこの間からいろいろと就職口を考へて居りましたが、半気違の生宮さま所に居つた者だからといつて、だアれも使つてくれないのです。それで止むを得ず、不快で不快でたまらないのを、辛抱して居るのです。しかしながら、躓く石も縁のはしとやら、縁あればこそ生宮様のお側で御用が出来たものだと思ひ、昨夜も昨夜とて、お寅さまの危難を救ふべく、会計の金を六十円放り出してお寅さまを助ける工夫をしたのですよ。その六十円の金が無かつて御ろうじ、生宮さまはその場で袋叩きに会ひ、半死半生になつて居られるかも知れませぬよ。夜前トツクにお帰りの筈だのに、まだ帰つてゐられぬのは、チツト不思議ですなア』
『ヘン、よう言へます哩、現に生宮さまがアラブに取つ掴まへられた時、お前さまはジツとして見て居つたぢやないか。そんな嘘を云つても、私がチヤンと見て居りますぞや』
『乙姫さま……だつて、ジツとして見てござつたぢやありませぬか。神様でさへ手出しのできぬ乱暴者に、どうしてヤクが手出しが出来ませうぞ。その時の事情をマア聞いて下さい。さうすれば私の忠勤振がチツトは分るでせう』
『ヘン、おいて貰ひませうかい、現在目の前に主人の危難を見乍ら、手も足もよう出さぬクセに、忠勤振なぞと鼠が笑ひますぞや。この上文句があるなら言つて御覧』
『あります共、真面目に聞いて下さい。今夜はキリストの聖日でもあり、僧院ホテルで大演説会があり、生宮さまも大々的獅子吼をなさるといふ事を聞いて居つたので、万一を慮り、警戒の任に当つて居りますと、生宮様が衆人環視の前で、ブラバーサさまを罵り、言語道断な事をおつしやるので、日頃ブラバーサさまを信頼してゐる信者連が腹を立て、あの気違婆をやツつけてやらうかと、私が居るとは知らずに、コソコソ相談をやつてゐますので、此奴アたまらぬ、何とかして生宮さまを助け出さねばなるまいと、傍を見ればアラブが三人居つたので、ソツと金をわたし、一時どつかへ生宮を隠してくれと云つた所、アラブは早速諾いて、あの通りお二人の危急を救つたのです。夕べの騒ぎで市中は喧しい噂が立ち、警察の活動となつて居る相ですから、一時生宮さまもイキリぬきにどつかへ遊覧に行つてゐられるのでせう。これでも私の忠勤振が分りませぬかなア』
『ても偖も、何んといふ下手な事をするのぢやいな。何程ブラバーサの信者が手荒い事をせうと思つても、生宮様の御神徳には歯節は立ちませぬぞや。それに猶更、立派な警察もあり、人目もあるのだから、そんな心配は御無用だ、お前さまは永らく生宮様の側に居つて、あれだけの御神徳が分らないのかな、ホンに盲聾といふ者は仕方のない者だなア』
『もし、お花さま、イヤ、ドツコイ、竜宮の乙姫さま、余り盲々といふて下さいますな、御神徳の程度を知つて居ればこそ、私が案じて、ああいふ手段を取つたのですよ、乙姫さまは日の出さまの御神力を買かぶつて居りますな』
『かもうて下さるな、お前さま等のやうな子供に分つてたまるかな。大それた、大枚六十円の金をアラブにやるなぞと、誰に許可を得て支出したのだえ。生宮さまも乙姫も許した覚えはありませぬぞや。その金こちらへ返して下さい、返すことが出来にやこの月分と来月分とで勘定する。お前さまは受付だ、支払ひ役は命じて無い筈だ。委托金費消罪で訴へませうか』
『二つ目には法律をかへるとか、警察もいらぬよにするとかおつしやるクセに、猫がクシヤミしたやうな事でも警察へ訴へるのですか、何とマア偉い神様ですな。お前さまは最前も雪隠の中から聞いて居れば、ブラバーサやマリヤさまに向つて、世界中から数珠つなぎに信者が参つて来ると、エライ駄法螺を吹いてござつたが、ここ一年程の間に猫の子一疋訪問した事は無いぢやありませぬか。誠一つで開くウラナイの道だからと云ひながら、ようマア、あんな嘘が言へました。霊城なぞと聞いて呆れます哩』
『ホヽヽヽヽ、マア何と分らぬ代物だこと、これほど諸国の霊が、数珠つなぎになつて、生宮さまの神徳を慕つて参拝するのに分らぬのかいな。それだから、教会とも宣伝所ともいはないで、御霊城と書いてあるのだよ』
