出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語64b-1-21925/08山河草木卯 逆襲王仁三郎参照文献検索
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第二章 逆襲〔一八〇八〕

 ブラバーサは僧院ホテルの祝祭は無事に済んだが、同じ日出島から出て来たお寅や守宮別が、乱暴極まるアラブに掻攫はれ行衛不明となつたので、「人情上、捨ておく訳にも行くまい。あくまで彼を探し出し救けねばなるまい」とマリヤと相談の上、十二日の月光を浴びながら、夜の十二時頃からエルサレムの町をうろつき初めた。
 市街の十字路、キラキラと瓦斯灯のきらめく側に皺苦茶の婆が立つて、
『三千世界の救世主、日出の神の生宮の所在は何処ぞ、亡びむとするエルサレムの民よ、早く目を覚ませ。天来の救世主の在処を求めよ』
と叫んでゐる。神都の雑音は愈ふくれ広まつた。荒々しい獣のやうに行人の目先を掠めて、夜分とは云ひながら左右に黄色い砂塵に包まれた電車や、プーと不愉快な警笛をならし、最後屁を放りながら自動車が入り乱れて走り交ふ。どうしたものかエルサレムの市中は俄に電燈が消えて、闇の凝が天から落ちて来た。ブラバーサもマリヤも街路に佇立し、一心不乱に祈り初めた。
 電車も自動車も馬車も一時に運転を中止し、水を打つたる如く俄に静寂となつた。パツと一時に電燈がついた。家々の店の大飾り窓に火がつくと、ここに佇んでゐた二人は俄に見分けのつかなかつた黒暗の凝にとけて、その面相が判然として来た。よくよく見れば一人の婆アさまはあやめのお花であつた。お花は俯向いてシクシクと泣いてゐる。ブラバーサはツカツカと側により、
『ヤア、貴女はお花さまぢやありませぬか。お寅さまは、どこに行かれたか御存じではありませぬか』
『ハイ、所在が分るやうな事なら、コンナ処に誰が阿呆らしい、立つて居りますか』
『大変な御立腹ですな。実は私もマリヤさまと相談して、同じ日出島の同胞でもあり、打ちやつておく訳にも行かぬからウロウロと尋ねて居るのですよ』
『それはどうも御親切ありがとう』
と腮をつき出す、その面憎さ。電燈の火に二つの目が異様にぎらついて居る。
『誠に思はぬ御災難でございまして、あのトンク、テク、ツーロと云ふ奴、実に仕方のない、アラブですよ。妾がいつぞや橄欖山に行きました際、危なく手込めにしようとするのを、このブラバーサさまに救けられたのですよ。実に険呑な人物ですから油断はなりませぬワ』
『ハイ、御親切に有難う。そのまた悪い奴をお使ひ遊ばす、貴方等の御腕前、感じ入りました。ようマア企みたものですわい、ウフヽヽヽ』
とまたもや腮を二三寸つき出して見せる。
『お花さま、貴女は、吾々に何か疑をかけてゐらつしやるやうですが、吾々は迷惑に存じます。この通り電車や自動車の往来が多いので険呑でもあり、通行係がやつて来てゴタゴタ云はれるのもつまりませぬし、何処かの座敷でも借つてトツクリと御相談でもしませうか』
 お花はブラバーサがアラブを予め頼んでおいて、お寅をさらへさしたに違ひない、何れこの二人をとつちめて白状させた方が近道だと思つたか、俄に顔色を和らげ、
『ハイ、さう願へば結構でございますな。何と云つても、きつてもきれぬ同胞ですから、海洋万里を渡つて異境の空に神様のために働いてゐるものですから、かやうな時は常は常として、親切を尽すのが神様に対して孝行と云ふもの、つきましては、私が常日頃心安くしてゐる茶屋がありますから、それへ参りませう。さア私について来て下さいませ』
と早くも南の方を指して二三丁ばかり細い路地を潜つてトルコ亭と云ふ茶屋の裏座敷へ案内した。ブラバーサとマリヤは黙つてお花の後について行くと、ここはお寅が宣伝の巣窟と見えて大きな看板がかかつてゐる。
『三千世界の救世主、大弥勒の生宮、日出神の御霊城』
と筆太に掲げてある。さうして神殿には日の丸の掛軸がただ一つブラ下てある。
『ヤアこれはこれは大弥勒様の御霊城でございますか。私も永らくエルサレムに居りますが、こんな霊城が出来て居ると云ふ事は今日初めて覚りました』
『ホヽヽヽヽ、貴方も比較的ウツカリしてゐられますね。ポーランド人、トルコ人、ユダヤ人等が日々沢山に大弥勒さまの教を聞きに参りますよ。貴方は一体信者が幾人ばかり出来ましたか、到底大弥勒さまには叶ひますまいがな』
『ナルほど私如きは到底お側へも寄れませぬ。しかしながらあまり、さうエルサレムの町では評判になつてゐないやうですが』
『そらさうでせうとも、……灯台下は真暗がり。遠国から分つて来る……と神様がおつしやつたでせう。遠く海を隔て、エジプト、フランス、トルコ、伊太利等から日々数珠つなぎに昼は参拝者がございますよ。何と云つても大弥勒さまの御名は世界に響いて居りますからな』
『ヘー、そりや感心だ。水清うして魚すまずとか云つて、ヤツパリ濁つて居らねばいかぬのかいな。私も一つ方針をかへようかな。今迄の私の方針はあまり清らかで効果が却てうすいのだらう、なあマリヤさま』