『ソンナラ、私の受付は必要がないぢやありませぬか。一体何の受付をするのですか』
『身魂相応の理によつて、悪者が出て来たり、詐欺漢が出て来たりせぬやうに、番犬の御用がさしてあつたのだよ、霊なんか到底お前等にや分らないから、テンデそんなこた当にしてゐないのだ。頭から信用のないこた分つて居るのだからな』
『ソンナラ何故宣伝に行け行けと私におつしやるのですか』
『現幽一致の御教だから、現界の人間も宣伝する必要があるのだ。けれ共お前の魂がテンで物になつてゐないものだから物にならないのだよ。無用の長物娑婆ふさぎ、穀潰しの糞造器とはお前の事だ。こんな糞造器でも神様は至仁至愛だから、助けてやらうと思つて、三十円も月給を出して飼つてやつて居るのだよ。世間に目の開いた奴があつたら……何と神様といふものは偉い者だ。エルサレム中で相手にしてのない蚰蜒のやうな男でも、生神さまならこされ、三十円も月給をやつておいて置けるのだ。神さまといふ者は偖も偖も感心な者だ。……とこのやうに思うて青い鳥が引かかつて来るやうに、つまり、おとりにおいて有るのだ……オツトドツコイこりや云ふのぢやなかつた。コレ、ヤクさま、こりや嘘だよ。お前の副守が一寸私の体内を借つて云ふのだから、屹度気にさへて下さるなや、オホヽヽヽ』
『これで貴女方の腹の底はすつかり分りました。私もよい馬鹿でした。月給も何もいりませぬ。気好うお暇を下さい。その代り覚えてゐなさい。ヒヤツとするやうな目にあわして上げますから。お前さま方のカラクリを、これから、エルサレムの町中演説して歩きますから、足許の明るい内トツトと帰りなさい。イヒヽヽヽヽ。ヤアこれで一つ俺も活気が出来て来た。悪魔退治の張本人となり正々堂々の陣を張り、日出神の生宮と力比べだ。此奴ア面白い、ウツフヽヽヽ』
 お花は顔を曇らせながら、
『コレ、ヤクさま、皆嘘だよ。お前は正直だから、直に腹を立てて仕方がない。日出神の生宮とこの乙姫の生宮が、天にも地にもない大切な宝として、お前を重宝がつてるのだ。そんな水臭い事をいふものぢやありませぬがな』
と皺の寄つた顔の目を細うして、ヤクの背中をポンと叩く。年は老つて居つても、浪速の水で洗ひさらした肌、まだ何処やらに花の香が残つてゐる。その手でお釈迦の顔撫でた式に、お花の色目につり込まれ、ヤクはつり上つた眉毛を一寸ばかり下へおろし、目尻まで下げて、時計の八時二十分のやうな顔をしながら、
『ヘヽヽヽヽ、ソンナ優しいお心とは知らず、つい副守があんな事を囁きました。どうぞ生宮さまがお帰りになつても、今のやうな事は言はないやうにして下さいや』
『何ぢやいな、ヤクさま、眉毛や目尻が眠り草のやうに、サツパリ下つてしまひ、七時二十五分の顔ソツクリぢやないかい』
『乙姫さまのお顔にも一時は低気圧が襲来し、眉毛が十一時五分になつて居ましたよ』
『ソンナ時計の話やどうでもよい、人の顔と時計とゴツチヤ交ぜにしられちや困るからなア』
 かく話して居る所へ、ドヤドヤ人の入り来る足音、ヤクは素早く表へ駆け出し、
『ヤ、これはお寅様、よくマアお帰り下さいました。乙姫さまが大変なお待ちかねでございます。サアサアとつとと奥へ御通りなさいませ』
『お前はヤクザ者のヤクぢやないかい。妾がアンナ目に会つて居るのに傍観してるとは余りぢやないか。何程名はヤクでも、役に立たぬ代物だなア』
『ハイお花さま……オツトドツコイ乙姫さまの生宮さまに、惨々そんな事をいつて油を絞られて居つた所ですから、どうぞ二重成敗は勘弁して下さい』
といひながら狭い路地を伝うて入つて来た。お花は嬉しさうに手をつかへて、
『ヤ、これはこれは、よう帰つて下さいました。日出様、大変待ちかねて居りました。今ヤクと心配して居つた所でございますよ』
『ヘン、有難う、感じ入りました。貴女方の御親切には……ブラバーサの計略にかかり、谷底へつれ込まれ、命を取られやうと致しましたが、幸に日出神の御神力によりまして、無事に帰つて参りました。乙姫さま、さぞ面くらつたでせう。ヤクと二人寄つて、日の出神の居らなくなつたのを幸ひ、この霊城の主人となり、一大飛躍を試みむとしてござつた所を、目的と牛の尻がひとは、向ふから外れるとか申しましてね……誠にお気の毒さま。ヘン巧言令色、偽善の御挨拶は止めて貰ひませうかい』
 お花は泣声を出して、
『コレ、モウシ、お寅さま、余りぢやございませぬか、私の心が分りませぬか。余り殺生ぢやございませぬかい。十年この方真心を尽して、世間の非難攻撃を受けながら、身命を賭して、貴女に付いて来た私ぢやございませぬか。御冗談おつしやるにもほどがありますわ』
『冗談ぢやありませぬよ。誠生粋の日出神の言葉ですから、慎んでお聞きなさい。私の心が分らぬか……とおつしやつたが、分つて居らこそ、お前さまに御礼を申して居るぢやありませぬか。第一の証拠は……いつも貴女言ふて居つたでせう。仮令地獄のドン底へでも、命を的にお伴致しますと、口癖のやうに、うるさいほど、百万遍をくるやうに、云つておきながら、人の危難を見て、助けようともせず、ヤクと一緒に、ぬつけりことして霊城にをさまり返り、第二の計画をやつて居つたのでせう、それに違ありますまい。お前さまのやうな水臭いお方は、主でもなけら、家来でもない。また師匠でも無ければ弟子でもありませぬ。乙姫さまなぞと、チヤンチヤラ可笑しい、もうこれから云ふて下さるな』
『私は素よりあやめのお花といつて、何も知らぬ者でございましたが、貴女が竜宮の乙姫の生宮だとおつしやつて下さるので、それを誠と信じ、今日まで乙姫で通して来ましたが、云ふてくれるなとおつしやるのなら、モウこれから言ひませぬ。さうすると、お前さまの日出神さまもいいかげんなものぢやございませぬか。誰が阿呆らしい、乙姫の生宮と思へばこそ、住なれた自転倒島を立つて、コンナ他国で、不自由な生活を辛抱してゐるのですよ』
 ヤクは鼻息あらく、
『もしもし乙姫さま、否お花さまにしておきませう。コンナ糞婆と縁を切りなさいませ。私がお前さまの参謀長となつて、お寅さまの向方を張り、立派に一旗挙げて御覧にいれませう、私がお花さまの赤心はよう知つてゐます。側から聞いてゐても余り無体な事いふ婆だから、愛想が尽きた。お花さま、よい縁の切時だから、覚悟なさいませ』
 お花は、
『サア、それでもナア』
と首を傾むけてゐる。
『コリヤ、ヤク、何を横槍入れるのだ。お師匠様が弟子に向かつて意見をしてるのに、ヤクザ人足がゴテゴテいふと云ふ事があるものか、ひつ込んで居なさい、お前の出る幕ぢやない。お前とお花さまと寄つて、妾をあんな目に会はしたのだろがな。チヤンと此処に三人の証拠人が連れて来てあるのだから……』
『アヽア、分らずやばかりの所に居つても仕方が無いワ。お花さま、左様なら、またお目にかかりませう、お寅婆アさま左様なら、守宮別と精々意茶つきなさい。私は私の考へを以て、何処迄もお前さまの目的の妨害をして上げますから、イヒヽヽヽヽ』
と腮をしやくり、そこにあつた箒を一本かたげたまま、尻ひんまくり、何処ともなく駆出してしまつた。此奴逃がしてなるものかと、お寅は金切声を張上げ、でつかいお尻をプリンプリンと振廻しながら、埃に汚れた雑踏の街を人目も恥ぢず追つかけて行く。お寅はヤツと追付き、首筋を掴まむとするや、ヤクは箒で大道の砂埃をまぜ返し、お寅の顔をポンと撲りながらまたもや駆け出す、お寅は両眼に土埃を浴び、皺枯声を張上げ、
『オーイオーイ誰でもよいから、そのヤクを掴まへてくれ』
と叫んでゐる。道行く人は黒山の如くお寅の周囲を取まき、見世物でも見るやうに口々に罵り居たりける。

(大正一四・八・一九 旧六・三〇 於丹後由良秋田別荘 松村真澄録)



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