『さうでございますな。あまり清浄潔白な誠ばかりをお説きになるものだから、魚鱗が寄つて来ないのでせう、貴方もこれから少しばかり方針をお変へなさるがよろしいでせう。アメリカンコロニーでも、あまり教が清いものだから、却て発展して居りませぬわ。四十年もかかつてまだ百人位ほか出来ないのですからな』
『マアマアおかけなさいませ、立話は足がしびれます』
と籐の椅子をあてがい、丸い机を真中において三人は鼎座となつた。お花は二人に茶を汲みながら、
『今ブラバーサさまのおつしやる事を聞けば、濁つて居るから人が寄るとおつしやつたが、日出神のお寅さまは、清浄潔白ですよ。水晶身魂ですから、何処から何処まで澄んで居りますよ。世の中が濁つてゐるから清めに来られたのですよ。貴方も、ソレ橄欖山上でマリヤさまと云々されるやうな事で、どうして神業が発展しますか。よう考へて御覧なさいよ、国許には奥さまや娘さまもあるぢやありませぬか。その奥さまや娘さまは朝晩水をかぶつて無事に神業をつとめて過失のないやうにと祈つてゐるのに、処もあらうに橄欖山で天消地滅の乱痴気騒ぎを遊ばすのだから、イヤモウ、その凄い腕前には、いかな守宮別さまだつて舌をまいてゐられますわい。オホヽヽヽ、イヤこれは失礼、どうかお気にさへて下さいますなや』
『お花さま、人の事を云はうと思へば、吾頭の蜂から払うてかからねばなりますまい。お寅さまだつて国には大将軍と云ふ立派な立派な夫があり、お子達も沢山あるぢやありませぬか。それに何ぞや守宮別さまとエルサレム三界まで手に手をとつてお越しになり、人の目がだるいやうな事までチヨイチヨイなさいますではありませぬか。この事はエルサレムで誰一人知らぬものはございませぬよ』
『ホヽヽヽヽ、神界の分らぬ人はそれだから困ると云ふのだ。お寅さまと守宮別さまは切るに切られぬ神界の御因縁があつて、ああしてゐられるのですよ。俗人の身として、どうして深遠微妙なる神界の御経綸が分りますか。アレとコレとはてんで根本の問題が違つてゐますよ。その理由は、到底一朝一夕にはお前さまの腹には入りますまいが、せめて三週間なりと、弁当持でお通ひなさい。先づこの問題から解決せねば貴方等の得心が行きますまい。その代りこの因縁が分つたら、いかなる鬼大蛇でも、改心してアフンとして開いた口がすぼまりませぬぞよ、ビツクリして暈の来る大問題ですよ。それはそれは深い深い広い、先の分らぬ三千世界のお経綸ですもの』
と得意気に云ふ。
『それはまたユツクリ承はる事としまして、ブラバーサとしては焦眉の問題としてお寅さまの所在を探さねばなりますまい。お花さま、何か心当りがございませうかな』
『ヘンようおつしやいますわい。それは私の方からお尋ねしたいと思つてゐましたよ。同じ日出島の同胞ぢやありませぬか、そんな腹の悪い白々しい、トボケ面せずに、アアした、コウしたとアツサリおつしやつたらどうですか、あまり罪が深うございますよ』
『これは近頃迷惑千万、貴女のお口からかやうなお言葉を聞かうとは夢想だに致しませぬでした』
『私もアヤメのお花と云つて難波の里においては海千山千河千と云はれた女弁護士ですよ。チヤンと顔色を一目見たら、お前さまの腹の中が皆分るのだから、サア、キツパリと白状しなさい。お寅さまが演説の邪魔したら、かつさらへて、どつかへつれて行つてくれと金の百両もアラブに与へて置いて生捕つたのでせう。そんな事ア、チヤンとこのお花の天眼通に映じて居りますわいな』
 マリヤは息をはずませながら、
『お花さま、そら、あまりぢやございませぬか。聖師さまは、そんな腹の悪い方ぢやありませぬよ』
『おだまりなさい。好きな男の御贔屓をなさつても私の前では通用しませぬよ。二人がコツソリと心を合し、大それた大陰謀を企らみながら、知らぬ顔の半兵衛で私の処で狐の七化け、狸の八化式に親切ごかしに人の腹を探らうとヤツて来ても、尻尾が直に見えますから駄目ですよ。あのマア迷惑さうな顔わいのう』
『マリヤさま、もう帰りませう。到底このお花さまには、話が出来ませぬわい』
『コリヤコリヤ、マリヤ、ブランコ両人、尻こそばゆくなつて逃げ出すつもりか知らぬが、さうはさせませぬぞや。チヤンと警察署へ届けておいたから、待つて下さい。今に高等係がやつて来て、お前を拘引するだらう。さうすりや否でも応でも白状せねばなりますまい。そんな処で恥をかくよりも、ソツとアツサリ私の前で白状しなさい。さうすりや警察へは私の方から間違ひだつたと、願ひ下げをしてやるから、どうせ嫌疑のかかつたお前さまだから、逃れつこはありませぬよ。フツフヽヽヽヽ。身から出た錆、己が刀で己が首、自縄自縛とはお前さま等の今日の場合だ。ようマアそんな心になれたものだと思へば可愛相になつて来たわいのう、オーンオーンオーン』
と泣き真似しながら、ソツと目に唾をつける。その、狡猾さ。酢でも、蒟蒻でも挺にも棒にも大砲でも行かぬ代物である。ブラバーサは『此方の方から誣告を訴へる』と云ひながら、憤然として立上り、細い路地を潜つてマリヤと共に大道をまつしぐらに己が草庵さして帰り行く。

(大正一四・八・一九 旧六・三〇 於由良海岸 北村隆光録)



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